第二章 テクストロ開催

Part1 訓練

 あのテロ事件から、一週間が経った。

 本当なら、あれから三日後に行なわれる筈だったテクストロは延期されてしまった事になる。


 それはそれで、テクストロに臨む準備が出来る期間が伸びた事になり、イアンにとってもそんなに悪い状況ではなかっただろう。


 俺たちは、自校のRCF特別訓練室にいる。

 特別訓練室では、ヴァーチャルリアリティによるシミュレーション訓練を行なう事が出来た。

 両手足首と腰のベルトをコードでコンピュータに繋ぎ、ゴーグル型のヘッドギアの内側にヴァーチャル空間の光景を映し出して、実際にコンバット・テクターを装着した状態を疑似的に再現する。床は前後左右に動くので、その場で歩いたり走ったりする動作をすれば、画面の中ではアバターが同じ動きをする。突きや蹴りの動作も同じだ。


 仮想敵としては様々なデータが使用される。使用者のレベルに合わせた対戦相手を選択し、極めて実戦的な訓練を行なう事が出来た。


 イアンが、四方四メートルくらいの部屋に入り、ヘッドギアを装着していた。


 俺たち――俺とルカちゃんとアミカちゃん、それと後輩のイツヴァちゃんが、部屋の外でモニターを見ている。モニターは七分割され、ヘッドギア装着者の視点、アバターを前後左右、俯瞰の視点、そして現れるホログラムの視点がそれぞれ映し出されていた。


 ヴァーチャル空間はステージを選ぶ事が出来る。イアンは、テクストロの会場であるオクタゴン状のステージを選択した。一辺が一〇メートルのオクタゴンで、頂点にはそれぞれ円柱が立てられている。オクタゴンは地面から二メートルくらい高くなっていて、テクストロのルールだと場外に落下して二〇秒が経過すると敗北が宣告される。


 そのオクタゴンの端の方に、ヴァーチャル空間のイアンは立っている。装着しているのは、実際に彼が扱うコンバット・テクター……紫色をベースに、赤の差し色を入れた強化服だ。


〈パープル・ペイン〉――


 イアンは自分のコンバット・テクターをそのように名付けていた。


 両手と両足に近接武装を集中させており、遠距離用の武器は右脚にマウントしたインパクトマグナムだけだ。背中と肘、そして足裏のバーニアと、肩や腰、膝などに装備したスラスターによる高い機動力が武器である。


 そのイアンが仮想敵として選んだのは、五年前のテクストロ全国大会の優勝者だった。今はSPCWで第二部隊を率いており、かなりの実力者である。その戦闘力のピークは、データに登録されているテクストロ全国大会の優勝時だと言われており、選択出来る対戦相手の中では恐らく最強クラスだった。


「無茶するわよね、お兄ちゃん」


 イツヴァちゃんはイアンの選択に呆れていた。

 イアンは訓練ルームに入る前に、


“俺の目標は優勝だぜ? 弱い相手と訓練してどうなるんだ”


 そう言っていた。


 イアンが挑むのは、まだ地方大会でしかない。けれど、地方で優勝すれば地区大会に出場出来るし、地区大会で勝ち抜けば……と、勝ち続けてゆけばやはり全国大会に出場出来る。


 訓練とは言え、最強と言われる相手と戦って勝つ事が出来れば、実力の高さに安心する事が出来る。


 イアンの前に現れたコンバット・テクターは、〈ブロッケン〉と呼ばれていた。


 角ばった黒いボディが特徴的で、全身に様々な武器を隠し持っている。データでは、合体してサスマタになる一対のジュッテ、右肩にパイルバンカー、左肩にガトリングキャノン、左右の腕に剣、右脚にハンマー、左膝にドリル、左足の爪先には射出式のナイフを潜めている。


 それらの存在を隠すのに、やたらと装甲が分厚く、大振りなのだ。


 画面の中で、イアンの〈パープル・ペイン〉が動き始めた。

 訓練が始まったのだ。


〈パープル・ペイン〉と〈ブロッケン〉は、互いに前に出て、五メートルくらい間を開けて立ち止まった。戦闘開始の合図が入るまで、そこで待機するのだ。


“Ready”


 そういう文字が浮かび上がり、カウントが入る。


“3”


 イツヴァちゃんが、ぎゅっとスカートの裾を握った。この瞬間は、訓練と分かっていても緊張する。


“2”


〈パープル・ペイン〉が構えていた。身体を大きく沈めた姿は、クラウチングスタートのそれに似ている。


“1”


〈ブロッケン〉は右足を僅かに下げ、両手を胸の前に持ち上げている。カラテという古い格闘技の、マエバネという構えだっただろうか。


“Te・X・to・Ro!”


