第10話 ラブソング、ふたたび
夢の中でルンコは、光に吸い込まれて、あっという間に消えた。
花火が散る時みたいに呆気なかった。
どうせ夢ならば、もっと劇的で特別な別れであって欲しかったと、思わず毒づきたくなる。
だってルンコとの出会いは、彼女が言ったみたいに、やがては忘れ去ってしまうようなものでは決してない。少なくとも、自分にとっては。
そんなことをぼんやりと思いながら、凛太朗はまどろみから目覚めた。
すでに朝だったが、時刻を確かめる気さえ起こらなかった。
凛太朗は衣服についた泥や砂を払いながら、小さなトンネルから外に出る。
雨はすっかり上がり、空は晴れ渡っていた。
凛太朗の隣にもうルンコはいない。
昨夜、おかしなほど強烈な眠気に襲われてから、すっかり記憶が飛んでいる。
狐につままれたようで何が起こったのかよくわからないが、少なくともルンコが何も言わずに行ってしまったことだけは確かだった。
蝉が鳴いている。それを真似る、みーんみーん、という声が聞こえた気がした。ずきりと胸が痛む。
「……何にも言わずにどっか行きやがって」
思わず独り言が口から滑り出る。
凛太朗はスマートフォンのディスプレイを撫でて、写真のアイコンをタップした。
見れば余計に切なくなってしまうのはわかっていたが、そうせずにはいられなかった。それほどルンコが名残惜しかった。
「……嘘だろ」
そして、言葉を失う。
ルンコとの思い出が消えている。彼女が映っているはずの写真が一枚も残っていない。
「あいつ、ほんとに……あいつ?」
彼女の名前が思い出せないことに気づく。
なぜこんなことになる? 信じられない。信じたくない。
凛太朗は必死に彼女の記憶をかき集めようとする。
だがその指の間から、彼女という存在がするすると零れ落ちていく。大切だったはずのものが消えていく。
「あれ、俺、なんで……」
不意に目頭が熱くなる。
けれど、なぜ悲しいのか、その理由はすでに自分でもわからなくなっていた。
「凛太朗、お前にはわかんないだろうけど、失恋ってほんとキツイわ」
相変わらず退屈なバイト先に、珍しい来客があった。大学の友人の城島である。
九月も半ばを過ぎ、もうじき大学もはじまるとあって、田舎から戻ってきたのだった。
例の恋人には振られたらしい。ひと夏のアバンチュールだったというわけだ。
「お前にもこの気持ち、知って欲しいよ」
あからさまな上から目線で嘆くように言うと、城島は気だるげにテーブルに突っ伏した。
ちなみに凛太朗は凛太朗で、城島の話を聞き流している。
だいたい今はそれどころではないのだ。有線でお気に入りの曲が流れている。
この夏、大流行したヒップホップだ。
凛太朗はグラスを拭いていた手を止めて、大きなため息をついた。
「はあ……」
「なんだよ?」と、城島が怪訝そうに訊ねる。
「この曲聞いてると、なんでかわかんないけど、俺、無性に泣けてくるんだよなあ」
城島がぽかんとして凛太朗を見つめる。
そして凛太朗は真顔で言い放った。
「俺のこの気持ちを届けたい誰かが、どこかに絶対いるんだよ」
「……お前、頭大丈夫か?」
祈りにも似た気持ちで、凛太朗はラブソングを口ずさんでいた。
──一生忘れないぜオマエのこと。
ルンタローになった夏 hurobanooke @hurobanooke
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