第18話 「真面目な空気は続かない」

「おりゃッ!」


 気合と共にユウは後方へ身体ごと回転し、その勢いを利用して敵のあごを蹴り抜く。

 直撃をもらった敵は宙を舞って地面に落下。悶えながらも生存本能が活性化しているのか必死に起き上がり走り去る。


「お……おびょえへやぎゃれぇぇぇッ!」


 現実で考えれば無様な逃げっぷり。

 ただ物語の中に出てくるならば、見事な逃げっぷりと言えるかもしれない。

 とはいえ、この場に作家業をしている者は誰ひとりいない。あのならず者の逃げっぷりが後世に語られることはきっとないだろう。


「け、何が覚えてやがれだ。手加減してなかったら気絶してるくせに」


 ここまでのならず者達との戦闘の回数は全部で3回。

 その全てをユウが担当した。ただその全てが蹴りを1発入れただけで終了になっているため、一連の流れに飽きつつある。

 ユウが悪態を吐く理由には、捨て台詞を吐かれたこと以外にもこのへんが関係しているに違いない。


「あぁもう、思いっきり殴るなり蹴飛ばすなりしてスカっとしてぇ!」

「ルーク、君とわたしの娘がああ言っているぞ」

「あいつは俺の娘でもお前の娘でもない」


 というか、今すぐ口を閉じろ。

 今のユウにお前が絡むと余計に機嫌が悪くなるだけだ。ケアをする俺の身にもなれ。


「落ち着けユウ」

「落ち着いてるっての!」

「だったら何で毛並みが逆立ち気味なんだ? 闘争本能が刺激されるような相手でもないだろ」


 まあ灰狼族という種が、強い敵を倒すことよりも弱い獲物を狩る方が楽しいと思える場合はこれ以上は何も言えんが。


「そりゃそうだけど、こっちが手加減してるってのにあいつら毎度捨て台詞吐きやがるじゃん。内容もほぼ同じだし。似たようなこと何度も聞いてたら嫌にもなるだろ」


 そう思う気持ちは分からなくもない。

 が、あれくらいの捨て台詞なら聞き流せば良いとも思う。

 まあ本気ではないとはいえ、戦闘したことで気が昂ぶってるだけかもしれない。もしくは精神的に未熟なのか、はたまた単純に真面目だからか。

 理由はあれこれ考えられるが、何にせよ落ち着いてもらわなければ。

 ローゼリアという非戦闘員を抱えている今の状態で、大群に遭遇した際に考えもなく突撃でもされたら危険でしかない。


「くそっ、あいつら誰かに逃げる時は捨て台詞を言えって教育でもされてんのか」

「そう思うんならそういうことで割り切っとけ。普段接してる奴らより面倒じゃないだろ」

「そりゃ……そうだけどよ」


 普段接してる奴らが奴らだけに色々と溜まるところもあるっていうか……でもそいつらを思いっきり殴るわけにもいかねぇし。そのストレスも含めて合法的に発散してぇんだよ。

 とでも言いたげな顔だ。

 俺も必要があれば誰であろうと斬る人間。普段ならならず者に対して手加減をしろなんて言ったりはしない。

 ただ今回の場合、戦っている場所が都市部から離れたゼンゲンの鉱山。村の人々の数はたかが知れているし、騎士のような存在が身近にいるわけでもない。

 故にならず者達を全員討伐するのは、後処理まで考えると非常に面倒臭い。自分達の足で鉱山から出て行ってもらった方が都合が良いと考えた。

 だからユウには加減してもらい、ここまでに遭遇した奴らは全員逃がしている。


「ユウ、お前の気持ちは分かる。が……」


 敵の逃げた方角は、おおよそ北東の方角。鉱山の見取り図で考えれば、最も大きな採掘場がある方角だ。

 連中の捨て台詞が本心ならば、可能な限り俺達への報復を考えるはず。

 ただ奴らは基本的に俺達より弱者だ。弱者が報復するためには、自身より強い者に頼るか、数で押し切ろうとする可能性が高い。

 となると……採掘場に敵の本隊が居る可能性が高いとも言える。


「もう少しだけ我慢してくれ。敵の本隊と遭遇したら思いっきり暴れていいから」

「わぅ……分かったよ」

「物分かりが良くて助かる」

