Part5 餓鬼
〈ブロッケン〉のパイルバンカーによって吹き飛ばされたと思われた〈ガギ・ギーガ〉だったが、自分の身体が巻き起こした粉塵の中から帰還した。
無傷であった。
「なかなかの耐久力だな」
ダイアは構えを採りながら言った。ハンマーは破壊され、爪先のナイフは残り一本、ガトリングキャノンは撃ち尽くし、パイルバンカーは再びガスが充填するまでに五分間が必要だ。使える武器はアームセイバーと膝のドリルだが、これは相手に接近しなければ使えない。カラクリの分からない相手に対し、むやみに接近するのは危険と思われた。
「……おっかしいなぁ」
〈ガギ・ギーガ〉の中で、グラトリは呟いた。
「何だか、楽しく、なって来た……」
「悪いが俺はそんな気分じゃないね」
「そんな事を言わないで下さい……もっと、僕と楽しみませんか?」
グラトリがそう言うと、〈ガギ・ギーガ〉に変化が訪れた。腕の剣と、足の爪が解除され、新しい武装が追加されたのだ。それ自体は変な事ではない。〈ラプティック・ブレイヴ〉と同じ、換装タイプのコンバット・テクターだったのだ。
奇妙なのは、〈ガギ・ギーガ〉の最大の特徴であった、その腹部の変化だ。肥満児のようにいびつに膨れ上がった腹部装甲が展開してゆく。内側に秘められていたのは、巨大な口であった。シュバランケの砲身が突き出したのと似ているかもしれないが、〈ククルカン〉の胸の砲口が射出するものであるのに対し、〈ガギ・ギーガ〉はその腹部に吸引し始めた。
「あれは……」
ダイアが自ら捨てた、ハンマーと槍だった。
それが粒子化しながら、〈ガギ・ギーガ〉の腹部に吸収されてゆく。
形状記憶超合金で構成されたコンバット・テクターは、普段は粒子化されてカプセル状の容器に入れられている。コンヴァータを使って噴射すれば自ずと形を成し、装着者がテクター解除の意志を見せれば再び昇華されてカプセルに戻る。
テクターのシステムには基本的にロック機能があり、使用者として登録されていない人間には、テクターを装着したり粒子状に戻したりする事は出来ない。アキセが〈ククルカン〉を装着出来たのは、それまでの修理で情報がフォーマットされていたからである。〈ラプティック・ブレイヴ〉のスカイブースターを〈コトブキ〉が使用したのは、ルカによってブースターの所有権が一時的にアミカに譲渡されたからである。
だが、ダイアは〈ブロッケン〉の武器に至るまで、自らの情報を登録し、そして何者にも譲渡していない。その筈の〈ブロッケン〉の武器を、〈ガギ・ギーガ〉は粒子化してしまった。
「リムーバブルコンヴァータか!?」
ダイアは、〈ガギ・ギーガ〉の腹部の形状を見て、コンヴァータの噴射口を思い出した。大きさこそかなり異なっているが、あれはまさにコンヴァータだ。
そしてその大型の噴射口は、一時問題になった、コンバット・テクター狩りに使用されたものであった。
素行不良を理由にテクストロへの出場権失効や国家公務員試験の受験拒否に対し、市民の間で不満の嵐が巻き起こった時期がある。その頃、町の不良グループやRCFヤクザと呼ばれる性質の悪い連中が、RCFを学ぶ人間に路上で喧嘩を仕掛け、コンバット・テクターを奪い取るという事件を繰り返していた。
その時に使われたのが、あのリムーバブルコンヴァータ……通称、リムーヴァータである。相手のコンバット・テクターのコンピュータにアクセスして、権限を強制的に剥奪してしまうものだ。情報がフォーマットされれば、後は奪い取った側で好きなようにする事が出来る。
高級なコンバット・テクターを奪い取り、裏市場に横流しするような事もあった。
だが、〈ガギ・ギーガ〉の使ったリムーヴァータは、その時のものよりもかなりコンパクトだった。そして何より、コンバット・テクターにリムーヴァータを搭載する事が出来るようになっている。当時のものは自動車程の大きさが必要で、ロックオン機能が低く、対象以外のコンバット・テクターまでも吸引してしまった。〈ガギ・ギーガ〉ではその点が改善されていた。
そして――
「ま、こんなものかな……」
リムーヴァータの砲身が吸引した時とは逆回転をして、今度は粒子を噴射した。〈ガギ・ギーガ〉の手には、〈ブロッケン〉の十手を合体させた槍が握られていた。又、ハンマー部分には打撃面の反対側にノズルが取り付けられ、ハンマーの下の辺りから〈ブロッケン〉のナイフが突き出していた。更に石突きの方には三角錐状の突起が確認され、それはさっきまで〈ガギ・ギーガ〉の両足に装着されていた爪だと分かった。
「奪い取った相手の武器を、作り変える事が出来るのか?」
ダイアはすぐさま、〈ガギ・ギーガ〉の特性を見抜いた。
「ピンポーン。それが〈ガギ・ギーガ〉のハンスウ機能です」
〈ガギ・ギーガ〉は新たに作り出したハンマーで、〈ブロッケン〉に襲い掛かった。振り上げたハンマーを頭上から打ち下ろす。横に飛んで躱した〈ブロッケン〉に対し、〈ガギ・ギーガ〉は手の中でハンマーを半回転、後部のノズルから噴射を行ない、ハンマーを鋭く素早く重々しく、打ち上げた。
〈ブロッケン〉は両腕を交差してハンマーをガードするものの、その下に取り付けられたナイフによって胸元を突き刺された。貫通こそしなかったが、スキン・アーマーをもう少しで通過する所だった。
〈ブロッケン〉の身体が、ブーストを受けたハンマーの一撃で打ち上げられる。〈ガギ・ギーガ〉は槍を回転させ、石突きで刺突した。残った左足のナイフで突起を受けるが、突起は展開して爪を成し、〈ブロッケン〉の左足に喰らい付いて来た。〈ブロッケン〉はそのまま、地面に投げ落とされる。
「ダイア一佐!」
アミカが声を上げた。ルカたちの下へ救援に戻ろうかと思ったが、ダイアも〈ガギ・ギーガ〉の奇策によって窮地だ。真面目な少女は逡巡した。
迷いを断ち切ったのはイアンだった。
「着甲!」
アミカから渡されたコンヴァータを起動して、自分の身体に蒸着した。車椅子から紫の霧と共に立ち上がったのは、〈パープル・ペイン〉に似ていたが、全体的に装甲が分厚くヴォリュームアップが図られているコンバット・テクターだ。
「ここは俺に任せろ」
〈パープル・ペイン改〉は、サポーティブ・ウェアの機能を持っている。だからイアンは再び立ち上がれたのであった。〈ククルカン〉の試運転で父親に重傷を負わせてしまったイアンが、父が復帰出来るようにと作製していたサポーティブ・ウェアに、〈パープル・ペイン〉のデータを組み込んだのだ。
イツヴァの協力があっても、プログラムを粒子状のアーマーに組み込んで構成する事しか出来なかったので、完成とは言い難い。しかし、それでも〈ブロッケン〉のサポートにはなれる。そういう自信があった。
「行け、アミカちゃん!」
「……わ、分かりました……!」
〈コトブキ〉は、ルカから託されたブースターで、ジュストと戦う〈ラプティック・ブレイヴ〉と〈ユリムラサキ〉の下へ向かった。
〈パープル・ペイン改〉を纏ったイアンは、〈ブロッケン〉の胸の上に膝を落とした〈ガギ・ギーガ〉に接近する。身体機能をサポートする機構を増やしたお陰で、以前の高機動は殆ど出来なくなっていると言って良いだろう。だが、身体を動かす痛みを感じない程度には、戦う事が出来る。
〈パープル・ペイン改〉は右腕を前に上げた。指先からマシンガンを発射する。〈ガギ・ギーガ〉はそれを見て後方に飛んだ。それを追って、今度は左腕を前に出した。腕の装甲がせり上がり、カノン砲が現れ、〈ガギ・ギーガ〉を迫撃した。
「……イアンくん?」
立ち上がったダイアは、〈パープル・ペイン改〉を纏ったイアンを見た。
〈パープル・ペイン改〉は、まるで何世代も前のロボットのようなぎこちない動きで、〈ブロッケン〉に歩み寄った。右足と右腕を一緒に出し、しっかりと地面を踏み締めてから次の一歩を踏み出す。前時代の巨大コンバット・テクター……汎用人型巨大兵器でさえ、もっとスムーズな動きをする。
だが、もうRCFには復帰出来ないと言われていた少年が、たった二日で自ら立ち上がる事をやってのけてしまったのだ。ダイアとても、畏敬の念を感じる事を禁じ得ない。
「凄いな、君は……」
「……俺のやり方には合いませんが……」
イアンは〈ブロッケン〉の横に立ち、言った。〈パープル・ペイン改〉は、頸を痛めているイアンでも周囲の状況をすぐに察知出来るよう、バイザー状になったカメラが頭部のぐるりを覆っている。
「少しは、これで貴方に見劣りしないようになれましたか」
「――ふ……凄いな、君は」
もう一度言いながら、〈ブロッケン〉は〈パープル・ペイン改〉の肩に、優しく手を置いた。以前の〈パープル・ペイン〉は機動力を生かす戦闘をする為、装甲を薄くし、出来るだけイアンのボディラインに沿ったデザインだった。〈パープル・ペイン改〉はアクチュエータの数を三倍に増やし、少しの力で数倍のパワーを発揮出来るようになった。可動部位を保護するのに装甲も厚くなり、防御力も遥かにアップしている。
重武装の〈ブロッケン〉と並んでも、見劣りしない逞しさだ。
「全く……楽しいじゃないですか! もっと、やりたくなるじゃありませんか!」
〈ガギ・ギーガ〉が改めてハンマーを構え直し、二人に向き合った。
黒い重戦士と、紫の機動騎士が、〈ガギ・ギーガ〉と対峙する。
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