Part5 三葉

 病院の待合室に面した喫茶スペースに、ルカ、アミカ、イツヴァの三人がいた。


 丸テーブルを囲む椅子に座って、それぞれ飲み物を飲んでいる。ルカが紅茶、アミカがコーヒー、そしてイツヴァがオレンジジュースである。


「イアンくん……」


 アミカが言った。


「心配ですね。私たちの前じゃ、明るく振る舞ってくれるけど……」

「大丈夫ですよ」


 イツヴァはオレンジジュースを啜って、アミカの顔を真っ直ぐに見た。


「お兄ちゃんは強いんですから」

「そうよね、イアンは、強いわ!」


 ぐっと拳を握り締め、ルカ。しかしすぐにその拳を、テーブルの上に戻してしまう。


「でも、やっぱり今回の事は、響いてるわよね……。よりにもよって、試合じゃない所で、コンバット・テクターでやられちゃったんだもん……」

「一体何者なんでしょうね、その、ゴスロリの女の子って……?」

「――私、少し調べてみたんですけど……」


 イツヴァがトランスフォンを開いた。ディスプレイを投影させると、幾つかの資料を纏めたページが現れた。


「若しかしたら、魔術師かもしれませんね」

「魔術師?」

「はい。これ……」


 イツヴァが見せたのは、七年前に摘発された魔導教団……古い言い方をすれば新興宗教団体という事になる。怪しげな儀式と独特な思想で人々を洗脳し、クーデターを図ったとして、警察に教団の聖堂に踏み込まれた。


 彼らが信仰の対象としているのは、色鮮やかな巨人像だった。しかし、教団員たちの多くが逮捕され、教団の資産も回収された中で、最も目立つ筈の巨人像と教祖の娘だけは見付からなかったという。


「この巨人像、コンバット・テクターかもしれません」

「まさか……」

「いえ、でも、今でこそ等身大が一般的ですが、ほんの一時、巨大歩兵型のコンバット・テクターが流行した時期があったそうです」


 疑うルカに、アミカが言った。


 前々世紀から今世紀までの大まかな流れを説明すると、小国家間の戦争と、地球規模の大災害、そして世界大戦という話になる。巨大歩兵型コンバット・テクターが闊歩したのは、世界大戦の初めの頃のほんの僅かな期間のみである。


 その折に殆ど全ての巨大コンバット・テクターは破壊されてしまい、現存するものもその一部分だけというくらいだ。


 その魔導教団は、全身が残っていた貴重なコンバット・テクターを神に仕立て上げ、信仰の対象として信者たちに崇めさせていたのかもしれない。そして現在のコンバット・テクターと同じ技術が使われているのなら、粒子化して持ち出してしまう事が出来るのかもしれなかった。


「で、その魔導団体っていうのが……画質は悪いですけど」


 と、ディスプレイに表示されたのは、ゴス系ファッションに身を包んだ男女の姿だった。男性は、中世ヨーロッパを想起させる黒いマントやコート、シルクハットなどを身に着け、女性は少女性を前面に押し出しながらもゴシックを加味したスタイルである。


「じゃあ、その教祖の娘が巨人像……巨大コンバット・テクターを持ち出して摘発から逃げて、イアンを襲ったって事? そうすると……」

「どうして、イアンくんを襲ったのか、っていう事ですよね……」

「それは、私にも分からないし……ってうか、これが事実だとも言えないですし」


 イツヴァはディスプレイを閉じた。


「それに、犯人が分かったからって、お兄ちゃんの身体が良くなる訳でもないから……」

「――」


 ルカとアミカは、気丈に微笑むイツヴァを見て、口をきつく結んだ。

 そうしていると、病院の外から、何やら大きな音と衝撃が響いた。


「何?」

「爆発……? 若しかして、また!?」


 アミカは、以前、ルカたちと一緒にテロに合った事を思い出した。今の振動は、高層ビルを揺さ振ったものと良く似ていた。


「お兄ちゃん……!」


 イツヴァは椅子から降りると、喫茶スペースを飛び出し、外に向かった。ルカとアミカも、イアンとアキセがいる中庭に走った。


 すると、中庭の東屋から何かが飛び出し、上空で弧を描いて、病院を飛び越えるように裏手の駐車場に落下してゆくのが見えた。それが、再び〈ククルカン〉を纏ったアキセと、その奪回を目論むアスランが着甲した〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉であると、三人は知らなかった。


「今の……」

「――っ、お兄ちゃん!」


 イツヴァが悲鳴のような声を上げた。東屋の手前の花壇に、イアンの車椅子が横倒しになっていた。その上、彼の傍では黒いコンバット・テクターと、奇妙なシルエットのコンバット・テクターが戦っている。


