Part2 飛来

〈ガギ・ギーガ〉は素早かった。脚部のスプリングを駆使して〈ブロッケン〉の攻撃を避け、すぐさま転進して両腕の剣で斬り掛かって来る。重量自体は〈ブロッケン〉よりも軽いので威力も低くなるが、なかなか攻めにゆけないストレスが〈ブロッケン〉を纏うダイアを襲っていた。


「ちぃっ」


〈ブロッケン〉は左肩のガトリングキャノンを突き出そうとするのだが、すると〈ガギ・ギーガ〉は倒れ込んでいるイアンの前に移動して、掃射をさせまいとする。グラトリを仕留める事はそれで出来るかもしれないが、その場合はイアンを犠牲にする事になる。


〈ブロッケン〉は既にハンマーの先端を捨てており、足に仕込んだナイフを長い柄の先端に取り付け、手頃な槍として用いていた。リーチの長さで言えば〈ガギ・ギーガ〉に勝るものの、守るべきものがないグラトリの自在な攻めの前にたじたじになっていた。


 それに、あの特異な腹部が気に掛かっている。仮に両腕の剣を叩き落とし、ジャンプ力を削いだとしても、シルエットを不細工にしているあの装甲に何か秘密が隠されているのかもしれなかった。コンバット・テクターを破壊する特殊な兵器ならばまだしも、自決用の爆弾だとすればその規模如何によっては、下手な攻撃は周囲を巻き込みかねない。


「こんなものですか、〈ブロッケン〉の実力は」


 グラトリが嘲るように言った。グラトリは恐らく〈ブロッケン〉の武器を調査し終えている。五年前の大会で圧倒的な力を見せ付けて優勝し、その年の内にいきなり戦場に駆り出されたダイア=ギルバートの〈ブロッケン〉だ。データは何処にでも転がっている。


「俺はゴキブリが嫌いなんだ。普段は顔を出さないくせに、いざ光の中に出て来たとなればすばしっこく逃げ回る奴らがな」

「それは僕らの事ですか? ふふっ、言い得て妙という奴ですね……」


 ダイアとしては挑発の心算だったが、グラトリは揺らがなかった。こうした安い挑発は、アスランのように直情的な性格の相手には通用するが、グラトリのように冷静な相手には効果がない。


〈ブロッケン〉は槍を大きく振り上げ、突っ込みながら振り下ろした。〈ガギ・ギーガ〉は上空に飛び、槍の一撃はコンクリートを陥没させた。


〈ガギ・ギーガ〉は空中で身体をひねると、ドロップキックを〈ブロッケン〉に降らせた。ダイアは左腕で受け止め、下から槍を跳ね上げるのだが、〈ガギ・ギーガ〉は防御に使った腕を蹴って反転し、花壇の方に着地してしまう。


 イアンのすぐ傍だった。

 イアンは腕や脚を少しだけ動かす事が出来るが、頸や胴体をひねる事が出来ない。なので普段は何でもない車椅子も、まるで錨のように感じていた。


 それが、悔しい。


 眼の前で自分の憧れが、テロリスト如きに苦戦している。


〈ブロッケン〉はその装備を見ても分かるが、殲滅戦を得意とするコンバット・テクターだ。間合いの中の敵をハンマーや膝ドリルで叩き潰し、逃げ出した相手にはガトリングキャノンをお見舞いする。防御力も一級品で、身一つで乗り込んでゆけば過激派のコンバット・テクター使いの群れに対しても勝利を収めるだろう。


 だがその火力は、今のイアンのような足手まといがいては自由に発揮出来ない。


 ――コンバット・テクターさえ、あれば。


 イアンは唇を噛み締めた。


〈パープル・ペイン〉さえあれば、ダイアと一緒に戦う事が出来るのに。リュウゼツランによって暴走する事を恐れたアキセに、再び〈ククルカン〉を使わせる事などなかったのに。


「畜生……」


 イアンは歯を軋らせた。


 俺がやって来たものは、この程度だったのか。

 不意打ちとは言え、あんな少女にやられて破れる程度の夢だったのか!?


 泣き出してしまいたかった。しかし、イアンはそれを堪えた。

 眼の前で戦っているのは、自分が憧れた男だ。

 その人の前で、泣くなど許されない。情けない男である事など許されないのだ。


「ダイア一佐!」


〈ブロッケン〉の槍の穂先を、〈ガギ・ギーガ〉の剣が圧し折った。〈ブロッケン〉は自ら槍を手放して、接近戦を挑んだ。脚タックルを仕掛けて転ばせてしまおうというのである。


〈ガギ・ギーガ〉は跳躍しざまに、軸足も同時に跳ね上げ、爪で〈ブロッケン〉の頭部を狙った。ダイアはタックルに失敗し、瞬間的に赤熱化した足の爪によってヘルメットを削られてしまった。


 怯んだ〈ブロッケン〉の背中を踏み台にして、〈ガギ・ギーガ〉が更に飛ぶ。〈ブロッケン〉は倒れまいと両手を前に突いたが、肘をバネにして両足を繰り出した。〈ガギ・ギーガ〉の両足とぶつかり合い、互いに爆ぜるようにして離れて行った。


