第14話「反撃の消滅都市」

 セラフ級パラレイド、ミカエル……偉大なる天使長の名を与えられた、紫色に輝く巨大な有線人型兵器。奇しくもその色は、復讐をも飲み込みかてとする少年と同じ色だ。

 だが、97式【氷蓮ひょうれん】に塗られた紫炎色フレアパープルはもっと鮮やかだ。

 今、ミカエルが強力なグラビティ・ケイジをいびつに広げる。

 それはまるで、堕天使ルシファー羽撃はばたく悪逆の十二翼じゅうによぐ


「ケーブルの切断を確認しています……恐らく、そう長くは動けないはず。しかし、このグラビティ・ケイジの出力は危険ですね。メタトロンだけに構っていられません!」


 五百雀千雪イオジャクチユキは乾いてゆくくちびるめた。

 張り詰めた緊張感が、パイロットスーツの裏ににじむ不快な汗さえ忘れさせてゆく。突然の再起動に驚き、メタトロンへの一撃がわずかにれた。

 そして今、正しく前門の虎、後門の狼……だが、千雪は一人ではない。

 周囲には、フェンリル小隊こと皇国海軍PMR戦術実験小隊こうこくかいぐんパメラせんじゅつじっけんしょうたいが展開している。

 その小隊長である兄、五百雀辰馬イオジャクタツマの声が響く。


『フェンリル小隊全機っ! ここが正念場だぜえ? ケツは持ってやる、迷わず突っ込め!』


 瞬間、操縦桿スティックを押し込む千雪の身体が加速Gにきしむ。

 爆発的な瞬発力で、拳を引き絞る【ディープスノー】が飛び出した。

 その射程に今、ビームの剣を構えるメタトロンを捉えている。

 えて、ミカエルは無視する。もはや暴走状態とも言える状態で、ミカエルの挙動は全てが尋常ではない。一定のダメージを受けることでリミッターが解除されるのか、普段はプロテクトのかかっているモードが作動するのだろう。

 だが、無視する。

 そして、魔王へとしたミカエルの相手を任せられるのは、二人しかいなかった。


『れんふぁっ! ! !』

『えっ!? で、でも、統矢トウヤさんっ』

『奴は格闘戦で仕留めるしかない……その距離じゃ、グラビティ・ケイジが中和されちまう。だったら、その分のエネルギーを主砲に回してくれ! あれを使うっ!』

『……うんっ、わかった。サポートは任せて……わたし、頑張るっ』


 アポジモーターを全身のアチコチで明滅させながら、【樹雷皇じゅらいおう】が要塞都市の上空を旋回する。前世紀の月ロケットをも上回る巨大な推力は、それゆえに劣悪な運動性と操作性。分厚い特殊装甲に守られているが、武装を満載した巨体は空飛ぶ火薬庫だ。

 だが、千雪は信頼している。

 分離せず格闘戦を挑む摺木統矢スルギトウヤも、その決断を支える更紗サラサれんふぁも。

 そして、他の仲間達もありったけの火力で援護射撃をしてくれた。


『くっ、ラファエルはどうしたんだ! 雑魚を相手になにを――』


 レイル・スルールの声は逼迫ひっぱくしている。

 だが、メタトロンの挙動には乱れがない。着込んだ装甲も大口径の砲も失ったが、最強のパラレイドは依然として千雪にとって強敵だ。

 そして、素直に感心する。

 感激と言ってもいい。

 レイルは、あちらの摺木統矢大佐が腹心として信頼する、一騎当千のエースパイロットだ。不安定な情緒も盲信も、決してその操縦技術を曇らせたりはしない。


「ですがっ、倒します! リレイド・リレイズ・システムを破壊し……これ以上のパラレイドの流入を止めなければ!」


 真空を震わす轟音がうなりを上げる。

 触れれば即、全てを蒸発させる光の刃……その切っ先が僅かに触れて、【ディープスノー】のあおい塗料が削られた。だが、鈍色にびいろの地金を赤熱化させながら、更に千雪は危険な距離へと踏み込んでゆく。

 機体の体格差、そして剣と拳では間合いが倍以上も違う。

 だが、密着の距離に肉薄すれば、千雪は愛機の拳に全てを乗せられるのだ。

 そして、メタトロンの巨体は仲間達にとっても支援攻撃を浴びせやすい。


『ラスカ、統矢を手伝ってやれ! あの紫の、手当たり次第で回りが見えちゃいねえ! このままだと要塞都市ごと俺等も巻き込まれるぞ』

『しょうがないわね、もぉ! ちょっと統矢? アタシが手伝ってやるんだから、ちゃっちゃと片付けなさいよね!』

『しからば自分がラスカ殿を援護するであります! ファイアー!』

『辰馬さん、ミカエルの両膝関節を撃ち抜きます。脚を殺せば……!』


 少年少女の声と声とが、戦場で交錯こうさくする。

 それらも全て、千雪の脳裏を素通りしていった。

 今、レイルのメタトロンを相手に余裕はない。そして、極限まで研ぎ澄ました集中力は、彼女が地獄から生還時に持ち帰った力を呼び覚ます。

 それに勘付いたレイルの動きが、呼応するように研ぎ澄まされていった。

 互いしか見えないDUSTERダスター能力者同士の戦いが、当たれば一撃必殺の応酬を激化させていった。


『やはりお前も……何故なぜ、その力に目覚めたことを自覚しない! DUSTER能力を正しく使って、異星人を倒さなければ平和は訪れないんだっ!』

「こんな力を引き出すために、たかが力のためだけに! 貴女達あなたたちは世界を殺し過ぎました!」

『試練が必要だった! 必然なんだ!』

「勝手をっ! 少し黙ってください!」


 心のギアを一つ、また一つと千雪は上げてゆく。

 以前の89式【幻雷げんらい改型参号機かいがたさんごうきより、【ディープスノー】は二回りほど大きい。だが、機械の身体で復活した時からずっと、繰り返しコクピットで愛機の感覚を掌握してきた。

