Part3 連携
着甲したルカたちを、ジュストは簡単にあしらった。
スカイブースター装備の〈ラプティック・ブレイヴ〉の突撃を、鞭で地面を叩く事で起こした土煙に紛れて躱す。その中に撃ち込まれる〈ユリムラサキ〉の射撃も、全て鞭をしならせてはたき落とした。近接武器が主な〈コトブキ〉に関しては、鞭に阻まれて近付く事さえ出来ない。
二人がジュストを引き寄せて、一人がイアンの救助に向かおうともしたのだが、ジュストは見事に三人の連携を見破った。
驚くべきは、ジュストも恐らく持っているであろうコンバット・テクターを、彼女はまだ使用していないという事だ。その手に持った鞭だけで、三人のコンバット・テクター遣いを翻弄している。
「時間の無駄だな」
溜め息を吐きながら、ジュストが言った。
「何ですって!?」
ルカが憤り、ブースターを吹かして接近する。スカイブースターからインパルスセイバーを引き抜いた。切断武器と言うよりは、事実上、電撃を発生させる鈍器である。スタンガンの数百倍の威力を持ち、人間が喰らえば簡単に死に至る可能性がある。RCFの会場くらいでしか使えない武器を、生身の相手に対して使用すると決意したのだった。
ふん、と、鼻を鳴らしたジュストが鞭を唸らせる。ルカは低空を飛びながら身体をひねり、振り下ろされた鞭を回避した。バレルロールの後、再び地面と平行に滑空するのだが、胴体をしたたかに打ち据えられた。鞭を引き戻す動きだ。
「うぁっ!」
花壇に打ち付けられる〈ラプティック・ブレイヴ〉。直後、イツヴァとアミカはジュストの左右に展開するように動いた。〈ユリムラサキ〉は二丁拳銃を構え、〈コトブキ〉は真っ直ぐにイアン救出に向かう。
ジュストは冷静だ。鞭が狙ったのは、〈コトブキ〉の方であった。〈コトブキ〉は迫り来る鞭をセンサーで捉え、切断のヴィジョンを見ていた筈だが呆気なく捕まえられると、ぐぃと引っ張り上げられた。ジュストはハンマー投げの選手のように身体を回転させ、〈コトブキ〉を砲弾にして〈ユリムラサキ〉目掛けて放り投げる。
「え!? あ、アミカ先輩!」
「うっ――きゃああっ!?」
〈ユリムラサキ〉は既にジュストに対して射撃を始めており、彼女と位置を入れ替えるようになったアミカの〈コトブキ〉に銃弾が撃ち込まれてしまった。対人という事で、テクストロ用の圧縮ゴム弾を更に威力を弱くして使用していたのだが、それが却ってコンバット・テクターを纏った人間にとっては苦痛だ。コンバット・テクターが解除されてガスを破裂させないにも拘らず、装甲の内側に衝撃が伝わるのである。
銃弾を全身に浴びた〈コトブキ〉が、〈ユリムラサキ〉の身体に激突し、折り重なるようにして倒れ込んだ。
「このぉっ!」
立ち上がった〈ラプティック・ブレイヴ〉が、ジュストの背後から襲い掛かる。ジュストは振り返る事もなく鞭を真横に振り出した。手首のスナップによって鞭の先端が軌道を変え、〈ラプティック・ブレイヴ〉とジュストの背中の間に入り込んだ。
咄嗟にバックして鞭を避けた〈ラプティック・ブレイヴ〉、背中から襲い掛かるのはルカの趣味ではなかったが、この際、綺麗事を言っている暇はない。
インパルスセイバーで刺突を喰らわせ、黙らせる。見事な片手突きが、ジュストの背中に決まった。
だがそう思った瞬間、ジュストの鞭がインパルスセイバーに絡み付き、ルカの手から簡単に奪い取ってしまった。そしてジュストは左手でセイバーを受け取ると、身体を半回転させて奪い取った剣で〈ラプティック・ブレイヴ〉の横っ面を強打した。
ルカの眼の前でスパークが走り、眼が眩む。倒れ込んだ〈ラプティック・ブレイヴ〉の胸元に、ジュストが鉄の靴底を落として来た。
