第5話「因果の導は今、月に」
秘密裏に、大規模な作戦が始まっていた。
今では、
もはや人類には、星の海へと漕ぎ出す力すらないのだ。
「千雪さんっ、皆さんも! あの車両が更衣室になってるそうです!」
ぱたぱたと制服姿で走るのは、
荷台には今、いかにも仮設という感じのプレハブ小屋が乗っかっている。
そのドアを開けば、意外な人物が出迎えてくれた。
「あら、フェンリル小隊の……急ぎなさい。作戦発動まで一時間しかないわよ」
そこには、
だが、千雪は顔色こそ変えないが驚く。それは、一緒の
「お久しぶりであります、雅姫
「ありがとう、沙菊
雅姫は「これで二階級特進したら、私の方が上官ね」などと、笑えない冗談を口にする。そして実際、
そこに千雪は、酷く見慣れた
憎しみに燃えて、復讐へと人を駆り立てる暗い
雅姫はいまだ、ティアマット聯隊の隊長代理に留まっている。
空席の隊長の座は、恐らく誰も埋めたくないのだ。
荒くれ揃いの精鋭部隊は、
全身をぴっちりと覆ったパイロットスーツで、ヘルメットを手に雅姫は部屋を出てゆく。だが、千雪達とすれ違いざま、一度だけドアで振り向いた。
「千雪
千雪の代わりに、穏やかな笑みで桔梗が頷く。
「わたくし達も、【
「……私の望みは生還ではないわ。勝利と……
張り詰めた空気を残して、雅姫は行ってしまった。
その背中が、酷く寂しげに見える。
自分の感傷的な気持ちが、千雪は少し不思議だった。
だが、桔梗は
「
「はいであります!」
元気よく沙菊は、ぽいぽいと脱いであっという間に全裸になる。
パイロットスーツはインナーも専用のものを使うので、当然といえば当然だ。だが、隠す気が全くない沙菊の笑顔は、奇妙な空気の重さをあっという間に
千雪も着替え始めて、まずは制服の上着を脱ぐ。
むすっとするラスカの横で、全裸で仁王立ちの沙菊は元気いっぱいだ。
「千雪殿! 桔梗殿も! どうすれば……どうすれば、自分も胸が大きくなるでありますか?
「あっ、そ、それっ! わたしも気になってて……あのぉ、
れんふぁが食いついてきた。
彼女は大きなタオルで裸体を隠しつつ、まずはインナーをはきはじめる。
れんふぁはスレンダーで、沙菊は大きくはないが小さいとは言えない。逆に、千雪もそうだが桔梗も豊満なバストの持ち主だった。
「あらあら、沙菊ちゃん。れんふぁちゃんも。肩、
「
「そうなのよね……下着もかわいいデザインのものが少ないし、ブランド品は少し値段が張るし。
そう言いつつも、桔梗はなかなかに大人びた下着をつけている。ブラもショーツも黒で、
千雪はと言えば、色気もへったくれもないスポーツブラである。
何より、両足と右腕は金属剥き出しの
「ちょっと! いいからさっさと着替えなさいよ。……うっさいのよ、まったく」
「お? おお? そういうラスカ殿は……どれどれ、自分が軍事機密を確認するであります!」
「うっさい、触んないで! っ、ぁ……ちょ、ちょっと、沙菊」
「ほうー? ほうほう、ふむふむ……見事に真っ平らでありますなあ」
「ちょ、やめ……んっ! い、いいから! そういうの、いいから!」
空気抵抗も脂肪の過積載もない、少年のようなラスカの胸を背後から沙菊が触る。金髪を揺らしてラスカは身を
殺伐とした更衣室の中で、少しだけ笑いが連鎖する。
だが、千雪の耳にそっとれんふぁが
「千雪さん……なんで、胸を触ってると……ああいう顔になるんでしょぉ……」
「沙菊さんは悪ふざけが過ぎますね。……
「ですです! ですよね! ……やっぱり、わたしに触れてる時もそうなんだ」
ふと、千雪も
そうこうしていると、背後でプシュッ! と小さく圧縮された空気が鳴る。
桔梗は一足先に着替えを終えていた。
彼女の乗る89式【
一言で言って、かなり恥ずかしい。
気にしないようにしているが、これを恥ずかしがらない女性兵士はいないだろう。そしてそれは多分、男性兵士も同じだ。昔は、せいぜいヘッドギアを装着する程度で、
一説には、それだけパイロットが不足していて、生存率向上に目が向けられたからだという。
「さ、皆さんも早く着替えてくださいね」
「はぁい! あっ、千雪さぁん。背中、お願いしていいですかぁ?」
れんふぁが背を向けるので、スーツを密閉するための特殊ジッパーをあげてやる。細身のれんふぁはその細さをそのままに、全身のシルエットを浮かび上がらせるスーツを身に纏う。いつぞやのデータ収集用の露出が激しいものではなく、オレンジ色の一般的なものだ。
千雪も、義手や義足のために特注した空色のスーツへ着替える。
一年生の二人組も、お互いにスーツをチェックしながら戦うための姿を整えていた。
「そういえば、れんふぁ殿っ! 次は月面、宇宙での戦いでありますが……その、自分はシミュレーターでしか経験がないであります」
「バカね、沙菊! 統矢とれんふぁだって、ちょっとだけ衛星軌道上を回っただけじゃない」
「それはそうでありますが、ラスカ殿。不安はないでありますか?」
「全っ、然っ、ないわ! やればできるでしょ? できちゃうアタシが言うんだから、当たり前よ」
「……
そう、次の戦場は月面だ。
月の裏側で、とあるものを破壊するための作戦である。
その破壊対象を、れんふぁが深刻な顔で呟いた。
「でも、絶対に成功させなきゃ……リレイド・リレイズ・システムの破壊。まさか、こっちの世界線では月に現れるなんて」
――リレイド・リレイズ・システム。
それは、異星人との過酷な戦争に敗北した人類が……もう一つの平行世界の人類が生み出した、
リレイド・リレイズ・システムは、対象者を座標のわからない別の世界線へとランダムで次元転移させる。逆に……無限にも思える
「リレイド・リレイズ・システムはその性質上、あらゆる世界線に同時に存在してるの。でも、その影響で同時に……どこの世界戦にも存在できない。存在が確定せず、次元の
「わかってるわよ、れんふぁ。それをブッ壊さないと、パラレイドがまた未来から……チビ統矢の戦力がどんどん送られてくるってんでしょ?」
「う、うん」
「このラスカ様が、叩いて潰すわ! 徹底的に! ……ふざけんじゃないわよ、アタシ達の世界を……勝手に自分の過去だと決めつけて。絶対に、許さない」
リレイド・リレイズ・システムがたまたま、この世界戦に実体化した。それが今、月の裏側に存在するらしい。破壊することで、パラレイドの後続部隊……主力部隊の、この世界への次元転移を阻止できる。
今以上に物量で押されれば、
千雪はそれを想像すると、生命維持装置がオンになっているスーツに身を包んでいても……言い知れぬ不安に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます