第15話 「ゼンゲンの魔剣鍛冶」
ゼンゲンの第一印象は、ひどく寂しげな場所だと思った。
草木には薄っすらと雪が積もっており、人々が暮らしている家のほとんどは木製。雪が積もりにくいように傾斜のある屋根をしているが、水分を吸う機会が多いのか表面は傷んでいる。
家と家との距離を離れており、外を出歩いている人も少ない。
魔竜戦役によって世界の人口が減ってしまったのも理由のひとつにはありそうだ。ただこの村の場合、都会へ移住または働きに出ている者も多いのかもしれない。
ルナに連れられて村の奥へと進んでいく。
平面だった道のりは徐々に上へと傾き始め、視線の先には一際大きな山が見えてくる。聞くところによれば、鉱石の採掘場があの山にはあるのだとか。
それを考えると、ここに住む
よそから仕入れるしかない俺からすると少々羨ましい環境だ。まあ年間の気温を考えると、今の環境で満足ではあるが。
「見えてきた。あそこだ」
ルナが指し示した先には、居住区と鍛冶場が分けられているのは2つの小屋が見える。金属を鍛える音は響いてこないが、今は休憩しているのだろうか。
徐々に距離が縮まるにつれ、鍛冶場の方に人の気配がしないことが分かる。
居住区の方には気配がひとつ。
ルナの話では初老の魔剣鍛冶とその孫娘が暮らしているという話だったが、どちらかは出かけているのか。それとも……
胸の内に芽生えた疑問を晴らすため、俺達は居住区であろう小屋の扉を叩く。
中にあった気配がこちらに近づき、何かと格闘する声が聞こえ始める。しばらくすると壊れそうなほど勢い良く扉が開いた。それと同時に現れたのは、尻餅を着いている少女だった。
「いつつ……また建付けが悪くなっておるな。あとで直しておかねば」
発言からしてここの住人であることは間違いなさそうだ。
「おっと、その前に客人の対応だ」
少女は俺達の存在を思い出したのか、素早く立ち上がると自分のお尻を軽めに何度か叩く。
身長は150センチ前半、顔立ちもどこかあどけなさが残っていて幼さを感じるが、おそらくアシュリーとそう年は変わらないだろう。
ただ髪色は炎が混じったような神秘的な金色であり、瞳の色は深い紫。服装もあちらで言えばゴスロリに近い胸元が開けた赤いドレスを身に纏っており、人目を惹く要素たっぷりである。
ちなみにアシュリーを引き合いに出したのでついで言っておくが、少女の胸の大きさはフッテンビリアと同じくらいだろう。云わばユウよりも合法なロリ巨乳だ。
「大丈夫かローゼリア」
「うん? おぉ、誰かと思えばルナではないか。久しぶりだな♪」
ローゼリアという少女は人懐っこい笑みを浮かべると、ルナを抱き締める。
ルナも優しい笑みを浮かべて抱き締め返すあたり、ふたりの関係は良好なもののようだ。
「うんうん。この感触、実に懐かしい。こうしてルナを抱き締めるのはいつ以来だろうか」
「前に来たのは君の胸がまだ膨らんでもいない時だったからな。順調に育っているようでわたしは嬉しいぞ」
数年ぶりの再会であるはずなのに最初に言うことは胸の話とは。
この吸血鬼、やはり一般常識というものがない。ただローゼリアもその手の言動には慣れているのか、気にしている素振りは一切見せていない。
「余も年頃の女の子だからな。これからどんどん成長する予定だ」
「ふむ、それは楽しみだな。しかし、今くらいがちょうど良いようにも思える」
「む、それは何故だ?」
「あまり背が伸びていない。今の身長のまま胸だけ大きくなるとバランス的に良くない気がする」
