Part4 自衛

「アスラン=アージュラ? それに、BBグラトリだと?」


 ダイア一佐が言った。

 俺がイアンの方に眼をやると、


「さっきのリストに載っていた……」

「じゃあ、その人たちは……」


 アスランというのは、赤い髪の、すらりとした体格の男だ。

 グラトリは、俺よりも背が低く、少年らしい顔立ちをしていたが、何処となく理知的である。


「軍人さんも一緒か。〈ククルカン〉を回収に来たのか?」


 アスランがダイア一佐を見て言った。


「場合によってはその心算だったが……」


 ダイア一佐がベンチから立ち上がって半身になり、右手を腰の辺りに添えていた。上着の裾に隠れているが、服が膨らんでおり、そこにコンヴァータとカプセルをマウントしているのが分かった。


「その必要はないかもしれないな」

「じゃあ、俺の相手はお前じゃねぇ」

「僕がこの人とやるんですか?」


 アスランがグラトリを眺め、グラトリは溜め息を吐いた。


「拘束させて貰うぞ、お前たちは」

「やめとけ、お前じゃ俺たちには勝てないよ」

「テロリスト風情が、余裕ぶった事を言うな」


 ダイア一佐がアスランたちに歩み寄ってゆく。

 グラトリがアスランの前に出て、上着の前をさばいた。腰のベルトに、コンヴァータをセットしている。


「着甲……」


 静かにグラトリが呟いた。既にカプセルはセットしてあったのだろう。グラトリのコンヴァータから金属粒子が噴射され、彼の身体に巻き付いてゆく。


「着甲!」


 ダイア一佐も着甲した。グラトリと同じくベルトにコンヴァータを取り付けている。黒い粒子を身体に纏って、ダイア一佐は〈ブロッケン〉へと変身した。


 グラトリが装着したコンバット・テクターは、獣を模した頭部に、マンモスを連想させる牙のような剣を両手から伸ばし、脚には鋭利な爪が三本飛び出している。特異なのは腹部で、些か不格好に大きなアーマーが備わっていた。


「〈ブロッケン〉……ね。そんな時代遅れのコンバット・テクター、〈ガギ・ギーガ〉の前では無力さ」

「魔術師らしからぬ言い分だな。古い価値観を守り続けているお前らが、旧式を莫迦にするとは」


〈ガギ・ギーガ〉を纏ったグラトリが、〈ブロッケン〉を装着したダイア一佐に躍り掛かる。脚部にスプリングが仕込まれているらしく、蛙か飛蝗のように高く飛んだかと思うと、両手の剣で素早く斬り掛かった。


 その剣を右腕で受けた〈ブロッケン〉が、俺たちに言った。


「早く逃げるんだ!」


 俺はイアンの車椅子の横に立ち、一緒に逃げ出そうとしたが、アスランが眼の前に迫っていた。


 アスランは俺の胴体に蹴りを入れて転がした。

 俺は腹を蹴られた衝撃で咳き込み、立ち上がる事さえ辛かった。


「アキセ!」

「お前に用はない」


 アスランはイアンの車椅子を片手で持ち上げると、中庭の花壇に放り投げた。車椅子は二転三転して、花を潰しながら停止した。


「イアン!」

「〈ククルカン〉を渡せ」

「――っ」


 渡せるものなら、渡してしまいたい。

 どうせ俺は、もう使わないものだ。


 だけれど、この人のようなテロリストに渡す事は、流石に俺でも出来なかった。


「渡せ!」


 アスランは俺の頸を掴んで立ち上がらせ、東屋の柱に背中を打ち付けた。俺の踵が段々と持ち上がってゆき、俺の全体重が彼の腕に圧し掛かる。それはイコールで俺の頸椎に負担を掛け、窒息するか頭蓋骨が頸骨から外れるか、どちらにしても良い結果には転ばない。


「あれは貴様のような奴が使って良いものではないんだ……!」


 アスランの指が、俺の頸に喰い込んだ。肺から全ての空気が押し出され、酸素を取り込めない。俺の顔はかっと熱くなっていた。


「よせ!」


 アスランの横手から、〈ブロッケン〉が迫った。〈ガギ・ギーガ〉を振り払って、俺を助けに来たらしい。


〈ブロッケン〉は脚の爪先の剣を飛び出させ、アスランの下段を狙って蹴りを繰り出した。


 だが、そのローキックはいとも簡単に止められた。アスランの脚から、もう一本の腕が生えている。いや、腕ではない、コンバット・テクターの腕部装甲だ。アスランは足首のベルトに、コンヴァータをセットしていた。


「着甲!」


 アスランが叫ぶと、コンヴァータから粒子化したアーマーが噴射される。足元から全身を覆ってゆくのは、燃えるような赤色をしたコンバット・テクターだ。


 戦国時代の兜と頬当てを思わせるヘルメット、和風のプロテクター、腰の左右にスカートのようなパーツがあり、盛り上がった肩は炎のような意匠、背中には一対の槍と一対の剣を、後光のように帯びていた。


「〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉……武器宝庫はお前だけじゃないぜ!」


 アスランは右手で捉えたままだった俺をテーブルに叩き付けた。俺の背中がテーブルを砕く。


 痛みに悶える俺を尻目に、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は背中の片刃剣の一本を左手で抜き放ち、逆手に持った胴への薙ぎ払いを敢行した。


〈ブロッケン〉が右脚のハンマーを跳ね上げて、ガードする。


「結局、こっちとやるんじゃないか」


 十手とハンマーを合体させた〈ブロッケン〉の背後から、〈ガギ・ギーガ〉が飛び掛かる。〈ブロッケン〉は剣による斬り下ろしを後退して裂け、左肩のバルカンを放った。


 左右に展開する〈ガギ・ギーガ〉と〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉。グラトリは花壇を踏み潰し、アスランは東屋の上に上った。


 俺はテーブルの破片を除けると、状況を確認した。


 イアンの車椅子が、花壇に転がっている。その近くにグラトリがいるが、彼はイアンには興味がないようだった。ダイア一佐は、〈ガギ・ギーガ〉と〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の様子を窺っている。アスランの姿は見えないのは、東屋の屋根の上に載っているからだった。つまり、俺の真上に……。


 俺は咄嗟に、右腕のブレスにコンヴァータを装着していた。殆ど無意識のように、カプセルをセットして、音声認識を開始した。


「着甲!」


 傷付いた俺の身体は、粒子を蒸着されるのと共に立ち上がり、スラスターを吹かして東屋の天井に向かって飛び出した。白いコンバット・テクターが、屋根の上に上ったアスラン目掛けて上昇する。


〈ククルカン〉を装着した俺は屋根を突き破り、赤いボディの〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉に頭突きをぶちかました。そのまま相手を抱えて上昇し、高空で旋回、地面に向かって共に落下した。


 ダイア一佐たちからは、少し離れる事になってしまった。俺たちは病院の裏手の駐車場に墜落し、コンクリートの地面を大きく陥没させたが、俺よりも不意打ちだったアスランの方がダメージが大きい筈だ。


「貴様……ァ!」


 瓦礫を跳ね除けて立ち上がった〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉が、左手の剣を右の順手に持ち替えて、斬り掛かって来た。眉間のセンサーでアスランの動きを察知し、俺は翼から逆手で双剣を引き抜いた。


 左の剣がアスランの剣を受け止め、ほぼ同時に右の剣が空気を裂いた。脇腹目掛けて駆け抜ける刃は、コンバット・テクターと雖も容易に切断する。


 だが〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は、その剣を左手で受け止めてしまった。


 俺の胸に蹴りを入れて来る。俺は吹き飛ばされたが、すぐに顔を起こした。眼の前に〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の足が迫っていたので、俺は横に回転しながら双剣を振るった。


 銀の煌きが虚空に奔り、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の膝裏を切り裂いた。刃は深く斬り込んで、スキン・アーマーの隙間から赤い液体が飛沫を上げた。


「ぬぅっ」


〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は俺の顔面を蹴りに来た勢いのまま、地面に激突してしまった。倒れ込んだアスランの右膝を中心に、血の水溜まりが出来上がっていた。


 俺は双剣を構えたが、こちらから攻めてゆく訳ではない。飽くまでもアスランがこれ以上の抵抗をすると言うのならば、攻撃する事も辞さないというだけの意味だ。


 間もなく、病院のスタッフが駐車場の大きな物音を聞き付けてやって来た。病室の窓から覗き込んで来る患者もある。


「なかなかやるな。……いや、〈ククルカン〉の、リュウゼツランの力だな?」

「――」


 モニターが、赤く明滅を始めていた。リュウゼツラン発動の前兆だった。タクマと戦った時は、試合という事もあって、こちらに怒りの感情が少なかった。だから発動までに三分くらいを要したが、今は一分も経たないのにリュウゼツランが起動しようとしている。


 イアンを傷付けられた怒り、テロリストに対する嫌悪、俺の頸を絞め上げた男に対する憎しみ……それらが絡み合って作られた闘争心が、リュウゼツランの起動を早めたのだ。


「少しは冷静になれたぜ。だが……その分だけ、もっと熱くなれる!」


 アスランは剣を左に持ち替え、右手でもう一振りの剣を抜いた。二刀流だ。


〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は二刀を使って斬り付けて来た。俺も双剣を順手に持ち替えて、激しく繰り出される二刀に応戦した。


 袈裟懸け、胴、斬り上げ、突き、返す刀での逆袈裟、唐竹……烈火の如く唸る赤き軍神の剣。


〈ククルカン〉のセンサーをフルに活用して、通常では捉える事の出来ない速度の刃を、受け、弾き、躱し、止め、避けて、かち上げた。


「しゃあっ!」


 二刀が、頸動脈を狙って斜めに斬り込まれる。俺は頸を守るように腕を交差した。お互いの、右に持った剣と剣が、左に持った刃と刃がぶつかり合い、軋り合った。〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉が腕を左右に開くように刃を滑らせると、顔の近くで激しく火花が散り合った。


 ――今だ!


 俺はがら空きになった〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の胸に拳を奔らせた。全エネルギーを拳に集中すれば、コンバット・テクターを解除させるだけの威力を発揮する事が出来る。仮にガードされても、〈ククルカン〉の機動力ならば後ろに回る事も可能だ。


 だが、俺の拳は呆気なく受け止められた。〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉のスカート上のパーツが変形し、一対の腕が前に伸びて来て、パンチを受けたのだ。


 腕が、四本!?


 しかし〈ククルカン〉は冷静に対処した。最初に想定した通り、俺の身体は俺の意思を超越して動き、打ち込んだ拳を引くと共にアスランの背後に回っていた。背中にはもう二本ずつ槍を持っているが、〈ククルカン〉の剣ならば斬り裂く事が出来る。


 けれど、この作戦も失敗した。


〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の兜の後頭部がぱかっと開くと、顔のような部分が現れ、俺を捉えた。同時に、肩を覆っていたアーマーが展開してもう一対の腕となり、俺が振り下ろした双剣を止めたのだ。


「六本の腕……それに、後ろにもカメラがあるのか!?」

「ピンポーン!」


〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は俺のパンチを受けた腕を背に回して槍を取り、二つの石突きで俺の胴体を強打した。

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