第6話 オマエとオレの思い出

「ええ……?」

「だってあたしは、本来この時空にいるべき人間じゃないから。あたしは時空の迷子で、今ココにいられるのは、時空のバグだから」

 

 凛太朗は思わず嘆息する。

 やはり彼女は筋金入りの電波なのだ。年上の女性だなんて、我ながら錯覚するにもほどがある。


「あのさ……だいたい記憶に残れないって、なんでそんなのわかるの? 同じ時空にはいられないとか言ってなかった? 忘れたかどうかなんて、あとから確かめようないじゃん」

「留まれないだけで、二度と来られないというのとは、またちょっと、違う。そこは、複雑な宇宙方程式が、関係している」

「はああ……」


 電波な話題にはツッコミを入れるだけ無駄だと痛感する凛太朗なのだった。


 それにしても、自分のことを覚えていて欲しいがために、こんなぶっ飛んだ発言をするなんて、もしや俺に気でもあるんじゃなかろうか。などと意識した途端、凛太朗は単純にも浮かれた。

 ルンコのことを胸中で貶しておきながら現金なものだが、舞い上がってしまう。


「じゃ、じゃあさ、写真撮ろうぜ。オ、オマエとオレの! 夜明けまで思い出作りして、それを写真に残しとく。それでいいだろ」


 凛太朗はキザなセリフとともに、スマートフォンをポケットから取り出すと、出し抜けにルンコを激写した。

 ディスプレイに、ルンコの驚いた顔のドアップ写真が映し出される。

 横からルンコが覗き込んできた。


「超ぶさいく」


 凛太朗がわざとからかうと、ルンコは顔を真赤にしてゲンコツを作り、もうっばかっ恥ずかしい! となじる。

 というラブラブめいた展開に当然なるわけもなく、ルンコは自分のふぬけた写真を見るなり、けらけらと笑い倒し、しかも調子に乗って凛太朗のスマートフォンのレンズに向かって変顔の数々をかましまくってきた。

 せっかくの愛らしい顔立ちが台無しだった。資源をもっと有効活用する気はないのかと、凛太朗は声高に叫びたかった。


 カシャカシャ、としばらく連写させられていた凛太朗だったが、


「も、もういいよ……」


 十枚くらい撮ったところで、さすがにげんなりとして手を止めた。

 色気の欠片もない変顔ばかりを見せつけられて、凛太朗の下心が限りなくゼロ地点へと近づいていく。


 だが、その時だった。いきなりルンコがぐいっと接近して、凛太朗に頬を寄せた。

 肌が触れるか触れないかの距離だった。

 ああこれが女の子の匂いというものなのか、おかあさんのともおばあちゃんのとも全くもって全然さっぱり違いすぎるではないか。


 はじめて感じる甘美な香りに、凛太朗は未知の世界へと誘われた。

 下心曲線が華麗なる急上昇を見せ、脳内ではすごーくはげしい新型爆弾がスパークしていた。


 ルンコは、カメラのレンズをびしっと指差して言い放つ。


「よし、オマエと、オレの、思い出、つくるぞ」


 そこで凛太朗はようやく、彼女が自撮りツーショットを求めているのだと理解する。

 高鳴る鼓動を押し隠しながら、凛太朗はシャッターを切った。


 二人でディスプレイを覗き込み、写真をチェックする。

 ルンコは弾ける笑顔、凛太朗はきもい白目だった。

 これがオマエとオレの思い出だった。


 ルンコはまたけらけらと大爆笑して、目尻に浮かんだ涙を拭う。

 それから不意に、きしかーん、と呟いた。

 凛太朗は意味がわからず、聞き返そうとして、だがその前に彼女が言葉を続ける。


「……思い出、残るといいな」


 彼女はゆっくりと呼吸を整えるように目を閉じた。それから自身の両手を重ねて、きゅっと指を組む。


 祈りでも捧げているみたいなその姿が、凛太朗の目にやけに印象深く映った。

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