第13話 「独りじゃない」

 突然の騎士団による任意同行。

 シルフィ団長立ち合いのもと、取り調べを行ったのは黒衣を纏った騎士。以前知り合ったアスカさんだった。

 説明によれば、アスカさんは《黒騎士》と呼ばれる暗殺や諜報活動も行う特務担当の騎士らしい。

 そんな彼女から聞かされたのは、あたしが《天使計画》という魔竜戦役時代に行われていた人体実験で生み出された存在だということ。

 敵勢力は魔人だけでなく、その計画を利用し新たな天使を生み出している。それによって誕生した天使の名前はヒルデと言い、あたしと顔が瓜二つ。故に……


 敵について知っていることはないのか?

 敵と繋がりはないのか?

 過去の実験で知っていることはないのか?

 アシュリー・フレイヤという騎士は、敵なのか味方なのか?


 こんな質問を何度もされた。

 アスカさんが汚れ仕事を行ったりする黒騎士という事実だけでも戸惑うのに……自分が人体実験で生まれた存在? あたしと同じ顔の人間が敵に居る?

 そんな話をしてすぐに納得したり理解出来るほどあたしは器用じゃない。


 敵のことなんか知らない。

 繋がりだってない。

 過去の実験って何?

 あたしはこの国の騎士、あいつらの仲間のはずない!


 聞かれた分だけそう答えるだけだった。

 ただすぐに疑いが晴れるわけではなく、あたしはシルフィ団長の家で軟禁されることになった。騎士としての仕事はもちろん出来ない。

 ただ……拘束されて牢屋にぶち込まれないあたり、多少は信用や同情してもらってるのかな。こう思えるようになったのは今の生活が始まって数日後だけど。

 でも仕方ないじゃん。

 だってあたしは魔竜戦役で孤児になって、そのあと孤児院で育って、この間騎士になっただけの……


「……ただの人間なんだもん」


 神剣を使うために作られた存在だとか言われてもピンとこない。

 確かに人よりも力は強いし、傷の治りも早かったりするけど……。

 でもあたしより力が強い人は居るし、傷の治りだって人よりも少し早いってだけで一瞬で治るわけじゃない。普通の人間からかけ離れた存在なんかじゃない。

 

「そのはずなのに……」


 何でこんなにも不安なんだろう。

 あたしがあたしとして生きてきたこれまでの時間は、間違いなくあたしだけのもの。アシュリー・フレイヤとしての人生のはず。

 だけど……敵は人工的に魔人や天使を作り上げるような組織で。あたしは過去の天使の試験体。

 あたしに実験されたような記憶はない。最も古い記憶は住んでいた村が魔物に襲撃された前後のもの。両親の顔は正直朧気だ。だからこそ思ってしまう。


 あたしが試験体ということは、あたしの知る両親はいったい誰なの?


 計画に参加していた研究者の中には、自分の子供を実験体にしていた人物も居るらしい。

 だからあたしの知っている両親が本当の親である可能性はある。

 だけど親じゃなく、あたしを連れて逃げた研究者のふたりだったとしたら……



 あたしはいつか計画を再開するために育てられてたの?

 あたしに向けてくれていたあの笑顔は偽物だったの?

 魔物に襲われた時に逃がしてくれたのは何故?



