最終話 「裏の動き」

「……なるほど」


 シルフィから一連の話を聞き終えたアルフォードは、用意されていた紅茶を手に取る。

 紅茶を飲むのが様になっているあたり、女好きだろうと貴族というところか。

 アルフォードは気持ちを落ち着け思考をまとめるように数度飲むと、ゆっくりとカップをテーブルに戻す。


「魔人に魔物、魔竜戦役時代に因縁のある者の襲撃や待ち伏せ……事前にこの国で起こった情報についてはある程度仕入れているつもりだったけど、予想以上だ。これはもしかしなくても……事態は思ったよりも悪いのかもしれない」

「と言いますと?」

「君達が思っている以上にノーリアス内の魔物の出現数は多い。しかも一定周期で変わりはするが、時期によって確認される魔物は非常に酷似している」


 酷似?

 一般的に魔物は異常を起こした魔力が具現化、または原生生物に影響を与えることで生まれるとされている。

 もしも同じ場所で獣の群れなどが魔物になったならば、外見が似ている魔物が生まれてもおかしくはない。だが……


「君達の抱く疑問は最もだ。一部の大量発生を除けば基本的に魔物の姿は共通する特徴はあれど酷似する可能性は極めて低い。異常性を持った魔力の濃度や量、発生した地域の自然環境で同じ原生生物が魔物化しても外見は異なることが多い」

「でもノーリアスでは共通点の多い魔物が確認されている……それはつまり」

「何者かが人工的に魔物を生み出しているということだろうね。そして、それに関わっている可能性が極めて高いのが……」


 黒衣を纏った男が属する組織。


「……ノーリアスで黒衣の男は確認されているのか?」

「私自身は見ていないが、そのような男を見たという情報は上がっている。それにエストレアでの事件……それらから判断して彼らが一連の騒動に深く関わっているのは間違いないだろう。しかし……」

「彼らの狙いが何なのか、ですね?」

「ああ。魔竜戦役時代に生まれ、闇に葬られた技術を利用して儲けようとしている商人にも思えなくはないが……」


 アルフォードの懸念は最もだ。

 俺も最初は死の商人の類かとも思っていたが、魔竜戦役終結後から現代まで大規模な戦争は起こっていない。

 それは魔竜戦役によって世界中で大なり小なりの被害があったからだ。小ざり合いはあっただろうが、どの国も経済や人口の回復に努めようとするのが必然。

 故に……魔人や魔物を兵器利用しようとしても大量に必要とする国は現状ではないに等しい。

 無論。表向きには知られていないだけで世界征服などを考えている暴君がどこかしらにいれば話は別だ。


「ルーク、君は最も一連の騒動に関わっているひとりだ。君の見解を聞かせてくれないか?」

「……魔人や魔物といった全てのものを黒衣の男達が行っている前提だが、奴らの中に魔竜戦役の当事者が関わっている可能性が高いだろう」

「確かに……魔人などはあの戦争の中で生まれたものだからね」

「それ以外にも理由はある」

「それは?」

「俺が出会った黒衣の男……奴は俺がかつて英雄だったことを知っていた」


 ここが最も注意すべきところ。


「アルフォード達は知っているだろうが、俺は英雄の中でも目立った存在じゃなかった。英雄として認知されていたのは神剣の担い手だったあいつやスバルといった一部だけ。目立った力を持たない英雄は兵士や騎士と同じくらいの認識だっただろう」

「ふむ……となると」

「俺が英雄だったことを知っているのは、同じ戦場に出たことがある人間か国の上層部。また戦場で敵対した誰か……といった人間に限られる」

「やれやれ、敵対していた勢力ならばまだしも……それでは戦後に退役した騎士や力を失った貴族が絡んでいる可能性も考えられるね。いや、敵の活動の規模を考えれば現役の人間が絡んでいたもおかしくはない」


 そう……魔人や魔物の研究には人材や魔石といった資材も必要になる。

 それを用意するためには金が必要だ。盗むにしても移動手段などの準備が必要。多くの人間が動く上で金が絡まないはずがない。

 だからこそ、もしかすると貴族……最悪国規模での協力が考えられる。

 国規模でないにしても黒衣の男達の動向が掴めないことも考えれば、少なくとも上層部の誰かしらが協力している可能性は高い。


「……困ったね。敵がどこに潜んでいるか分からないとなると、下手に人員を導入することも出来ない」

「かといって人員を割けないとなると、今後の被害を防ぐどころか阻害することすら難しくなります」

「そうだね。だが大規模に動くなら迅速でなければならない。そのためには綿密な準備が必要になる。ただその間、敵に悟らせないようにするには信頼のおける人物のみで進めるしかない」


 つまり、どう考えても今すぐ黒衣の男達に対処するのは不可能。

 仮に奴らが魔竜戦役が終戦してすぐ動き出していたならば、7年という時間を掛けて準備していたことになる。

 それを今すぐ覆すのは難しい。仕方がないことだ。

 導かれる結論がそうだとしても、そう言って終わらせるわけにはいかない。

どう足掻いても過去は変えられないのだ。

 変えられるのは未来。

 そのためにはどう動いていくべきか。話を切り上げるのはそこを決めてからだ。


「ならその方向で動いてくれ。しばらくは後手に回るだろうが、どこかしらでひっくり返す必要がある」

「丸投げされているように思えるのは私の気のせいかな?」

「やろうにも今の俺には影響力がないんだ」


 かつての立場……英雄の肩書きがあったとしても難しい気もするが。

 所詮、俺は下っ端。名も無き英雄のひとりでしかない。何よりオレは英雄でありながら英雄らしからぬ行為も行っていた。

 もしも俺が英雄だと呼ばれるとすれば、それは数人殺しただけなら殺人だが数百人殺せば英雄などという理屈を用いた場合だけだ。


「この手のことはお前やシルフィに頼る他にない」

「友から頼みとあっては仕方がない。まあ私としてもあの地獄が終わりを迎え、ようやく平和な時代が訪れたんだ。私に出来ることは最大限するつもりだよ。ただ大規模で動くには下地作りが重要になる。ノーリアスの方は私が固めるが、こちらに関してはシルフィ団長、君にお願いしていいかな?」

「はい、お任せください」


 今後の方針が固まったことで浮かぶ安堵の笑み。張りつめていた空気がわずかばかりだが緩和される。

 直後。

 そこを狙い済ましたかのように動くひとつの殺意。

 その正体はアルフォードが連れて来ていたメイド。

 可能性として考えていなかったわけではないが、アルフォードやダリウスが警戒していない存在に加え、話に集中するあまり注意を怠っていた。まさかこんな身近にスパイが潜り込んでいたとは。