 スタートの合図だ。


〈パープル・ペイン〉は、背中のバーニアから火を吹かせて、真っ直ぐに突っ込んだ。


〈ブロッケン〉は動かない。


〈パープル・ペイン〉は〈ブロッケン〉の膝の高さで突撃している。たかだか五メートルの加速で得られるパワーは大したものではないだろうが、素早いスタートダッシュに反応する事は難しい。


〈ブロッケン〉の間合いに入った。前に出していた左足を、鋭く跳ね上げる。爪先からナイフが飛び出し、〈パープル・ペイン〉の頭部を狙った。


 イアンは右肘を横に向け、スラスターを吹かした。〈パープル・ペイン〉の身体が左側に移動する。更に、後ろに向けた左肘からも同じように噴射して、〈ブロッケン〉の軸足側に回り込んだ。


〈ブロッケン〉が、右腕の剣を伸ばした。それを斜め下の〈パープル・ペイン〉目掛けて振り下ろす。イアンはもう一度、左膝のスラスターを噴射した。左腕がぼんと跳ね上がり、〈ブロッケン〉のアームセイバーを受け止めた。


 火花が飛び散り、イアンの視界が塞がれる。

 その間に〈ブロッケン〉が蹴りに使った左足を地に戻し、今度は後ろの方に回転した。後ろ蹴りだ。


〈パープル・ペイン〉は右腕を折って跳ね上げ、アームセイバーを弾くと共に、地に伏せるような低い状態から左脚を持ち上げた。右腕の代わりに下げた左腕と、左膝で、脇腹を狙った〈ブロッケン〉の後ろ回し蹴りを挟み込んだのだ。


「巧い!」


 ルカちゃんが声を上げた。


 イアンはそのまま、〈ブロッケン〉の背後から組み付く心算だった。

 だが〈ブロッケン〉は軸足であった筈の右足を跳ね上げて、イアンの胴体を蹴り付けた。


〈パープル・ペイン〉の背中のバーニアと膝のスラスターが唸り、イアンの身体を持ち上げる。〈ブロッケン〉を巻き込んで、空中で一回転する事になった。


 そうすると、形勢は逆転だ。上下は変わらず〈ブロッケン〉と〈パープル・ペイン〉だったが、〈パープル・ペイン〉の上に〈ブロッケン〉が圧し掛かるような形になる。


 苦し紛れに、〈パープル・ペイン〉が身体をひねった。相手の脚を手放して、スラスターを細かく吹かし、離脱する。


 同じように着地した〈ブロッケン〉が、左肩のガトリングを放った。


〈パープル・ペイン〉が横に逃げると、砲身を回転させて敵を追う。ステージ上に、弾丸が雨のように降り注ぎ、タイルを陥没させる。


 これはシミュレーションだが、実際の試合でも、暴徒制圧用の圧縮ゴム弾が使用される。コンバット・テクターには大して効果はないが、内部の人間に対してはかなり効く。コンバット・テクターは規定値を超えた衝撃を受けると、自動的に解除され金属粒子に昇華し、この際に発生するガスで装着者を保護するリアクティブア・アーマーのような機能を標準的に備えている。だが圧縮ゴム弾はそこまでのダメージではないにも関わらず、装着者にまで衝撃いたみる。


〈パープル・ペイン〉は縦横無尽に駆け巡った。平行移動だけではなく、オクタゴンの頂点に建てられた柱に飛び乗り、駆け上がり、別の柱に飛び移るなど、三次元的な挙動を取って、ガトリングを躱し続けた。


 ガトリングキャノンは一秒間に七〇発の連射が可能で、継続使用は一分と二〇秒。それを過ぎると砲身を冷却する必要が出て来るので、それまで躱し続ければ隙が出来る。


 ガトリングキャノンが止まった。


〈パープル・ペイン〉は柱のてっぺんに乗っている。

 右脚からインパクトマグナムを引き抜くと、連射レーザーモードにして上空から射撃した。


〈ブロッケン〉は右膝を持ち上げ、ハンマーを射出した。脛の部分が柄になっており、スプリングで顔の高さまで跳ね上がる。腰の左右にマウントされたジュッテを合体させてサスマタモードにし、ハンマーの柄として使用する。〈ブロッケン〉のハンマーはレーザーコーティングが成されており、実弾ではないインパクトマグナムのレーザーを反射した。


 イアンはその瞬間を待っていた。


 柱を蹴って、〈ブロッケン〉目掛けて突撃する〈パープル・ペイン〉。ハンマーのお蔭で、〈ブロッケン〉の視界は封じられている。その間に急接近し、得意の肉弾戦を仕掛ける心算だ。


「喰らえッ」


 イアンが叫んだ。

〈パープル・ペイン〉の膝蹴りが、ハンマーを引いた〈ブロッケン〉の頭部に喰い込む!


