第4話「滅びを連れて待つもの」
青森の
だが、昨夜の空襲警報が嘘のように、平和な空気が満ちている。
「オーライ、そこの店が開いてるな。俺のおごりだ、何でも食ってくれや!」
グレイ・ホースト
駐車禁止区域だったが、取り締まる警官などいはしない。
車高の高さにスカートを押さえると、先に降りた
「統矢君……私、見直しました」
「な、何だよ。大げさだな……ほら!」
統矢の手を取り、飛び降りる。
そのまま振り返って、今度は千雪が
前の座席からは、ラスカ・ランシングが不満そうに降り立った。
彼女はどうやらご機嫌斜めで、最後に降りた
「ラスカ
「知ってるわよ!」
「ラスカ殿の大好きなあんみつが食べられるであります。他には、最近解禁になったうなぎが――」
「うなぎ? ええと……うなぎって確か、
そんなやり取りをする中で、統矢が突然「えっ、マジか!?」と目を丸くした。
彼をれんふぁと挟んでいた千雪は、驚く彼を見下ろし小首を
「統矢君、うなぎ……好きなんですか?」
「あ、いや……食ったこと、ないからさ。うなぎってあれ、
「うなぎ、解禁されました。……うなぎより先に、私達人類が滅びそうなので」
「……そういう理由かよ」
「因みにうなぎの
今、あらゆる動物を
だが、遅い来るパラレイドの目的は、人類なのだ。
正確には、今の時代、この世界線の人類を
「ハッハッハ! ボーイ、ジャパニーズ・ウナギはいいぞう! ありゃ、ブリテンの連中が食べてる料理とは別物だ。なにせブリテンの飯といったら、
すかさずラスカが
「ちょっとなによ! アメリカこそ、ピザとコーラしかないじゃない!」
「おいおい、火の玉ガール……ピザは嫌いか? コーラもホームサイズで手元にないと困るだろう?」
「ど、どっちも大好きよ! ま、まあ、イールなんてブリテンでも一部の人しか食べないし。ブリテンのご飯は、そりゃ不味いかもしれないけど……ママのご飯は、
「……ソーリィ、火の玉ガール。それじゃあ、うなぎとやらを食べてみるんだなぁ? 今日は俺のおごりだ!」
見れば、統矢も腹に手を当て考え込んでいる。
時刻はちょうど三時を少し回った辺りだ。
うなぎはおやつとしては、いささか重い気もする。
そして、全く太らない。
そのことを一緒に思い出していたのだろうか? 見れば、千雪が無意識にそうするように、れんふぁもウェストに片手を当てていた。
「さ、行くわよ沙菊っ! ごめんくださーいっ!」
「はい、いらっしゃい。あらまあ……学生さん? 青森校区の?」
「そうよ、六人! 大きい人がいるから、そっちの
「どうぞー」
店の年寄りが出迎えてくれる中、まだ統矢は悩んでいる。
今夜から寮に帰るから夕飯がどうとか、むしろ食べないと夜中に小腹がすくとか……まさに、摺木統矢高校二年生、育ち盛りの食べ盛りである。
そんな彼との身長差を身近に感じて、千雪はれんふぁと語りかける。
「統矢君。気になるなら、うなぎを食べてみてはどうえしょう。育ち盛り、ですし……育って、ほしい、ですし……私より、大きく。……大きく!」
「そっ、そうですよ! それに、うなぎって精がつくんです! 統矢さんは精をつけないと駄目ですよぉ!」
「な、なんでだよ……千雪の身長に追いつく前に、俺の成長期は終わっちまうよ。でも……うなぎって食ったことないんだよなあ。でもなあ、
ブツブツ真剣に悩む統矢を、座敷の一番奥に押し込める。そうしてれんふぁと並んで座ると、グレイがメニューを差し出してくれた。手書きの文字を目で追っていると、店の
季節は秋、まだまだ日差しは熱いが風は
青森の短い秋が、もうすぐ冬を連れてくる。
次の春を迎えられるかどうかは、この場にいる誰もわからない。
「ちょっと統矢! アンタ、早く決めなさいよ。アタシはうなぎにするわ。カバヤキってどんなのかしら……わからないけど、ウナジューにするわ! ジューってライスのことよね。……サフランライスかしら、それとも……バターライス?」
「おいおいラスカ……お前なあ。うなぎって
「ハッハッハ、いいさ統矢。お
店員は三人、皆が老婆だ。
とても、滅亡の
だが、すぐに千雪にはわかった。
滅びの
そのことを意外にも、グレイが口にする。
さらに意外なことに、とても
「かくて世の終わり来たりぬ。地軸くずれるとどろきもなく、ただひそやかに……か」
「おおっ! グレイ大尉殿っ! それはあの有名な!」
「おっ? 知ってるかい
「渡良瀬沙菊であります! で、大尉殿の引用された詩は、T・S・エリオットでありますね! あの有名なネビル・シュートの――」
統矢が首を傾げて「ネビル・シュート?」と聞き返す。
ラスカはメニューを
統矢の視線が
「統矢君、ネビル・シュートは二十世紀の小説家です」
「へえ、じゃあ代表作は――」
「パンジャンドラムですね! あの第二次世界大戦中、従軍したネビル・シュートは
――また、やってしまった。
どうしても兵器開発や武器の話になると、無駄に熱がこもってしまう。
そして千雪は、皆がドン引きで固まる中でも熱弁がやめられない。
間違っている、そうじゃないと思いつつも口が止まらない。
「パンジャンドラムとは、巨大なホイールにロケットを搭載し、その
「わ、わかった……千雪、わかったから。とりあえず、あぶねーやつなんだな、それだけはわかった」
その時だった。
ラスカがペラペラとメニューをめくりながら、
彼女の少しハスキーな声が、とても綺麗な音楽のように聴こえた。
「In this last of meeting places(このいや果ての集いの場所に)
We grope together(われらともどもに手さぐりつ)
And avoid speech(言葉もなく)
Gathered on this beach of the tumid river……(この潮満つる
This is the way the world ends(かくて世の終わり来たりぬ)
This is the way the world ends(かくて世の終わり来たりぬ)
This is the way the world ends(かくて世の終わり来たりぬ)
Not with a bang but a whimper(地軸くずれるとどろきもなくただひそやかに)」
普段の
そして、どこか
「映画にもなった有名なネビル・シュートの小説『渚にて』に引用されたT・S・エリオットの詩よ。
統矢が目を丸くするので、千雪は大きく
だが、千雪達の滅びはまだ決まっていない。
絶対に滅びてなど、やらない。
そして、香ばしい匂いが
「火の玉ガールの言う通り、昔そういうSF小説があったのさ。だが、俺達は滅びないし、滅びを待って仲良くバカンスもしてられない。そうだろ? 統矢」
「……ああ。その通りだ」
「近々お前達にデカい作戦が任される。当然、USネイビーの海兵隊から俺も参加するつもりだ。……SF小説の世界は続くぞ、諸君。次の戦場は……月だ」
天上を指差し、グレイが笑う。
千雪が驚いていると、うなぎが運ばれてきた。そのお
この平和を、守りたい……平和の中へと、この少年を取り戻したい。
千雪も注文したあんみつのスプーンを握りながら、月面での決戦へと想いを
(T.H.エリオット/井上勇訳)
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