第14話 「欲求に素直」

 フッテンビリアと別れた俺達は、ノーリアスを出発しゼンゲンを目指した。

 それから早数日。

 聖剣師が居るというゼンゲンまでは着実に進んでいる。

 ただ前もってルナが言っていたように足場はどんどん悪くなり、気温も下がっており、日に日に移動距離は落ちている。

 現状でも外套を身に付けた状態で肌寒いだけに、準備を怠っていたならなゼンゲン間近で野垂れ死にしたかもしれない。


「よっ、ほっ、わぅ」


 そんな中、ユウは暇つぶしをするように大きめの石や木の幹に飛び移っていく。

 外套はきちんと身に付けているが、表情を見る限り俺のように肌寒さは感じていないようだ。寒さに強いのは分かっていたことだが、人間の俺としては正直羨ましい限りである。

 それに……荷物がなければ抱きかかえてカイロ代わりにしたいんだがな。

 ただ食料に水、野宿用の毛布など運ばなければならないものは多い。

 そこに俺は、刀以外の魔剣グラムも数本所持している。荷物だけ見れば3人の中で最重量だろう。

 しかし、聖剣師に会いに行くからには自分の技術を示す魔剣は必要になる可能性が高い。また聖剣師に会いに行くのは俺の個人的な用であり、ユウやルナはそれに付き合っているだけなのだから荷物を持ってもらうのは筋違いというものだ。

 まあ……戦争してた頃に比べれば、これくらいのこと何てことないんだが。


「おいルーク、もっとシャキシャキ歩けよな。だらしねぇぞ」

「あのな、俺は人間だぞ。獣人のお前と比べたらだらしないに決まってる。足場だって悪いんだからそう急かすな。そしてルナ、お前はぴったりと横を歩くな。歩きづらい」

「その物言いは少しひどいと思うのだが。わたしとしては君が転んだ際に助けるために横を歩いているというのに」


 だったら大人の姿で歩いてくれませんかね。子供の状態で近くをウロチョロされると足を引っかけそうで怖いから。


「俺よりも遠出してテンションの上がっている子供の方を気に掛けておいてくれ」

「露骨に子供扱いすんなよな。これくらいの足場で転んだりしないっての」

「まあユウは将来的にわたし達の娘になるかもしれないからな。それに夫を立てるのは妻の務め。うむ、ユウのことはわたしに任せるといい」

「おいコラ吸血鬼、別にルークとどうなろうと気にしねぇけど。でも勝手にオレをてめぇの娘にすんじゃねぇ」


 そう言ってユウはルナを睨みつけるが、ルナはユウに対して温かな目を向けている。まるで子供が順調に反抗期を迎え、そのことを喜んでいる母親のようだ。


「どうせ娘になるならてめぇよりシルフィが良いっての」

「ルーク、どうやら君の娘はシルフィとの結婚を望んでいるようだ。わたしとしては残念だが、わたしは愛人でも構わないとも思っている。故に君の娘の気持ちを尊重しよう」

「誰がルークの娘だ! オレはルークの娘になったつもりはねぇ。勝手にオレの人間関係作んなよな!」


 憤慨するユウも見てルナは口角を上げる。

 この吸血鬼、完全にユウで遊んでるな。まあ道中やることもないし、気分転換をしたくなる気持ちは分からなくもないが。

 ただ、あまりうちの同居人で遊びのはやめて欲しい。機嫌が悪くなると比例して俺への小言も増えるのだから。


「ふむ……では君は、ルークの娘にはなりたくないのだな? いつまでも赤の他人、同居人としての関係で満足なのだな?」

「そ、それは……わぅ?」


 ユウの両耳がピンと立った。

 辺りを見渡しながら匂いも嗅いでいるあたり、何かしらの異変を感じ取ったらしい。俺も気配には敏感の方だが、さすがに獣人の鼻や耳には勝てないようだ。


「ユウ?」

「ちょっと待て……誰かがこっちに向かってきてんな。足音の数は2、3人。金属じみた音も混じってんな。臭いは……このへんの草木の香りが強いから微妙だけど、多分人間だと思うぞ」