「やった?」

「いいえ、浅い……」


 ルカちゃんとアミカちゃんが言う。


〈ブロッケン〉はインパクトの瞬間、身体を後ろに引いて、膝蹴りを回避した。紙一重だがそれで充分、右腕のハンマーが唸れば、空中の〈パープル・ペイン〉に逃げ場はない。


 だが〈パープル・ペイン〉はもう一度背中のバーニアから炎を吹き出させ、膝を相手の右肩辺りにぐっと押し当てた。


 キックブラストだ。

 押し当てた膝が爆発する。


 膝スラスターの炎が〈ブロッケン〉の黒いボディを焼いた。〈ブロッケン〉の右腕の装甲が弾け、スキン・アーマーが剥き出しになった。これで右腕のパイルバンカーとハンマーは封じた事になる。


「もう一丁!」


 イアンは左足で、同じくキックブラストを発動しようとした。スラスターを使用した大技で、各部のスラスターとバーニアを破壊し、その際の爆発で敵を巻き込む。或る意味、防御を捨てた技だった。


〈ブロッケン〉はぐっと左肩を前に突き出した。コンバット・テクターの頭部か胸部が解除されるかギブアップするかでしか勝負は決まらない、仮想敵はギブアップをしないので、どうあっても装甲を解除させるしかなかった。


 だが〈ブロッケン〉は、左肩のガトリングキャノンを再び突き出させた。時間を使い切ったと見せたのはブラフだったのだ。


 がん!


 イアンの視界が大きく揺れた。

 残っていた僅か数発のゴム弾が、〈パープル・ペイン〉を吹き飛ばす。


〈ブロッケン〉は地面に打ち付けられた〈パープル・ペイン〉を追って、左の踵を踏み下ろした。


〈パープル・ペイン〉が横に転がって立ち上がると、飛び膝蹴りが胸のど真ん中に炸裂した。左膝のドリルが装甲を削り、切り裂いてしまう。


 画面の中で、〈パープル・ペイン〉が霧のようになって消滅した。普段は圧縮装置の中で気体の状態で待機しているコンバット・テクターは、解除されるとリアクティブ・アーマーのようにガスを爆発させて、装着者を衝撃から守る。だが画面に映っていたのはヴァーチャル空間でのアバターなので、中の人間は映らずに消滅したように見えるのだった。


“K.O. Game set!”


〈ブロッケン〉が勝ち名乗りを上げ、画面は採点に切り替わった。イアンの良かった所、悪かった所、ダメージをどれだけ与えたか、与えられたか。そして次回へのアドバイスなどを、細かく表示している。


「駄目だったか……」


 イアンが、そう言いながらシミュレーションルームから出て来た。


 髪までぐっしょりと汗で濡れていた。喰らったダメージは画面の中だけだが、本人の動きはアバターと同じだから、疲労もある。しかも空中制動にはかなりのカロリーを消費するので、高機動・近接戦闘を好むイアンは、他の多くの装着者よりも疲れ易いタイプを選んでいる事になる。


「でも、点数を見て。ガトリングキャノンのブラフを使わせたって事は、最初の回避が巧かったって事でしょ。それに右腕を解除させてる訳だから……」


 ルカちゃんが言った。


 戦闘の点数自体は六八点と些か辛口だが、〈ブロッケン〉相手でそれだけの点数を取れているという事は、全国ランキングでトップテンに喰い込んでいるという事だ。イアンは確か俺たちの年齢で参加するハイスクールクラスではなく、その上のコンバットクラスに設定していた筈だから、同年代で言えばナンバーワンかツーくらいの実力だ。


「そうかな……本当に?」

「うん! お兄ちゃん、強いよ!」

「今度のテクストロでも、きっと勝てます!」

「そうか……お前もそう思うか、アキセ……」


 イアンは俺の方を見た。


「うん」


 俺は頷いた。

 イアンはもう一度深く頷いて、


「ありがとな」


 と、俺に向かって親指を立てた。

 俺も、同じように親指を立てた拳を、イアンの拳とぶつけ合った。


「本番は明後日だ。明日はテクターの調整と軽い運動くらいにして、ゆっくり休むとするか。……それはそうと、腹減ったなぁ、皆で飯喰いに行こうぜ!」

「さんせーい!」

「お兄ちゃんの奢りね!」

「い、良いんですか……?」

「ああ、勿論さ! 未来への投資だ! 皆、喰うぞー!」

「やったー!」


 そんな事を言いながら、俺たちは、特別訓練室を後にした。

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