Part3 魔導

 病院の中庭で、俺と、イアンと、そしてダイア=ギルバート一等陸佐が話している。


 ダイア一佐は連盟に所属する軍人として、かつて反乱軍が使用していた〈ククルカン〉についての情報を、俺たちから聞き取りに来たのだ。


 ダイア一佐は、〈ククルカン〉を使っていた俺に話を訊く心算でいたのだが、実際には〈ククルカン〉を修理したイアンが、殆ど話すようになっていた。


「じゃあ、〈ククルカン〉を持ち込んだ人物の人相を覚えているかな。その人が使っていた偽名や偽物の住所なんかも教えてくれると助かる。その記名したデータもあればね。ともするとその偽名やデータから、その人物の事を辿れるかもしれない」


 ダイア一佐に言われて、イアンは記憶を探り始めた。


「顔は、良く覚えていません。でも、涼しげな眼元の男でした。大きな黒いマスクをしていたので、鼻から下はどうなっているのか分かりませんでしたが……」


 マスク?


 俺はふと、あの魔術師の事を思い出した。初めて会った時は、全身を黒いローブで覆い、スカーフで眼元以外を覆い隠していた。


 五年越しに会った時は、大きな眼鏡とマスク、そしてキャップで、自身のパーソナリティを表に出すまいとしているようなファッションだった。


「そのマスクは取って貰わなかったのかい?」

「ええ。何でも火傷の痕があるので、人には見られたくないという事で……」

「むぅ……」


 ダイア一佐は自分のトランスフォンを取り出すと、操作をして空中にディスプレイを投影した。そこには、複数の顔写真が載せられている。


「この中に、それらしい人間はいるかな? 少し多いけれど……」


 顔写真の数は六六六人。免許証の写真が多かったが、隠し撮りと思えるものまであった。


「これは?」

「テロ行為を疑われている者たちの写真だよ。半数近くが魔術師だ」


 中空のディスプレイがゆっくりとスクロールされてゆく。イアンはそこに浮かび上がっていた人々に眼を通していた。


 その間、俺とダイア一佐はこんな話をした。


「さっき、天使とか悪魔とか、言いましたよね……?」

「ん? 〈ククルカン〉の事か」

「はい」

「そうとしか形容のしようがないからな。まさかもう一度、しかもテクストロで見る事になるとは思わなかった。……でも、それがどうしたんだい」

「いえ、その……連盟の人が、そういう事を言うのは珍しいなって。天使とか悪魔とか……そういうのは魔導ってひっくるめて、余り良い印象がないんじゃないかなって……」

「ああ――」


 宗教に関する教育は、ガイア連盟によって厳しく規制されている。メディアでの取り扱いや創作に関しても似たようなもので、それらしい表現や言葉の使用は制限される。性に関する表記が、昔は弾圧されたと聞いているが、今はそうでもない。反対に宗教や何らかの思想に関する表現については厳格で、創作物に使用する場合は厳重な注意が必要だ。


 だから、その規制している側にいる軍人のダイア一佐が、そんな表現を用いたのが驚きだった。


「さっきのと同じでこれはオフレコにして欲しいんだが」

「はい」

「実の所、意外と軍人には多いんだよ……」

「え?」

「魔導……宗教ってものにかぶれる奴がさ」

「そうなんですか?」

「ああ。特に実動部隊……SPCWみたいな、危険地帯にいるのが普通の者たちはね」

「それはどうしてです?」

「縋るものが欲しいんだよ。戦場に絶対はない。敵勢力を制圧したって、流れ弾で死んでしまうかもしれない。災害の現場に行って、民間人は助けられても自分の命は守れない事だってままある。時には機械の動作不良による事故で死んでしまう事もな……」

「――」

「俺たちは人を救う為にいる。でも、戦いや災害で命を落とす可能性っていうのは、民間人と同じ……いや、それ以上なんだ。何せ俺たちは、命を懸けて、命を守ろうとしているんだからな」

「――」

「だから、その場に赴く前に祈るんだ」

「祈る?」

「願う……或いは誓うんだ。任務を遂行し、無事に仲間や家族の所に帰れるよう。その祈りの対象を、君たちは……俺たちもそうだが、何に祈ったり願ったりすれば良いのか、教えられていない。だけど祈る。何に……? そう考えた時に、人を惑わす思想、魔導と呼ばれて排斥された宗教の、神とか仏とか、天使とか、時には悪魔と言われるものにだって……」

「――」

「連盟の、宗教を禁じている上層部の連中には、現場の気持ちが分からないんだよ。実際に危険な場所へ行っている訳じゃないからね。だから、過去の過ち、差別や戦争の火種となっていた思想の違いを失くそうと躍起になっている。そうした歴史も、実際にある事は否定出来ないが……」

「――」

「そういう連盟の在り方に反発する奴もいてね。そこに載っている写真の中には、元々軍人だった者も何人か混じっている。反乱分子に認定されかねない人間が、同じ部隊にいた時もあるよ。警察や軍の警備を潜り抜けたテロリストが、寮の隣の部屋にいた奴だった事もある……」

「――」

「尤も、だからと言って俺は、連盟に逆らいたい訳じゃないよ。俺は人間を、この世界の秩序を守りたいからね。この世界を乱す者がいるのなら、それがどんな相手でも、俺は戦う気持ちさ」