 ダイア=ギルバートの〈ブロッケン〉には見覚えがあったが、グラトリの〈ガギ・ギーガ〉は滅多に見ないシルエットであった。


 イツヴァは倒れている兄の方へ駆け寄ろうとした。それをルカとアミカが追うのだが、三人の前に、ふらりと一人の女が現れた。


 カーキ色の軍服に白いズボン、ブーツの踵に取り付けられた鉄板が花を踏む。肩に羽織ったマントの背中には大きな十字架がある。同じ十字マークの軍帽を、目深に被っていた。


「我々の邪魔はしないで貰おうか。すぐに立ち去れ。今は君たちに危害を加える心算はない。……尤も、彼らがどうするかは分からんが」


 ジュストだった。


「はぁ? 何、訳の分かんない事、言ってる訳?」


 ルカが顔を顰めた。いきなり出て来て、横柄な態度を取る女性に、苛立ちを覚えたのだ。


「あそこにお兄ちゃんがいるんです! そこを退いて下さい」

「駄目だ」


 イツヴァが叫ぶように言ったが、ジュストは聞き入れなかった。


「あの少年は少し知り過ぎた。あの黒いのを倒した後、彼にも死んで貰う」

「何ですって?」

「どうせもう、コンバット・テクターを装着する事は出来ない身体だ。彼の夢は絶たれた、もう生きる望みもないだろう」

「――勝手な事を言わないで!」


 イツヴァは右の袖を捲った。ウェストポーチからカプセルをセットしたコンヴァータを取り出すと、ブレスに装着し、音声認識を開始しようとする。


「無駄な事はよせ……」

「無駄かどーかは、やってみてから決めなよ、オバサン」

「――私たちの事は分かりませんが、イアンくんの未来を勝手に決めるなんて、幾ら何でも傲慢過ぎます。私だって流石に、怒りますよ!?」


 イツヴァを中心にして、ルカとアミカが立った。二人とも、コンヴァータを装着するのは右手だ。


「生き急ぐか。それも良いだろう、小娘共」


 ジュストはマントの下から両手を出した。手を左右に広げると、右手で柄を握った鞭が、左手に巻き付けられている。ジュストは右手を振るって鞭をしならせ、イツヴァたちの足元のコンクリートに打ち付けた。


 ばぢん!


 凄まじい破裂音がして、コンクリートに亀裂が走っていた。恐るべき破壊力の蛇を手前に引き戻したジュストに、ルカたちは怖気付きそうになった。だが、〈ブロッケン〉と〈ガギ・ギーガ〉との激しいぶつかり合いの余波が、イアンにも及びそうになっているのを見て、決意を新たにした。


「「「着甲!」」」


 ジュストの鞭が唸る。コンクリートを傷付けるような凶暴なしなりだったが、三人の少女を包み込んだ粒子のシールドには弾かれてしまった。


 ルカは、銀のボディを赤・蒼・黄の三原色で彩り、鳥の横顔に巨大なエメラルドグリーンのカメラを備えたヘルメットを持つ〈ラプティック・ブレイヴ〉。


 イツヴァは、兄のコンバット・テクターと同じ色使いだが、花をモチーフとしたモノアイのヘルメットに、二丁拳銃をマウントし、両腕には小型ガトリングを内蔵した〈ユリムラサキ〉。


 アミカは普段の清楚さに見合った白基調に赤いラインが走り、ポニーテールを思わせる後頭部のセンサーと、左右に突き出したリボン型の突起、腰に左右一対ずつの大小二刀、背中に一対の短めの直刀を持った、〈コトブキ〉。


 三者三葉のコンバット・テクターを纏い、少女たちは軍服の女の前に立ちはだかった。






「そういう事、ですか……」


 カインは導師グーリーの話を聴き終えて、重々しい溜息と共に言った。


 先んじてその一端を知らされていたアマクサも、グーリーの計画に驚きを隠せない。


 インヘルだけが、分かっているのかいないのか、いつものように無表情を崩さなかった。


「貴方は、その為に……」


 カインはそれ切り、暫く黙り込んでしまった。

 グーリーを初めとして、誰も口を開こうとはしなかった。


 しかし沈黙を破ったのも、カインであった。


「やはり、私は間違いではなかった。貴方を信じた私は……」

「そう言って頂けると私も嬉しいですよ」


 グーリーは外していたマスクを戻し、火傷で爛れた口元を再び隠した。

 カインがグールーを眺める眼は、いつも以上に心酔している様子であった。


「導師、改めて、私を貴方の配下として、自由にお使い下さいますよう、お願い申し上げます」


 席から立ち上がったカインが、グーリーに対して最敬礼の姿勢を取った。


 満足げに、眼元を歪ませるグーリー。


「しかしそれには、あいつらを呼び戻さなくちゃいけないんじゃないのか?」


 アマクサが口を挟んだ。


「若し、アスランたちが〈ククルカン〉を、奴から奪い取ってしまったら?」

「それは確かにまずいな……。良し、アマクサ、インヘル、今すぐ彼らを――」

「その必要はありませんよ」

「導師?」

「ここで倒され、力を奪われるようでは、余りにも頼りなさ過ぎますからねぇ」


 と、グーリーは笑った。

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