「そこそこ骨があるかと思ったが、やはり、子供は子供……相手にならないな」
「このっ……人の上に、いつまでも乗ってないでよ!」
ルカはジュストの足首を掴んだ。ブーツ越しとは言え、コンバット・テクターの力を使えば簡単に握り潰せると思った。しかし〈ラプティック・ブレイヴ〉はルカの言う事を聞かず、力を殆ど発揮しない。
「な、何で? どういう事、〈ラプティック・ブレイヴ〉!」
「機械人形に見限られたか? それもそうだ、兵器とは戦いに勝つ為のもの、負け戦に臨む子供などに、力を貸すなどあるものか」
インパルスセイバーを投げ捨てたジュストは足を除けると、〈ラプティック・ブレイヴ〉を引き起こし、ハイキックを見舞った。ヘルメットを揺さ振られたルカは、モニターがぐにゃりと歪むのを見た。今のでカメラが壊れた!? 確認するより早く、ジュストの手が動いていた。ジュストは鞭を〈ラプティック・ブレイヴ〉の右腕に巻き付け、斜め下に引き寄せた。そしてバランスが崩れたルカの脚を強く払って、空中で一回転させて尻餅を付かせた。
鉄の靴底が、今度は顔の正面を襲った。ルカは、そのまま背後に倒れてしまった。
「る、ルカちゃんっ……!」
アミカが〈ユリムラサキ〉の上から退いて、立ち上がる。そのままジュストに向かってゆきそうだったのを、イツヴァは止めた。
「アミカ先輩、何か妙です」
「妙って?」
「私たちの事です」
「私たち!?」
「さっき、〈コトブキ〉をあの人の鞭は捕らえました……〈コトブキ〉はかなり高度な感知システムを搭載している筈です、どうして躱せなかったんですか?」
そう言えば、と、アミカは思い出した。〈コトブキ〉の性能ならば、機関銃の弾くらいならば容易にガードするばかりか、切断する事も可能だ。それなのに、鞭の一撃を躱せないという事はない。〈コトブキ〉が察知出来ないとは思えなかった。
「それに、さっきルカ先輩も……」
〈ラプティック・ブレイヴ〉が立ち上がろうとしている。その前で、ジュストは悠然と鞭を構えていた。
イツヴァが言っているのは、ルカがジュストの足首を握り潰そうとしたのに、テクターが力を発揮出来なかった事だ。
「何かカラクリがあるのかもしれません。例えば、私たちのアーマーの機能を低下させるとか……」
「――イツヴァちゃんの方が、私より〈コトブキ〉を使うのに向いてるかもね……」
イツヴァの洞察力に舌を巻きながら、アミカが腰の大小二刀を抜き放った。左の二刀はムサシソードという。ムサシソード(大)を右側に垂らし、ムサシソード(小)を身体の前で横にして構えたアミカは、〈コトブキ〉のヤマトスキャンでジュストの秘密を解析しようとした。だが、ジュストの身体のあらゆる部分に、“unknown”の表示が出ている。
「無駄だ、何をしてもな」
ジュストは鞭を奔らせた。センサーが危機を知らせるが、すぐに停止してしまった。アラートの直後に身体を動かすサポート型であるにも関わらず、〈コトブキ〉は反応を示さずに、アミカのガードが遅れた。
ムサシソード(小)で、どうにか鞭を弾き飛ばした。だが鞭は蛇のように〈コトブキ〉に襲い掛かる。〈コトブキ〉の前に〈ユリムラサキ〉が入り込んで、二丁拳銃を交差させて鞭を受け止めた。
『先輩!』
イツヴァが通信した。アミカとルカが同時に動く。鞭を自分の腕に巻き付けてジュストを固定した〈ユリムラサキ〉、その隙に〈ラプティック・ブレイヴ〉と〈コトブキ〉でジュストを攻撃せよというのだ。
