第9話 「次への兆し」

 後日。

 アシュリーは身柄を拘束され、取り調べを受けることになった。

 担当しているのは黒騎士であるアスカ。最も敵の情報に詳しく、アシュリーと同年代であるが故に話しやすい……なんて配慮なのかもしれない。

 ただ、アスカが取り調べるとならば多少なりとも立場の説明をするということ。アスカをただの騎士としか思っていなかったアシュリーには、かえって混乱を招きそうだ。無論、それが狙いという可能性もある。

 しかし、聞いたところによると取り調べにはシルフィも同席しているらしい。

 上司として、騎士団をまとめるひとりとして情報を知り、場合によっては責任を取る。そういう意味での同席かもしれないが、俺としてはアスカやエルザの配慮だと思いたい。

 ただでさえ、友人として交流が始まった相手に自分が知らなかったであろう過去を叩きつけられるのだ。

 その重圧は考えるだけでも精神的打撃。

 取り乱してしまった時に人が求めるのは温もりだ。今のアシュリーにとってシルフィの存在は大切だろう。


「やあルーク、今日は来てくれて嬉しいよ。わたしの準備は出来ている。すぐにでもわたしを抱いてくれ」


 この発言でも分かると思うが、俺が今日訪れているのは騎士団ではなく吸血鬼が営む酒場だ。

 アシュリーを放っておいて酒でも飲む気か、と言われてしまうかもしれないがそうではない。ここの店主からスバルと一緒に来いと呼び出されたのだ。

 先ほどの言葉は、この吸血鬼からすれば挨拶のようなもの。なので気にしないでもらいたい。

 そもそも……誘ってくるなら子供じゃなくて大人の姿で誘え。俺はロリじゃないから今のお前に発情なんかしねぇ。そう声を大にして言いたいが、面倒な流れになるだけなので心の内に秘めておくことにする。


「ルナ様、今日は真面目な話があると私達を呼び出したはず。なのに開口一番それはどうなのだろうか」

「おっと、これはすまない。ルークのことを考えているとつい」


 つい、じゃねぇよ。

 大体あっちの世界ならセクハラで訴えることも可能だからな。男女平等であるが故に女から男へのセクハラだって成立するんだし。

 こっちの世界だと……ヤンデレじみた言動がない限りは怪しいかな。女がここまで言ってるのに抱かないとかお前それでも男か? ってなりそうだし。普段のルナの姿では子供がマセたこと言ってるだけにしか見えないし。


「そもそも私も呼び出しているのにふたりだけで楽しむなんて言語道断だ。やるなら私も混ぜてもらおう!」

「な、何だと……わたしは長いこと生きているが初めてなんだぞ。それなのに初めてが3人でなんて」

「大丈夫、私もまだ処女だ」

「なるほど、なら安心だな」


 大丈夫でもないし、なるほどでもない。

 スバルの発言のどこにその要素があった? 俺には不安要素しかないというか、完全にこっちに全振りにしか思えなかったのだが。

 俺だって性欲はあるし、スバルやルナとそういう雰囲気になれば行為に及ぶかもしれない。

 だがふたり同時なんて無理だ。

 だってこいつらは体力バカと発情吸血鬼だぞ? ふたり同時なんて無理に決まってる。よほどの絶倫でもなければ、搾り取られ過ぎて死ぬ未来しか見えない。


「お前ら、真面目に話す気があるのか?」

「ある! ルーク、君は私達がふざけているように見えるか?」

「ふざけているようにしか見えん」

「わたし達は、至って真面目に君に抱かれる未来を語っているだけだが?」

「妄想で語るのは自由だが、俺にお前達を抱く意思はない」


 ルナとスバルは揃って唇を尖らせる。

 普通に考えて悪いのはこいつら。なのに何故俺が不満のある目を向けられなければならない。ヤリたいだけなら他の男を誘えばいいだろうに。

 そもそも……こちらにも準備というものがある。

 ふたりを性的な目で見れるかと問われれば、見れると答える。ただしルナは大人状態だけだ。子供のままでは感じたところで父性的な可愛さのみ。

 話を戻そう。

 俺はこのふたりを性的な目で見れる。異性として意識はしているのだ。

 しかし、ここですぐ抱けと言われて抱けるかと言われたらノーだろう。時間帯もまだ昼間だし、先ほども言ったがこのふたりを相手する元気はない。何より……


「恥じらいもなく抱けと言われてもグッと来ない」

「は、恥じらいだと!? ルーク、君なら知っているはずだ。私は小さい頃から下ネタを平然と言い放ち、慎みを持ちなさいだの女の子らしくないだの言われてきた。何より私は気持ちはきちんと言葉にしないと伝わらないと思っている。恥じらっていてはダメだと思うのだが!」

「確かにお前が羞恥心のないバカだということはよく知っている。だがな、男目線から言わせてもらえば……あまりグイグイ来られると正直引く。なよっとした草食系相手には良いだろうが、俺には逆効果だ」

「なん……だと」

「それ以前にお前はまず恋愛をしろ。友情の域を出ていない俺に抱いてもらおうとするな」

「女の子からしか告白されたことがない私に恋愛の仕方が分かっていると思うのか! 昔から多少なりとも女の子扱いしてくれたのは君くらいだぞ。胸が大きくなるまでは何度男に間違われたことか……」


 そこに関しては同情するが……

 髪を伸ばすと鬱陶しいから嫌だ。

 人形よりもロボット。

 お姫様よりも騎士が良い。

 あの女の子可愛くないか? 胸や太ももも良い感じに育っているぞ。

 こんなだったお前も悪いと思う。まあロボットや騎士に関しては、一緒に遊ぶことが多かった俺の影響もあるかもしれないが……。


「あちらの世界では初体験の年齢が早くなっていると言っていたし、こちらの世界は10代で結婚する者も多い。私はシルフィのように貴族というわけでもない。このままでは、ただの行き遅れ……ルーク、恋愛はどうすれば出来るのだろう?」

「知らん。俺から言えることは、もう少し女らしさを磨けば物好きな男が現れるかもなってことくらいだ。だから女を磨け、男を喜ばせる技術を身に付けろ」

「ルーク、わたしは君のためにスタイルには気を遣っているぞ。それに野菜などを使って色々と練習もしている」


 前半部分は良いとして……後半はどういう意味で言った。どう考えても夜の方でしか浮かんでこないんだが。

 夜の技術を磨く前に男に可愛いだとか綺麗と思わせる仕草の練習でもしろ。大体処女のくせに夜の技術が上手かったら、それはそれで不信に思われるだけだぞ。


「そういう話はいいからさっさと本題に入れ」

「つれないなぁ……まあそういうところも好きなのだが」


 君のことは分かっている。

 そう言いたげなクールな笑みである。憎たらしいが……少しばかり可愛いと思ってしまった。大人の姿でされていたならグッと来ていたかもしれない。


「そうか……これが私に足りないもの」

「ルナ、そこのバカが自分に向かない方向に走り出す前に本題に入ってくれ」

「そうするとしよう」


 スバルは何か言いたげな様子だったが、俺とルナは頑なに無視する。

 ルナはカウンターの方へ回ると、話が長くなることを見越してか俺とスバルに桃色の飲料を出す。炭酸らしき気泡が見えるが……


「ルナ、念のために確認だが……これは酒じゃないよな?」

「当然だ。真面目な話をするのに思考が鈍っては困る。果物の果汁を炭酸で割っただけのジュースだ。無論、酒が良いなら変えるが?」

「いや変えなくていい」


 試しに一口飲んでみると、程よい甘みが口の中に広がった。

 見た目からしてもう少し甘いのかと思ったが、炭酸で割ったことが功を奏したのかもしれない。

 あれこれ考えると甘いものが欲しくなるし、今においてはちょうどいい飲み物かもしれない。


「時にルーク、アシュリー・フレイヤはどうなっている?」

「詳しいことは分からん。ただ少なくとも身柄は拘束され、毎日のように取り調べを受けている」

「ふむ……ルーク、本当にアシュリー・フレイヤは天使計画によって生み出された存在なのか?」

「おそらくな……先日遭遇した敵にアシュリーと同じ顔の奴が居た。そいつは自分を新しくなった天使計画によって生まれた存在だと言い、アシュリーに対しては過去の試験体と口にしていた」


 信じがたい気持ちも分かるし、敵が嘘を言っただけではと考えるのも分かる。

 しかし、直接聞いた身からすると嘘を言っているようには見えなかった。

 いつかは分かる話。敵はそう割り切っていた。

 それは敵はこちらの能力を正確に把握し、また油断していないということ。

 それどころか、アシュリーが天使であることが言われたことで騎士団ではその確認に人員と時間を割かれている。これが敵の狙いだった可能性さえある状態だ。


「そうか……」

「どこか納得している顔だな」

「まあ……わたしもそれなりに長く生きているからな。前にアシュリー・フレイヤの顔を見た時、どこかで見たような気がしていた。だが彼女が天使だと聞いて思い出したよ。彼女の顔は……かつての神剣使いによく似ている。おそらく天使計画はその人物の遺伝子や子孫を利用して実験が行われていたのだろう」


