Part6 畜生

 ゴム弾は全て弾かれた。ジュストが鞭で作り出した円、その内側にいる彼女自身に向けて、鞭から金属粒子が放射されたのだ。ジュストの身体に、コンバット・テクターが蒸着される。


 現れたボンデージ衣装を思わせるアーマーは、身体にぴったりと密着して、官能的にさえ感じさせた。胴体部分は黒、二の腕と太腿は白く、肘から下を覆う腕部装甲と膝まである鉄のハイヒールブーツには、スパイクが打ち込まれている。


 ヘルメットの後頭部からは髪の毛のように複数のチューブが伸び、マスクには唇が造形されている。左右に尖ったサングラス状のバイザーは赤で縁取られていた。


 如何にもと言った佇まいを更に引き立てているのは、その手に持つ鞭だ。さっきまで〈ラプティック・ブレイヴ〉たちを翻弄していた時よりも短くなっているが、振り回して使用するには充分な長さだ。


「私に〈ジャミング・フェノメノ〉を着甲させるとは、意外と侮れないものだな、子供と言うのも」


 並び立った〈ラプティック・ブレイヴ〉ブラストブースターと、〈ユリムラサキ〉を眺めて、ジュストは言った。


「〈ジャミング・フェノメノ〉……やっぱり、それが貴女の能力だったのね」


 イツヴァは自分の仮説が当たっていた事を知った。


 ジュストが使用する鞭は、ただの鞭ではない。柄にカプセルをセットする部分が確認出来る。つまり、あの鞭は攻撃手段であると共に、コンヴァータでもあったのだ。


 そしてその鞭……〈ジャミング・フェノメノ〉の機能は、着甲せずとも発揮される。名前が示す通り、コンバット・テクターの機能を低下させるジャミング能力だ。


〈コトブキ〉のセンサーが一時的にパフォーマンスを低下させたのも、〈ラプティック・ブレイヴ〉が力を発揮出来なかったのも、〈ユリムラサキ〉がガトリングを使えなかったのも、〈ジャミング・フェノメノ〉の能力の為である。


 しかしイツヴァは、〈ジャミング・フェノメノ〉がこちらの機能を低下させるのに、距離と時間が必要である事を観察していた。


 持ち主であるジュスト、正確には持ち手に近い部分から遠くなるとジャミングが始まるまでに時間が掛かる。ジュストに踏み締められていた〈ラプティック・ブレイヴ〉がすぐにパワーを失ったのと、二手に分かれた〈コトブキ〉と〈ユリムラサキ〉を、〈ユリムラサキ〉を捕らえる事で距離を取られるのを防いだ事で、そのように推測した。


 種が分かれば理解は簡単だが、実際に対処する事はそれなりに困難だった。しかし三人の息の合ったコンビネーションと、ジュストが相手を見縊っていた事で、作戦は成功した。


「それじゃあ、第二ラウンドと行きましょうか!」


〈ラプティック・ブレイヴ〉がツインツイスターを構えた。鞭の届かない範囲から攻撃出来る。〈ユリムラサキ〉も射撃タイプだ。


「……〈ジャミング・フェノメノ〉は、少し特殊なコンバット・テクターだ」


 ふと、ジュストが語り始めた。


「スキン・アーマーとメタル・プレートの区別が殆どなく、装甲が極めて薄い。防御力や出力で言えばお前たちよりも劣る事は明らかだ。それと、このアーマーは使い切りだ。ジャミング能力が、〈ジャミング・フェノメノ〉本体にも影響を与えてしまうので、それを無視してテクターを着甲し続けるとテクター自体がオーバーヒートして、粒子が霧散してしまう……」

「良い事聞いたわ。つまり、それには制限時間があるって事でしょ。それまで逃げ切れば、自ずと貴女の敗けが決まるって事ね」

「その認識で間違いはない。ただ一点に眼を瞑ればな」

「一点?」

「君たちが私には勝てないという事だ」


〈ジャミング・フェノメノ〉が鞭を振るった。鞭の鋭い一撃は地面を叩き、土埃を大きく舞い上げた。〈ラプティック・ブレイヴ〉は〈ジャミング・フェノメノ〉の動きを、例え土煙の中でも正確に捉えている。シューティングツイスターのスナイパーモードで、太腿と胸の辺りを狙った。


 装甲が薄く、防御力が低い。ジュストは自らの弱点を晒した。出力を調節すれば、一発でテクターの解除まで追い込めるシューティングツイスターである、例え威力が低くとも、〈ジャミング・フェノメノ〉を解除させる事は不可能ではないと思ったのだ。


 甲高い音がした。弾丸がアーマーに直撃したのだ。だが〈ジャミング・フェノメノ〉は土煙を掻き分けて〈ラプティック・ブレイヴ〉に肉薄し、手にしたものでシューティングツイスターの銃身をもぎ取った。


〈ジャミング・フェノメノ〉が振るったのは、鞭ではない。いや、かつてのヒノクニの文化圏では、鞭と呼ばれないものである。ヒノクニではしなやかな縄の事を鞭と言うが、隣のシン国ではしなる竹の棒などを鞭と呼んでいた。旧時代の英語圏では、特にケインと表現される武器だった。


 ジャミングスウィンガーである。コンヴァータと一体になった鞭状の可変武器で、さっきまでジュストが使用していたのはウィップモード、そして今はケインモードである。手元のスイッチで電流を流し、繊維を収縮させて硬度を倍加させる。それによって二種類の鞭を使い分けているのだった。