「つうか……何で頭撫でてんだよ」

「別に子供扱いはしてないぞ」

「してなくてもされてるように感じるっての。それ以上に……あいつらの目が鬱陶しい」


 ユウの視線の先に意識を向けてみると、無表情だが内心が推し量れる吸血鬼と純粋に目を輝かせている鍛冶見習いが居た。

 確かにあれは鬱陶しい。


「言っておくが、お前達の頭を撫でるつもりはないからな」


 おい、がっかりしたような顔をするな。

 何か俺が悪者みたいだろ。現状でお前達の頭を撫でる理由はないだろうが。

 いったいお前達の頭の中はどうなってんだ……

 いや……考えるだけ無駄か。考えて理解できるなら今このタイミングで頭を抱えたりしていないはずだ。


「ルナ、ルークが溜め息を吐いているぞ。あれでは幸せが逃げてしまう」

「問題ない。あれはわたし達のことを考えているだけだ。むしろ幸せを感じている」

「む、そうなのか。……確かにそうだな。誰かのことを想えるというのは、とても幸せなことだ」


 違う。

 と言いたい。吸血鬼のふざけた言葉を叩き潰してやりたい。

 だがローゼリアは大切な人を亡くして日が浅い。そんな彼女のことを考えると、ここで否定の言葉を口にするのは躊躇われる。

 ルナとローゼリア。

 この組み合わせは、ローゼリアの考え方が変わらない限り俺にとって最も厄介かもしれない。


「……いいから先に進むぞ」


 ローゼリアとこの場で真剣に話すべきではないか。

 そう考えもしたが、いつ襲われるかも分からない場所で話し込むのは愚策。やはり事が済んでからだ、と改めて割り切り直し歩き始める。

 そんな俺に他のメンツは文句を言わずに付いて来るわけだが……この素直さを他でも発揮してもらいたいものだ。さすがにあれこれ考えてしまう自分が悪いとは思いたくはない。


「それにしても、ここまでの戦いを見て思ったがユウは強いのだな。余は感心したぞ!」

「んだよ急に。別に感心するほどのことでもねぇだろ」

「謙遜するでない。ユウはならず者達を一撃で退治していたではないか」


 ローゼリアは、ユウにニコニコと詰め寄りながらさらに誉め言葉を口にする。

 ユウとしては子供だろうと獣人。訓練も積んでいないような人間に負ける道理はない。そのように思っていることだろう。

 ただ……純粋に褒められると嬉しく思わないわけもなく、徐々に顔の表情が緩みつつある。


「べ、別にオレくらいのやつなんて世の中にたくさん居るっての。オレが強いってよりはあいつらが弱すぎるだけっつうか……オレよりもルークの方が強いし、あんま持ち上げんなよな」


 ユウ、恥ずかしくなったのは見ていて分かる。

 ただ、だからといってローゼリアの意識をこちらに向けるような発言はどうかと思うぞ。


「なぬッ、そうなのか!? ユウは子供とはいえ優れた身体能力を持つ獣人。獣人が種族的に劣る人間をここまですんなりと自身よりも強いと認めるとは……ルークよ、そなたはいったい何者なのだ♪」


 何て上機嫌な顔なのだろう。

 どこぞの騎士のようなウザさはないが……バッサリと切り捨てられない純粋さがあるだけに、ある意味ではこちらの方が強敵かもしれない。


「ただの鍛冶職人だ」

「ふむふむ、ただの鍛冶職人……ただの鍛冶職人? いやいやいや、待て待て待てーい! 獣人より強い人間がただの鍛冶職人であるはずないであろう。そもそも魔剣鍛冶グラムスミスはただの鍛冶職人を名乗って良いのか? というか、仮にルークがただの鍛冶職人という肩書きなら余はいったい何になるのだ!」

「一般人、または鍛冶見習い」

「確かに! でも余としては、せめて魔剣鍛冶見習いでお願いしたい!」


 魔剣鍛冶も鍛冶職人の一員なのだから鍛冶見習いで良いと思うのだが。

 まあローゼリアは、最強格の魔剣を生み出した一族の末裔であり、彼女の育ての親は魔剣鍛冶。それを考慮すれば『魔剣』という言葉に対して、並々ならぬ情熱やこだわりがあっても不思議ではない。

