第四章 修羅は闘争をやめず、餓鬼は飢渇を除かず

Part1 追及

“ブランクエリア”の喫茶店跡の地下、カイン以下いつものメンバーが集まっていた。


 円卓には、カインから見て時計回りに、


  アスラン

  インヘル

  アマクサ

  グラトリ

  ジュスト

  そしてハルアキ改め導師グーリーである。

 

 ジュストとアスランは、特にぴりぴりとした雰囲気であった。


「説明して頂こうか」


 ジュストが眼を鋭くして、グーリーを睨み付けた。


「何故、〈ククルカン〉が、テクストロなどという低俗なイベントに参加している? あれは五年前、撃墜されて以降行方不明だったのではないのか?」

「あの小僧は何者だ? 何故、あんな奴が〈ククルカン〉……我らの太陽王の力を持っているのだ!?」


 アスランが円卓を叩いて立ち上がった。グラトリが反対側から諫めるのだが、今日は流石にグラトリの方が弱い。


 アマクサとインヘルは、この会議では滅多に口を挟まない。特にグーリーへの追求を進んで行なう事はなかった。だが、元から無表情なインヘルは兎も角、アマクサがここまで軽口の一つも言わないのを、カインは少しく怪しく感じた。


「私の聞いた話では……」


 グーリーが語り始めた。


「〈ククルカン〉を使用していた選手はリザーバーで、本来出場する筈だった選手が〈ククルカン〉を彼に預けたそうです。本来の出場選手の実家はコンバット・テクターの整備工場をやっていたそうで、何年か前に修理を依頼するのに持ち込まれ、それから引き取り手が現れなかったので、所有権がその工場に移ったという事らしいですね」

「その裏付けは取ってある」


 カインが言った。


 カインが手元のタブレットを操作すると、〈ククルカン〉を持ち込まれ、修理したというテクニケルス整備工場のデータが空中に表示された。工場長のルイノ=テクニケルスは四年前に倒れて郊外の療養所におり、工場は実質閉じてしまっている。息子が権利書を持っているが、コンバット・テクターの整備工場として再開する事は出来ないであろう旨が記されていた。


「問題は、誰がそんな町工場に〈ククルカン〉を持ち込んだか、ね」


 ジュストの言い方には含みがあった。

 グラトリが言う。


「〈ククルカン〉は、五年前、我々も参加した大規模な聖戦で指揮を執っていたコンバット・テクターです。その際、連盟に所属する多くのコンバット・テクターを打ち倒しましたが、遂には撃墜され、以来、その行方は知れませんでした」


 聖戦というのは、連盟に対して魔導の蔑称を除く事を要求するのに、武力を使用した反乱の事だ。グラトリが“我々”と言ったように、カインやジュスト、他のメンバーも参戦している。


「その大戦によって、コンバット・テクターの整備や改造には連盟の許可が必要という法律が、より厳しい形で施行されるようになった。それを考えると、聖戦の直後、何者かが破壊された〈ククルカン〉を回収して、その町工場に持ち込んだという事だな」


 アスランはジュスト以上に、グーリーへの不信の眼を隠さなかった。


 グーリーは、反乱に敗れたカインたちを集め、次なる決起の時に控えるよう忠告している内に、彼らのリーダーのようになってしまった。だが、グーリーが何者であるのか、比較的信頼を寄せているようにも見えるカインでさえ知らなかった。


 魔術師である事は分かっているが、それ以上の情報を、グーリーは漏らさなかったのだ。


 なので直情型のアスランや、人を信用する事の出来ないジュストには、些か疎まれている。


「そうなるでしょうね」


 グーリーはジュストとアスランの視線をのらりくらりと躱した。

 アスランは不愉快そうに鼻を鳴らして、


「何にしても、何処の馬の骨とも分からぬ奴に、我らが王の鎧を持たせて置く訳にはいかない。お前たちもそう思うだろう?」


 と、円卓の周囲を見渡した。


 それについてはアマクサも同意する所だ。ジュストや、使命感のようなものに燃えているらしきカインは、特にその気持ちが強いだろう。


「では、アスラン、貴方がその任を?」

「そうだ。おい、グラトリ、行くぞ」


 アスランは椅子に腰掛けてくるりと反転し、姿を消した。


 指名されたグラトリは、許可を求めるようにグーリーの方を見て、彼が頷くのを確認すると、同じようにしてその場からいなくなった。


「彼ら二人だけでは心配だ。私もゆこう……」


 ジュストも続いていなくなった。


 残ったのはカインと、〈ククルカン〉が戦っているのを生で見ているアマクサとインヘルだ。インヘルに関しては、グーリーから何か指令を受けて、密かにイアンを欠場に追い込んだ事実がある。


