第8話 「アシュリーの秘密」

 真・天使計画。

 それが虚像のものでないならば、新たな人体実験がすでに稼働していることを意味する。

 だが敵は魔人といった戦時中の技術を掘り返して進化させて使っていた。

 故に同じ戦時中に生み出された天使計画が、新しく生まれ変わって稼働していてもおかしいとは思わない。

 しかし、今最優先で考えるべきことはそこではない。


 アシュリーは過去の試験体。


 ヒルデという女は、アシュリーに対してそう取れる発言をした。

 この発言が真実ならアシュリーは、ただの人間ではなく天使だということになる。

 普通ならば即座に否定するところであるが……ヒルデはアシュリーと同じ顔。

 魔法を用いれば他人に成りすますことは可能だが、ヒルデがその手の魔法を用いているようには見えない。

 また人体実験を行っている奴らなら顔の整形くらい出来るかもしれないが、魔法という存在があるこの世界より単純な医療技術はあちらの世界の方が上。あそこまで似た顔を作れる技術が奴らにもあるとは思えない。

 何よりアシュリーと同じ顔にする意味がない。潜入調査を行うなら話が分かるが、奴の動きは完全に隠密のそれではなく戦闘特化だ。


「ルーク・シュナイダー、言ったとおり面白いものが見れただろう?」

「ジューダス、その発言はワタシに対する侮辱だ。ワタシは見世物ではない」


 ヒルデは表情もあまり動かず、声も冷静だ。

 顔こそアシュリーにそっくりだが、性格は正反対。そう断言できるのなら良いのだが、感情を希薄にされた戦闘人形のような存在かもしれない。

 もしそうなら本格的な戦いが起これば、その被害は甚大になる。

 何故なら恐怖や焦りを抱かなければ冷静さを失うことはない。また自身の死を天秤に掛けないということは、動ける限り敵を殺し続けるはずだ。そんな存在が大量に作られているとすれば、経験の浅い騎士達では歯が立たない。


「それに余計なことをしゃべり過ぎだ」

「いずれ知られることだ。奴らは今でこそ後手に回っているが、それはこちらが入念に準備したアドバンテージがあるからこそ。また奴らは偶々この村を訪れたわけではない。貴様の存在はともかく、我らが天使計画を利用していることはすぐにバレていたはずだ。あまり奴らを甘く見るな」


 ずいぶんと俺達のことを買ってくれているらしい。

 まあ奴も魔竜戦役を経験した身。エストレアにどういう人材が揃っているのかは分かっている。強力な駒の出現や動きを警戒するのは当然か。


「ふん……多少はやるようだが、所詮はただの人間。ワタシの敵ではない」

「油断は大敵だ……と言いたいところだが、並の人間ではお前に勝てないのも事実か。まあいい、こいつらの相手は任せるぞ。オレはそろそろ合流しなければならん」

「ならさっさと行け。お前に何かあればワタシの評価にも響く」


 素っ気ない返事を気にした素振りもなく、ジューダスは退却を始める。

 おそらくヒルデよりもジューダスの方が有力な情報を持っているはず。故に逃がすわけにはいかないアスカは、すぐさまは追いかけるがヒルデが斧槍を掲げて迫ってくる。

 俺はふたりの間に割って入り、アスカの代わりにヒルデの一撃を受け流す。軌道が逸れた一撃は地面へと直撃し深くめり込んだ。


「ここは俺が引き受ける。お前は奴を追え」

「先輩……すみません、お願いします」

「そうはさせるか!」


 ヒルデは両腕の力だけで地面にめり込んだ斧槍を強引に引き抜き、横向きに払う。力任せの一撃にも関わらず、その迫力はガーディスやエルザのようなアシュリー以上の怪力の持ち主が繰り出すものに等しい。

 俺の筋力では受け止めることはおろか、受け流しに失敗しても大惨事だ。

 しかし、人並み外れた怪力なんてものは魔竜戦役で何度も見てきた。体勢が崩れているわけでもない状態で、視認できる攻撃を捌けないほど無力ではない。

 斧槍の柄に刃を沿えるようにして上向きに押し上げ、攻撃の軌道を逸らす。

 これによって逸らせる角度は微々たるものだが、進めば進むほど本来の角度とは大きく逸れた軌道になる。

 俺は紙一重のところで避け、アスカは体勢を低くすることで減速することなくヒルデの横を走り抜けた。

 逃げる手段も用意している可能性が高い。それだけにアスカが追いつけるかは分からないが、まあそれはそれだ。とりあえず俺がすべきことは、目の前に居る少女を捕縛するか、最大限情報を引き出すこと。


