第10話 「ノーリアスの商店で」

 俺はユウを連れてノーリアスの街を訪れていた。

 目的地はここからさらに北に向かった《ゼンゲン》という村。そこの奥地に聖剣師は居るらしい。

 エストレアを出発して今日で4日目。

 エストレアの首都から国境までおよそ3日、そこからノーリアスの首都までの距離は1日ほどなので順調ではある。

 ただ……1ヵ月で戻れるかは怪しいところだ。


「なあ、今どこに向かってんだ?」

「必要物資の買出しだ。ゼンゲンまでの道はあまり整備が行われていない。またわたしが最後に訪れたのは大分前のことだ。道が変わっている可能性もあるだけに獣道を進むことになるかもしれない。だからここからの移動は徒歩になる」


 これが俺に不安を抱かせている理由のひとつ。

 ここまでは、ルナの知り合いの商人がノーリアスに用があるということでついでに連れてきたもらった。

 エストレアからゼンゲンまでの道のりは、ルナのよれば3週間。片道で10日前後掛かることになる。

 ただルナが言うように悪天候などが理由で道が変わっている恐れがある。そうなれば遠回りする羽目になったり、より足場の悪い道を進まなければならない。そうなれば出発前の計算にズレが生じるのは確実……。


「なら寄り道してねぇで、さっさとゼンゲンって村に出発した方がいいんじゃねぇの?」

「そういうわけにもいかない。我々の出発は急だったし、今後の道中で何が起こるかは不明だ。予定よりも到着が遅くなる可能性もある。それにここから北に進めば進むほど、気温は下がる一方だ。今年は例年より気温が低いと聞く。ちゃんと準備をしておかないと大変だ」

「ふ~ん、オレは多少の寒さなら平気だけどな」


 そりゃあお前は獣人だしな。

 獣人は人間より基礎代謝も高く、毛量も多い。獣の力を解き放てば全身を防寒することも出来るだろう。

 また単純に子供だからなのか、ユウの体温は高い。

 ノーリアスの気温は、俺からすればコートを羽織っている今の状態でちょうどいい。

 ルナも下はスカートではあるが、タイツを履いていて肌が見えるのは俗に言う絶対領域のみ。上には赤いジャケットを羽織っているため、顔と手くらいしか肌は晒されていない。

 ユウはというと、普段と変わらず半袖半ズボン。出会った時のさらしにスカートよりはマシな格好ではあるが、防寒出来るかと問われると否と答える者が大半だろう。

 だが、ユウは寒そうな素振りは見せていない。つまりユウにとって、この程度の寒さは寒い内に入らないのだろう。


「君が平気でもルークはそうもいかない。人間という種は、わたしや君と比べると弱く脆いのだ」

「それは分かるけどよ……って、お前も割と着込んでんじゃん」

「わたしの場合、防寒というより日光対策だよ。吸血鬼の肌は日光を浴びると他の種よりすぐに焼けてしまう。綺麗に焼けるだけなら良いのだが、赤くなってヒリヒリしてしまうからな。あれは地味に痛い……」


 しみじみと言うものだ。

 まあ俺もあまり焼けたくはない。がっつり焼けると風呂に浸かったりした時に痛烈な痛みが走ったりするし。

 腕とか焼けやすい箇所はまだいいが……スバルと海に行った時なんかは首や背中が思いっきり焼けて最悪だったな。

 あれ以降海よりもプール派になったし、海で泳ぐ場合もシャツは着たまま、焼けたと思ったら冷やしたタオルを首に掛けるようになったっけ……今からすれば懐かしい思い出か。


「そういや吸血鬼は日光に弱いって聞いたことあるな。今の話を聞く限りは肌が弱いだけって気もすっけど……でも前に吸血鬼は光を浴びると燃えて消えるとか聞いたような」

「それは異世界人が広めた噂だ。確かに我々の種族は光に弱い。日焼けの件を抜いても脱力感に襲われるからな。人間などと交わり血が薄まっている者は、日中に活動するのは厳しいだろう。ただ燃えたりはしない。最悪その場に倒れて動けなくなるくらいだ」