 その情報から考えられることはいくつかある。

 まずはゼンゲンからどこかしらの街へ向かっている人物。整備されていない道を移動するだけに賊や野犬に襲われるかもしれない。だから武装する可能性は十分にありえる。

 しかし、今日に至るまで俺達は何度か賊に襲われた。

 強さで言えば武器を持った民間人程度だったが、賊に身を落とした人間に何度も出くわしているあたり、この付近の治安は悪いと断言できる。

 それを考えると、こちらに向かって来ている人物は賊だと考えておくのが無難。

 そう結論付けた俺は、ルナと共にユウの元へ近づき、ユウが警戒する方角へ意識を向ける。


「お? おい見ろよ、こんなところに旅人だぜ」

「マジかよ。……おいおい、あそこに居るの獣人じゃねぇか。こいつは運が良い。あのガキ高く売れるぜ」

「男の方も何か持ってるみてぇだし、あっちのチビも物好きなら高く買いそうだ。これはおれらに運が向いて来てんな」


 現れたのは小太りと痩せ気味な男がふたり。それぞれ斧と短剣を所持している。

 何か言っていたようだが、下種な笑みを浮かべているあたり内容は想像が付く。

 やれやれ……どうしてこのへんの賊はこうも自信満々というか、相手の力量を見極めることも出来ないんだか。


「おいてめぇら、死にたくなかったら大人しくしとけ」

「獣人と金髪のガキはこっちに来な。男の方は腰にある武器やらをこっちに投げろ。そうすれば命だけは助けてやんよ」

「はぁ……」

「おい、何だそのため息は。てめぇ、おれらのこと舐めてんのか!」


 舐めるも何も……

 男達の力量は、どう見てもケンカ慣れしている民間人が武器を持った程度。こちらとの戦力差を考えれば、一瞬で命が奪えてしまう。

 敵対するというなら容赦はしないし、こいつらの命がどうなろうと知ったことじゃない。ただゼンゲンまではもう少し掛かる。それを考えると無駄な労力は避けたい。


「今すぐ俺達の前から消えろ。そうすれば見逃してやる」

「んだと!」

「てめぇ殺されてぇの――ぅ!?」


 1歩踏み出そうとした小太りに軽く殺気を飛ばすと、高圧的だった表情が一気に崩れた。

 これくらいでこの反応とは……多分本気に近い殺気を飛ばしたら失神するな。ある意味失神させた方が早い気もするがどうしたものか。


「な……生意気な目しやがって。ほ、本気で殺しちまうぞ」

「やれるものならやってみろ。その代わり、少しでも得物を構えたなら俺はお前達を斬る」


 左手で鯉口を外しながら威嚇すると、男達は少し後退った。

 賊だろうとまず大切なのは自分の命。雰囲気で俺に勝てないのは悟っているだろうし、このまま逃げてくれると助かるのだが……


「おおおい、ど、どうするよ?」

「ど、どうするって……」

「あいつ何かやべぇって。ここは逃げた方が」

「だけど高く売れそうなガキがふたりもいんだぜ。あいつらのどっちかを人質に取れば……」

「あぁもう、うぜぇ!」


 コソコソと相談する男達にユウは飛び掛かる。

 小太りの顔面を殴りつけ、痩せ気味な方には回し蹴り。直撃をもらったふたりは宙を舞い、近くの茂みに突き刺さる。


「ったく……こっちはてめぇらの相手してる暇なんかないっつうの」

「ユウ、君の気持ちは分かるが女の子が突然飛び掛かって暴力を振るうのは良くない。もっと慎みを持つべきだ」

「お前に慎みとか言われなくねぇんだけど。つうか、ルークもこんなのにバカ正直に付き合ってやるなよな。もし斬って返り血が付いたらどうすんだ。洗濯すんのオレなんだぞ」


 これまでに何度か返り血で服をダメにしていることもあってユウの口調は厳しめだ。

 俺としてはダメになったものは捨てればいいと思うのだが、ユウは可能な限り使える状態に戻そうとする。主婦としては正しいことなのだろうが、衣服が買えないほど金に困ってはいないのだからそこまで気を張らなくても。