 何より……下手に否定するとウザ絡みされそうな気がしてならない。魔剣を付けるか付けないか程度の差しかないのだから、ここは魔剣鍛冶見習いということにしておこう。


「わたしはルークの嫁、またはルークの愛人でお願いしたい!」

「さらりと入ってきて訳の分からんことを言うな。お前には常識ってものがないのか?」

「ふ、わたしは吸血鬼だぞ? 人間の常識を求められても困る」


 もしも俺がこいつの求愛を了承すれば、こいつは否が応でも人間の常識の中での生活を送ることになる。

 というか、絶対にそうさせる。

 そうでないと個人経営者である俺の生活が成り立たない。

 そもそも、こんな仮の話をする前に……この吸血鬼は人間中心の街で生活をしている。長い時間を生きてきたことも考えれば、人間の常識を理解していないはずはない。

 つまり、こいつは理解した上でふざけている。

 子供の視線があろうとも気にせずふざけてくる。

 だからこそ質が悪い。きっと俺が何を言っても口を閉ざすことはないだろう。俺がそういうプレイを求めない限り。


「吸血鬼、お前そんなんだからルークに振り向いてもらえねぇんだぞ。自分のこと好きになってもらいたいなら相手に合わせる努力もしろよな」

「ユウ……君は子供なのに大人な発言をするんだな。子供は気が付かない間に成長すると言うが本当なのだな。うん、お母さんはユウの成長が嬉しい」

「さらっとオレの母親になんな。俺の母親は母ちゃんだけだ。仮に誰かの子供になるにしても、お前の娘には絶対ならねぇ。シルフィあたりなら……まあ、認めてやんなくもねぇけど」


 俺が思っていた以上にユウはシルフィに懐いているようだ。

 年齢差を考えれば母娘というより姉妹のような気がする。が、関係性を決めるのは本人達次第だ。外野の俺がどうこう言うことではない。

 ただ……仮にユウがシルフィの養子または妹になったとすると、どこぞの騎士様が黙ってはいない。

 ユウにはともかくシルフィには強く言えないところがあるし、多分俺に愚痴を言いに来るだろうな。毎日のように押しかけて、最悪泣き喚く……。

 シルフィの養子または妹になれば、うちで暮らしていくよりは将来の幅が広がる。ユウの今後を考えれば一考すべきだが……やはりあいつが面倒臭い。


「くっ、ユウはあのクソ真面目で堅物だった騎士を母親に選ぶのか。あの女にルークと結婚して欲しいのか!」

「淡々とした顔で本気で悔しがんなよ! 何か怖ぇだろ!? つうか、仮の話にそこまで本気になるなよ。ルークの結婚相手はお前よりシルフィが良いとは心の底から思うけど!」

「わたしとあの女の何がそんなに違うと言うんだ! わたしだって姿を変えれば巨乳の美人になるのだぞ。この姿と合わせてひとりで二度楽しめるのだぞ!」

「そういうとこだよ! 女だったらもう少し恥じらいを持ちやがれ!」


 無表情で興奮しているように見える吸血鬼。

 その吸血鬼に対して、顔を赤らめながら説教し始める獣人。

 今の話が理解出来てなさそうに首を傾げる魔剣鍛冶見習い。

 何というか……真面目な空気が続かない。本当に続かない。ここが戦場のど真ん中というのをこいつらは忘れているのではなかろうか。これなら俺ひとりで来た方が良かったかもしれない。


「ルークよ、ルナ達はいったい何の話をしているのだ?」

「今は理解しなくていい。ただひたすら黙って俺の後を付いて来てくれ」

「それはもしや余への告白か!?」

「違う。ただのお願いだ」

「よいかルーク、そなたがルナのものだとは理解している。しかし、余だって女の子なのだぞ。あまり迫られると色々と考えてしまうではないか」


 モジモジしないで。人の話をちゃんと聞いて。

 お前の頭の中がお花畑というか、吸血鬼の思考で支配されている部分があるのは知っている。だがきっぱりと否定しているんだからそこはちゃんと聞いてください。

 もうじき敵の巣窟に到着しそうだってのに……このまま進んで大丈夫なのか?

 本当……俺ひとりで来る方が良かったかもしれない。いや絶対にその方が良かった。その方が確実に物事がスムーズに進んだはず。

 そう思うと足取りが自然と重くなった気がした。ここまで来て引き返す気にもなれないが。

 というか、今から帰れと言っても素直に従うはずもない。

 むしろ騒がしくなるだけ。

 何で俺の身の回りはこうなのだろうか……頼むから敵と遭遇した時だけは気を張って欲しい。



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私的な魔剣鍛冶《グラムスミス》 ~英雄やめても望むは平穏~ 夜神 @yagami-kuroto

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