第5話 ルンタローとルンコ
──とはいえ、喫茶店に無断で少女を宿泊させるわけにもいかない。
店長に申し出たとしても、聞き入れてもらえるとは考え難かった。彼女はどう見ても未成年だし、言動だって正直怪しい。
午後五時を過ぎて戸締りのために店長が戻ってくると、凛太朗は彼女を連れて外に出た。
すると彼女が驚いた声を上げる。
「ほんとだ! あつくないぞ!」
日中はまだまだ暑いものの、夕方ともなればずいぶん涼しくなる。
それにしても、外は暑いから行きたくないという彼女を説得するのは一苦労だった。
なにせ彼女は、椅子に座ったまま足をばたばたと動かして駄々をこねるという、年齢にそぐわない荒技を繰り出してきたのである。
「みーんみーん」
上機嫌に蝉の鳴き声を真似ながら、彼女は池の畔を歩き出す。
凛太朗はこれからどこに行こうかと考えあぐねながら、彼女のあとを追った。
夜明けまで彼女に付き合うつもりではあったが、こんな電波少女を相手にどうやって時間を潰せば良いのだろう。
下心がないといえば嘘になるが、女子免疫力の低い身分で、彼女をどうこうできる自信はなかった。
しかしそれでも、もしかしてもしかするといけるんじゃね? と淡い期待を抱いてしまうのが、男の悲しき性でもある。
「俺、凛太朗っていうんだけど」
と、先に名乗ってから彼女の名前を聞こうとして、だがその前に彼女が言い放った。
「ルンタロー!」
「……いやいや、リンタロウ、ね」
「る……りゅ……るゅ……ルンタロー!」
彼女は、リ、の発音を苦手としているようだった。
浮かれた響きに悶々とせざるを得ないが、こればかりは諦めるしかないのかもしれない。
「……で、そっちは? なんて名前?」
「◎×∵☆$」
聞き取れなかった。一体どこの国の出身なのだろう、全く耳慣れない発音だった。
強いて言うならば、
「……る、るんこ……?」と、そう聞こえた。
彼女は顔をしかめて、自分の名前をもう一度繰り返す。発音が気に食わないようだ。
凛太朗だってルンタローという不本意な名前で呼ばれているのだからお互い様のはずだが、彼女はどうも納得がいかないらしい。
「る、るぅん、こォ……」と、凛太朗が口をひん曲げて彼女の名を呼ぶと、彼女はしぶしぶ了承した。
「しかたあるまい」
口を尖らせながら頷く。それにしても、ルンタローとルンコなんて漫才師みたいだ。
「おぼえておけよ、あたしのなまえ」
彼女、ルンコは、凛太朗の額を人差し指でつつくと、不意に微笑んだ。
その笑顔がなぜか寂しげに見えて、凛太朗は一瞬、口ごもる。
「……つうか、ルンコなんて名前、そう簡単に忘れないし」
「でも、あたしがココからいなくなったら、ルンタローは、あたしの存在を、忘れるよ」
ルンコは凛太朗をまっすぐに見つめ返す。
その眼差しは妙に憂いを帯びていて、凛太朗は急に、年上の女性でも前にしているような感覚に捕らわれた。
「あたしは、誰の記憶にも、残れない」
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