 次々と疑問が浮かびあたしの心を蝕む。

 もしも孤児院に行く前の記憶がはっきりしていたなら。

 生まれなんて関係ない。あのふたりは何であれ、あたしを育ててくれた両親。両親が居たからあたしは生きられていたし、あのとき逃げしてくれたから今がある。

 そう思えるくらい心が強ければ、きっとこんな風にあれこれ悩んだりしない。落ち込んだりしない。

 こんなことをいったい何度考えただろう。

 シルフィ団長があたしを住まわせてくれている部屋は広い。

 貴族の屋敷と賃貸の安物件を比較すれば当然のことだけど、広い部屋にひとりで居ると寂しさを感じる。

 仕事の合間や帰宅後はシルフィ団長が会いに来てくれるけど……独りで居るのは嫌だな。いつもならお昼時はルーくんの家に居るのに……。


「……会いたいな」


 文句でも憎まれ口でもいい。あの人の声が聞きたい。

 だってあの人はあたしにとってかけがえのない存在だから。あたしが今を生きてられる、あたしを救ってくれた英雄……かもしれない人だから。

 今いったい何してるんだろう……。

 ユウにも会いたい。会って抱き締めてモフモフしたい。怒られそうだけど、1発殴られるくらいで済むなら気にしないかな。

 身体の痛みよりも心が痛む方が嫌だし……


「はぁ……あたしって本当」

「姿勢が悪いですね」

「え……ふぎゃッ!?」


 何かとんでもない声が出た。

 でもこれはあたしは悪くない。だってジルさんに強引に姿勢を正されたから。背中からバキバキって凄まじい音も鳴ったし。


「な……なななな何するんですかいきなり!?」

「これは失礼。アシュリー様の背中が凄く丸まっておりましたので、あのままだと猫背になるかと思いまして。胸が大きいのを気にされているのかもしれませんが、大きくしたくても出来ない人は居るんです。それに胸は女の武器なのですから、アシュリー様はもっと胸を張って生きてください」

「確かに大きいことを気にしたりすることもありますけど、別にそれが理由で丸まってたわけじゃないですから!」


 あと個人的にはこれ以上育っても困ります。

 下着とか合わなくなるし、可愛いものはなくなっちゃうし。いつあんなことやこんなこと、そんなことに発展するか分からないわけで。それを考えると勝負用のものは必要だろうし。

 下着以外でも困ることはあるけど。前に大きく背伸びしたらシャツのボタンが飛んだことあるし。

 大は小を兼ねるとか言うけど、それは適度な大きさまでと思うんだ。これ以上大きくなっても困るだけだよ。肩も凝るし、一向に色気なんて出てこないし。


「おや、それはそれは。ではお詫びに全身をマッサージしましょう」

「え、いやそれは」

「大丈夫、安心してください。私、こう見えても執事になるに当たって色々な技能を身に付けましたので。人間の骨は日々の生活で自然と歪んでしまったりもします。なので私が懇切丁寧に整えましょう。大丈夫、痛いのは最初だけです。そのうち気持ちよくなりますから」


 最後の言葉が凄く怖いんですけど!

 それに大丈夫って2回言いましたよね。何度も大丈夫って言われる方が大丈夫じゃない気持ちが強くなるというか……なんて考えている間にうつ伏せに寝かされてる!?


「あ、ああああのジルさん」

「何でしょう?」

「別にあたしはこういうことされなくてもいいかなぁ……なんて」

「遠慮なさらないでください。私はシルフィーナ様よりアシュリー様のお世話を任されております。これもそれも一環です。それにそれだけ立派なものをお持ちなのです。肩も凝っているでしょう? 私も人並みには理解できますので……安心してください」


 だったら笑顔で言ってくれません!?

 普段と変わらない顔のまま言われても安心できないというか、本当これからされるのはマッサージ? もしかして危なかったり桃色な世界に行っちゃうような展開になるんじゃ……って不安が消えないんですけど!


「あ、この前手に入れましたオイルを使われますか? お肌になかなか良いと評判のものなのですが」

「けけ結構です!」

「そうですか……まあアシュリー様はお若いですからね。肌も十分に綺麗ですし」


 背中を指でなぞるのやめてぇぇぇぇぇッ!

 何かゾワゾワとドキドキが混ざった感情が湧いちゃうから。


「……マッサージするなら早くってください」

「若干意味ありげな……いえ、かしこまりました。ではまず」

「い、言っておきますけど服は脱ぎませんからね!?」

「何故服を脱ぐのですか? オイルは使われないのでしょう? まあ生身の方がこちらとしてはやりやすくはありますが」

「すみません、何でもないです。気にしないでください。続けてください」

「そうですか。ではまず、身体の歪みから治していきましょう」


 ここからしばらくあたしは奇声を上げ続けた。

 詳しいことは言わない。身体中がボキボキバキバキ鳴った、とだけ伝えておく。

 ――数十分後。

 あたしは快楽の中に居た。

 身体を揉み解されるのってこんなに気持ち良いものなんだね。美容のためとか言ってこの手の専門店に通う人の気持ちが少し理解できたかも。


「あぁ~……ごくらくぅ~」

「それは何よりです……しかしアシュリー様」

「うん?」

「本当に胸が大きいですね。潰れた胸がこれほどはみ出るとは……シルフィーナ様以上です。女のみではありますが、少し興奮します……ごくり」

「そういうこと言わなくていいです!」


 あと最後の何ですか!

 わざわざ言葉にする必要あります?

 身の危険を感じるんでぜひともやめてください。初体験がジルさんというのは嫌なんで。初めての相手はやっぱり……こんなところで言えるか!