「身長のことは余も気にしておるのだ! あまりそういうことを言わないでくれ。ところで……そっちのふたりは誰なのだ? もしやルナの夫に娘なのか!?」
何故真っ先にそれが出てくる。
ルナと知り合いということを考えれば、本来の彼女が大人の姿をしていることは知っているだろう。だから俺を夫だと考えるのはまだ分かる。
しかし、ユウはどう見ても獣人だ。人間を夫にし、獣人を養子にする吸血鬼がどこに居る。いやそこに居る吸血鬼からやりかねないが、普通はもっと別の考えを浮かべるところだろう。
「ふふ、バレてしまったか」
「平然と嘘を吐くな。お前と夫婦になった覚えはない」
「オレもお前の娘になった覚えはねぇぞ」
「つれないなぁ。少しくらい合わせてくれてもいいだろうに」
と言う割には平然としているのはこの吸血鬼である。
「俺はルーク・シュナイダー。
「わぅ、よろしくな」
「おぉ~魔剣鍛冶とな。余以外にもまだ魔剣鍛冶が居たのだな。それに獣人、こうして本物を見るのは初めてだ」
俺とユウを交互に見るローゼリアの目は輝いている。
俺達を物珍しそうに見るあたり、好奇心旺盛な子なのかもしれない。単純に人気のない村に住んでいるだけに好奇心を刺激されただけかもしれないが。
「そういえば、まだきちんと名乗っていなかったな。余はローゼリア、ローゼリア・レーヴァルド。親しい者は余をローゼを呼ぶ」
胸を張って堂々と言う姿は背伸びをしている子供のようで可愛らしくあるのだが、俺はそれ以上に彼女の名前に興味を惹かれた。
レーヴァルド。
それは
すでにその一族は滅んでいると噂では聞いたが、この少女の髪色といい……もしかして彼女は一族の生き残りなのでは?
「ローゼリア、人前でフルネームは名乗るなと言われているだろう」
「はっ!? そうであった。余としたことがルナとの再会や久々の客人につい浮かれてしまっていたぞ。しかし……ふたりはルナの知り合いなのだろう? ならばきちんと名乗っても問題あるまい」
「それはそうだが……ちゃんと気を付けないとダメだぞ」
「うむ!」
返事は良いが……何というか少々不安になる子だ。
ただこれではっきりした。今のルナの言動からして俺の予想はおそらく当たっている。でも念には念を入れて確認しておくか。
「ここまでの道のりは大変であっただろう。それに立ち話もなんだ。とりあえず中に入ってくれ。出来る限りのもてなしをしよう」
そう言ってローゼリアは中へ入って行く。
ユウもなんだかんだ疲れていたのか、はたまたローゼリアに悪意を感じないからか、俺やルナよりも先に家の中に入って行く。
出会ったばかりの頃のユウと比べるとずいぶんと変わったものだ。家主と居候という関係ではあるが、彼女の成長ぶりは素直に嬉しく思う。
「……ルナ、ひとつ聞いておきたいことがある」
「何かな?」
「あの子はレーヴァテインを打った一族の末裔なのか?」
「その確信めいた発言、さすがはわたしのルークだな」
「お前のものになった覚えはない」
「それは残念だ。だがわたしの身と心は君のものだぞ」
何とも心に響かない言葉だ。
俺を本気にさせたいのならもっと情緒を込めて言って欲しいものである。
「馬鹿言ってないで質問に答えろ」
「やれやれ、仕方がない男だ。君の読み通り、ローゼリアはレーヴァテインを打った一族の末裔だ」
「そうか……」
これで疑問は解決した。
だが同時に新たな疑問が浮かぶ。
レーヴァルドは炎熱系の魔剣に長けた一族。だがルナの話では、ここに居る魔剣鍛冶は退魔系を専門とした聖剣師だったはずだ。
何故聖剣師の家にレーヴァルドの人間がいる? ローゼリアが技術向上のために聖剣師に弟子入りでもしたのか?