「……あっさり見逃すんだな」

「追いかけたところでどうせジューダスには追いつけん。それにお前を確実に仕留めた方が注意すべき相手が減る。ただそれだけだ」

「なるほど……ただ今の口ぶりといい、さっきの発言といい自信家なんだな。あのバカ騎士と同じ顔しているせいか、正直笑えてくる」

「……言ったはずだ。ワタシをあの女と一緒にするな」


 顔と声にわずかだが怒りの色が見て取れる。

 完全に感情がないわけではないらしい。それにどうもアシュリーの存在は癪に障るようだ。情報を引き出すなら活用するのがベストだろう。


「一緒にするなと言われてもな……多少の違いはあれ、顔も背格好も馬鹿力な点も同じ。本当にお前は新しい天使計画によって生まれたのか? アシュリーの存在を知って用意した潜入調査用の替え玉だったりしてな」

「だからワタシをあの女と一緒にするな。あの女、アシュリー・フレイヤはかつての天使計画によって、神剣の担い手の代用品として生み出された試験体のひとり」

「試験体ね……見た限り特別変わったところはないんだが」

「当然だ。あの女は神剣の担い手になるべく生命力を強化されているが、それ以外は人間と変わらん。特徴的なのは人並み外れた怪力と、普通の人間と比べたら傷の治りが早いことくらいだ」


 思った以上にしゃべってくれる。

 よほどアシュリーという存在が気に食わないのか、それとも根っこの部分は素直なのか。

 そのへんはふたりの生まれが関係していそうだ。

 人の性格や言動は育つ環境によって決まるところも多いと聞く。だが遺伝子的に似る部分があってもおかしくはないだろう。

 もしもアシュリーとヒルデが同じ親から生まれていたならば、ふたりは姉妹ということになる。

 それならば、アシュリーを毛嫌いする理由は単純。アシュリーは平和に暮らし、自分は過酷な実験を続けられた。自分の存在意義のためにもアシュリーよりも上だという自負などから来ているものになるはず。


「ならお前はどうなんだ? さっき新しくなった計画の成功体だとか言っていたが、あまり差があるようには見えないぞ」


 もしヒルデがアシュリーやアシュリーの親の遺伝子を用いて生まれた存在。またはアシュリーを含め、ふたりが過去に実在した人物の遺伝子を用いて作られた存在だとしたら……。

 その場合でもふたりの姿は似るだろう。

 だがこれが意味するのは、彼女または彼女達が試験管の中で培養された存在ということ。

 まあアシュリーに関しては成長速度的に違う気もするが、仮にヒルデがホムンクルスのような人工生命体だとすれば、魔竜戦役後に生み出されてもアシュリーと同年代に成長してもおかしくない。

 ヒルデの素直な受け答えは、もしかすると見た目より精神面が育っていないからなのかもしれない。


「いや……ひとつだけ明確に差があるか。お前よりあいつの方が胸がデカい」

「下品な男だ……」

「男は誰でも多少なりとも下品だろ。そうでなきゃ女を性的な目で見ていないことになる。それともあれか、お前を生み出した連中は真っ平らな胸がお好みの変態なのか?」


 大きな胸は母性の象徴のひとつとされるが、世の中にはそれを嫌う者も居る。

 奴らはそれぞれ目的が異なると言っていたし、もしかすると理想の女性を作るために人体実験に参加している者も居るかもしれない。

 人体実験を行う連中なんて頭のネジがどこか外れているとは思うが、自分の趣味嗜好のために命を弄ぶ奴ほど嫌悪するものはない。まだ亡くなった大切な人を蘇らせるだとか夢物語を言われた方がマシだ。

