第20話「二人の摺木統矢」
肌がひりつくような、緊張。
時間は流れを止め、空気は音の震えを忘れてしまった。
気が狂いそうなほどに張り詰めた静寂が、
彼女が愛する
そして、彼の銃口の先に笑うのもまた、摺木統矢……
「怒りに燃えているな? こちらの世界の私よ」
「……当たり前だ。お前は……俺達から、この世界から奪い過ぎた! あまりにも多くが失われ過ぎたんだよ!」
「偉大なる勝利には、犠牲がつきものだ。そして、犠牲に報いるためにも勝利が必要なのだ」
「その先になにがある? お前は誰とその勝利を分かち合うつもりだ!」
「フッ……無論、お前とだ。もう一人の私、覚醒者……摺木統矢」
トウヤの言葉に、統矢が意外そうに
少しだけ空気が
トウヤはランダムでシステムが提示した世界線に来た。
自ら戦争を起こして敵となり、逆境を与えて人類に
トウヤは不遜な笑みを浮かべて手を差し伸べた。
「私と来い、もう一人の私。お前は、お前こそが私の求めていたDUSTER能力者。レイル・スルール大尉に次いで、二人目の適合者なのだよ」
「……レイルは、お前のために戦ってる。お前を守るって」
「そう、あの
「俺は……話を聞いた。レイルは、異星人に……
「そうだ。あれにはもう女の幸せなどなく、その機能すらない。だが、強力なDUSTER能力がある。そして、私が愛してやれば戦えるのだ! その偉大な力で! 私の敵と!」
今、千雪は思考を置き去りに飛び出そうとしていた。既に握った爪の食い込む痛みすら感じない、義手の拳をトウヤに叩きつけそうになっていたのだ。
だが、現実にはいかな千雪の身体能力でも、その前にトウヤの部下達に蜂の巣にされていただろう。
だが、許せない。
女の敵というレベルではない。
トウヤはもう、人の尊厳や倫理、道徳すら捨ててしまったのだ。
最愛のりんなを殺した異星人を殺す、それだけの復讐装置になってしまっている。
それは、己だけを復讐の炎に投げ入れ戦う統矢とは、まるで違って見えた。
トウヤはさらに、統矢の
「お前も味わった
「誰が……誰がそうしたあ! お前だっ、お前……並行世界の俺、お前なんだよ!」
「そうだ! 私が試練を与えたが、りんなはDUSTER能力には目覚めなかった。しかし、その死でお前の覚醒を
「……俺は、あいつに恋して、愛されたかった……そのことに気付いた時には、遅かった。でも、だからこそ新しい恋に出会えて……今、その愛を守りたい」
統矢の銃が揺れている。
両手で握った拳銃は、ふらふら狙いが定まらない。
今すぐ駆け寄り、抱き締めたい衝動に駆られる千雪……だが、
千雪が動いてもいけないし、統矢がトウヤを撃てば、それで終わる。
トウヤの生死などに興味はないが、間違いなく統矢は無数の銃弾に撃ち抜かれる。
緊張の中で、沙菊との目配せを交わし合うのが精一杯だ。
なにかきっかけがあれば、瞬時に二人で動く、それを確認する。
だが、そのなにかが訪れるまでの間、焦燥感に侵食される時間が続いた。
そんな中、トウヤはさらなる冒涜で統矢を揺さぶる。
「私に
「なっ……りんなは死んだ! もういない! ……お前達が殺したんだっ!」
「こっちの世界ではな。だが、私の世界で彼女は永遠になった。リレイド・リレイズ・システムのコアとして、永遠に生き続ける! 常に私を繰り返し甦らせるのだ!」
意を決して千雪は、口を開いた。
トウヤの護衛が銃を向けてきても、
「統矢君っ、それは本当の話です! リレイド・リレイズ・システムの中に……りんなさんはいます。でも、それは生きてるとは言えません。そして、統矢さんが好きだったりんなさんは……この世界のりんなさんは、あの時」
乾いた銃声が響いた。
たった一発の弾丸が、緊張を高める場の内圧を爆発させた。
誰もが一瞬、誰の発泡かと固まりながら……音のした方を
そこには、
その目が、冷たい業火に暗く燃えている。見るものの心胆を寒からしめる、絶対零度の獄炎が瞳に燃え盛っていた。
彼は銃での射撃が下手だったのを、千雪は思い出す。
それは、驚きに
「わ、私を……撃った? 私に、傷を……血が! 血が、こんなに!」
「次は当てるとは言わない……けど、当てるまで撃つ! 撃たれても撃って、それでも外したら拳で、お前を打つ! 討つんだ……絶対に許してはいけない! 許さない!」