「導師……」


 カインが、グーリーの方を眺めた。


「貴方は何をお考えなのです?」

「何を、とは?」

「行方不明だった〈ククルカン〉が発見され、しかし、貴方はどのような感情も見せていない。ひょっとすると〈ククルカン〉の在り処を、既にご存知だったのでは? そうだとしたら我々に隠していたのは何故ですか? 貴方がインヘルに何かを吹き込んだのは分かっていますが、これ以上、我々を掻き回さないで欲しいのです……」

「――」


 グーリーは困ったように頭を掻いた。

 そして、この場のメンツからして援護は期待出来ないと理解し、頷いた。


「分かりました、良いでしょう。カイン、貴方とこの場にいる者だけに、教えて置きます……」


 グーリーは口元を覆っていたスカーフをずり下ろし、火傷したように爛れた顔の下半部を見せた。


 その唇がぎちぎちと歪む。グーリーは笑っているのだ。


「私の本当の目的を……」






 テクストロから二日が経った


 俺はイアンが入院した病院に来ていた。

 顎が動かないので固形のものを食べる事が出来ないイアンに、泊まり込んだイツヴァちゃんがリンゴをすりおろしてやり、ヨーグルトと一緒に食べさせていた。


「早く肉が喰いたいぜ」


 そんな事を言えるくらいには、イアンは回復していた。


 ルカちゃんとアミカちゃんもお見舞いに来て、励ましの言葉を送っていた。


 皆と少しだけ話した後、イアンは、俺と二人にして欲しいと言った。

 車椅子にイアンを載せて、俺がそれを押しながら、庭に出た。


 病院の中庭には、入り組んだ道が造られ、その周りには季節の花が咲いていた。俺は花の事が良く分からないので、ピンクとか赤とか白とか黄色とか緑とかオレンジとか、様々な色の花が生き生きと咲いていて綺麗だなというくらいしか思えなかった。


 中庭の真ん中に噴水があり、俺とイアンは噴水の前で立ち止まった。


「誰が優勝したんだ?」

「さぁ……」


 俺はトランスフォンを開いて、ネットニュースをチェックした。名前とコンバット・テクター、試合内容が記事になっていたが、俺には良く分からなかった。


「ダークホースだな」


 と、イアンが言っていたので、きっと今までは無名の選手だったのだろう。


 その記事に張られたリンクに、俺の事を書いた記事もあった。


『初出場で快挙! 黄金闘士を圧倒する白い騎士!』


 そんなタイトルで、やたらと大仰な文章が羅列されていた。

 今まで全くデータになかった選手が、優勝候補の一人を完膚なきまでに叩きのめしたのだ。その選手がしかも、三回戦への進出を辞退したというのであるから、キャッチーな話題だろう。


 こちらの気も知らないで、周りの人たちは面白おかしく騒ぎ立てる。

 俺はもう少しで、タクマ選手を殺してしまうかもしれなかったのに。


「本当に、もう、出ないのか?」


 イアンが訊いた。

 テクストロの事だ。


 イアンと彼のお父さんが整備したという〈ククルカン〉だが、搭載されたリュウゼツランというシステムは恐ろしいものだった。人間の闘争本能を引き出し、破壊衝動を生じさせ、装着者を戦う為の機械に作り変えてしまう。


 俺はもう、〈ククルカン〉を装着したくない……。


「うん……」

「残念だな。お前なら、あのコンバット・テクターで、優勝を狙えると思ったのに」


 イアンは、俺の事を優しいと言う。アミカちゃんやイツヴァちゃんも、そんな風に言ってくれる事はある。ルカちゃんからしたら、頼りないって事になるのだろうか。


 だから、闘争心を引き出すリュウゼツランと、俺の相性が悪くないと考えたのだ。


 けれどそれは間違いだ。


 確かにアキセ=イェツィノは、人を傷付ける事を嫌がる、軟弱だが優しい少年に見えるだろう。


 だけど俺は、かつて罪人だった頃の残酷なサガを、世界を跨いで尚も、自身のアイデンティティとして引き継いでしまっている。残虐に対する報いとして受けた残酷が、俺の本性を恐怖で抑制しているだけで、リュウゼツランによってその恐怖が取り除かれてしまったなら……


 考えるだに恐ろしい事だった。


「でも、イアンが出ろって言うのなら、俺は……」

「よせ、莫迦」


 イアンの口調が、少し厳しくなった。


「そんな気持ちで出られても嬉しくねぇ」

「……そっか。……ご免」

「いや、良いんだ……」


 そんな話をしていた俺たちだったが、ふと、向こうからやって来る、同じように車椅子の誰かを発見した。イアンと同じように病衣を着ているが、謎の巨大コンバット・テクターに攻め立てられたイアン以上に、全身包帯でぐるぐる巻きにされていた。その人物の乗る車椅子を、付き添いの女性が押している。


「タクマ……」


 イアンが、車椅子の人物を見て呟いた。

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