Part3 窮地
「テクストロ!」
試合開始のコールが掛かると共に、タクマの〈グランド・バスター〉は突撃して来た。
地面を蹴って突進した〈グランド・バスター〉の右足が跳ね上がり、俺が前に出していた左の太腿を狙って蹴りを放つ。
俺は左脚を持ち上げ、脛でブロックした。衝撃はあるが、ダメージはない。インパクトの瞬間にスキン・アーマーの表面とアンダー・マッスルの間の空間が液体のようになって、緩衝剤の役割を果たすのだ。
続いて〈グランド・バスター〉は左のストレートを顔に向けて放った。
俺は右の前腕で手首の辺りを払い、左のパンチで胸元を狙った。
俺の左手を〈グランド・バスター〉の右手が掴み、ぐぃっと引っ張られる。バランスを崩した俺の左脚を、タクマは右足で刈り取った。
ふわりと俺の身体が宙に浮き、そのまま転倒しそうになる。
いや、タクマはそんな事はしない。〈グランド・バスター〉は左手を俺の頭部に押し当てて、顔面をステージに叩き付けようとした。
ぼぅっ、と、背中のスラスターが火を噴き、俺を脱出させる。俺は飛び込み前転をするようにしてステージ上に転がった。
〈グランド・バスター〉が追撃する。立ち上がれないでいた俺に、サッカーボールを蹴るようにしてキックを叩き付けようとした。俺は咄嗟に両腕を交差してガードし、そのまま蹴り飛ばされる。
「つまらねぇな!」
タクマが言った。
「へっぴり腰のパンチに、残尿みたいなスラスター噴射……大層ご立派なテクターを使っているようだが、そいつが出来るのは下手糞な防御だけか?」
俺は立ち上がり、タクマに向かって行った。
右に左に揺れてフェイントを掛け、左足で内腿を蹴り付けてやる心算だった。
その蹴り足を、〈グランド・バスター〉は左の足刀で受け止めて、膝を翻してミドルキックを入れて来た。
肘でガードはしたものの、俺は衝撃に押し飛ばされて又もやスリップダウンをきたしてしまった。
はぁ……
はぁ……
自分の息が荒くなっている。眼の前のモニターには複数のゲージが表示されているが、特に心拍数の上昇が顕著であった。一方で、〈グランド・バスター〉内部のタクマのステータスは平生と変わりがないようである。
「勘は良いようだな」
そう呟いたタクマが、背中の大剣を引き抜いた。俺は抜刀の隙を狙って、イアンの〈パープル・ペイン〉と同型のインパクトマグナムを引き抜いた。
右脚にマウントしたビーム拳銃と、背中の大剣、どちらが素早いかは一目瞭然だった。
だが俺が放ったレーザーを、タクマは自ら横に倒れる事で躱し、更に左脇から巨砲・サラマンドラを突き出させて、俺を射撃した。
サラマンドラは実弾とレーザーを使い分ける。俺の胴体を強く撃ったのは実弾だった。ボーリング玉のような砲弾が、俺の脇腹に直撃し、俺の身体をぽーんと中空に舞い上げた。
俺はそのままステージから落下してしまう。
バイザーのモニターで、カウントが始まっていた。二〇秒以内にステージに戻らなければ、その時点で敗けになってしまう。
俺は二メートル上のステージに指を引っ掛け、ぐっと身体を持ち上げた。不格好ながらステージに戻った俺を待っていたのは、〈グランド・バスター〉のサッカーボールキックだった。
俺は再びステージ下に頭を沈め、すぐに持ち上げると、残っていた〈グランド・バスター〉の軸足を刈り取ろうと右腕を振るった。
〈グランド・バスター〉はそれを読んでいたようで、軸足でジャンプしてその場でバック宙を決めて見せると、その勢いのままに今度は縦軌道の爪先蹴りで俺の頭部を跳ね上げた。
落下しそうになる俺をタクマが掴んだ。当然、スポーツマンシップに則ったジェントルな行為ではない。俺をステージ上に引き戻した〈グランド・バスター〉は、俺の身体を両手で頭上に抱え上げてぐるぐると回転し、ステージ中央目掛けて放り投げた。
ステージにひびを走らせながら、俺が墜落する。咄嗟にスラスター噴射で体勢を整え、両手で地面を叩いて落下の衝撃を緩和しなければ、息も出来ないくらいのダメージを負っていただろう。
一息吐こうとした俺だったが、身体が横に飛んでいた。さっきまで俺がいた空間を、サラマンドラのレーザー光線が貫いていた。
「やはりな……感知と運動サポート型か……」
コンバット・テクターに様々なタイプがある事は既に分かっているだろうと思う。
〈パープル・ペイン〉は高機動・近接戦闘型。
〈シェード・レイダー〉は同じく高機動・近接戦闘タイプだが、それに加えて隠密行動が得意だ。
〈ブロッケン〉は重武装・高火力を持つ殲滅型。
〈グランド・バスター〉と〈ラプティック・ブレイヴ〉はどちらも万能タイプになるが、標準的に高威力・高火力武器を装備しているか、換装する事で様々な状況に対応するか、その違いがある。
そして俺が託された白いコンバット・テクター……イアンでさえ名前を知らなかったこれは、そのどれでもない。タクマの言ったように、感知能力と運動をサポートする機能を持ったタイプだ。
