Part5 遭遇

 大会が行なわれるのは、関東ブロック第三地区の中央であるAエリア、地区庁の傍に建設されたテクストロアリーナだ。


 俺たちはその逆方向、Gエリアにあるイアンの自宅へ向かった。


 シャッターの下りたガレージが仕事場で、二階が彼らの居住区だ。Gエリアもそこそこ活気付いてはいるが、イアンの家はその中でも前時代的風情を残している。近隣の住民は、テクニケルス家を嫌ってはいなかったが、この建物の様子だけは古臭いと思っていた。


 シャッターの横のドアから、イツヴァちゃんに案内された俺とルカちゃんはガレージに入った。アミカちゃんは、トランスフォンを使う事が出来ないイアンに変わり、彼と俺たちを繋いでくれる。


 ガレージの電気を付けると、何十世代も前の自動車が並んでいた。ガソリンで動く車というのは、環境保全や資源保存に関する法律で禁じられており、ここにある幾つかの自動車もエンジンが外されて、ディスプレイするだけの嗜好品になっている。


 その奥へ進むと、修理や改造を依頼されたコンバット・テクターを格納するチェンバーが、壁に沿って墓石の如く立ち並んでいた。修理途中のものもあるが、それよりも空室の方が目立った。そして一番奥に、そのコンバット・テクターはあった。


『五年前、テロリストがコンバット・テクターを使用した大規模な反乱があってから、コンバット・テクターに関する法律が整備し直され、個人での整備が規制されたのはお前も知っているだろう』


 イツヴァちゃんのトランスフォン越しに、イアンは言った。


『そいつは、親父が最後に修理したコンバット・テクターだ。〈パープル・ペイン〉は親父が拾って来て、倒れるまでいじくっていたものだが、そいつは修理してくれと頼んで来た依頼主がいつまでも受け取りに来ないので、うちに置いたままにしてあったものだ』


 俺は、そのコンバット・テクターの前に立った。

 チェンバー内に佇んでいたのは、白いコンバット・テクターだった。


 スキン・アーマーの色は銀色で、その上に美麗な局面を持つ白いメタル・プレートが被さっている。


 頭部は前に突き出し気味で、ティアドロップを逆さにしたような額の装甲にはランプのような部分がある。黒いバイザーがV字を描くように吊り上がっており、内側のカメラはツインアイ型というのが薄っすらと透けて見える。菱形のヘッドセットを備えていた。


 胸がボディビルダーの大胸筋のように膨らんでいる。背中から肩に掛けても分厚い装甲が覆っていた。


 右の太腿は〈パープルペイン〉と同タイプのホルスターが取り付けられ、武器を内蔵をする事が出来るようだ。


 脛当ては一層多く装甲が重ねられ、キックの威力を増すだろう。


 踵から棘のようなものが突き出している。同じデザインで、少し大きさが違う突起が、脹脛に一対。二本の棘は足首のリングから生えているようで、リングはレールになっており、足の甲まで続いているようだった。猛禽類の爪のように変形するものと想定された。


〈パープル・ペイン〉と同じように、身体の各所にバーニアとスラスターが設けられている。特にバックパックには大きな翼が左右に取り付けられていた。


「……綺麗……」


 ルカちゃんが思わず漏らした。


 確かに純白の装甲は、古代欧州のナイトを思い起こさせる。いや、鉄の翼を見てみれば、これはそれよりも天使と言った方が俺には分かり易かった。


 ルカちゃんが“綺麗”と称したそれに、しかし、アキセ=イェツィノは同意したが、俺は何処となく不気味なものを感じていた。そう、あの夢で見た、女の身体を持った男が燃え落ちて現れた、翼を持った白い蛇……。


 けれど俺の心は、その美しくもおぞましいコンバット・テクターを見て、昂っていた。


 あの夢は、きっと今日、こいつと出会うからだった。


 俺はそんな風に思った。


「で、でも、僕にこれが、使いこなせるのかな……」


 俺は、自分用にチューンアップしたコンバット・テクターを持っていない。RCFの授業初日に支給された無個性な量産型を、ずっと使用していた。


 それがいきなり、こんなものを渡されても……あまつさえ、それで試合に出るなどと。


『大丈夫だ。言ったろう、アキセ。こいつはお前にしか使いこなせない。少なくとも俺が知っている限りでは、ルカちゃんもアミカちゃんもイツヴァも、そしてこの俺でさえ、使う事が出来ない……。俺は、いつかお前がこいつを使う時があるんじゃないかって、勝手な希望ではあったけど、そう思って、チューニングして置いたんだ……』

「僕にしか……」


 それは、何と甘美な言葉だっただろう。

 この世界で前世を知っているが故に馴染めなかった俺に、俺にしか使えないものを用意してくれた友達の言葉。


 この世界にアキセ=イェツィノとして生れ落ちる前の記憶に怯え、何の取り柄も持てないでいた、周りに流されるばかりだった俺に掛けられた、“お前は特別だ”の言葉。


 それが、前世を含めた俺ではなく、アキセ=イェツィノとしての俺に掛けられている。


 どきどきと、胸が高鳴っていた。


「……分かった」


 俺は頷いていた。


「僕がどれだけ、何をやれるかは分からないけど……やってみるよ」


 俺は、チェンバーの横手にあるスイッチを押した。ケースの中でコンバット・テクターが蒸発してゆき、金属粒子となったアーマーが手前のボックスにセットされたカプセルに収納されてゆく。アンダー・マッスルとスキン・アーマーの粒子を内蔵したカプセルは銀色に、メタル・プレートの金属粉を内蔵したカプセルは白く輝いていた。


 この二つのカプセルを、俺のコンヴァータにセットして噴射する事で、テクターは俺の体表面に蒸着される。


「それじゃあ、行こう、アキセ!」


 ルカちゃんが言った。


「αブロックの試合はもう始まってます! 早くしないと、δブロックのリザーバー募集に間に合いませんよ!」


 イツヴァちゃんの言葉に頷いて、俺たちは急いでガレージを出た。

 近くの停留所でバスに飛び乗り、Aエリアのアリーナまで向かうのであった。






 アリーナに到着した俺は、正面入り口の受付で、リザーバーとして参加したいとの旨を述べた。


 運良く、δブロックのリザーバーとして飛び入り参加する選手はいなかったらしく、俺は出場出来る事になった。


 それを遠巻きに見ていた他の選手や、試合には出られないが様子見にやって来たと思しきRCFの競技者たちが、何やらひそひそと話を始めた。


「何? 何か文句ある訳!?」


 ただでさえ気が立っているルカちゃんが、声を荒らげる。

 その剣幕に、関わらないで置こうと思ったのか、選手たちは俺たちから視線を外してそれぞれ別の場所へ向かって行った。


「無理もないと思うわ……」


 選手控室に移動しようとした俺たちに、横から声を掛けて来る女性があった。

 長い髪をアップにした、パンツスーツ姿の彼女は、俺たちのクラスの担任のツァ=ヴォミ先生だ。


「先生……」

「イアンくんの事、聞いたわ……。でもまさか、アキセくんが代わりに出場するなんてね」

「それで、何が無理もないんですか?」


 ルカちゃんが、噛み付くようにして尋ねた。


「タクマ選手よ。優勝の最有力候補だったイアンくんが欠場してかなり良い所まで行けると思ったら、仮に一回戦を勝ち抜いても、タクマ選手が相手だもの。皆も、彼の事、少しは聞いているでしょ?」

「イアンの次に、優勝を狙える選手とは聞いていましたけど……」

「そうね。でも、それくらいなんじゃない、彼の情報は」

「ええ」

「イアンくんは今まで何度もテクストロに参加して、最低でもベスト4にまでは喰い込んで来ているわ。でもタクマ選手はそうじゃない。地方のテクストロでも、一回戦、良くて二回戦まで……」

「それがどうして優勝候補なんです?」

「実力自体は高いのよ。真っ当にやればイアンくんだって危ない。……でも彼は、ラフファイトを好むわ。相手の戦闘力と戦意を根こそぎ奪い取って、時間いっぱい使っていたぶり、そして倒す……」


 ぎょっとした顔を、ルカちゃんはイツヴァちゃんに向けた。イツヴァちゃんはその事を知っていただろうからだ。


「彼が勝ち上がれない理由、それはね……」

「――レギュレーション違反」


 控室まで移動しながら話していた俺たちの前に、その話題の人物が現れた。

 先程、イアンの病室を訪れたあの選手……タクマ=ゴルバッサだ。


「反則敗けって奴らしいな」

「あんた……!」


 ルカちゃんが、眼を吊り上げて彼を睨み付けた。しかしタクマ選手は、視線だけで人を殺せるなどという迷信は信じない。


「お笑いだな、反則なんてよ。だってこいつは、殺し合いだぜ。コンバット・テクターってのはそもそも軍隊で使われているものじゃないか。それを、やれ学生の身体を鍛えるの、精神を鍛えるのと、ちゃんちゃらおかしいぜ。そんな泣き言を受け入れちまうなら、学校でお勉強させるのをやめちまえば良いんだ」

「あんた、良くそれで、コンバット・テクターの使用許可が下りているわね……」

「学生だし、親が真っ当な仕事に就いているものでね。イアンの莫迦は、親父もろくでもない奴だったそうじゃないか」

「――ッ」


 イツヴァちゃんが唇を噛み締めた。イアンの父親を莫迦にする事は、イツヴァちゃんを貶めているのと同じだ。けれどここで何を言い返しても、タクマ選手には通用しないだろう。


「今回はまともにやってやる。俺だってプロになりたいからな。尤も、それだって敗ける心算はねぇが」

「言わせて置けば……!」

「ルカちゃん!」


 今にも殴り掛かって行きそうだったルカちゃんを制して、俺はタクマ選手の前に立った。タクマ選手は怪訝そうな顔をして俺を眺めた。


「何だ、お前が出るのか?」

「はい」

「やめとけ、やめとけ。無名のお前じゃ俺には手も足も出せねぇよ……」

「――」


 それは、分かっている。

 分かっているが、例えそうだとしても、俺は、この人が気に入らなかった。


 俺の事はどれだけ莫迦にされても良いが、友達を貶されるのは幾ら俺でも腹が立つ。


 どれだけやれるのか分からない。イアンにはそう言ったが、それは訂正する。


「待っていて下さい……」

「む?」

「僕は貴方と闘います……だから、待っていろ」

「――」


 少なくとも一回戦だけは勝ち上がり、この男と戦わねばならない。

 俺はそう思った。


 タクマ選手は、ふん、と鼻を鳴らすと、


「違うな、待っているのはお前だ。シード権はお前にくれてやるぜ……」

「何?」

「逃げ出すチャンスをやるって言ってるのさ。俺の戦いを見て、尻尾を巻いて逃げ出す……な」


 にやりと、タクマは唇を歪めて笑った。

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