「……ジルさんって見た目と中身の差が凄いですよね」

「そうでしょうか? 私としては私らしく振る舞っているだけなのですが……きっとシルフィーナ様のおかげでしょう。彼女が私を雇ってくださらなければ今の私はありませんから。奥様もとてもお優しく、暇さえあれば共にどうシルフィーナ様を弄ろうか考えておりますし」


 ……あれ?

 何か途中まで良い感じだったはずなのに、最後の方で聞いちゃいけないようなことを聞いたような。

 多分聞き間違いじゃないよね。

 シルフィ団長のお母さんとは、この家での生活は始まった時に顔を合わせた。

 食事を一緒に食べようと言ってくれたり、暇さえあれば様子を見に来てくれたりする。凛としているけど落ち着きがあって、やっぱりシルフィ団長のお母さんだなって思った。

 だけど……まだきちんと話してないんだけど、何かナタ姉と似たようなものを感じる。距離が縮まれば縮まるほど玩具にされそうというか……



 だけど……シルフィ団長のお母さんに玩具にされるならありかもぉ。



 だってシルフィ団長の年齢を考えると、多分年齢は40歳前後。

 なのに見た目は30代……見る人によっては20代でも通りそうなくらい若いし。

 お肌もぴちぴちで、顔つきはシルフィ団長に比べるとより優しいというかおっとりな系。スタイルも全然良くて……20代の子供が居るようには見えない。

 あんな母親って居ていいのかな……いや良い。だって実際に居るし……ぐへへ。


「アシュリー様」

「は、はい何でしょう!?」

「いえ特には。ただ、また何か考え込んでいるようでしたので……」

「あ、いや、今考えてたのはそのこれまでとは別というか……ルーくんとか今何してるんだろうな、なんて」


 うつ伏せで良かった。

 仰向けだったら絶対気持ち悪い顔を見られてただろうし。ルーくんとかから気持ち悪いって言われるならまだしも、ジルさんとかに言われたら超絶傷つく。

 本音としてはあの男からも言われたくはないけど。


「ルーク様ですか? 確か北の方に旅に出ている最中です。距離から考えて戻るのは1ヵ月ほど先になるかと」

「え……1ヵ月」


 そんな長い時間会えないの……いやいや、そうじゃなくて。

 あたしを放っておいて旅ですかそうですか。そりゃああたしは別にルーくんの恋人とかでもなければ、友達以上恋人未満という微妙な関係にもないけど。たださ


「それって人としてどうなんですかね。自分を慕ってくれている年下が大変だって時にですよ、普通一度も顔を合わせにこず旅に出ます?」

「出発した日時を考えますと、まだアシュリー様の身は今ほど自由ではなかったかと。それを考えると仕方がない部分もあるのでは?」

「それは……そうかもしれませんけど」


 それならそれで手紙を書くとか、誰かに伝言を頼んでおくとか出来るじゃん。

 ルーくんにとってあたしって思ってる以上に小さい存在なのかな。多少なりとも親しくしてると思うんだけど……これってあたしの思い込み?


「アシュリー様はルーク様が好きなのですね」

「な……なななな何を言うとるんですか!? だ、誰があんな無愛想で優しさの欠片もない返事ばかりする男を。ああああたしの理想はもっと」

「素直な性格をされているのに嘘を吐こうとしても墓穴を掘るだけですよ」

「べ、別に嘘なんか……」


 あたしの好きな人はルーくんじゃなくてシルフィ団長だし。

 異性でって話になれば……その……まあそうなのかもしれないけど。1番交流がある異性ではあるし、色々と世話になって恩もあるわけだから。


「ではルーク様が今女性ふたりと一緒でも何も思わないわけですね?」

「は? それどういうことですか、もっと詳しく教えてください」

「子供は大人の背中を見て育つと言いますが……ふむ、なかなかどうして。反応や切り返し方にシルフィーナ様を感じますね」


 何かブツブツ言ってるけど聞き取れない。

 もう少しはっきり言って欲しいんだけど。子供がどうのとか、シルフィ団長が……みたいな部分的には聞こえたけど。

 いや、でも今はそんなことよりルーくんだよね。あたしが軟禁されてるってのにあの野郎は……


「ジルさん、ルーくんは誰と一緒なんですか?」

「何故アシュリー様は恋人が浮気したような顔をされているのでしょう?」

「別にそういう顔はしてません。ただ自由にキャッキャウフフ出来るあの男が憎たらしいだけです」

「そうですか。ではそういうことにしておきましょう……一緒に居るのはユウ様とルナフィリアム様です」


 何だユウとスバルさんか。まあそうだよね、一緒に暮らしてるわけだし。どうせそんなことだろうって思ってましたよ。全然焦ったりなんかしてませんで……

 あれ?

