インタビュー・ウィズ……
あなたはレイシイが嫌いだ。
だからいつもいつでもいつだって、陥れてやろうと機会を狙っている。
その機会が、ついに訪れた、のかもしれない。
そうとでも思わなければ、とてもやっていられなかった。
***
あなたは二年ほど前からレイシイを知っている。レイシイは鳴かず飛ばず、しょうもないアルバイトで生計を立てている名ばかり劇作家だったが、ある日突然、大ヒットを飛ばした。そのころあなたはレイシイに取材をしたこともある。当時、初めて会った時もいい印象は受けなかったが、今ほど嫌いではなかった。レイシイは顔かたちこそ整っているものの、いかにもあか抜けない文学の人というような雰囲気で、着ているものは流行の「り」の字もなく、受け答えもおどおどしていた。その作品に溢れる破滅的な情緒とは正反対の印象で、あなたは「きっと恋人がつくれないから、ああやって発散しているんだろうな」と憐れみすら覚えた。例の作品は、変則的なロマンスと言って差し支えなかった。
そこでいったん縁ともいえぬ縁は切れ、レイシイは表舞台からいなくなった。活動は続けているようだが、やはりあれはまぐれ当たりだったのか、そんなに有名なものはない。エッセイを書いたり、小説を書いたりしても、レイシイの名前を知っている人か、書店で気まぐれに手に取った人しか買っておるまい、程度の売り上げで、決して表に出てくることはなかった。
しかし、それが、どうだ。
レイシイはまた、化けた。
今度は小説だった。分厚い文庫で上下巻。「あの作品」の耽美な印象は残しつつ、それ以外は一新。恐怖小説でありポルノ小説でもあった。「あの作品」の全編に漂う高貴な香りを愛していた人にとってはたまらなく冒涜だったろうが、そうではなくて闇の匂いをかぎ取っていた者たちにとっては福音であったろう。
売れた。売れに売れた。もう映画化の話も出ているらしい。そうこうしているうちに、レイシイはまた短編など雑誌に載せて、その雑誌も売れ、掲載作品をまとめた短編集が出て、それも売れた。どれもこれも退廃的で、時に暴力的、低俗と言ってもよい内容ですらあった。「あの作品」のファンは離れていくものも少なくなかったが、それ以上に新しいファンが付いた。
あなたはまたレイシイの取材に行くことになった。以前も行ったから、ではなく、まったくの偶然であろう。あなたもかつてのレイシイの記憶はおぼろげで、そのあやふやな印象から変わっていないだろうとたかをくくって会いに行ったところ、レイシイ本人も大化けに化けており、度肝を抜かれた。
顔立ちは一緒だ。極端に痩せたり太ったりしたわけでもない。
だけれどもレイシイは別人だった。
おっかなびっくり寄せられていた眉はすっきりと目の上を彩り、伏せがちだった目はちゃんとあなたを見る。とはいってもまっすぐ見つめるわけではなく、どことなく蓮っ葉に「見遣る」という感じだ。言うべき言葉を見つけられず、噛みしめられていた唇は程よくほころんで、頼んでもいないのに笑みさえ浮かべている。衣装だって、相変わらず一般的な流行り廃りとはずれているが、きっと本人が自分のセンスで見繕って、これだと思うものをそろえたのだろうなあと思わせずにはいられぬ格好だった。
気弱な愛想笑いは悪魔的な微笑にとって代わり、凄惨なまでの色香をしたたらせてレイシイはそこにいる。
取材はまだ始まってもいない。
だけれどあなたはレイシイのことを大嫌いになっていた。
なぜなら、レイシイが、あのおどおどびくびくして哀れっぽいレイシイが、今となってはあなたより各上だからだ。おまけにレイシイが「あなたっていついつの公演の時取材できてくれた方ですよね」と艶然とした目つきのままで言うものだから、腹立たしたとしたらもうたとえようもない。それはあなたの一方的な妬み嫉みだという自覚はないでもないが、とにもかくにも泡を吹きそうな怒りであった。
だが仕事だ。残念だ。
あなたは心を殺して努めて冷静を装い、予定していただけの質問をし、当たり障りのない返答をもらった。
最後、レイシイは心底うれしそうな表情でもって、「あなたとは気が合いそう。お茶でも飲みに行ききませんか」なんて言って、笑った。
馬鹿にされていると感じた。
被害妄想の一つのパターンであることは理解している。だが、尚、あなたはそれを感じ、身もだえするほどに怒り狂った。
あなたは断った。しかし断り方に難があった。「次の機会に」と言ってしまったので、レイシイは男も女も虜にしそうなほの暗い例の笑みで、「では、次の機会に」とこたえた。
***
「次の機会」は無慈悲にもやってきた。それも取材関係ではない。それならば、あなたの気持ちはここまでどんよりと曇ることはなかったに違いない。
レイシイからの、ごくごく個人的な、お誘いなのである。
あなたはレイシイが大嫌いだ。
だけれども、心証を悪くするのは避けたい。
なぜならまた仕事でかかわる可能性がないでもないからだ。
そいうわけでしぶしぶしかたなく、あなたはレイシイのお誘いに乗ってお茶をしに行った。てっきりジャズの流れる暗めの照明がムーディーな喫茶店など想像していたが、レイシイに連れていかれた先はもっと無慈悲なところだった。
待ち合わせた駅の時点で何となく嫌な予感はしていた。レイシイは売れっ子作家様にも関わらず、いまだにあんまり治安のよくない区画の、お世辞にもきれいとはいいがたい、マンションではなくアパートに住んでいる。だけれど指定された駅は、レイシイの棲み処とははるかに離れた駅だった。その駅から少し行けばいわゆるセレブ様の別荘街で、取材以外ではあなたにとんと縁のない場所だ。