 なるほど……。

 過去に存在した神剣使いの遺伝子ならば、そのへんの人間よりも神剣の担い手なれる可能性は高いだろう。また身体能力や魔法といった潜在的資質も高くなりやすい。

 過去の天使計画でも、新しくなった天使計画でも同じ遺伝子が使われているのだとすれば、アシュリーとヒルデが同じ顔になるのも道理だ。


「もしそうだとすれば……敵は神剣も狙っているのではないのか?」

「いや、少なくとも現状では狙ってはいないだろう」

「何でそう言える?」

「新しい天使は神剣を扱うためではなく、純粋に戦闘を行うための調整がされているらしい。それにいくら敵が入念に準備していたとしても、神剣を手に入れるにはこの国そのものと戦争をするようなものだ」

「保管場所を知っていそうなエルザ女王やガーディスは一騎当千の猛者。並みの戦力では返り討ちに遭うだけ。ルークの言うように現状では神剣より他のことを優先するだろう」


 俺とルナの推測にスバルは納得の顔を浮かべる。

 ただあくまで推測であって真実とは限らない。また敵の戦力は未知数だ。今すぐではなくとも、遠くない未来でそのような事態が起こっても不思議ではない。


「新しい天使がどれくらい数が作られているのかは定かじゃない。ただ様々な調整がされる分、大量生産というわけもいかないはずだ」

「なら戦力が分散している時でなければ、今でも対応は可能というわけだな」

「現状で言えばな。ただ新しい天使の戦闘能力はかなり高い。俺やスバルといった魔竜戦役を戦い抜いた人間なら対応できるが、並の騎士では歯も立たないだろう。それに奴らが実戦経験を積めば、スバルはともかく俺では歯が立たなくなる恐れすらある」


 ただひとりで勝てないならば複数で当たればいい。

 数というのは増えれば増えるほど力になる。だからこそ数の暴力なんて言葉が存在するのだ。

 しかし、時間が経てば経つほどこちらは劣勢になるだろう。

 敵は魔人や天使といった強力な個を用意してくる。その数が増えれば、対応できる人間の数は限られているだけにこちら側の被害が増えるのは明らか。開戦してすぐは優先でも、次第に逆転される可能性が高い。


「それほどか……だがルーク、敵の目的や魔人や天使などではないのだろう? 確か……今はジューダスだったか? 君は彼に会い、また目的を聞いたと言っていたな。いったい彼、いや彼らは何をしようとしているんだ?」

「あいつの言葉を信じるなら、奴らはそれぞれの目的があるらしい。ただあいつだけは……ジューダスの目的だけはあいつの口からはっきり聞いた。あいつの目的は……魔竜を操ることだ」


 世界を平和にするための抑止力にする、なんて意味合いのことを言っていたが、あいつが組織の中でどれくらいの地位に居るのか分からない。

 それに組織の中には、間違いなく魔竜を兵器として利用しようと考えている者がいるはずだ。

 ならいずれ敵同士で争いが起きる。

 あいつが勝ち残るならともかく……兵器利用を考える人間の方が大半のはず。平和をもたらす抑止力として使われる可能性は極めて低いだろう。


「魔竜を? そんなことが可能なのか?」

「不可能だ、とも言い切れん。魔竜は人知を超えた存在だが魔物には変わりない。奴らは魔物を人工的に生み出し、また操るための術を確立させつつある」

「だからといってそう簡単に上手くいくとも思えないが……仮に出来たとすれば」

「単純に考えて敵は神剣と……いや無数の魔物も支配下に置けるだけに神剣以上の力を手にすると言っていい」


 そうなれば……こちらの敗北は濃厚だ。

 現状こちらには神剣を使える者がいない。仮に使える者が居たとしても、命を削りながらの戦いになる。魔竜戦役以上に長期戦になる可能性が高いだけに、先に力尽きるのはこちらの方だろう。


「その事態に対抗するには……神剣と同等とはいかなくとも、神剣に近い力は必要になってくるな。ルーク、今の君はそれほどの力を持った魔剣グラムを打てるか?」

「どう考えても無理だ……」


 弱音を吐きたくはないが、敵の展開速度を考えると時間が足りなさ過ぎる。

 魔剣の生成は単純に金属を鍛えれば良いというものではない。化学のように数えきれない魔石の組み合わせを、折り返しの数や熱する温度などを変えた様々なパターンを試すことで、新たな発見が生まれ次の段階に勧めるのだ。

 天変地異レベルの奇跡や偶然が起こらない限り、すぐに強力な魔剣を作りあげるのは不可能だ。


「ふむ……なら他の魔剣鍛冶グラムスミスに相談するのはどうだ?」

「他の……魔剣を打つ鍛冶職人は世界でもそういないぞ?」

「そんなことは百も承知だ。しかし、わたしは伊達に長生きしているわけじゃないぞ。君の他にも魔剣鍛冶の知り合いは居る。ひとりで考えてダメならふたりで考えればいい。人間、助け合いが大事だ」


 人間ではない種族、それも本来は人間から血を吸ったりするはずの鬼から言われるとは。

 ただ、俺ひとりでは手詰まりなのも事実。

 職人が自らの技術を簡単に教えてくれるとは思わない。だが、このままひとりで頑張っても成果が出るのは遥か先の未来だろう。


「……ルナ、その場所を教えてくれ。すぐにでも会いに行く」

「教えて分かるような場所でもないのだが……ノーリアスをさらに北に行ったところにある山岳部にある集落からさらに奥へと行ったところだし」

「なら案内してくれ」

「それは構わないが……素直に協力してくれるかも分からないし、そこで時間を食えば1ヵ月以上戻ってこれないぞ? 単純な往復だけでも3週間は掛かる距離だからな」

「構わない。だから案内してくれ」


 たとえ可能性が低くても、小さなきっかけでも掴めるチャンスがあるなら最大限の努力はすべきだ。今ここに居ても俺に出来ることは何もない。


「そうなると長いこと君と一緒ということに……あぁいや何でもない。分かった、君を案内しよう。ただ出発は明日にして欲しい。色々と準備や根回しもあるから」

「分かった……スバル」

「どうしたルーク?」

「目を輝かせるところ悪いが、お前は留守番だ」


 な、何故だ!?

 と言いたげな顔だ。別にオレは遊びに行くわけじゃないんだから、そういう顔をしないでもらいたい。


「仮に敵が攻めてきた時、お前が居るのと居ないのとでは被害が変わってくる。それにアシュリーが自由になれば、うちを訪ねてくる可能性は高い。誰もいなかったらあいつの精神状態が悪化するだけだ。だからお前は残れ」

「そういうことなら仕方がな……ん? なあルーク、その言い方だとユウは連れて行くみたいに聞こえるのだが?」

「ああ、あいつは連れて行く」


 前に戻ったらどこかに連れて行くと約束していたし。

 それに……盛大に崩れ落ちたスバルの落ち込み様。俺がいない間にユウに何をするか分かったものじゃない。ユウと一緒に居たいならユウを任せても問題ない人物になってくれ。


「下手をすれば1ヵ月以上ぼっち状態……私はいったい何を楽しみに生活すればいいんだ」

「騎士団の手伝いでも魔竜とかの伝承の整理でもやれることはあるだろ。今までだらけてたんだからこの機会に真面目に生活しろ。帰ってきた時にこれまで以上に自堕落だったら追い出すからな」

「君は悪魔か! 長い間放置していたんだから帰ってきた時くらいキスとまではいかずとも、熱い抱擁くらいするべきだ。それくらいしても罰は当たらないぞ!」

「ならお前が真面目に生活して、何かしら有力な情報でも手に入れていたら熱くはなくとも抱擁くらいしてやるよ」

「なっ……そ、それは嬉しくはあるが少々恥ずかしいな」


 自分から言ったのに何故そこで恥ずかしがる?

 お前の恥ずかしがるポイントは本当によく分からんな。普段は羞恥心の欠片もないというのに。

 ……まあいい。

 とりあえず今後の方針は決まった。ここからある意味時間との勝負になる。

 その時間は早ければ数ヶ月、遅くとも数年しかないだろう。近い未来、奴らがこれまで以上に活動を本格化させる。それまでに何としても魔剣の極致へのきっかけくらいは掴まなければ。

 アシュリーのことは心配だが……俺には俺のやるべきことがある。やるべきことをする。だからお前もどんな逆境にも負けず挫けるな。



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