 あたしの聞き間違いかな。スバルじゃなくてルナフィリアムとかいうビッチな吸血鬼の名前が聞こえたんだけど。あはは、まさかそんなわけないよね。あんな発情女が一緒とか……


「ジルさん、今どこぞの吸血鬼の名前が出た気がするんですけど、あたしの気のせいですよね? スバルさんの間違いですよね?」

「いえ、アシュリー様の言うどこぞの吸血鬼の名前を口にしましたよ。スバル様はひとりお留守番です」

「……では聞き間違いじゃないと?」

「アシュリー様の耳はすこぶる良好ですね」


 なるほどなるほど……何やっとんじゃいあの男は!

 あんないつ寝込みを襲ってもおかしくない女と一緒とかありえないんですけど。しかも1ヵ月くらい一緒に居るとかマジありえない。

 だってさ、もし大人の時間が発生しちゃったらどうするわけ。ユウの教育にも悪いと思うんだけど。巻き添えで先に大人の女になっちゃったらあたし泣くよ。大泣きするよ。そして……


「……あの男、帰ってきたらぶっ殺す」

「失礼ながらそれはおすすめしません。アシュリー様の腕では返り討ちに遭うだけです」

「そういう現実的な返しはやめてください。あたしの中にある気持ちの行き場がなくなっちゃうので」

「まあまあ落ち着いてください。ルーク様はルナフィリアム様の知り合いである魔剣鍛冶グラムスミスに会いに行かれたのです。ルナフィリアム様とイチャコラするために旅に出たのではありません」


 それは……まあ分かってますよ。

 女とイチャコラするために旅に出るような性格じゃないのは分かってますし。仮にそういうことがあったとしても、ユウを連れて行くわけないでしょうから。

 ただ……


「……そうだとしても何かムカつきます」

「もしかしたらアシュリー様のためかもしれない、としてもですか?」

「え?」

「アシュリー様もご自身の出生の話は聞きましたよね? 過去は失敗に終わったかもしれませんが、成長した今のアシュリー様なら神剣を扱える可能性はあります。まあ他の一般人と比べたらの話ですが」

「それは……まあそうかもですけど」

「魔竜を倒した神剣の使い手はルーク様のご学友でした。交流はそれほど深くなかったと聞いていますが、それでも共に戦った仲間に代わりありません。その大切な仲間は世界を守るため、みんなを守るために自分の命を燃やして神剣の力を解放してこの世から姿を消しました」


 神剣は、魔力ではなく生命力を糧にして力を発揮する。

 自分が天使だということを知らされた際にそのことも耳にした。


「命懸けで誰かを守るのは美談かもしれません。ですが残される側は、悲しみや寂しさを背負うことになります。時として小を犠牲にして大を救うことは必要ですが……可能ならその小の犠牲もなくしたい。だからこそルーク様は魔剣グラムを打つのです。神剣を超える魔剣を目指して」


 何でジルさんはそういう深い部分まで知っているんだ。

 その小が本当にあたしなのか。

 色々と突っ込みたくなるところもあるけど……


「……そういうこと言われたら何も言えなくなるじゃないですか」

「それが目的ですので。ただ言いたいことがあれば素直に口にしてください。私に出来ることは少ないですが、アシュリー様の現状は理解しているつもりです。弱音でも文句でも、私でよければいくらでもお聞きしますので。どうかひとりで抱え込むのはおやめください」

「ジルさん……何かあたし、ジルさんのこと誤解してたみたいです。もっと性格が悪くて面倒臭い人かと思ってました」

「私は一流の執事ですので。必要な時は支えるのも得意です……ま、あとでシルフィーナ様にアシュリー様はあなたの妹分的存在なのに、肝心な時に寄り添ってあげないとか何を考えているんですか? それでもアシュリー様のお姉さんですか? これだからあなたは真面目で面白みのない人なんです……などと言うためだったりもするんですがね」


 前言撤回。

 この人、本当性格が悪くて面倒臭い人だ。

 でも……あたしの味方で居てくれる。あたしは独りじゃない。そうはっきりと言えるくらいには心が軽くなった。

 だからきっと頑張れる。

 また色々と取り調べされるかもしれない。今よりもひどい環境に生活することになるかもしれない。

 だけどすぐに壊れたりしない。ルーくんが帰ってくる頃までは耐えられる。

 だってあたしは独りじゃないから。



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