あなたの緊張をよそに、レイシイはすいすいと別荘地を進んでいく。レイシイだって、決してその街並みにあった服装をしているとは言えないが、本人がだだ漏れにしている自信でもって、ドレスコードを強引に捻じ曲げている。それに対してあなたはどうだ。お仕着せのスーツはさながら使用人。何の事情も知らないご近所さんが見たならば、奔放な主人と、それに振り回されるついていない侍従に見えたかもしれない。
居心地の悪い、こじゃれたカフェに連れていかれてしまうのだろうというあなたのあきらめは無残にも崩れ去った。
レイシイがあなたを連れてきた先は、一等地の大邸宅だったのだ。
自分の家にするようにレイシイは鍵を開け、「入って」と促す。諦めと混乱が脳裏でフォークダンスを踊っている状態のあなたは、ふらふらと室内に入る。
「女の子なんだから、もっと警戒しなくちゃ」
そんなレイシイの揶揄も、遠く聞こえるくらいにあなたは浮足立っていた。扉が閉まる。レイシイはあなたを応接間に案内した。ティーセットと、風情のないラップを被ったケーキらしい菓子がテーブルに鎮座している。
「今、お茶淹れるから」
レイシイは奥に消えていった。キッチンだろう。あなたはわずかな暇さえ持て余して、インテリアを観察する。
まったく、ひどい趣味だ。
ひとつ、ひとつの家具自体はいい趣味と言って差し支えないが、配置が滅茶苦茶だ。いっそのこと全部同じメーカーでそろえれば、そんなにおしゃれじゃなくたって、すっきりした部屋に仕上がったろうに。壁には無名画家のへんてこりんな抽象画がぶら下がっていて、余計に部屋のダサさをアピールする結果になっている。
あなたは直感で、この部屋はレイシイのものではないと感づいていた。レイシイの部屋にしては、こだわりの方向があやふやに過ぎる。もしこちらもレイシイの部屋だというのなら、普段の立ち振る舞いにふさわしい、「一般的ではないがどことなくおしゃれな部屋」になってしかるべきではなかろうか。
つまりここはレイシイ以外の誰かが管理する、レイシイの別宅なのではあるまいか。
ささやかれている、噂。ドラッグ。乱交パーティ。無名から有名への落差が激しければそれだけ、風当たりも強い。同時に、その悪意たっぷりのうわさが真実である可能性も。
「ごめんね、遅くなって」
トレイに茶器をのっけたレイシイが屈託の控えめな笑顔で戻ってくる。普通の紅茶コーヒーの類とはちょっと違うようで、親しみのない香気があなたの鼻を打つ。だけれど、不快なにおいではなかった。
「嫌じゃないかな?」
茶の香りについてだろう。
「大丈夫です。むしろ、変わった香りで素敵ですね」
そこからは他愛もない雑談。レイシイの余裕たっぷりな態度にあなたは始終激しく嫉妬し、憎んだが、それをおくびにも出さないように笑顔を取り繕った。ケーキも口に運ぶ。茶と同様に変わった香りがしてひどく甘いが、あなたは嫌いではなかった。
話がひと段落したころだ。レイシイがふっと、今までとは違う笑みを浮かべた。
「ところでさ――嫌いでしょ」
「え」
笑顔で自分の胸を指すレイシイ。あなたは何を言われているのか理解するのに時間を要した。
「わかってて誘ったんだ。そのほうが、心が痛まないしね」
「あの、何を」
あなたの頭がぐらつく。
目がちかちかする。
それを自覚した途端、たとえようのない倦怠感が這い上がってきた。
それに、レイシイも感づいたらしかった。
「言ったろう? 君は女の子なんだから、気を付けなくっちゃ」
「どう、いう」
回らない舌。反対に、レイシイはあなたが見たこともないくらいに饒舌だ。
「このケーキも、このお茶も、混じり物の味をいかにわかりにくくするかってレシピで作られているからね。むしろ、おいしかったろ。ちょっと変わった味だから、嫌がるコもたまにはいるんだけど……」
舌がしびれる。それだけじゃない。手足も、頭も。テーブルに思わず手をつく。そうでもしないと、身体を支えていられない。レイシイはにやにや顔で、あなたの変化を一片も見逃がすまいと観察している。軽やかで女性的な外見に似合わぬ、そこだけは雄の眼でもって。
「実はこのケーキもお茶も、ぼくのレシピじゃあないんだ」
その台詞を合図にしていたかのように、奥の部屋からゆうらりと出てくる、偉丈夫。
まわされる。
女としてのあなたはそれを想定して恐怖に震えた。
薬をきめさせられて、まわされる。
あなたは思い込みの恐怖に震えあがって、自由にならない手指を震わせる。後だしの偉丈夫とレイシイは顔をよせ、実に親し気に囁きを交わして、あなたの処遇を決めている。偉丈夫はレイシイをレイシイとは呼ばず、きっちり「レジナルド」と呼ぶ。それには少し違和感を感じるほどだ。あなたがレイシイに出会った時すでに、彼はレイシイの愛称で通っていたから。
ちょっぴり誇らしげなレイシイ。困ったふうの偉丈夫。偉丈夫はレイシイから「アンバー」と呼ばれていた。
「こんなに細い女の子、大丈夫かね」
アンバーが言う。口調とは裏腹、案じている雰囲気ではない。
「血の気は保証付きだよ。2人でキスしたって大事のあるものか」
嘲笑混じりの返答。肩に手が回る。
あなたはもう、誰に抱かれているのか見当もつかなかった。
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pixivにて「或るゴシップ記者の末路」タイトルで公開
2016年執筆
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