 そう思うが口にはしない。言ったら多分うちの居候は怒る。服だってタダじゃねぇんだ、と正論を言うに決まっている。だからここは


「そうだな。俺が悪かった」


 謝って頭を撫でることにした。

 だから子供扱いするなっての! と言いたげな目を向けられたが、俺の手を振り払おうとしないあたり、やはり頭を撫でられるのは嫌ではないらしい。最近ここまでがセットになってきているような……


「……どうした吸血鬼」

「わたしにはしてくれないのか?」

「するわけないだろ」

「ユウばかりずるいじゃないか」

「大人が子供相手に嫉妬するな。そもそもお前は俺よりも年上だろうが」

「女という生き物は何歳になっても男に甘えたいのさ」


 誰にも甘えることなく、凛とした言動で一族を率いていたのはどこの誰だったかな。どこぞの吸血鬼は長をやめてからキャラが変わり過ぎてる気がする。

 本当の自分を解き放つことが出来たのだと考えると、思うところはあるが……子供の姿で子供に嫉妬して子供のように甘えてくるのはちょっとな。

 甘えるにしても大人らしい甘え方をして欲しいものだ。こっちは女の子ではなく、女として扱っているんだから。


「だからわたしの頭をナデナデしてくれ。もしくはお姫様抱っこでもいいぞ。あれは女の憧れだ」

「ナデナデはともかく、荷物を持った状態でお姫様抱っこなんて出来るか。重いだろ」

「女に重いと言うなんてひどい男だ。女は身体的だろうと精神的だろうと重いと言われると傷つくのだぞ」


 ならもう少し傷ついた顔しろ。

 そんな表情に乏しい顔で言われても説得力がない。それと正直お前の愛は重い方だよ。誰と結ばれようと最低限愛人として幸せにしろって言ってんだから。

 本当に俺の幸せを願ってくれるなら、重荷を背負わせるようなこと言わないで欲しいですね。まあ俺の知り合いってろくな女がいないけど。まともなのシルフィくらいだし。俺って女運なのかな……。


「イチャついてないでさっさと行こうぜ。のんびりしてるとまた変な連中に絡まれちまうかもしれねぇし」

「のんびりしてなくても絡まれるときは絡まれると思うけどな。でもまあいい加減野宿にも飽きてきたし、さっさとゼンゲンに着けるよう頑張るか」

「わたしとして野宿でも構わないのだがな。合法的にルークに寄り添える」


 寒さ対策で許しているのであって、いつでも許すわけじゃないぞ。

 それに個人的にはお前よりもユウが傍に居て欲しい。モフモフしてて温かいから。吸血鬼のお前は体温低めだし。むしろ俺がお前を温めている気がしてならない。

 獣人や吸血鬼と比較した場合、身体的に最も弱いのは人間である俺。もう少し労わってくれても罰は当たらないと思う。


「ちなみに……わたしはいつでも襲われても大丈夫だぞ。エストレアに戻る前に君の子種を注がれても全く問題ない。むしろそれを望む」

「いいからさっさと行くぞ」


 つれないなぁ……。

 ルナの顔はそんな風に言っていたが、気にしないで歩き始めることにした。付き合っていたらいつまでも経っても先に進めない。

 そもそも、ユウも一緒に居るのに襲うとか子種を注ぐとか言わないで欲しい。ユウも知識としては知っていそうだが、そうだとしてもまだそういうのは早い。重い下ネタをぶっこむのは大人だけの飲み会だけにしてくれ。

 心の中でそのように願いながら俺はゼンゲンに向けて足を進めるのだった。



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