第16話「銃爪はあの人のために」

 銃声が響いて、静寂が訪れる。

 固まる五百雀千雪イオジャクチユキの前で、銃を向けたままのパラレイド兵が倒れた。その見開かれてた目にはもう、光はない。まるで糸の切れた操り人形のように、その場に崩れて動かなくなる。

 千雪は引けなかった銃爪トリガーから、指を放した。

 硝煙しょうえんの臭いは、彼女の銃口から臭ってくるのではない。

 見れば、倒れた敵兵の向こうに一人の女性が立っていた。自分と同じパンツァー・モータロイドのパイロットスーツを着ている。そして、ゆっくりとヘルメットを脱いだ。

 短く切り揃えた髪の、その涼し気な鋭さは才女を思わせた。

 ティアマット聯隊れんたいの隊長代理、雨瀬雅姫ウノセマサキだ。

 細めた目が鋭利な刃を思わせ、灯る光はあまりにも寒々しい。


「あまり世話を焼かせないで頂戴……【閃風メイヴ】」

「【雷冥ミカヅチ】、雨瀬雅姫三佐。……ありがとうございます」

「礼ならいいわ。その代り、次は自分で撃って頂戴ちょうだい


 冷たい声、凍れる言葉。

 徹頭徹尾てっとうてつび、感情の全てが負の力に満ちている。

 まるで、過去の摺木統矢スルギトウヤを見ているようだ。

 彼女は周囲を警戒しながら、千雪の横を通り過ぎる。そして、もう振り返らない。ただ、一度だけ脚を止めると、小さくつぶやいた。


「……リレイド・リレイズ・システムの破壊を最優先、いいわね?」

「心得ています、雅姫三佐」

「そう、ならいいわ。私は……あの男を、摺木統矢を討つ!」

「……優先事項が違うのでは?」

「私が戦う理由は唯一つ……大事な、大切な人を奪った罪をあがなわせること。それが終わるまで何度でも、私ごと奴を罰してみせる。相討ちでも本望よ」


 すでにもう、言葉も思考も伝わらない。

 合理や条理の埒外らちがいへと、雅姫ははみ出してしまったのだ。

 彼女はそのまま、足早に去っていった。

 その背を見送り、千雪は撃てなかった銃を握り締める。

 不意に背後で元気な声が響いたのは、そんな時だった。


「千雪殿ぉーっ! 渡良瀬沙菊ワタラセサギク、ただいま到着であります!」

「……沙菊、さん?」

「ういっす! これより千雪殿を援護するであります。さ、基地内へ突撃を……千雪殿? そんな拳銃では心もとないであります! さ、これを! こんなこともあろうかと、調達しておいたであります!」


 渡良瀬沙菊は、手にしたものと別に自動小銃を一丁背負っていた。ほかにもなにやら、ごちゃごちゃアレコレ背中に背負って、まるでキャンプに行く子供である。それでも、物騒な銃を降ろして千雪に渡してくれた。

 人類同盟じんるいどうめい各国の軍で制式作用されている7.8mm口径の無反動タイプだ。

 青森校区あおもりこうくでの訓練で何度も使ったことがあるが、戦場で手にすると普段より重く感じられる。だが、それを千雪に渡してすぐ、沙菊は周囲を警戒しつつ進み出す。


「こっちであります、千雪殿! さっき陸戦隊が突入、白兵戦が始まってるであります……統矢殿を追いかけるのであれば、戦闘は極力回避が最善かと」

「そう、ですね。ありがとうございます、沙菊さん」

「いえいえ! いえいえ、いえいえ! 自分が好きでやってることでありまして……それに、戦争だから仕方ないであります。同じ銃爪を引くなら、好きな人や親しい人のために撃ちたいでありますからして」


 ニへへと沙菊が振り返って笑う。

 思わず千雪は、その頭をでてしまった。

 自分を慕ってくれる後輩の少女は、この戦争の中でも自分を見失っていない。

 銃爪を引き絞る理由は、あの雅姫と同じなのに……想う対象が死んでいるか生きているか、それだけで全く別の力を千雪に見せてくれる。

 巨大な施設内に侵入すると、既に四方八方から距離を変えて発砲音が聴こえる。

 かなり奥まで銃撃戦が広がっているようだ。


「沙菊さん、端末を接続できるアクセスポイントを探しましょう」

「了解であります! まずは基地内の見取り図やアクセス権限なんかを調べたいでありますね」


 互いの死角をカバーし合いながら、千雪と沙菊は走り出した。

 幸い、通路ではパラレイド兵には遭遇しなかった。しかし、何度も死体と擦れ違う。敵兵のものも勿論もちろんだが、大半は人類同盟の兵士達だ。

 壁を血に染め、崩れ落ちた兵士。

 外への退路を求めて、這い回った死体。

 行く先々、死ばかりの道を走る。

 通路が交差する曲がり角では、特に神経を使って注意を払った。


「千雪殿、クリアであります! こっちへ!」

「沙菊さん……なんだか手慣れてますね。埼玉校区では、かなりの訓練を積まれたのでは?」

「いえ、自分は訓練もでありますが……以前からサバゲーをたしなんでるであります!」

「サバゲー?」

「サバイバルゲーム、玩具おもちゃの銃で撃ち合うスポーツ……みたいな遊び、でっす!」


 今日はいつも以上に沙菊がよく喋る。

 そして、千雪はなんとなく察した。

 沙菊もこうして本物の白兵戦を経験するのは、初めてなのだ。いつもの調子で喋ることで、冷静さを自分に言い聞かせている。千雪だってキモが座ってるように見えて、内心は怖い。

 ただ、千雪の恐怖は、統矢の身を案じるあまり、最悪の事態を考えてしまうからだ。

 既に半分以上が機械となった肉体ではもう、自分の死など惜しくはなかった。

 だが、自分の死が統矢を悲しませるから、絶対に死なないと心に誓っている。


「っと、千雪殿! 情報ターミナルらしき端末、発見であります!」


 通路の壁面に埋め込むタイプの、多目的情報端末が発見できた。しかし、この手の機械はセキュリティシステムによってプロテクトされているはずである。

 アクセスできるかどうかは、やってみないとわからない。

 千雪は銃と一緒にコクピットから持ってきた、やや小ぶりなポーチの中から情報端末を取り出した。結局あのあと、緒戦の反省会をする時間はなかった。だが、統矢がこれにまとめておいてくれと渡してきた、あのタブレットである。


「繋げるにしても、共通規格ならいいのですが」

「以前までのパラレイド……アイオーン級やアカモート級の残骸は、もう何十年も前から調べられてたであります。地球文明のものとはわからないよう、カモフラージュされてたか……あるいは、異星人と戦い技術を吸収して、本当に超文明技術を使ってるのか」


 長い間、パラレイドの正体が『もう一つの地球人類』という真実は、隠蔽いんぺいされてきた。そして、現場レベルでは残骸を調べてもなにもわからなかった。無人兵器が基本のパラレイドが、現代の人類同盟各国より優れた技術を持ってるということしか、解明できなかったのだ。

 わからないということがわかった、それだけの情報しかない戦争が続き過ぎた。

 二人は壁の情報ターミナルに駆け寄る。


「無線接続でアクセスしてみます。沙菊さん、周囲の警戒をお願いします」

「了解であります!」

「共通のプロトコルがあればいいのですが」


 見たところ、情報ターミナルは人類同盟で使用されているタイプと大差ない。

 兵器だけが異常なまでに発達してしまった文明なのだろうか? パラレイドと呼ばれる者達が生まれ育った、異星文明との宇宙戦争を経験した地球……高度な無人兵器群を操る軍隊とは思えぬほどに、情報ターミナルは簡素なものである。

 だがやはり、セキュリティは高い。

 千雪がタブレットを介して試す手が、一つ、また一つとアクセスエラーに潰えてゆく。

 そして、震える声が悲鳴のように叫ばれた。


「てっ、てて、手を上げて! あんた達っ、人類同盟軍ね!」


 若い女性の兵士だ。

 士官らしく、軍服を着ている……そして、それはべったりと黒い血にれていた。しかし、彼女に出血した様子はない。少し錯乱気味に向けてくる拳銃は、フラフラと揺れていた。

 思わず振り返る千雪に「千雪殿は端末を!」と声が走る。

 沙菊は躊躇ちゅうちょなく銃を向けたが、彼女の指は銃声を呼ばなかった。

 もう一人、パラレイド兵が現れたのだ。


「よ、よせ……アケミ准尉。それ、より……投降、しろ……お前だけでも、助かるん、だ……」


 壁に背をこするようにして、男の士官も現れた。

 どうやらアケミと呼ばれた女の上官らしい。


「でっ、でで、でも! オサム中尉!」

「どのみち、俺は、もう……助からん。それにな、アケミ准尉……お前に、人は……撃て、ん、よ」


 ずるずるとその場に男が倒れる。

 アケミは再度「オサム中尉!」と叫んで駆け寄った。

 彼女の軍服を汚していたのか、オサムの血だったのだ。

 激しい出血で、その場にゆっくりと血溜まりが広がってゆく。

 だが、血を吐くようなという形容がピッタリの言葉を、オサムは連ね続けた。


「こんな、子供が……幼年、兵、か……た、頼む……武装、解除、し……投降、する」


 すぐに沙菊は二人に駆け寄った。

 ビクン! と身を震わせたアケミが銃を向ける。

 だが、無視して沙菊は荷物を下ろした。


「止血するであります! 増血剤を打ってみますが……アケミ准尉殿、手伝ってほしいであります!」

「え、だ、だって……人類同盟は、捕虜を、取らないって……皆殺しにされる、って」

「戦争には最低限のルールが存在するであります! 自分達は戦争のために戦ってるんじゃないです……戦争を終らせるために戦ってるでありますから!」


 珍しく沙菊の強い言葉を千雪は聞いた。

 沙菊は自分の手を血に汚して、手早く処置をほどこしてゆく。勿論、緊急時の蘇生処置や手当て、支給される薬品の取り扱いは訓練を受ける。だが、最後には楽にしてやる一発の弾丸を教えられるのが幼年兵だ。

 しかし、それは今の沙菊には必要ないようだ。

 そう思っていた時……不意に千雪の手の中で、タブレットの画面が光り出した。

 無数の文字列が高速でスクロールし、不意に千雪は世界が揺れて歪むのを感じるのだった。

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