第17話 「不安を胸に」

 翌日。

 身支度を終えた俺達は、鉱山を根城にしているならず者を討伐するためにローゼリアの家を後にした。

 ローゼリアの話では、ならず者はかなりの数に上る。中には徒党を組んでいる者も居るようだ。

 こちらの戦える人数は、俺を含めルナとユウの3人。単純に数だけで考えれば圧倒的に不利だ。

 しかし、ルナは魔竜戦役を経験した吸血鬼であり、ユウも子供とはいえ獣人。俺はただの人間だが、戦闘経験で考えれば並みの騎士よりは腕が立つ。

 ならず者に堕ちる経緯は人ぞれぞれ。ただその多くは、圧政や天災などで生活が破綻してしまった一般人であるはず。

 一般人でも武器を手にすれば脅威と呼べるが、俺達のような一般から外れる者からすれば別の話。また徒党を組んでいるとすれば、リーダー格の人物が居るということにもなる。

 練度の低い集団は、経験から考えるに上の者が倒れると瓦解しやすい。

 それを考慮すると、ならず者を鉱山から追い払うだけなら上に立つ者だけを狙えば済むかもしれない。

 むしろそうなってほしいと願う。

 必要のない血を流したくない……というのも理由ではある。が、今はそれ以上に余分な時間を使いたくない。使うわけにはいかない。奴らがいつ何をするのか分からないのだから。

 ただ……ひとつだけ不安要素が存在する。それは


「これは何というか……凄くドキドキするな! 余は何とも言い難い興奮と不安で胸が張り裂けてしまいそうだ」


 ローゼリアの同行である。

 ローゼリアは俺と同じ魔剣鍛冶グラムスミスではあり、鍛冶師の中には得物の使い方を教えられるように戦闘技術を持つ者も居る。

 だが自ら未熟者と称していたローゼリアにそれを期待するのは無理な話だ。

 一応帯剣はしているが、それはあくまで視覚的な防衛のため。立ち姿勢から歩き方に至るまで戦闘に関わる者のそれではない。良くて得物を手にしたばかりのならず者と同程度の戦力だろう。

 故に俺達はローゼリアのことを常に気にかけて戦わなければならない。


 そもそも、ローゼリアを置いて来れば良かったのでは?


 そう考える者も居るだろう。もちろん、俺達も同じように考えた。

 ただローゼリアは天涯孤独であり、戦える力があるわけでもない。

 加えて俺達はゼンゲンに来るまでに何度もならず者に遭遇した。お世辞にも治安が良いとは言えない。

 もしも俺達が出かけている間に村に何かあった場合のことを考えると、一緒に居た方が安全だと考えたのだ。


「ローゼリア、あまり大きな声を出してはダメだ。君のことはわたし達が責任を持って守るが、だからといって自分から危険に飛び込むような真似をされては困る」

「うんうん、まさに正論だな。だがこれだけは言わせて欲しい」

「聞いてやろう」


 この吸血鬼は何で急に上からな物言いになったんだ。

 ローゼリアの言動が育ち故か上からなところはあったりする。しかし、だからといってこの吸血鬼はローゼリアとの付き合いが長い。

 ただのノリで言っているならいいが、もしも張り合おうとしているのであれば実に年不相応な対応である。

 見た目だけなら真似たがりの子供だが……実際は何年生きてるのか分からないおばあちゃんだからな。人間と吸血鬼じゃ寿命が違うから何歳からおばあちゃん扱いするかは違うかもしれんが。

 ただ、少なくとも人間基準で考えればスーパーおばあちゃんなのは間違いない。


「余は自分がどれだけ足手まといか理解している。何故なら余は鍛冶師……のタマゴであって騎士などではないからな。もしもの時に全力で守ってもらわなければ、正直に言って泣く自信がある!」


