第五章 瞋り故に戦い、貪る故に餓え、痴か故に生きる
Part1 修羅
腹に鈍い衝撃を感じて、俺は後方に飛ばされた。
〈ククルカン〉の性能に助けられて、低空でバック宙をするようにして態勢を整え、顔を上げる。
モニターに映っている〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の姿は、さっきまでとは変わっていた。
両肩のアーマーと、スカート状の装甲が展開して、本来の腕の他に四本、合わせて六本の腕が突き出している。
両肩の両手には剣を、腰の両手には槍を、それぞれ持っていた。
ヘルメットも変形しており、俺が後方に回った時に対応した二つのカメラが、兜の左右に移動している。そのカメラの通り道を確保するのに、ヘルメットが開いて、正面と合わせて三つの顔になっていた。
「アシュラモードだ」
〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉を纏うアスランは言った。
「アシュラ……」
その名前は、少しだけ知っていた。
魔導の一つ……古代インドで生まれ、中国や朝鮮を経由して日本に入って来た仏教という宗教の一つがある。仏教には様々な神がおり、アシュラ……阿修羅はその一人だ。
インドで言うとアスラ。これは一体の神の名前ではなく、荒ぶる神々の種族名であるらしい。元々は人や他の神に害を為し、善なる神々の敵であったというが、仏教に帰依した事で守護神としての地位を確立した。
〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の姿は、三面六臂の阿修羅を基にしているようだった。
「さぁ、我らが王よ、もっと熱く燃えて楽しもうぜ!」
アスランはそう言うと、四本の武器を携えて突撃して来た。
先程の二刀でも、〈ククルカン〉の性能あってどうにか捌ける程度だったのが、更に長柄の槍を使用されては、リュウゼツランの起動を抑え込みながら防御するのは不可能だった。
俺は双剣を構え、何とか自分の力で攻撃を受け切ろうとした。〈ククルカン〉のセンサーと運動支援システムがフル稼働し、俺の身体を無茶苦茶に動かせる。双剣だけではなく、腕や脚の装甲を使ってクリーンヒットを避け、隙を探して打ち込もうとするのだ。
だが、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は全ての間合いに対抗する手段を持っている。懐に入られれば徒手が、俺の双剣の間合いを越えた二刀が、俺が遠く離れようとすれば槍が襲う。
しかもそれらを自由自在に持ち替えて、右の二本の腕で同時に二刀を振り下ろした瞬間、避けた俺を左肩の手が捉え、右腰の拳が跳ね上げられる。左腕と腰の手が二刀を突き出せばそれに交じって肩の手は槍を持っていた。突きを躱すも右腕がもう一本の槍を持っていて薙ぎ払われる。
剣の使用法についても、斬ったり突いたりするだけではない。互いに擦り合わせて火花を起こして眼を晦ませる揺動に使ったり、投げて俺の意識を逸らしたりもする。槍はそのリーチから突くよりも薙ぎ払い、叩き付けた方が効果的とされる。ぐるぐると回転させて何処から放つのかを隠し、穂先と石突きを起用に織り交ぜた戦法を採る。
それをガードしている〈ククルカン〉もそうだが、人間業とは思えなかった。
〈ククルカン〉の場合は、リュウゼツランによって俺の内分泌系が操作され、感覚を向上されているという事もあって反応し切れるのも分かるが、それでも二本の腕と二本の脚だ。六本の腕を駆使し、あらゆる方向からの攻撃を察知する〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は、人間の限界を超えている。
「うぉッ!」
アスランが吼えた。右肩の手から、槍の一本を投擲する。
俺は左の双剣で槍を弾いた。かなりの重量があったが、槍は回転しながら上空に飛んで行った。
〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉はもう一本の槍の石突きを地面に突き立て、棒高跳びの要領でジャンプした。そして空中に跳ね上げた槍をキャッチすると、俺目掛けて垂直に落下する。
顔を上げた俺は、視界が黒く染まるのを感じた。太陽光を直接見ない為、〈ククルカン〉のカメラが一度モニターを落としたのだ。それでもコンピュータの指示によって、俺の身体は動く。
〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は二刀を先に投げ落とした。俺の双剣がこれを弾く。直後、槍を構えて弾丸となった〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉が彗星のように突ッ込んで来る。
俺の身体はぐっと後方に引っ張られた。足が勝手に地面を叩き、スラスターが腋の方に移動して噴射したのだ。俺がいた場所に、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉が突き立った。
視界を取り戻すと同時に、俺はインパクトマグナムを引き抜いた。
〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の落下攻撃によって砕かれたコンクリートが粉塵のカーテンを作っていたが、〈ククルカン〉のセンサーは敵を捉えている。
「そこだ!」
インパクトマグナムのレーザーが放たれた。高熱が鉄を溶かす音がした。やったか?
しかし煙の中から現れたのは、一台の車だった。横倒しになった乗用車が、屋根を俺に向けて突っ込んで来る。そしてその屋根が内側から突き破られて、爆炎の中から紅の軍神が現れた。
俺は双剣を捨て、穂先が胸に触れた瞬間、槍を両手で握って突進を止めた。〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉はそこから二メートルばかり前進したが、俺が地面を強く噛んでいたのでコンクリートに黒い焦げ跡を残しながら停止した。
切り替えの素早さに、俺は驚嘆した。あれだけの速度で落下した後、すぐさま付近に駐車していたのを、しかもレーザー光線への盾にして防ぎ、その車体を突き破って正確に俺の心臓を射抜こうとしたのである。
尋常の反応速度ではなかった。
「驚いているようだな? 俺の〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉には、アムリタシステムが組み込まれているのさ」
「アムリタ?」
「〈ククルカン〉のリュウゼツランと同じようなものだ。装着者の闘争本能を刺激し、感覚を鋭敏化させ、肉体の限界を超えたアクションを可能とする。そしてアムリタシステムは、装着者の闘争心に伴って内分泌系の操作を行なう。つまり!」
〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は俺に押し止められた槍を、更に深く押し込もうとした。アクチュエータの回転数が増している。さっき以上のパワーがなければ、槍を止められない。
「もっと、もっとだ! もっと熱くなれば、もっと強くなれる! もっと戦いを愉しめば、もっともっと強くなれるんだ! もっと、もっと、もっと寄越せ! 〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉!」
アスランが叫ぶと、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉から煙が上がり始めた。本来ならばテクターをリアクティブ・アーマーと化す為のガスが漏れ始めているのだ。内部に蓄えられた熱が、大気で冷却されて固定されていたアーマーの分子・原子を振動させ、そこに出来た隙間からガスを吹き上がらせているのだった。
ぼんッ!
鈍く大きな破裂音がして、俺の身体は吹っ飛ばされた。いや、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の周囲二メートル程の地面が、ガスの熱量によって溶融していた。さっき突き破られた車が起こした炎は、爆風によって消し飛ばされてしまっている。
俺はテクター越しにも、熱気を感じていた。センサーを通しても、空気が歪んでいるのが分かった。生身でここに飛び込めば、それだけで皮膚が爛れてしまうだろう。
その時、俺は、タクマの事を思い出した。
シュバランケによって、〈グランド・バスター〉内部で皮膚を炙られ続けたタクマ……
その末路は、何もしていない俺を見るだけで狂乱する程だった。
この熱はシュバランケの何十分の一にも及ばなかったが、俺に彼を連想させるには十分だった。
俺も、ああ、なるのか……!?
また俺は、報いを受けなければいけないのか!?
タクマのぼろぼろの姿が自分自身に重なり合い、前世の俺の姿を思い出させる。
嫌だ……
もう、俺は嫌だ。
痛いのは嫌だ。怖いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。誰かを殴って殴られる事が分かっているのならば、俺は誰をも殴りたくない。どんな理由や大義や正義を得ても暴力を振るう代償が暴力ならば俺は嫌だ。もう嫌だ。もう嫌なんだ。そう思っているのにどうして俺は〈ククルカン〉を装着した? どうして迷う事なく暴力の象徴たる白い翼を纏ったのだ? 分かっているくせにと俺は言う。お前は分かっているのだ、〈ククルカン〉の所為にしてしまえば良い。闘争心を刺激するテクターの所為にしてしまえば良いと。お前は悪くない、俺は悪くない。悪いのはこいつだ。俺の闘争本能を燃え上がらせるコンバット・テクターが悪いのだ。違う、違うぞ。このコンバット・テクターは心を刺激するだけだ。イアンにもルカちゃんにもアミカちゃんにもイツヴァちゃんにも、コンバット・テクターを纏う時は戦う時だから闘争心がある。だから暴走の危険をイアンは鑑みた。俺ならば、闘争心の弱い俺ならばと思ってイアンは託したのだ。けれどそれは間違いだった。俺の心には奴がいる。いや、アキセという弱々しい仮面の裏側に、俺という邪悪な魂があるのだ。他人を傷付ける事を至上とする醜悪な化け物、それが俺だ。それが俺の本性だ。その本性を〈ククルカン〉は見抜いて引き摺り出す。白い蛇は林檎を齎した。翼ある蛇が与えた火は、俺の殻を破らせる。アキセ=イェツィノを焼き尽くし、俺の本心を、真実の姿を、あの凶暴で冷静な殺人鬼を顕現させるのだ。
「嫌だぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
俺の叫びとは、裏腹に――
どくんと、心臓が鳴る音が聞こえた。
眼の前の景色が真っ赤に染まり、そして俺は……
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