 過去に人工生命体が作られたという話は聞いたことがある。ただ、そのどれも短命だった。

 研究が進み改善されている可能性はあるが……。

 何にせよ、自分の欲求を満たすためだけに命を弄ぶ行為を行っている連中はクズだ。生み出された側に非はない。非があるのは生み出す側。

 だが……たとえ生み出された側だとしても自分の意思を持ち、他人に害を為す行いをするのであれば、それはそいつの責任になる。

 故に俺は……最悪この少女を、アシュリーと同じ顔を持つこの子を斬らなければならない。


「奴らの趣味など知らん。そもそもワタシの容姿は、ワタシが望んでこうなったものではない。ワタシは……あの女に使われたものと同じ遺伝子で生み出された。見た目が似るのは当然。胸だって戦闘の邪魔になるから潰しているだけで、人並み以上にはある。それでもあの女の方が大きいのは強化の施され方が違うからだ」

「強化のされ方?」

「そうだ。神剣は生命力を糧に力を発動する。故にあの女を始めとした過去の試験体の多くは生命力特化で強化された」


 その言い分で行けば、女性は生命力が強いと怪力かつ胸が大きくなるということになるのだが……。

 まあ……あながち間違いではないかもな。

 スバルやエルザは怪力だし胸も大きい。シルフィは怪力ではないが、怪力ということは身体能力が高いとも言える。それで行けば、シルフィは魔法で強化しなくとも高い身体能力を持っている。

 人間より生命力が強い獣人のユウは、子供ながらずいぶんと発育が進んでいる。

 もちろん胸の大きさに関係なく力が強い女性は居るわけだが……きちんとデータを取れば、ある程度は根拠のあるものになる可能性はある。

 ただ俺は女性の胸に興味はあっても人並み。今言ったものを形にするには、想像以上の熱意が必要になる。故に俺が証明する未来はないだろう。


「一方、ワタシは純粋な戦闘能力を追求されて作られている。生命力以外にも長時間戦闘するために筋力や魔力、魔法の資質なども強化された」

「そのぶん生命力だけ見れば、お前よりアシュリーの方が強いというわけか」

「そういうことだ。ワタシよりあの女の方が胸が大きいのもそれが理由……断じてワタシが負けたわけではない」


 発育の良さに勝ち負けなんかあるのか?

 まあ男が男らしい部分を気にするように、女は女で女らしい部分を気にするのかもしれない。胸や尻の大きさを気にする者は割と多い気がするし。

 だがしかし、だからといってアシュリーではなく俺に負けたのは自分が原因じゃないと言われてもどう反応すべきか。

 確かに煽ったのは俺だ。でもこういう食いつき方をされると、男の俺としては非常に困る。パッと見の大きさで言っただけであいつの生おっぱいなんて見たことないし。


「……聞いたのは俺だが、ずいぶんと色々と教えてくれるんだな」

「お前達はジューダスが言うにはワタシが思っている以上に優秀なのだろう? ならいつかはバレる話だ」

「お前とアシュリーの関係性についてはともかく、胸の大きさが違う理由は分からなかったと思うが?」

「…………」


 あ、黙った。

 もしかしてこいつ……言動こそクールだけど天然なのか?


「……別に問題ない。ここでお前はワタシに倒される運命なのだから」

「もう少し考えて発言すべきだと思うがな。俺より強い奴はたくさん居るが、お前程度に倒されるほど弱いわけじゃない」


 俺の言葉が癪に障ったのか、ヒルデの眉間にしわが寄る。

 おそらく身体能力に関しては、俺は良くて中の上。どんなに努力しても先天的に恵まれているスバル達ほどの量域には行けない。故に人為的に強化が施されているヒルデは俺よりも身体能力が高いだろう。

 ただ、戦闘は身体能力だけで決まるものではない。

 決め手になるのは心・技・体。これらが総合的に高い方が勝つ。

 体においては先ほども言ったようにあちらが上。心においても冷静な性格だ。少々のことで取り乱す可能性はゼロに近い。故に心においては互角だと言える。

 だが技においては、潜り抜けてきた場数が違う。

 ヒルデがどんなに戦闘向きに作られていても技術は経験の積み重ね。得物を振るうための体重移動などは素晴らしいが、戦闘の技術というものは得物を振るうものだけではないのだ。


「お前……ワタシをバカにしているのか」


 ヒルデがそう言った理由。

 それは俺が鞘を腰から外し、刀を左腰に据えているのに刀身を鞘に納めていないからだろう。しかも腰を落として半身で構えているわけでもない。ただ自然体で立ち、鞘と刀を左腰で構えているだけ。


「なら……一瞬で終わらせてやる!」


 殺意が膨らみ、ヒルデがこちらを串刺しにしようと構えた瞬間。ヒルデは無意識の内に瞬きを行った。

 俺はそれと同時に前へと倒れ込み、自然落下で加速を付ける。

 瞬きと力みのない行動で遅れる敵の反応は一瞬。しかし、戦闘においての一瞬は時として絶対だ。

 前に倒れるのと同時に踏み出していた足で地面を踏みしめ、後ろ足の蹴りに合わせて一気に身体を押し出す。


 俺は凡人だ。


 身体能力だって格別高いわけでもない。敵も魔法を使えた場合、身体強化を行っても差は埋まらないどころか開く可能性だってある。だがらといって、魔法を用いて遠距離で戦えるほど魔法が長けているわけでもない。

 使う得物は刀。

 勝つためには、敵に近づいている事を気付かせない移動法。瞬時に接近する技術や、長い距離を少ない歩数で接近する技術が必要になってくる。

 それを俺は戦場の中で試行錯誤し、自分なりのものを身に付けた。

 絶対的な能力差がある場合は無理だろう。

 しかし、部分的に負けているだけならば。先天的にしろ後天的にしろ、ただ才能に胡坐をかいているだけの奴に負けるつもりはない。


「なっ――だがッ!」


 ヒルデは両手の位置を入れ替えながら斧槍を半回転させ、左足を引きながらその勢いを利用し最速で横薙ぎを放つ。

 それは見事に体重の乗った一撃。筋力差を考えて、受け止めるなんて選択肢は存在しない。

 ただ俺はヒルデの前動作からそれが来ることを予測していた。

 それに体重が乗っているということは、逆を言えば急停止させたり軌道を変えるのも難しいということ。またブレもなく一直線にこちらに向かってくる。

 身体を捻りながら左手の鞘を斧槍に打ち付け、半ば強引に回避。敵はアスカとの戦いで見せたように棒術のように斧槍を回して追撃を放とうとする。


「っ――!?」


 が、その動作はコンマ数秒遅れる。

 何故なら俺は鞘に雷撃を纏わせていた。発動速度優先で威力度外視だったわけだが、ダメージを与えられなくとも特殊な金属で出来ていない限り武器は電気を通す。

 誰だって意図しないタイミングで手に痺れを感じれば、一瞬とはいえ意識がそちらに向くだろう。

 先ほども言ったが、戦闘において一瞬の時間は貴重だ。

 俺は捻った勢いを殺さないように体勢を立て直し、上段から刀を振り抜いた。だがヒルデの反応も早く、なりふり構わず後ろへ飛び退く。

 その結果、刀の切っ先はヒルデの胸部を掠めたものの血の一滴すら流すことはなかった。人並み以上に育った白い山がふたつ顔を覗かせただけ。

 それを隠すようにヒルデは左腕を胸元に沿え、敵意を宿した目でこちらを睨みつけている。頬を赤らめているあたり羞恥心はあるようだ。


「お前は……お前だけは必ずワタシが殺す!」


 片腕で巨大な斧槍を振り上げ、勢い良く地面に叩きつける。

 その衝撃で地面は砕け、砂塵が舞い上がる。それが晴れた時、そこにヒルデの姿はなかった。

 ジューダスが逃げる手段を用意していたのであれば、ヒルデも用意していたはず。逃げていく背中も見えないのでは追いかけても無駄だろう。

 きっとアスカの方もダメだっただろうが……


「問題はこれからか……」


 特にアシュリーの処遇については物議をかもすだろう。

 ただ何よりも心配なのは、あいつが知りたくもなかったであろう受け止められるかだ。

 いつかは知っていたこと。

 それでも……精神的に未熟なところがあるあいつが今受け止めるには、この事実は重すぎる。

 ただ、だからといって俺に何が出来る? 何がしてやれる?

 アシュリーは過去の天使計画で生まれた試験体。俺は過去に天使計画を関わった人間を抹殺しようとした。

 そもそもあいつは、俺が英雄だったことを知っていても執行者だったことを知らない。

 俺は過去にあいつを助けたのかもしれない。だが俺は過去にあいつを殺していたかもしれない。


「いったい……俺に何が出来る?」



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