 ジュストは迫り来る二発の弾丸を、ジャミングケインでガードしたのである。


「このっ……」


〈ラプティック・ブレイヴ〉は後退しざまに蹴りを放った。次の瞬間、ルカは浮遊感を覚えていた。軸足を素早く刈り取られて、天地が逆さになっていた。そして着地する寸前、ジャミングウィップの一撃が胴体を襲い、吹き飛ばされている。


「きゃあっ!?」


 地面を陥没させ、砂埃を巻き上げる〈ラプティック・ブレイヴ〉。


〈ユリムラサキ〉は二丁拳銃を乱射した。シューティングツイスターが防がれたのは、狙いが余りにも正確過ぎたからだ。雨のように降り注ぐランダムな銃弾は、防御のしようがない。〈ガギ・ギーガ〉は〈ブロッケン〉のガトリングキャノンを回避していたが、あれはダイアがイアンを気遣っていたのをグラトリが見抜いていたからだった。


〈ジャミング・フェノメノ〉は、だが、踊るような動きで掃射を避けて、あっと言う間に〈ユリムラサキ〉の眼の前までやって来た。苦し紛れに繰り出した〈ユリムラサキ〉のパンチと蹴りを軽々と捌いてしまうと、前蹴りの一発で〈ユリムラサキ〉を吹き飛ばした。


「そんな……〈コトブキ〉程のセンサーもないのに……」


 イツヴァは、〈ジャミング・フェノメノ〉がしてみせた回避行動に驚愕した。〈コトブキ〉はGAF社の最新型コンバット・テクターであり、高性能コンピュータを搭載している。アミカ自身の努力もあるが、それを差し引いてもかなりの反応速度を示す。


〈ジャミング・フェノメノ〉はその足元にも及ばない性能だ。パワー、装甲、機動力……どれを取っても、授業用に支給されるテクターより僅かにマシというくらいだろう。それなのに、〈ラプティック・ブレイヴ〉や〈ユリムラサキ〉を手玉に取ってしまえる。


 これはテクターの性能や能力と言うより、装着者自身のポテンシャルの高さを窺わせるものだった。


「子供相手にむきになるのも格好が悪いが……私はこれでも君たち以上の訓練を積んでいる心算だ。コンバット・テクターを使いこなす為ではなく、テクストロで勝利する為ではなく――人を殺す訓練を」


 ジュストはそう言うと、ジャミングケインを背中にやった。スカイブースターで向かって来た〈コトブキ〉のムサシソード(大)を、見もしないで受け止める。刹那、ジャミングスウィンガーはウィップモードに変形してムサシソード(大)を巻き込み、背負い投げの要領で〈コトブキ〉を投げ飛ばした。


「どれだけテクターがご大層でも、中身が伴わなければ意味がない。逆にお粗末なテクターでも、装着者によっては恐るべき力を発揮する。……〈ククルカン〉はまさにそういうものだ。あのような少年には相応しくない。あれは、我らが王たる者の纏うべきものだ」


 ジュストは仮面の奥で、三人の姿ではなく、病院の方を睨み付けて、言った。






 対峙する〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉と〈ククルカン〉。


 アスランは、自分の背後で悲鳴を上げる男の存在に気付いた。タクマ=ゴルバッサは、自分をいたぶった〈ククルカン〉の出現にすっかり怯え切って、半狂乱状態に陥っている。車椅子を支える彼の姉が、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の視線に気付いて焦りを浮かべた。


「うるせぇな……!」


 アスランは〈ククルカン〉に背中を向け、泣き喚くタクマに襲い掛かろうとした。姉が、タクマの身体に覆い被さるようにして、彼を庇う。


 だが、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉がゴルバッサ姉弟に危害を加える事はなかった。眼を瞑ったタクマの姉は、自分たちと真紅のコンバット・テクターとの間に、白い影が割り込んだのを見た。〈ククルカン〉が、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の拳を両手で受け止めていた。


「ほぅ……」

「……に、げて……早く、逃げて下さい!」


 アキセが言った。リュウゼツランに心を支配されていると思われたアキセだったが、ゴルバッサ姉弟の危機に自我を取り戻して、彼らを守る為に行動した。


「は、はい……!」

「させるか!」


〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉はミドルキックで〈ククルカン〉を押し退け、タクマに拳を振り上げた。〈ククルカン〉がその腰にしがみ付いて引き倒す。その時に伸ばした〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の指先が車椅子を引っ掛けて、タクマを転倒させてしまった。車椅子から、何かがころころと零れ落ちる。


「早く! 逃げるんだ……!」


 アキセは〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉を押さえ付け、タクマを逃がすよう言った。姉はどうにか車椅子を引き起こすと、零れ落ちたものには眼もくれずにその場から去ってゆく。


 暴れる〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の上から退いたアキセは、タクマが落としたものを拾い上げた。それは二本のカプセル……昇華したコンバット・テクターを内包した容器だ。


〈ククルカン〉の左腕の装甲が開き、コンヴァータのカプセルをセットする部分に似たパーツが現れた。そこに〈グランド・バスター〉のカプセルをセットすると、額のランプが輝いてコンピュータが音声入力を開始した。


『ロード完了。このデバイスに対する操作を選択してください』

「……着装!」


 アキセの口は自然と動いていた。すると左腕の装甲がカプセルを呑み込んで閉じ、肘のノズルから金属粒子が放射され始めた。金色の粒子は〈グランド・バスター〉の持つ、鉄塊が如き大剣・ドラゴソードへと変貌した。


 リムーヴァータと同じだった。


〈ククルカン〉は龍殺しの大剣を構え、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉に切っ先を突き付けた。

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