 にこりと笑って、ダイア一佐は語り終えた。


 俺が彼の言葉を心の中で反芻している間に、イアンがリストを見終えていた。


「その中に、いたかな?」

「いいえ、見た限りは。……でも」

「でも? 何だい」

「俺を、テクストロの日に、襲った相手がいました……」

「え?」


 俺はイアンの方に顔を向けた。


 イアンはテクストロ当日の朝、ランニング中に何者かに襲われている。

 一見するとただのゴスロリ衣装の少女だったと言うが、彼女は巨大なコンバット・テクターを纏い、イアンをいたぶったらしい。


「どいつだ?」

「彼女です」


 イアンが指差したのは、監視カメラの映像をスクショしたものだ。何処かへ歩いてゆく後ろ姿を捉えたものだが、後方を振り返っている。顔の半分くらいが見えていた。


 イアンの言うようにゴスロリ衣装を纏った女の子で、犬のぬいぐるみを胸に抱えているようだった。


 インヘル――


 という名前であるらしかった。


「この姿をしていたのかい」

「ええ」

「妙だな……」


 ダイア一佐は眉根を寄せた。


「これは五年前の映像だ。いや、確かそれ以前の……」

「え?」

「彼女の父親は複数人の魔術師を扇動し、小規模テロを繰り返していた魔導集団の教祖だ。彼女は次期教祖として期待されていたが、集団の主要メンバーが逮捕された時に姿を消している。それが五年前の反乱から更に二年……七年前の事で、これはその当時の写真だから……」

「七年前から、成長していないっていう事ですか?」

「君が見たのが、このままの姿ならね……」


 ダイア一佐が腕を組んで首をひねっている。

 イアンも、自分の記憶が曖昧だったのかと疑っているようだった。


 俺は、良く分からなかった。けれど、本来の目的、テクニケルス工場に〈ククルカン〉を持ち込んだ人物ならば、心当たりがあるかもしれない。


「あの……〈ククルカン〉をイアンの所に持って来た人なんですけど」

「何だ?」

「違うかもしれないけど……イアン、その人って……」


 俺は自分のトランスフォンのペイント機能を使って、出来る限りその人の風体を思い出して絵を描いた。と言っても、初めて会った時と再会した時、どちらの絵を描いてもパーソナリティを特定する事は難しいだろう。


 なので、彼の口調なども一緒に話すと、


「その男かもしれない……」

「――」

「でも、何故、お前がそんな事を知っているんだ? 魔術師と会った事があるのか?」

「実は……」


 俺はイアンとダイア一佐に、俺がこの町に来た経緯を話した。


 生まれ変わりや前世の事は話さなかったが、悪夢に悩まされ、精神科医や心理学者にも見放された俺に、その魔術師がアドバイスをしてくれたという事は、包み隠さなかった。


「その男は何処にいる?」

「Mエリアの奥の方……段ボールで作った小屋に、その時はいました。今はどうか……」

「分かった。取り敢えず、巡回中の警察官を偵察に向かわせるよ」


 ダイア一佐はトランスフォンで呼び掛けて、そのように指示を出した。


「けど、お前にそんないきさつがあったなんてな。知らなかったよ」

「あんまり、話さない方が良いと思って……」


 イアンが俺に言った。


「魔術師と関わっていた事か?」

「うん」

「確かに、大っぴらに言える事じゃないな。……ああ、お前が良く魔導関連の本を読んでいたのは、その魔術師の影響か?」

「そうなる、かな」


 正確に言えば、魔術師に話を聴いたその夜に夢で見た、罪への報いとして処刑を受けた俺の前に現れた光り輝く女性の事を知る為に、だ。


 どのような宗教にも女神はいると知る事が出来たが、そのどれでもないような気がした。


 美の女神・ヴィーナス。

 戦女神・アテナ。

 破壊神の恐妻・カーリー。

 赤子を喰らう夜叉・鬼子母神ラクシャーサ

 神仏が為に楽器を奏でる、吉祥天女アプサラス

 原始太陽の女神、天照大御神アマテラス


 その他にも多くの女神がいた。

 ガイア連盟のガイアも女神の名前で、ギリシア神話では全ての神々の母に当たる。


 そのどれでもないような気がしたと言ったが、そのどれでもあるような気がした。


「でも、俺たちには話しても良かったんじゃねぇか?」

「そうかな……」

「そうさ」


 イアンが歯を見せて微笑んだ。


 俺は今まで、前世の夢を見る自分を、特殊な、この世界に於ける異物だと思っていた。けれどイアンたちにとって、そんな事は関係がない。アキセ=イェツィノは、彼らと何も違わない人間だった。


「そうかも……」


 俺は、小さな声で言った。


 ダイア一佐がトランスフォンを閉じた。


「今、近くの警官がMエリアに向かっている。まぁ、君がその魔術師と出会ったのが五年前なら、今もいるかは分からないが……」

「五年前か……」


 イアンがふと呟いた。


「何て言うか、全て……五年前から始まっているような気がします」


 俺が魔術師と出会った事。

 魔術師たちによる反乱が起きた事。

 イアンの家に〈ククルカン〉が持ち込まれた事。

 それらは全て、日付こそ前後するが五年前の事だ。


「ああ、そう言えば……」


 ダイア一佐が顎を引いた時、ぴくりと、彼の眉が跳ねた。


「見付けたぜぇ、小僧……」


 ダイア一佐が眼を向けた方に、二人組の男が立っていた。


「〈ククルカン〉を返して貰おうか」

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