Part5 天使
「……え?」
ルカは状況を理解出来なかった。
思わずアミカの方に眼をやったが、彼女も唖然としている。
ツァ=ヴォミも同じように驚いていたが、二人よりも早く状況を察して、眼を背けた。
イツヴァは、苦いものを呑み込んだ表情で、しかし眼を逸らさなかった。
ステージ上で、タクマの纏う黄金の〈グランド・バスター〉が組み伏せられ、白いコンバット・テクターによって右腕を壊された。
テクストロ中に、装甲が破壊される事は少なくない。或る程度の衝撃を受けると、内部のガスを噴射してリアクティブ・アーマーのように爆ぜ、装着者を守って蒸発する機能が、コンバット・テクターには設定されている。しかし蒸発するより速い攻撃を受ければ、カプセル内での自動再生が出来ないくらいの状態にまで破損させる事が可能だ。
白いコンバット・テクターが破壊したのは、〈グランド・バスター〉の右腕ではなかった。
タクマ=ゴルバッサの右肘を、呆気なく圧し折ったのだ。
コンバット・テクターは瞬間的な衝撃……打撃や射撃、斬撃には強い。それだけに、テクターを解除させるだけの威力を持った攻撃の強さが、より際立つ。
しかし内部に人間がおり、その人間が動かしているのであるから、鎧の上から装着者に対して加えられる攻撃には、強くない。
そういう兵器はある。〈ブロッケン〉のパイルバンカーはその類の武器で、衝撃を二度に渡って加えて装甲内部で反射させる。古来の戦技で言う“鎧徹し”が可能である。
そしてもう一つが、関節技だ。
腕や脚の関節を捉え、テコの原理で逆の方向に曲げる事で激痛を与える。サブミッションとも呼ばれる古い格闘術である。
それ自体は禁じられていないが、滅多に使う者はいない。そもそもそんな距離まで接近する事が難しいのが、コンバット・テクター同士の戦いだからだ。テクストロでは稀に見られる攻防ではあるものの、装甲の持つ何らかの機能によって脱出される事が多い。
閉所での少ない暴徒鎮圧には有効だが、コンバット・テクターを互いに纏った状態では効果が薄い。
それを、白いコンバット・テクターは……アキセ=イェツィノは使用したのだった。
〈グランド・バスター〉内部のタクマの右腕が、妙な方向に曲がっている。腰にぴったりとくっ付くように落ちている右腕は、肘の曲がらない方向に曲がっている。肩の関節にもダメージがあるようだった。タクマの腕が、まるで鶏の手羽のようになっていた。
白いコンバット・テクターは〈グランド・バスター〉の右腕から手を放すと、左手で後頭部を掴み上げた。そして〈グランド・バスター〉を持ち上げ、地面に叩き付けるように放り投げる。
さっきまでアキセがされていたのと同じような飛び方を、〈グランド・バスター〉はした。
場外に落下するのを、タクマは阻止した。左手で地面を掻いて、どうにかステージに留まる。
「糞ッ……」
タクマは背中のサラマンドラを構えた。右腕が使えないが、左腕だけでも照準は付けられる。
白いコンバット・テクターは背中に両手をやった。翼型のスラスター側面が展開して、一対の剣が現れた。前腕くらいの長さの双剣を構えた白いコンバット・テクターが、〈グランド・バスター〉に歩み寄ってゆく。
サラマンドラが放たれた。極太のレーザー光線だ。観客たちの眼を焼き、モニターを真っ白に染め上げんばかりの光が迸る。
白いコンバット・テクターは一歩も引く事なく、寧ろ前進した。
そして何と、レーザー光線を双剣で切り裂いてゆく。
赤熱化した刃がレーザーをねじ曲げていた。
〈グランド・バスター〉はサラマンドラのスロットに、左手でカプセルをセットした。コンバット・テクターと同じ原理でコンパクトに持ち歩ける砲弾だ。レーザーは強い熱で屈曲させる事が出来るが、実弾はどうだ?
サラマンドラが火を噴く。人頭程の砲弾が猛スピードで迫った。
白いコンバット・テクターは片方の剣を投げて砲弾を貫き、もう一振りの剣を最初に投げたものの柄に激突させ、砲弾を真っ二つに裂いた。
白いコンバット・テクターの後方に、二つの火柱が上がった。
一方、〈グランド・バスター〉はサラマンドラの砲身に双剣を突き刺され、暴発した衝撃で左腕のアーマーを解除してしまった。
右腕は関節が破壊され、左腕は装甲を抜かれた。
こうなると最後の手段は、ジェネレータで水増しした機動力で接近する他にはない。
だが先程のスピードを見るに、機動力であっても〈グランド・バスター〉はこの白いコンバット・テクターに勝つ事は出来ない。
〈パープル・ペイン〉以上の速度だった。
まるで、内部の人間の存在を無視した加速だ。
タクマがテクター内部で次の作戦を練っていると、白いコンバット・テクターが動いた。
〈グランド・バスター〉の方ではなく、スラスターから垂直に火を噴き出して、その場で上昇している。
――何だ?