「それって助けがなけりゃ燃えるのと変わらないんじゃ……」


 ユウの言うことは最もだ。

 しかし、吸血鬼は不老不死のように思われがちだが実際はそうではない。

 見た目は老いにくいので不老と言えるかもしれないが、死ぬときは死ぬ。

高い治癒能力が備わっている故に瀕死の状態からでも回復できるだけだ。

 ただ回復する際には生命力や魔力といったエネルギーを消費する。吸血で他人からそれらを補給しない限り、次に首を断たれたり心臓を貫かれれば終わりだ。


「食わなければ死ぬ。吸血鬼も所詮は人ということさ」

「……何つうか、無駄に説得力あるな。お前って今何歳なの?」

「それは秘密だ」

「何でだよ?」

「女性というものは多少秘密があった方が良い女に見えるからさ。まあしかし、何も言わないというのも大人気ない。そうだな……わたしから見れば、ガーディスもまだまだ坊やと言えるくらいの年齢とでも言っておこう」


 え、それってつまりすげぇ婆ちゃんってことじゃねぇの?

 ユウはそんな顔を浮かべたが、口にしないあたり子供にしては弁えている。まあルナの性格を考えると、言ったところで怒るとも思えないが。

 しかし……俺が言おうものなら


『ルーク、今の君の発言でわたしの心は深く傷ついた。故に責任を取ってもらおう。今すぐわたしを抱け!』


 といった難癖を付けてきそうではある。

 だからみんな、無闇に女性に年齢を尋ねたらダメだぞ。口は災いの元になったりするからな。


「……にしても、さっきからこっち見てる奴多すぎね?」


 確かにユウの言うとおり周囲にはこちらに視線を向けてくる者が多い。

 それ以上に俺の意識が向いたのは己が右手。

 ユウも少しずつ人混みに慣れつつはあるようだが、どうやらまだ恐怖心や不安があるらしく俺の手を握ってきたのだ。

 何も手を握ってくれてるあたり信頼の証。また甘えられる相手として認識してくれているということ。

 こちらからユウの手を振り払う理由もないし、そのことを指摘するのも大人気ない。ここで触れないで話を進めることにしよう。


「それは仕方ないだろ」


 吸血鬼であるルナは、異様に肌が白いことを除けば人間の子供と変わらない。口にある牙を見られない限り、人間以外の種族だとは思われないだろう。

 だがユウは別だ。

 獣人は先の戦争で数が減っている。また獣人の多くは人間の街よりも森や山といった自然の中で暮らすことが多い。故にユウの存在は物珍しいのだ。


「俺は人間でお前は獣人。ルナは外見こそ人間に見えるだろうが、どう考えても俺と血が繋がっているようには見えない。はたから見れば珍しい集団だろうさ」

「それはそうかもしんねぇけどよ……ルークんことじゃこんな目であんま見られなかったぞ」

「エストレアは魔竜戦役の時に多くの種族と協力関係にあったからな。他と比べたら人間以外の種族にも偏見を持つ者は少ないし、分け隔てなく接する人間は多い」

「だから吸血鬼のわたしでも店を持てているわけだ。まあ飲みに来るのは騎士団の者ばかりだが。君も将来何かやりたいことがあれば、エストレアでやることをおすすめするよ」


 ルナの言葉にユウは何やら考え始める。

 種族的に自由を好むユウがひとつの場所に留まるのは難しい気もする。だが、ユウはまだまだ先のある子供だ。これから多くを学び、経験することで本当に自分自身がやりたいことも見つかるだろう。


「……ところでルナ」

「うん?」

「何でお前まで俺の手を握る?」

「子供とはいえユウもレディだ。意中の相手と手を握っていたらわたしにも思うところはある。それに……今のわたしははたから見れば子供。保護者に見える君と手を繋いでもおかしくないだろう?」


 お前の言うように周囲から見える光景はおかしくないだろう。

 だがな、黒髪の人間が獣人と金髪の子供を連れて歩いているんだぞ。

 大半は孤児の面倒を見ている人間と見てくれるだろうが、お前らの態度次第じゃ俺は不審者扱いされてもおかしくない。最悪犯罪者として捕まる可能性だってある。

 つまり……最善の一手はルナの機嫌を損ねないこと。

 やれやれ、何で最低でも数百年は生きてる吸血鬼と手を繋がないといけないんだか。年齢だけ見れば保護者はそっちだろうに。外見だって本当はつるぺたな子供じゃなく、妖艶な美女なくせに……


「ルーク、そんな熱い視線を向けないでくれ。ただでさえ、君と手を繋いでドキドキしているんだ。これ以上興奮したら思わず君の首筋をカプッとやってしまうかもしれない」

「そんな淡白な顔で言われても興奮しているようには見えん。それと可愛く言っているが、今言ったことを実行したら普通に暴行だぞ」

「夫婦間ならば問題あるまい」


 俺達がいつ夫婦になった?