「くっ、周りっ! なにをしている、奴を無力化しろ! この私の誘いを……ッ!」
ついにその瞬間は訪れた。
驚きながらも兵士達は、一斉に統矢へとライフルを向ける。
その動きを確認するより早く、千雪と沙菊は飛び出していた。
遠慮なく千雪は、次々とパラレイドの兵士達を殴り飛ばし、蹴り抜く。沙菊もライフルのストックでブン殴ると、そのままクルリと回した銃口をトウヤへ向けた。
形勢逆転、あっという間にトウヤを拘束寸前まで持ち込む。
そして、怒りに燃える統矢の声が、鋭い刃となってトウヤを切り裂いた。
「あっちの世界の俺、つまりお前は……DUSTER能力に目覚めることがなかった。違うか?」
「……ッ! そ、それは」
「俺も千雪も死ぬ思いをした、死んだほうがましだと思えた……その中で生き残り、今もこうして戦っている。DUSTER能力ってのは、そういう人間に宿る力だ。なら、お前は……ただ周囲の人間を戦いへ放り込んできただけの、臆病者で卑怯者だってことになる!」
「うっ、うるさい! 私は異星人と戦うために、全軍を
千雪がじりりと距離をはかっていたが、統矢の視線が無言で制してきた。
まるで、今手を出せば統矢に撃たれそうな雰囲気である。そして、トウヤを殺すのは自分だという、悲壮感に溢れた覚悟が伝わってきた。
そんな中でも、沙菊だけがいつもの彼女でいてくれた。
沙菊は状況が膠着状態になったと見るや、ライフルを千雪へと放った。
「千雪殿! 統矢殿をよろしくであります! ……今なら、まだ……まだ、間に合うでありますからして!」
沙菊は背後を振り返って、血の海に沈むアケミとオサムに駆け寄った。
自分が血で汚れるのも構わず、絶望的な状態の二人を手当し始める。
彼女にもわかっている筈だ……もう、助からない。それは明白だったし、助かってもDUSTER能力に目覚めるかどうかはわからない。そして、千雪を慕って子犬のようにじゃれついてくる後輩には、その全てがどうでもいいことだった。
沙菊は気丈に自分を奮い立たせて、止血を試み、薬物を投与して心臓マッサージを続ける。
激震が襲ったのは、その時だった。
天井を見上げたトウヤが、情けないほどに安堵の笑みを緩ませる。
「来たか! 遅いぞレイル! 私はここだ!」
崩落する通路の中で、強い揺れが天井を崩してゆく。
そして、巨大な手がトウヤを守るように差し込まれた。慌てて統矢が
大きな穴を残して、巨人の手が空中へ去った。
千雪は、こちらを見下ろす巨大なセラフ級パラレイドを見上げる。
レイルの乗る、メタトロン・ゼグゼクスだ。
「くそっ、崩れる! 千雪、こっちだ!」
「統矢君っ!」
「話はあとだ! 沙菊も……沙菊? おいっ、千雪! あいつ――」
建物全体が崩落する中、まだ沙菊は応急救護を続けていた。
その目から、大粒の涙が止まらない。
彼女は泣きながら、必死で敵兵の命を繋ぎ止めようとしていた。
トウヤに見捨てられた警護の兵達は、うめきながら動けそうもない。千雪が全力で力を震えば、半分機械の躰は全部が凶器だ。
すぐに千雪は、決断した。
沙菊を立たせて、アケミやオサムから引き剥がす。
統矢が走り出す先へと、彼女を引きずるようにして全力疾走で駆け出した。
「千雪殿っ、二人が!」
「沙菊さん!
「でもっ」
「私、貴女がいてくれないと困りますから! 統矢君も、みんなもです!」
沙菊はなにも言わなかった。
ただ、千雪の手をそっと振り払うと、自分で走り出す。
強い
できることをやるだけと言うが、それを実行する人間は強い。そして、信用される。渡良瀬沙菊は、自身も
先頭を走る統矢は、自分が新入したルートを覚えてるらしく、迷いなく進んだ。
そして、一度だけ肩越しに振り返る。
「千雪、沙菊も! 俺は絶対、あいつを倒す! もう、りんなのためだけじゃない……お前等、俺の戦う理由になってもらうからな! それは、生きててくれてはじめて意味があることなんだからな!」
純粋に嬉しい言葉だったし、れんふぁにも聞かせたかった。
なにより、隣で泣きながらも沙菊が「うぃす!」と笑ってくれたことが、嬉しかった。
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