 今、【ディープスノー】の全てが手に取るようにわかる。

 この機体は、嘗てフェンリルの拳姫けんきと恐れられ、【閃風メイヴ】の名を轟かせた千雪の血と汗が染み付いている。以前の愛機、宿


「……私の勝ちですね」

『なにっ!』


 ミカエルの暴走が、周囲を破壊の嵐で包んでゆく。荒れ狂う暴風のように、縦横無尽に広がるグラビティ・ケイジが全てを巻き込んだ。それは、本来味方である筈のメタトロンからも、グラビティ・ケイジを奪ってゆく。

 そして、千雪が信じた瞬間が訪れた。

 統矢が叫ぶ闘志が、嵐の元凶を完全に捉える。


『グラビティ・アンカー、重力制御カット……射出っ!』

『千雪さんっ! そっちに行きました! お願いしますっ!』


 【樹雷皇】の下部に装備された、左右の巨大なアンカークロー。有線制御式で、普段ならグラビティ・ケイジの範囲内を自在に飛び交う。

 だが、今は真っ直ぐ発射されただけだ。

 見るもの全てを破壊する、暴走したミカエルを通り過ぎ……千雪へ向けて。

 DUSTER能力がもたらす驚異的な反射神経で、レイルが即座に距離を取った。

 だが、同じ力で千雪は察した……統矢とれんふぁの意図するところを察する。


「引き受けました……そこですっ!」


 音速に近い速さで、大質量の巨大クローが迫る。

 千雪が身構えさせた【ディープスノー】は、飛来するそれをしなやかな蹴りで弾き飛ばした。DUSTER能力を持つ統矢と千雪が、互いに別々の相手と戦う中で見せた連携。回線を伝う声より早く、千雪には統矢の考えが伝わっていた。

 そして、それは同じDUSTER能力者であるレイルも同じ。


『クッ、統矢め……ミカエル、避けろ! 後だっ!』


 だが、もう遅い。

 無軌道にただ発射されたかに見えた、グラビティ・アンカー……その最終弾道調整を任されたのは、千雪なのだ。そして、れんふぁがマニュアルで計算した角度で、誤差プラスマイナス0.1度以下の一撃。

 千雪が上段回し蹴りで蹴り飛ばしたグラビティ・アンカーは軌道を変え、ミカエルの背後を襲う。暴風の如く荒れ狂う堕天使は、嵐の女王メイヴによって捉えられた。

 ミカエルの細い腰を、グラビティ・アンカーがクローアームで挟み込む。


『よし、掴んだ……れんふぁ、フルパワー! ケーブルがけるまで巻き上げろ!』

『アンカー固定! もう片方で支えて……一本釣りっ!』


 輝く彗星すいせいの如く、【樹雷皇】のロケットモーターが出力全開でえる。

 月面の闇を煌々こうこうと照らして、ミカエルが宙へと舞い上がった。

 だが、恐るべき力でミカエルは抵抗する。自分を鷲掴わしづかみにするグラビティ・アンカーの、そのワイヤーを握って逆に【樹雷皇】を引き寄せようと藻掻もがいた。

 そして千雪は、知る。

 自分も気付かなかったその先をもう、統矢は読み切っていた。

 統矢は、地獄の悪魔と化して這い上がってくるミカエルに……反転した【樹雷皇】を真っ逆さまにぶつける。主砲である集束荷電粒子砲オプティカル・フォトンカノンの先端に、ようやく解放されたグラビティ・ケイジが暗い刃を灯していた。


『グラビティ・ラム! このまま大地ごとっ、穿うがつ!』


 即座に千雪は、周囲の仲間達と離脱した。

 メタトロンが舞い上がる瓦礫の中へと消えてゆく。

 グラビティ・ラムでメタトロンを串刺しにしたまま、【樹雷皇】は真っ直ぐ要塞都市へと激突した。衝撃波が地表を薙ぎ払い、武装されたビル群が灰燼かいじんと消える。

 消滅してゆく爆心地の中心が、大きく窪んでクレーターを広げる。

 ――そう思われた。

 だが、驚愕きょうがくの声が耳に飛び込んでくる。

 統矢は気迫の中に異変を感じて、それでも必殺の一撃を振り抜いていた。


『れんふぁ、グラビティ・ケイジを前面に展開……妙だ、この手応え!』

『この要塞都市……地下がある!? それも、凄く広い空間が』

『みたいだな……なら、地の底までこいつを叩き落としてやるっ!』


 要塞都市は消滅した。

 そして、ミカエルと【樹雷皇】は地下へと消える。

 千雪の選択は一つしか存在しない。

 選択肢など最初からなく、常に思考は一本道だ。


「兄様、周囲の警戒を。私は統矢君達を追います」

『おい待てっ、千雪! こらっ、愚妹ぐまい! 待てって』

「かなり広大な空間が地下にあるみたいですね。もしや……兄様、後続部隊や御堂刹那特務三佐ミドウセツナとくむさんさに連絡を。特殊部隊を投入する必要もありそうですね」

『じゃあ、例のナンチャラシステムは地下に……? ま、待てコラァ!』


 兄の声を無視して、千雪は炎と煙を巻き上げる大穴へと飛び込む。

 そこには、驚くべき光景が広がっていた。

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