 そもそも首筋での吸血は、一般的な吸血に等しい。お前の一族が伴侶に対し吸血で愛情を示すことがあるのは知っているが、夫婦だとか言う割に行動との矛盾が激しいな。

 こんなことを言ったら「わたしのことをよく理解してくれている」、などと言ってくるに決まっている。調子に乗られても困るからここは無視することにしよう。


「相変わらず君はつれないな……まあ君がどういう風に考えているか大体わたしは分かっているがね」


 どう反応してもダメなようです。この吸血鬼のポジティブさは素晴らしいね。

 ルナに手を引かれる形で歩くこと数分。マントやローブといった旅装束を売っている店が見えてきた。まずは衣類を買うつもりらしい。

 このあとには食料や水といった必要品の買出しもあるだけに……今日は完全に荷物持ちをさせられるな。


「着いたぞ。まずはここで防寒着を買う」

「それってオレのも?」

「当然だ。こらこら、嫌そうな顔をするんじゃない。君が思っているより寒いのだぞ。それに道中で悪天候に見舞われる可能性だってある。買っておいて損はないだろう? 暑い時は脱げばいいのだから」

「それはそうだけどよ……あんまし着込むのって好きじゃねぇんだよな」

「購入を拒否するなら、わたしは君を幼いながら露出したい願望があると認定するが?」

「そんな願望ねぇよ! オレとスバルとかクソエルフみたいな変態と一緒にすんな。あぁもう、買えよ。買えばいいだろ。別にオレの金で買うんじゃねぇし」


 拗ねたように言っているが、出来るだけ自分のために金を使わせたくないのだろう。

 その気遣いは大人側にはありがたいが、気持ちとしてはもう少し素直に甘えてくれた方が嬉しい場合もある。子供は子供らしくしてくれた方が可愛い時もあるのだ。

 まあ単純に暑がりなだけというのもあるだろうが。人間より防寒に優れ体温も高いようだし。


「ではお言葉に甘えて。ユウ、君には出来るだけ可愛いものを買ってあげよう」

「は? 別に普通でいいっての。防寒に可愛さとかいら……」

「何を言っているんだ。君も女の子なんだからもう少しオシャレに気を配るべきだぞ。さあ行こう、わたしが自ら選んでやる」

「せめて自分で選ばせ……って、何でオレの手を握んだよ。お前と手を繋ぐ理由はないっつうか、逃げたりしないから放せ! おい聞いてんのかこの吸血鬼!」

「聞いている聞いている。さあバンバン試着して最高のものを買おう」


 必死に抵抗するユウだったが、ルナは人間の子供ではなく子供の姿をした吸血鬼。彼女が本気を出せば、獣人の子供の筋力では敵わないのは当然である。

 ユウはこちらに助けを求めるような視線を向けているが、色んな人種と交流するのも大切なことなので無視することにした。

 誤解がないようにこれだけは言っておく。

 断じて女の買い物は長いから見捨てたというわけではないぞ。だって俺も同じ店に入るわけだし。


「……おや?」

「げ……」


 店内で視線が重なった相手。

 それはかつて我が家に殴り込んできたスバルLOVEな商人こと、イリチアナ・フッテンビリアである。今日も自分の可愛さをアピールするかのように桃色のコートを纏っている。

 しかし、問題なのはそこではない。

 フッテンビリアはあざとい笑顔を浮かべ、真っ直ぐにこっちに歩いて来ている。

 こちらには、ただでさえルナという問題児が居る。それなのにここであいつに絡まれるなんて……。

 やれやれ、どうして物事はすんなりと進まないのだろう……。



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