横手から〈ラプティック・ブレイヴ〉が蹴り付ける。下段を狙ったキックを、ジュストはバレリーナのように身体を回転させて躱した。そこに迫る〈コトブキ〉の二刀、ジュストは鞭を引き戻そうとするが〈ユリムラサキ〉は離さない。ぴんと張られた鞭に、ジュストの動きは拘束されている。
〈コトブキ〉は手の中でムサシソードを半回転させ、峰打ちを仕掛けた。切断力を有さない峰打ちならば相手を斬り殺す事はないが、それでも十分な打ち込みを行なえば骨を砕く事は容易い。
ジュストはにっと唇を吊り上げると、身体から力を抜いた。張り詰めていた鞭が緩み、〈ユリムラサキ〉が鞭を引っ張っていた力に流されて、舞うようにして空中を移動する。〈コトブキ〉の剣を回避したジュストに動揺したイツヴァに接近したジュストは、飛び回し蹴りを〈ユリムラサキ〉の頸元に叩き付けた。
「がっ……」
イツヴァが空気を吐き出して倒れる。右腕に内蔵した小型ガトリングを動かそうと手を持ち上げるが、起動しない。やはり、ジュストは何らかの手段を用いて、コンバット・テクターを無力化しているのだ。
「そこそこ頑張ったな、学生諸君。だがもうそろそろ諦めたらどうだ」
ジュストが勝ち誇りさえせずに言った。学生に勝ったとしても、嬉しさなど一つもない。当然の結果な上、少々遊び過ぎた事を嫌悪してさえいた。
「はぁっ!」
するとスカイブースターで加速した〈ラプティック・ブレイヴ〉が飛び込んで来る。遅れながらも〈コトブキ〉が駆け出していた。
ジュストは鞭を引き戻して、〈ラプティック・ブレイヴ〉と〈コトブキ〉を順次撃墜しようとした。
〈ラプティック・ブレイヴ〉の速度が、眼に見えて低下する。内部のルカはそれに気付いているだろうか。
ジュストが腕を振るった。その時、ルカは自らスカイブースターを切り離し、前方回転受け身を取って、鞭を素早く掻い潜った。
「ん!」
スカイブースターだけが、ジュストに向かって飛んでゆく。かと思いきや、そのスカイブースターに〈コトブキ〉が跳躍して組み付いた。ブースターは粒子化した後に再構成された、〈コトブキ〉の翼として。
〈コトブキ〉はブースターから推進剤を噴射して、ジュストの上を通り抜ける。スピードが落ちる瞬間はあったものの、ジュストから離れると速度を取り戻した。
〈コトブキ〉を追う事をやめたジュストは、急接近を成功させた〈ラプティック・ブレイヴ〉を見下ろした。ルカは既にブースターを切り替えていた。スナイパーライフルモードのシューティングツイスターだったが、ジュストの腹に押し当てているので照準を付ける必要はない。
ジュストは後方に飛んだ。軍服の腹の辺りを、シューティングツイスターの弾丸が引き千切ってゆく。皮膚が熱を帯びて避け、振動が内臓を揺さ振った。
逃げたジュストを〈ラプティック・ブレイヴ〉は追わず、ツイスターを〈ブロッケン〉と戦う〈ガギ・ギーガ〉に向けていた。そしてジュストには、機能を回復した〈ユリムラサキ〉が、両腕のガトリングを突き付けている。
イツヴァは容赦しなかった。銃身が唸りを上げて回転する。〈ブロッケン〉のガトリングキャノン程の威力も弾数もないが、生身にこの距離で大量のゴム弾を受ければ、全身の骨がばらばらになってしまうくらいのダメージはあるだろう。
「――っ、着甲!」
ジュストは苦し紛れに叫んだ。鞭を大きく振るい、円を作り出した。鞭の表面から金属粒子が放射され、ジュストの身体に吹き付けられる。コンヴァータが武器を兼ねているのは、珍しいという程ではなかった。
〈ユリムラサキ〉のガトリングを浴びながらも、ジュストは自らのコンバット・テクターを纏い終えていた。
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