「ルナ」
「それ以上は言わなくていい。君の言いたいことは分かっている。ローゼリアはここの聖剣師の弟子でもなければ、血縁でもない」
「ならどうしてこんなところに居る?」
「それは……あの子がレーヴァルド一族の長を務めていた家系の血縁であり、最後の生き残りだからだ」
長の家系で最後の生き残り。
それが本当ならば、人気の少ない辺境の村に居るのも納得だ。
今の時代、魔剣鍛冶は鍛冶職人全体の数パーセント。下手をすればゼロコンマの値にすらなる貴重な存在だ。
その中でも七星魔剣を作った一族の末裔は、おそらく現状ではローゼリアしか残っていない。しかも長の家系ともなれば、ある意味姫様のようなものだ。
つまり、レーヴァルドの魔剣を作れる可能性があるのはこの世界で彼女だけということになる。
七星魔剣の一角を作ったとされるレーヴァルドの魔剣。それを欲しがる輩は五万と居るだろう。
故にたとえローゼリアが技術不足でレーヴァルドの魔剣を打てないとしても、彼女の自由を奪い、生涯をただ魔剣を打つためだけに使わせる。魔剣を作るための道具として扱う。そんな外道は確実に存在するはずだ。
もしもそのような者の手に落ちれば、ローゼリアの人生は暗いものでしかない。
その可能性を少しでも減らすのであれば、ここで暮らすのは理に適っている。
「ここに来る前、あの子は多くの人間にレーヴァルドの魔剣を打つための道具として扱われてきた。あの子を欲しがる大人の策略や謀略、暗殺といったものを何度も見てきた」
ルナの口ぶりからして、ローゼリアが目撃した人の醜い一面は一度や二度ではないのだろう。
「だからあの子は……自分がどういう存在なのか分かっている。あの子は人懐っこい子だ。だから本当はもっと多くの人と触れ合い、常に誰かの傍に居たいことを望んでいるだろう。だが同時に自分が誰かの傍に居たらその人を傷つけるかもしれないと思っている」
人の温もりが欲しいのに。誰かに手を伸ばしたいのに。
それをするわけにはいかない。自分のせいで誰かが傷つくのを見たくない。
あの無邪気な笑顔の下にそういう想いがあるかと思うと、あの子を子供扱いするのは失礼な気がしてくる。あの子は見た目は子供でも、心はそのへんの大人よりもずっと大人だ。
「わたしはあの子にずっと笑って居て欲しい。何も気にすることなく、好きなように過ごして欲しい。そのために出来ることはしてやりたいと思っているんだ」
真面目に真摯に語るルナを見るのは久しぶりだ。
状況や経緯は違えど、ルナは一族の長として自分を殺していた。周囲の期待に応えるため、時として周囲に振り回されることもあっただろう。
故にもしかすると、ルナはローゼリアに過去の自分を見ているのかもしれない。自分自身で立場を選べる環境に居なかったローゼリアには、誰よりも自由に生きて欲しいと望んでいるのかもしれない。
「だからルーク、君も協力して欲しい。決して多くは望まない。魔剣鍛冶としての付き合いでも、ただの知り合いでもいい。あの子の味方で居てやってくれ」
「頼まれなくても敵になるつもりなんてないさ。まあ……嫌われたら味方で居てやるのは難しいかもしれないが」
「そういう現実的なことは今は言わなくていい。そこは女を安心させる言葉だけでいいんだ。まったく君という奴は……まあでも大丈夫だろう。君ならあの子と仲良くなれるさ」
自信しかないという顔に少々腹が立つ。
この吸血鬼は何を根拠にこんなことを言っているのだろう。
「大した自信だな。俺はあまり子供受けは良くないんだが」
「確かにローゼリアは年齢的に見ればまだ子供だ。だが女として扱っても問題ない年齢でもある。あの子も昔から恋愛に興味を示していたし、その話相手になっていたのはわたしだ。つまり」
「あの子の趣味はお前に似ているとでも?」
「可能性の話だがな。さて、我々も中に入るとしよう。ずっとここに居ては身体が冷え切ってしまう」
好き放題言って会話を打ち切るとは、相変わらずはた迷惑な吸血鬼だ。
あの子の趣味がルナと一緒? 冗談じゃない。あんな万年発情女が何人も居てたまるか。もしもルナと一緒だったら正直優しく接する自信はないぞ。
この後の展開に不安を覚えながらも寒さに耐えかねた俺は、ローゼリアの家に入って行くのだった。
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