テクストロに出る事は、かなり珍しい。
サポーティブ・ウェアに近いものであるという事も出来るだろう。その機能をより特化させたのが、感知・運動支援型だ。
他のコンバット・テクターよりも優れたセンサーを搭載し――これの場合は眉間のカメラになる――、あらゆる危機を装着者に知らせる。又、装着者の身体能力をサポートして、センサーが知らせた危機に即座に対応出来るようにする。
サポーティブ・ウェアはフルフェイス・フルアーマードではないからウェイトも軽いが、この白いコンバット・テクターは支給されるタイプよりも重量があり、背中のジェネレータが生み出す機動力で補っている。
テクストロに出場するのが珍しいと言ったのは、テクストロでの危険は備え付けのバイザーで充分に観測出来るものに留められ、運動能力をサポートする為に全身に小型のジェネレータやアクチュエータを搭載するよりも、装甲を厚くしたり、スピードを出せるようにしたり、武器を多く詰め込んだ方が、試合で有利になるからだ。
危機を察知して回避に能力を使うよりも、高火力の武器で叩く潰した方が早い。感知・サポート型がテクストロで勝ち進むには、かなりテクニカルな戦法を採る事が要求された。
タクマは、俺の外見から俺の身体能力の程度を想像し、その上で自分の攻撃に対応した様子を見て、俺のコンバット・テクターのタイプを算出したのだ。
「駄目じゃないか、お前のような素人がそんなものを使っちゃぁ!」
タクマは抜刀したドラゴブレードを八双に構え、俺に向かって来た。構えた俺に向かって袈裟懸けに打ち下ろす。俺は右側に飛んで、ステージに深く斬り込んだ剣を躱したが、〈グランド・バスター〉はステージにめり込んだ大剣をねじるようにして跳ね上げ、石畳の破片ごと俺を両断しようとした。
危機を察知したコンピュータが、脚部のアクチュエータを起動させ、俺をジャンプさせる。〈グランド・バスター〉の頭上を取った俺は、インパクトマグナムのトリガーに指を掛けるが、〈グランド・バスター〉は低空で身体を錐揉み回転させてレーザーを回避、ドラゴブレードの柄尻を持って射程距離を伸ばした斬撃で、俺の身体を薙ぎ払った。
俺は落下の瞬間に受け身を取って転がりつつ立ち上がり、タクマの方に向き直る。眼の前に〈グランド・バスター〉が迫っており、俺の胴体で何かが爆発した。
前蹴りだ。
そして〈グランド・バスター〉は蹴り飛ばした俺に追い縋り、ドラゴブレードの刃ではなく腹の方で俺の身体を叩き付けた。地面でバウンドした俺を左手で掴み、引き起こしざまに飛び膝を入れ、仰け反った俺の胴体をドラゴブレードでフルスイングした。
何度か、俺の身体が、地面で、跳ねる。
モニターが赤く明滅した。更なる危機が迫っているのだ。
サポート型コンバット・テクターの恐ろしい所は、装着者の意思を無視して、運動サポート機能が作動する場合がある事だ。それは当然、装着者の命を優先した結果ではあるのだが、傷付き疲れ果てた体を無理矢理動かされるのは、酷い痛みを伴った。
俺の視界に、〈グランド・バスター〉の両足の底が映った。俺の身体は起こされて、地面を〈グランド・バスター〉の両足が踏み抜いた。
俺の左足が唸り、〈グランド・バスター〉に後ろ蹴りを見舞う。その足首を両手で掴んだ〈グランド・バスター〉は、身体をひねりながら回転し、そのひねりが俺にも伝わって、俺は空中でぐるぐると横回転しながら落下した。
ヘルメットの中で、頭がぐらぐらと揺れている。脳震盪で意識を失う直前って感じだ。
一〇秒間のカウントが始まっている。ダウン状態からそれまでに立ち上がらなければ、その時点で敗北だ。仰向けになった俺を、〈グランド・バスター〉が見下ろしていた。
「イアンの奴も浮かばれねぇな、こんな奴が自分の代わりになるとはな……」
〈グランド・バスター〉は俺の胸を踏み躙った。その足首を両手で掴むのだが、そこからどうすれば良いのか分からない。〈グランド・バスター〉は足を引いて俺の手を放させると、腕を掴んで引き上げ、地面に投げ落とした。
「見掛け倒しのアーマーなら、イアンの奴にくれてやれ。二度とまともに立てないんだろう?」
タクマはそう言って笑い、寝そべった俺の頸にドラゴブレードの刃をあてがった。
俺は〈グランド・バスター〉の事を眺めながら、モニターのグラフを見ていた。
三分が経過しようとしている。それに伴い、ゲージが段々と色付いて来ている。
あれが来る……。
俺が、ルカちゃんの〈ラプティック・ブレイヴ〉とのシミュレーションで気付き、しかし使わなかった、この白いコンバット・テクターの、もう一つの……いや、真の機能が目覚めてしまう。
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