観客の誰もがそう思った。
ステージ上空で留まった白いコンバット・テクターは、背中の羽を広げた。会場の真上に位置する太陽の光が、白い鎧騎士に降り注ぎ、まるでもう一つの太陽が現れたかのようだった。
「天使……」
ルカはぼそりと呟いた。
アキセが持っていた本を思い出したのだ。
アキセは良く魔導(宗教)に関連する本を読んでいた。興味はなかったが、アキセと友人である為に、ちょっと見せて貰った事がある。その中で、あのような姿を見たのだ。
或る魔導では、この世界を次のように説いている。
人間は神と呼ばれる大いなる存在によって生み出された。
神は地球上のあらゆる自然と動物を作り、人間を獣たちの王として誕生させた。
人間の姿は、神の似姿である。
その人間を含めた地上の存在を管理し、神と敵対する悪魔から守るのが、神を讃える存在である天使だ。
悪魔は今で言う蛇に例えられ、天使は蛇を喰らうものとして猛禽類に例えられる。そして天使は神の遣いであるから、神と同じ、人間と同じような姿をしている。
猛禽類の翼を持った美しい人間――それが天使だ。
あの白いコンバット・テクターは、その天使の絵にそっくりだった。
誰もがそれに見惚れていた。
誰もがその光から眼を逸らせなかった。
遺伝子に刻まれた記憶だった。
人は科学を発展させ、迷信や神話などの闇を切り払って来た。それが、大壊滅を乗り越えたこの世界の歴史だ。しかし、教育の項目から完全に切り離された何らかの宗教に基づく道徳や倫理によって、不安な心を保っている人たちは一定数存在し、根絶し得ない。
人間の記憶は遺伝子に刻まれ、その遺伝子が受け継がれてゆく事によって世界は発展する。
ならば、かつて無明を払う者として信じた神や天使の姿が、学ばぬ内に身体の中で概念的に、無意識に残っているのも、仕方のない事であろう。
太陽の下で翼を広げ輝く白いコンバット・テクターは、その記憶を引き摺り出したのだ。
その大振りなチェストアーマーが、展開してゆく。
装甲の内側から現れたのは、巨大な砲門だった。心臓の位置から剥き出しになった砲門に光が収束している。翼の表面が太陽光を吸収して、エネルギーに変換しているのだ。
白いコンバット・テクターの眉間のランプが輝き、胸の砲門からサラマンドラを凌駕する熱量のレーザー光線が放たれた。
地上に降り注ぐ真っ白い輝きが、〈グランド・バスター〉の姿を呑み込んでしまった。
会場のあらゆる電子機器が狂い、カメラは映像を捉える事をやめた。全てが光の齎す白い闇によって覆い尽くされてしまったのだ。
白い闇が引き、再び蒼穹の下のアリーナが浮かび上がった。
個人差はあっても、ステージの状況を確認出来るまでには、観客たちは視力を取り戻していた。
八本の柱は全て中頃から溶け落ち、ステージの表面は大きく焼け爛れ、溶融した石畳はまだ熱を帯びて赤く輝いている。
その中央に、金色のコンバット・テクターが倒れ込んでいた。表面の半透明の外装は、ケロイドのようにどろどろになっていた。仰向けになって、四肢を投げ出している。あのような巨大なレーザーを受けてアーマーを解除させたのでは装着者の命が危うい。だから装甲を解除する事はなかったのだが、それならばそれで、内部のタクマは灼熱に炙られる事となった。電子レンジと同じ原理である。
コンバット・テクターが持つ装着者の肉体を維持する機能が働き、内部に籠った熱を吐き出し、身体を冷却する。それでも暫くは、全身火傷に近い状態で、汗を掻く事も出来ないだろう。
天空からゆっくりと、白いコンバット・テクターが降り立った。
胸の装甲を閉じ、翼を下ろした白い天使が爛れた大地に降臨するさまは、堪らなく画になった。
どうにか上体を起こした〈グランド・バスター〉が、歩み寄って来る白いコンバット・テクターを確認して、悲鳴を上げた。テクターを装着していても観客席の一番上まで届く、おぞましい悲鳴だった。
恐怖にタクマは支配されていた。ただ歩を進めるだけの白いコンバット・テクターに恐れ、おののき、逃げ出そうとするも、身体が動かない。
天使は死神の如き威圧感を持って、敗者に迫った。
両手に構えた双剣が、まるで命を刈り取る三日月の如く光る。
「――やめっ!」
審判が我に返った。
「勝者、アキセ=イェツィノ!」
白いコンバット・テクターは歩みを止めず、タクマの前までやって来た。レーザーの熱で表層を溶融させられた〈グランド・バスター〉を見下ろし、一対の剣を振り上げる。
「――アキちゃん!」
アミカが叫んだ。
白いコンバット・テクターが、持ち上げた剣を止めた。
弾けるように、装甲が粒子化してゆく。
「……俺……俺、は」
白い天使の中から現れた少年は、自分の両手を見つめて唖然としていた。
足元で倒れている〈グランド・バスター〉を見ると、手を差し伸べようとしたのだが、タクマは嫌々をするように頭を振って拒否した。
「勝者、アキセ=イェツィノ!」
再度、宣言が行なわれた。
会場は静寂に包まれている。だが、誰か一人が始めた拍手が他の観客にも伝播して、自然と、勝者を湛える喝采が行なわれた。
ジャイアントキリングが為されたのだ。
呆然とするアキセの前に、担架を持った治療班たちがやって来て、テクターを装着したままのタクマを担いでステージから消えた。
「アキセ!」
「アキちゃん!」
「先輩……ッ」
ルカ、アミカ、そしてイツヴァが駆け寄ろうとした。だが、ステージがまだ熱を帯びているという理由で、スタッフから止められていた。
アキセは心ここにあらずという様子で、黒焦げになったステージの上に立ち尽くしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます