第三章 龍の乱るるは絶えることなし

Part1 生贄


 凄惨な……試合だった。

 思い出すだけで吐き気を催す。


 タクマ=ゴルバッサとコウ=クラッススとの試合は、〈グランド・バスター〉を着甲したタクマの勝利で終わった。


 コウ選手の〈シェード・レイダー〉はパワー不足をスピードと特殊能力で巧く補っていたが、〈グランド・バスター〉の防御を突き崩す事が出来ず、接近戦を仕掛けた途端、呆気なく捕獲されてしまった。


 そしてタクマによる暴虐が開始された。


 近付いた相手を決して逃さず、連続で攻撃を叩き込んだ。〈グランド・バスター〉のメイン武装と思われた大剣・ドラゴブレードだが、最初のフェイントでステージに叩き付けた以外、タクマは最後の瞬間まで剣を握ろうとしなかった。


 細かく打撃を交差させ、一瞬の隙を突いた〈シェード・レイダー〉が背後に回ると、巨砲・サラマンドラが空に向かって火を噴き、相手を怯ませた。迂闊な〈シェード・レイダー〉を捉えたタクマは、脚を掴んで地面に何度も叩き付け、踏み付け、柱に向かって投擲した。場外に落っこちたコウ選手を引っ張り上げて何度も投げ技を喰らわし、脚と言わず、腕と言わず攻撃を入れ、ギブアップの間もない程に攻撃の手を緩めなかった。


 漸く胸部装甲が解除されるに至って、タクマの攻撃……一方的な暴虐は終わった。


 コウ選手は血みどろの姿で担架に載せられ、病院に運ばれた。


 意外だったのは、観客席がタクマの戦い方を見てヒートアップしていた事だ。

 タクマが攻撃を喰らわすたび、客席は野太い声援と黄色い悲鳴でいっぱいになった。


“これこそリアルな格闘だ”


 そんな事を言う者もあった。


 RCFは本来、軍隊格闘術の一環で、コンバット・テクターは兵器だ。

 完全に的外れという訳でもないが、しかし……。


「あんなの……」


 控室でその様子を見ていた俺たちの中で、ルカちゃんが拳を握り締めながら言った。


「あんなの、RCFの試合じゃない……っ」


 そう思う者も、少なくはない筈だ。


 タクマはルール違反はしていない。ルールで許された事をやった。それが人から見て残酷に思えるというだけで、RCFとしての体裁は充分に保っている。


 それでも、だ。

 それでもあれは、学生の格闘技としてのRCFではなかった。


「何だ、逃げ出さなかったのか」


 試合を終えたタクマが、汗をタオルで拭きながら、控室に戻って来た。

 俺があのおぞましい戦いを見ても帰らなかった事に、少しばかり驚いているらしい。


「あれが俺の戦いさ……」


 にやりと、唇を歪めてタクマが言った。


「あのニンジャ野郎のようになりたくなかったら、さっさと尻尾を巻いて逃げる事だな」

「……僕は逃げない」


 俺は言った。


 あんな事をやる男に、俺は敗ける訳にはいかなかった。あんな男に、イアンを莫迦にされるいわれはないからだ。彼のあの発言を撤回させるまでは、俺は逃げる事は出来なくなっていた。


「随分な自信だな。……だが、俺がお前なら、俺は迷わないね。すぐに逃げ出すぜ」

「――」

「信念や、勇気や、友情じゃ、壊せない壁がある。俺はそれを知っているからな。お前もそうした方が良い。そっちの方が賢い生き方と言えるぜ」

「つくづく、見下げ果てた男ね!」


 ルカちゃんが吼えた。


「あんたなんかがイアンのライバルだなんて言われていたのが、彼にとってどれだけ不名誉な事か分かったわ。あんたなんてただの卑怯な臆病者じゃない!」


 ルカちゃんはタクマをびしっと指差した。しかしタクマは、その程度の罵倒など何処吹く風と言った様子で、人を小ばかにしたように肩を竦めてみせた。


「忠告はしたぜ、時間はまだある……逃げる時間はな」


 タクマは俺に近付き、肩に手を乗せ、耳元に唇を寄せると、囁くように言った。俺が彼の手を振り払うと、タクマは嫌な笑みを浮かべたまま踵を返し、その場を後にした。


「きぃーっ、むかつく! 何よあいつ……!」

「ルカさん、落ち着いて……」

「これが落ち着いていられますかって話よ! アキセ、絶対に勝つわよ! あんな奴にこれ以上、調子に乗らせちゃいけないわ!」

「ルカさんったら……!」


 アミカちゃんが、憤って荒ぶるルカちゃんを諫めようとした。俺が、人から発破を掛けられて動けるような人間ではないと分かっているからだ。


 だが今回ばかりは違った。


「ああ……」


 俺は頷いた。


「勝つさ……僕は、あの人に勝つ……」


 俺は自分の発言に驚いていた。いや、俺自身の思いは間違いなくそうであったのだが、アキセ=イェツィノとしての俺がそんな事を言えるとは、俺自身思っていなかったのだ。


 アミカちゃんとイツヴァちゃん、ツァ=ヴォミ先生も同じ思いだったようで、互いに顔を見合わせている。


 ルカちゃんばかりが、俺の事を真っ直ぐ見つめて、感極まったように涙を浮かべていた。


「アキセが、イアンの事を思ってこんなに強くなれるなんて……」

「――」

「勝つわよ! 絶対に! イアンの為にも、アキセ自身の為にも、そしてRCFの誇りと未来の為にも、あんな奴に絶対敗けるんじゃないわよ!」


 凄いプレッシャーだ。

 ただでさえ、イアンの夢の代わりに出るという重荷が、俺の両肩には掛かっている。その上にRCFの、格闘技としての誇りまで背負う事になってしまった。


 けれど、今はその重さが心地良い。


「うん!」


 俺は強く頷いていた。


 手の中に握り込んだ、白と銀の二つのカプセル……その中に粒子状になって漂っている鎧の事を思うと、俺の心は昂り続けているのだった。






「あれが、面白いものか?」


 アマクサはハルアキに訊いた。

 ハルアキというのは仮の名前で、本当は――それが本名かは分からないが――導師グーリーと呼ばれている。


 アマクサと、彼とハルアキに挟まれる形で座席に腰掛けているインヘル、そしてカイン、ジュスト、アスラン、グラトリの六人と共に、魔導と呼ばれている宗教の復権を目指す者らの、指導者となっている男だった。


 だから、導師と呼ばれている。


「まさか、違いますよ」

「だと思ったぜ。そもそも学生同士のやり合いなんか見たって面白くないが、それにしてもあれは余りに酷い。子供のお遊びも良い所だぜ」


〈グランド・バスター〉が一方的に〈シェード・レイダー〉を蹂躙するさまを思い出して、アマクサは笑った。


 タクマが聞けば眉を顰めそうな意見だが、グーリーもインヘルも、アマクサと同じような感想を覚えている。ただ、ルカやイアンがそれを聞いても、彼らの真意は分からないであろう。


「怖いのでしょう、彼は……」

「だろうな。それ自体は間違ってはいないが、お粗末過ぎる。こんなごっこ遊びの場でそんな事をやり出すなんて、子供同士の喧嘩に拳銃を持って親が割り込むようなものだ」

「戦場を想定する事と、戦場であると錯覚する事は違いますからねぇ。ま、良いんじゃないですか、少年らしい、イキッたやり方でも。私は嫌いではありませんよ」

「で? 本当は何を見せたかったんだ」

「――」


 ハルアキは自分のタブレット端末を取り出すと、テクストロの公式ホームページに進み、トーナメント表を確認した。今し方試合の終わったδブロックを見てみると、他のブロック同様に二回戦に進出するのは一〇人。このままだとリザーバーとして入ったシード選手が、三回戦まで無傷で上がる事になるが、そうなると不公平に当たるので、二回戦進出者からシード選手と戦う相手が選ばれる。


 その基準は、今までのテクストロの戦績や、一回戦でのダメージ量などから選出される。戦績は兎も角、ダメージ量から考えると、体力を殆ど減らしていないタクマが、リザーバーのアキセ=イェツィノと試合をする事になった。


「あの小僧、戦績が良い訳じゃないのにな」


 インヘルの座っている背もたれに手を載せて身を乗り出し、アマクサがハルアキのタブレットを覗き込んだ。インヘルは変わらずに肉まんを頬張っている。


 ハルアキがトーナメント表のタクマの表示をタップすると、彼のプロフィールが表示される。小さな試合での優勝経験はあるようだが、大規模な試合でのベスト入りは果たしていないようだった。二回戦か、巧くとも三回戦で敗けている。反則敗けだ。


「生贄でしょう」

「生贄?」

「リザーバーとして選ばれるくらいですから、それなりの力は持っている筈。ならば、一つ試合を終えて少しでも体力を削ったタクマに、準備万全のシード選手を当てて、勝てないまでも体力を減らして貰い、他の選手にタクマを倒して貰う為の……」

「真っ黒な思惑だな。……しかし、リザーバーの選手の情報が名前と写真しかないな」

「テクストロに出場した経験はないようですね。コンバット・テクター名も伏せられています」


 コンバット・テクターの名前が表記されていない場合、それは授業や訓練で配給されるアーマーという事だ。しかし試合寸前でアーマーを変更する選手もいない事はなく、そうした時は記入漏れが起こり得る。


「アキセ=イェツィノ……全く聞いた事がない名前だ。それに、写真も線の細い、軟弱そうな男だな。こいつじゃ、一回戦の相手よりも酷い事になりそうだ……」


 アマクサは唸るようにして言った。


「これがお前の言う面白いものか?」

「ええ――」


 ハルアキは頷いた。そして、アマクサには聞こえないようなヴォリュームで、マスクの中でだけ囁くように言った。


「龍に翼を得たるが如く――貴方はそうなれますか、転生者よ。私の、夢の翼よ……」

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