「ダイア一佐! 撃てッ!」


〈ガギ・ギーガ〉が着地したのを見て、イアンが叫んだ。顎を固定しているので大声を出してはいけないと言われたが、今はそんな事を気にしている場合ではない。


 ダイアにその声は届いたらしい。左肩のガトリングキャノンがぐっと突き出し、回転を始めた。〈ガギ・ギーガ〉がイアンの方に逃げて来る。


〈ブロッケン〉は〈ガギ・ギーガ〉を追って砲身を回転させた。コンクリートが弾け、花壇と仕切っていたブロックが吹っ飛び、咲き乱れていた花が無残に燃え尽きて行った。


 グラトリは何度もそうやったように、イアンの前に立ちはだかった。発射されるガトリングを避ければ、イアンが蜂の巣になる。軍人が一般人を、しかも怪我人を射殺したとなれば、例え任務中の事であっても連盟の信頼はがた落ちだ。


 そう思ったグラトリだったが、〈ブロッケン〉はガトリングを止めなかった。流石にグラトリも驚いたが、それならばそれで構わぬと弾丸の雨から離脱した。倒れ込んだ車椅子のイアンに、銃弾が降り注ぐ。


 と――


「イアンくん!」


 猛スピードで、白と赤のコンバット・テクターが接近して来た。本来は〈ラプティック・ブレイヴ〉の高機動装備であるスカイブースターを装着した、アミカの〈コトブキ〉だ。


〈コトブキ〉はイアンと銃弾の間に滑り込むと、背中の直刀を抜いて素早く振り回した。


「へぇ……」


 グラトリは流石に驚嘆した。〈コトブキ〉の直刀・ハットリソードは、〈ブロッケン〉のガトリングの弾丸を全て斬り裂き、撃ち漏らした分は刀身にめり込ませて、イアンを守り抜いたのだった。


「やるじゃない」


 そう呟いたグラトリに向かって、右腕を振りかぶった〈ブロッケン〉が肉薄した。右腕には確か、パイルバンカーが仕込まれている筈だ。それを喰らえば〈ガギ・ギーガ〉としてただでは済まない。すぐさま離脱しようとしたグラトリだったが、思わぬ方向からの衝撃に行動を遅らされた。


 見ると病院の建物の近くに、ライフルを構えた三原色トリコロールのコンバット・テクターの姿がある。スナイパーライフルモードとマシンガンモードに組み替えるシューティングツイスターと、マルチロックオンを可能とするコンピュータ搭載スコープを装着した、〈ラプティック・ブレイヴ〉ブラストブースター装備だ。


 その遠距離攻撃に怯んだ〈ガギ・ギーガ〉に、〈ブロッケン〉のパイルバンカーが炸裂した。剛腕から繰り出される右ストレート、そして肘から先のアーマーが、内部のガスを爆発させる事で射出され、〈ガギ・ギーガ〉を吹き飛ばすのだ。


〈ガギ・ギーガ〉は空中で何度も回転しながら吹っ飛び、東屋を破壊して漸く、土煙の中で止まる事が出来た。


「凄いな……」


 ダイアは〈コトブキ〉の見せた神業に感歎した。まさかガトリングの弾を、一対の短い直刀で弾き落とす人間がいるとは思わなかった。〈ブロッケン〉が、イアンの車椅子を起こしている紅白のコンバット・テクターに歩み寄ってゆく。


「え……ぶ、〈ブロッケン〉? って事は、やっぱり……」

「仮面越しに失礼、ダイア=ギルバート一等陸佐だ」

「ふぇぇぇぇ!? あ、あの、ダイア選手……!? な、何でこんな所に……?」


 アミカはコンバット・テクターを装着したまま、わちゃわちゃと落ち着きなく動き回った。イアンでなくともダイア=ギルバートの事は英雄と思っている。


「仕事でね。それで、君のコンバット・テクターだが……」

「は、はいッ! こ……〈コトブキ〉といいます! タイプとしては感知・サポート型で、精密動作が得意なアーマーであります!」

「〈コトブキ〉……ああ、確か、GAF社の最新型アーマーだったね?」

「アミカちゃんのお父さんが、GAFの重役なんです」


 起き上がらせて貰ったイアンが言った。


 アミカのフルネームは、アミカ=ゲンジ。ゲンジ家はGAFコーポレーション創業に立ち会った一族で、アミカは現在のゲンジ家党首の、後妻の連れ子だ。前妻は子供を産んで間もなく亡くなり、その息子も優秀には育たず家出した。幼いアミカを義父は存分に甘やかし、様々な良環境を提供した。最新型の〈コトブキ〉を渡したのも、その為である。


「イアンくん……!」


 アミカは少し不満そうだった。父には感謝しているし、それに甘えてばかりいた訳ではない。だからこそ、自分がゲンジ家の七光りであるように思われるのが嫌だった。


「分かっているよ。それより、イツヴァからあれを預かってないか」

「……これ……」


 アミカはコンヴァータと二本のカプセルを取り出した。〈パープル・ペイン〉を内包したものと似ているが少し違うように見える。イアンはアミカにカプセルをセットして貰ったコンヴァータを受け取った。


「でも、本当に……これを使う心算なんですか……?」

「何だい、それは」


 ダイアが訊いた。

 すると、


「随分と余裕ですね……」


 グラトリの〈ガギ・ギーガ〉が、復帰していた。まだまだ戦闘を続ける意思はありそうだ。


 そして〈コトブキ〉の方にも、通信が入った。イツヴァからだ。


『アミカ先輩! お兄ちゃんを助けたら、こっちに戻って来てくれませんか!? 私とルカ先輩だけじゃ、こいつは……きゃああっ!』


 悲鳴と共に、病院の建物の近くで大きな土埃が舞い上がった。アミカは、ルカ、イツヴァと共に、ジュストと戦闘中であったのだ。

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