Part4 破壊

 次元が違う――


 若し、テクストロの審判たちがその戦いを見たら、きっとそのように評しただろう。


 リュウゼツランを発動した〈ククルカン〉と、アムリタシステムによってアシュラモードの力を発揮する〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の戦いだ。


 どちらも素早く、力強く、正確で、大胆だった。


 武器も構えずに突撃する〈ククルカン〉の速度は、レース場くらいでしか見る事がないと思われる。僅か一センチ進むだけで、周囲が真空状態になり、接近すれば人の皮膚など簡単に裂けてしまう。


 その突撃を、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は受け流す。物体の速度が上がれば上がる程、他所からの衝撃によって進行方向を容易く変えられてしまう。〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉はアムリタシステムが齎す反応速度によって、〈ククルカン〉を病院の建物の方向へ導く事に成功した。


 病院の壁にミサイルの如く襲い掛かった〈ククルカン〉だったが、まさかの急制動をしてみせた。そのまま上昇して反転し、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉目掛けて蹴りを叩き込もうとする。コンクリートの地面が大きく陥没したが、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は既にその場から掻き消えている。


 かと思いきや、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は〈ククルカン〉の爪先が突き立った地面のすぐ脇から、槍を突き出して来た。凄まじい速度で落下する蹴りの直前、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は地面に潜って地上から消え、動きが止まったと見えた一瞬に奇襲を掛けた。


〈ククルカン〉は槍の穂先を手で受け止め、槍の柄に背中を預ける形になるよう反転し、バックブローで地面に埋まった〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉を狙った。


〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は全身から放熱してコンクリートを溶融し、槍の石突きを地面に突き立ててジャンプした。〈ククルカン〉は裏拳の勢いで身体を倒しざま、背中側から脚を回して踵蹴りを頭上に喰らわせようとする。


 蹴りは不発に終わったが、〈ククルカン〉の狙いは〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉本体ではない。〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉がジャンプに使った槍に、展開した踵の爪が喰らい付いた。槍は呆気なく圧し折られて、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉がバランスを崩して落下する。


〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は肩の両手を地面に突くと逆立ちの形で、残る四本を使って〈ククルカン〉の軸足を捕まえようとした。するとその軸足が見事に跳ねて、体操選手のような素晴らしいひねりを見せ、〈ククルカン〉は斜めから右の浴びせ蹴りを叩き付けようとした。


〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は振り下ろされた〈ククルカン〉の蹴り足を、両脚を交差して受け止める。〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉が自ら身体をねじって、〈ククルカン〉を放り投げる。〈ククルカン〉は空中に舞い上がり、そのまま上昇しようとした。


「させるか!」


 アスランは〈ククルカン〉が、太陽エネルギーをチャージしてシュバランケを放とうとしていると感じた。〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は病院の壁に飛び移ると、六つの腕を使って蜘蛛のように素早く建物に上り詰めた。病室の窓からその姿を見た入院患者や看護師は、さっきから続いていた衝撃の正体を、漸く知った事になる。


 屋上までやって来た〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉と、滞空する〈ククルカン〉が対峙する。〈ククルカン〉がシュバランケを使うのにフンアフプーでエネルギーチャージを行なう時間は、最低でも七秒間。本体のエネルギー残量によっては、その何倍もの時間が必要だ。


 今回は〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉との戦いで疲労していたので、少なく見積もっても一二秒は必要だった。コンバット・テクター同士の対決に於いては、僅かコンマ秒の隙であっても命取りになるにも関わらず。


「シュバランケ程の威力はないが、チャージ時間はこっちの方が短いぜ!」


 アスランは自分の両手を胸の前で合わせ、ゆっくりと掌を左右に広げてゆく。掌の間に光球が作り上げられていた。アムリタシステムはリュウゼツランと同じく、内分泌物質を操作するが、それに用いているのは特殊な植物から作り出された違法薬物である。薬草から抽出した液体は常に〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉内を駆け巡っており、それが手首のアーマー内で高温により蒸発、そしてプラズマ化しているのだ。


「プラズマハリケーン!」


〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉が掌からプラズマジェットを発射した。物体を容易に気化せしめる超高温の奔流だ。〈ククルカン〉はエネルギーチャージを中止して、太陽光を蓄えた翼を折り畳んだ。翼からエネルギーが逆流する。電磁フィールドだった。


〈ククルカン〉に直撃したプラズマジェットはねじ曲げられ、あらゆる方向に飛び散ってゆく。駐車場のコンクリートを抉り、停まっていた車を切断し、病院の建物に風穴を開けた。


 恐るべき破壊を齎す兵器だった。そして、不意を突かれたにも拘らず無傷でその兵器をやり過ごした〈ククルカン〉も亦、驚異的な力を持つ武器だった。


〈ククルカン〉は額のランプを煌々と輝かせると、プラズマハリケーンを放って硬直している〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉に向かって突進した。ただでさえアシュラモードによって全身が高熱に苛まれているアスランだ、プラズマハリケーンを発動させるのに必要な熱量には、流石のアムリタシステムでも抗い難かった。


〈ククルカン〉の突撃を、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は両肩と両腰の腕でガードした。だが〈ククルカン〉は両手で〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉を抱きかかえると、そのまま病院の屋上の中央から、建物の中に敵を叩き込んでゆく。屋上を抜き、天井を複数抜き、床を破壊して、赤い鬼人と白い魔人が病院のフロントまで墜落していった。


 殆ど避難誘導が終わっていたのだろう、各階をぶち抜いた際の犠牲者は確認されなかったが、フロントに留まっていた病院のスタッフの数名は、患者を庇う為に降り注ぐ瓦礫の中に身を躍らせ、重傷を負い、或いは圧死した。二つのコンバット・テクターが放つ熱によって、皮膚を焼かれた者もいるかもしれない。


 しかし、元よりテロリストのアスランは当然として、リュウゼツランによって自我を失い掛けているアキセも、周囲の被害を気にする事はなかった。


〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉を引き起こし、拳を叩き込む〈ククルカン〉。次いで繰り出した左のストレートは、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の肩の右手によって受け止められたが、そのまま掌をぶち抜いて肘まで真っ二つに引き裂いた。


「ぐぉぉぉぉっ!?」


 アスランが悲鳴を上げた。彼本来の腕は左右一本ずつ。だが、自在に動く他の四本の腕にも、アスランの神経は及んでいる。だからこそ、自動ながらも機械(オートマ)チックではない動きが出来たのだ。破壊されれば、ダメージのフィードバックがあるのは当然の事だった。


〈ククルカン〉は、今度は右腰の腕に狙いを定めた。〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉を脅威たらしめているのが、アスランの意思で人間を越えた動きを行なう四本の腕にあると理解し、破壊しようと、〈ククルカン〉は決断した。


 鋭いローキックで、右腰の腕を狙う。それを、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉はブロックした。腕を破壊された痛みは、アムリタシステムによって怒りに変わり、それが更に〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の力を引き出してゆく。


〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は〈ククルカン〉の左足を右腰の手で捉え、左の拳で顔面を打ち抜いた。それを、〈ククルカン〉の右手が受け止める。〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の左肩の腕が、〈ククルカン〉の右肘にあてがわれた。左腰の腕が、〈ククルカン〉の拳と〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の右手に覆い被さって固定し、右腰の腕をぐっと押し込んだ。


〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉が、〈ククルカン〉を押し倒すような形になる。だが完全に倒れ込む瞬間、〈ククルカン〉は空いていた右膝を立てて敵のヘルメットに押し当てた。これで、地面に倒れた時の衝撃がそのまま〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の頭部に集中する事になる。


〈ククルカン〉の膝が、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の頸から嫌な音をさせた。ヘルメットの正面に当たる部分が、斜め後ろの方を向く。それと同時に、〈ククルカン〉の右腕が明後日の方向を向いていた。打撃に対しては高い防御力を発揮するコンバット・テクターであるが、関節に対して攻撃を加えられると意外な程に脆いのだ。


 二人は、ほんの一瞬、動きを停止したように見えた。だがすぐに、互いに弾かれたように立ち上がって距離を取った。倒れ込んだ二人が床に作った大穴を挟むようにして、睨み合っている。


 どちらも、既に武器は持っていなかった。シュバランケやプラズマハリケーンを使うには、チャージ時間が必要だ。天井が低く、障害物も多い病院のフロントでは、それらを使う隙はない。


 アスランの〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉が、全身から白い煙を吐き出し始めていた。アシュラモードの制限時間が近付いているのだ。内部の人間を守る為に、強制冷却を始めようとしている。触れれば火傷では済まない熱を、装甲が孕んでいるのだった。


〈ククルカン〉にそれはない。〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の限界が近い事を理解した〈ククルカン〉は自慢の機動力で接近し、肉弾戦にて決着を付ける事を選択する。


 その動きが不意に止まった。


「ひぃぃぃぃぃぃあああぁぁぁ~~~~~っ!」


 そんな叫びが、破壊されたフロントに響いたからだ。

〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の後方に、車椅子の上で暴れるタクマの姿があった。

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