 ここまで正直に言われたら呆れを通り越していっそ清々しい。


「……何でこうオレが知り合う奴ってバカばっかなんだろ」


 ユウ、気持ちは分かる。分かるが言わないでくれ。

 必然的に俺の周りに居るのがバカばかりみたいになっちゃうから。改めて突きつけられると精神的に来るものがあるから。

 だからユウ、ここはお前が大人になって欲しい。この中で誰よりも子供なお前に頼むことではないけれど、どうか大人になって欲しい。お前だけなんだ物分かりが良さそうなのは。


「そう思っているなら大丈夫だろう。ただ急に泣かれても困る。だからローゼリア、君には魔法の言葉を贈ろう」

「むむ、魔法の言葉とな。安心感を得られるなら是非とも教えて欲しいぞ」

「では心して聞くと良い。ローゼリア、心配することはない。もしもの時は命懸けで君を守る……わたしのルークが!」


 おい吸血鬼、ローゼリアが安心するように言葉をかけるのは良い。

 だが最後のは何だ? そこはお前が責任を持て。あと誰がお前のだ。


「ルーク、君からされることは全てにおいてわたしの喜びだ」

「……」

「それに君がどんな性癖の持ち主だろうと受け入れる度量も覚悟もある。だから君が女性の頭を手で握りつぶすことに興奮するというのならば、わたしはきちんと受け入れよう」


 何言ってんだこの吸血鬼。俺にそんな性癖はない。


「おや? 何やら力が強まったぞ。このままでは本当にわたしの頭は潰れてしまうのではないだろうか。愛しのルーク、さすがに子供の前でそういう行為に及ぶのはどうなのだろう?」

「そういう常識的な発言が出来るなら俺に対しても常識的な言動が出来ると思うんだが?」

「ふ、愛は盲目と言うじゃないか」


 その言葉は他人に言われて初めて成立するのではなかろうか。

 故にこの吸血鬼は盲目などにはなっておらず、極めて冷静に考えた上で発言している。理解した上で人の嫌がることをしている可能性が高いだろう。

 確かに世の中には好きな相手と上手く接することが出来ず、でも関わりたいから意地悪をしてしまう人は居る。しかし、この吸血鬼にそんな可愛げがあるとは思えない。

 何よりこいつは長い時を人と関わりながら生きてきた。盲目的な恋愛をするとは思えない。


「何より気持ちというものは言葉にしないと伝わらない。だからわたしは、いつでもどこでも何度でも君に愛を囁こう。愛しているルーク、早く解放してくれなければこの手を舐めてしまいそうなほどに」

「それで本当に愛が伝わると思ってるのか」


 手を舐められたいとは思わないので、放り投げるようにルナを解放する。

 ルナはその対応を予想していたのか、動揺することなく後方へ身を翻して着地。特に乱れているわけでもない髪を整える。


「やれやれ、女性の顔面を掴むだけでなく放り投げるとは……わたしの伴侶は困った奴だ。まあそこも魅力的ではあるのだが」

「吸血鬼、今更驚きはしねぇけどお前ほんと言葉と表情が噛み合わねぇな。つうか普通は今みたいなことされたら嫌だろ」

「ルークからされるなら問題ない。わたしからすればご褒美だ」

「……ルーク、お前何でこんなのと関わり続けてんの?」


 もう少し人を選んで付き合うべきじゃね。そう言いたげなユウの目がとても心に沁みる。

 何でルナはこんな風になってしまったのだろう。戦時中や一族の長をしている頃は冷静沈着で真面目な言動をしていたのに。

 今の姿が素なのだろうが……もう少し仮面を被ってくれないだろうか。今のままだと彼女の愛に俺が応える日は一生来ない気がする。


「無駄話はここまでだ。先に進むぞ」

「ルークよ、その前に余はそなたに確認したいことがひとつある!」

「……何だ?」

「何故ちょっと面倒臭そうな顔をするのだ? 時間が惜しいのは分かるが、ルナと楽しそうに話していたではないか。余もそなたと楽しく話したいぞ」


 あれを楽しそうに思えるのはルナを除けばこの子くらいではないだろうか。

 ただ、ローゼリアの過去の経験や独りで過ごした時間を考えれば、誰かと話すことに飢えているとも考えられる。それを考慮すれば責めるべきではないだろう。


「そうか……で、確認したいことっていうのは何だ?」

「ルークは余のことを守ってくれるか?」


 どこぞの吸血鬼が言おうものならバッサリ切り捨てるのだが……

 ローゼリアの瞳には邪な気持ちが一切感じられない。俺に対して純粋に自分を守ってくれるか、と問うている。

 それだけに嘘は吐きにくい。

 が、俺には誰かに絶対に守ってやると言えるほどの力はない。そんな言葉をさらりと言える性格もしていない。故に……


「必ず守ってやるとは言えない。ただやれるだけのことはやるさ」


 こんな風に言うのが限界だ。

 誰にでも優しくて、他人を気遣えて、自然に安心感を与える言葉を言える。

 このへんも英雄としての資質のひとつかもしれない。そう考えると俺はやはり英雄には向かない人間なのだろう。

 ただ、ローゼリアはそんな俺の言葉に輝くような笑顔を咲かせている。


「うんうん、実に現実的な言葉だ。余はとても安心したぞ。前々からルナがルークは良い男だと言っていたが、本当に良い男だな。余とそれほど年齢も変わらないのに鍛冶の腕前も良い。しかも数少ない魔剣鍛冶グラムスミス……そう考えると、ルークは余にとって良い伴侶になるのでは? 今後の展開次第では余もルークに惚れてしまうかもな♪」


 安心してくれたり、良い男だと言ってくれるのは普通に嬉しくはある。

 ただ伴侶だの惚れるだのはやめて欲しい。そんなのはそこに居る吸血鬼だけで間に合っている。

 いや……そこの吸血鬼が居るからこんな風になっているのか。そこの吸血鬼はこの子の恋愛観に影響を与えたのは間違いない。ユウの言うように関わる相手を考え直した方が良いかもしれない。


「なあルーク、こんなバカ女どもは放っておいて先に進もうぜ。こいつらと話してたら日が暮れちまう」

「それもそうだな」

「なっ……ルークよ、そなたは余を守ると言ったではないか!」

「守って欲しいなら大人しくついて来い」

「女は黙って男の後を歩け、ということだな。今の時代にそういう考えは古い気もするが……うんうん、それも悪くない。ちょっと強引にされるのもキュンとしてしまうな」


 ダメだ。この子の頭は完全に吸血鬼の思想に毒されている。

 この子とは一度ちゃんと話すべきかもしれない。いや話すべきだ。それがきっとこの子のためになる。大人として、ひとりの人間として間違った道に進もうとする子供を正さなければ。

 だがそれを行うのは今じゃない。

 少なからず時間を要するだろうし、話す内容が内容なだけに騒がしくなる恐れがある。敵襲があるかもしれない場所でそんなことをするのは愚策でしかない。

 だから話をするのは鉱山に居るならず者達を全て退治し、家に戻ってからだ。

 理解してくれるかは分からないが、やれることだけはやっておこう。吸血鬼に邪魔される気がしてならないが、何もしなければ何も変わらない。俺の今後のためにも諦めてはダメだ。

 

「……行くか」


 溜め息を飲み込んで歩き出すと、ユウとローゼリアが元気に付いて来る。

 ルナは大和撫子のように俺の一歩後ろを歩き……家族がどうたら言っている。ろくでもない妄想を垂れ流しているようにしか思えないが、関わるのはやめておこう。関われば無駄な時間を使うだけだ。

 とりあえず無事に家に帰れますように。

 誰に願っているのか分からない感情を胸に抱きながら俺は鉱山の奥へと歩を進めていく。



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