 メイドは音もなく跳躍すると、手元からナイフを取り出し、アルフォードの首を刈り取ろうと迫る。

 護衛である俺やダリウス、アルフォードの向かい側に居るシルフィはメイドの動きに気が付いた。

 しかし、張っていた空気が緩んだ際にわずかに生じた意識の隙。そのせいで一瞬出遅れてしまう。

 たった一瞬と思うかもしれないが、この場においての一瞬は致命的だ。

 戦闘において瞬きする時間でも遅れれば、命を落とす攻防は間々ある話なのだから。


「――もらったッ!」

「させません」

「なっ……!?」


 ナイフを振り抜けば終わり。

 それほどまでにメイドはアルフォードに接近していた。

 ただ、この場で唯一気を緩ませることなく、メイドとほぼ同時に動いていた人物が居た。

 ジル・ヴァーレンハイド。

 ラディウス家に使える執事にして元暗殺者。暗殺からは手を引いてしばらく経つはずだが、戦闘の勘は鈍っていないようだ。

 ジルは空中で華麗に回転しながら暗殺者であるメイドを蹴り飛ばす。


「くっ……完璧なタイミングだったはず。それを邪魔されるなんて……貴様、何者?」

「この家の執事ですが?」

「ふざけるな! ただの執事にわたしが後れを取るはずがない!」

「やれやれ、ぎゃあぎゃあとうるさいですね。暗殺者としては二流、いや三流も良いところ……ずいぶんと暗殺者の質も下がったものです」


 かつての自分と比較しての落胆なのか、敵の注意を惹くための挑発か。ジルの顔からは、実に興味はないがやむを得ず相手している感が滲み出ている。


「何だと!」

「そういうところが三流だと言うのですよ。アルフォード様もしくはシルフィーナ様の暗殺、及び会議の情報収集が目的ならば暗殺が失敗した段階でこの場から逃げるべきです。屋敷内に侵入しているお仲間はそのために用意しているのではないのですか?」

「っ……貴様いつから気が付いて」

「いつ? あなたのお仲間に関してはつい今しがたですが、あなたに関しては玄関で顔を合わせた時からです。立ち振る舞いや意識の向け方が実に暗殺者にありがちなものでしたので」

「……そうか。貴様も」

「違います。今の私はラディウス家に仕える執事、一流の執事です」


 普段ならば鬱陶しい名乗りだが、今回に関しては心強く気持ちが良い。

 ジルは敵を殲滅すべく、どこからともなく無数のナイフを取り出し両手の指の間に挟む。

 いったいどこに隠し持っていた。

 敵からすれば、そう言いたくなるほどジルは優れた暗器使いに見えるだろう。

 だが優れているのは暗器だけではない。ナイフや体術を用いた近接戦、投擲の腕に関しても相当なものだ。現役を退いて7年経過しているが、先ほどの動きを見る限り衰えてはいないだろう。


「ちっ……!」


 メイドは不機嫌そうな顔を浮かべ、片手を口へ運んで口笛を鳴らす。

 それが突入の合図だったようで室内にフードで顔を隠した男女が10人ほど入って来た。

 そこそこの腕前はありそうではあるが、俺達を相手するには戦力が不足しているように思える。油断さえなければ命を落とすことはないだろう。


「お前ら、ここは任せたぞ!」


 メイドは窓へと走って跳躍。顔を守りながら体当たりで窓を破壊し、逃亡を開始する。

 この場から誰ひとりとして逃がすわけにはいかないが、数としてはこちらが不利。あのメイドを追えるのはひとりくらいだ。

 問題は誰が追うか……

 武闘派ではないアルフォードは論外。シルフィも今は武装しておらず、動きやすい格好でもない。ダリウスは全身を鎧で固めている。速度を考えれば俺かジルが適任だと思うが……


「ルーク様、あのメイドをお願いできますか?」

「別に構わないが」

「ではお願いします。従者としては主の元を離れるわけにはいきませんし……おそらくルーク様の方が適任でしょうから」


 移動速度や暗殺者の思考を読む力に関して言えばジルの方が上のはず。それなのに俺の方が適任とはどういう意味なのか。

 その答えが気にならないわけではないが、今は余計なことを考えている時間はない。

 すぐさま魔法で身体強化を行い、メイドが壊した窓へと走り出す。

 それを妨害するように暗殺者のひとりが回り込んできたが、投擲された数本のナイフが一瞬にして命を奪う。一流の執事さまさまである。

 外へと飛び出た俺はすぐさま周囲を見渡し、森林の方へと逃げるメイドを追い始める。

 移動速度を見る限り、どうやらあのメイドは魔法を使うことができないらしい。

これなら追いつける。


「……ち、死ね!」


 こちらに気が付いたメイドは、振り返りながらナイフを投擲。再びナイフを取り出すと、それも連続で投げてきた。

 狙いは顔と左足。

 このまま何もしなければ確実に命中する。ただこの程度の攻撃で怯むほどノミの心臓ではない。

 俺は力強く地面を踏み抜いて加速し、最小限の動きで投擲されたナイフを回避。さらに踏み込んで距離を詰め、刀の柄を思いっきり敵のみぞおちに叩き込む。


「うごっ…………がはッ、がは」

「お前じゃどう足掻いても無駄だ。大人しく投降しろ」


 刀を抜いて切っ先を喉元に突きつける。

 このメイドを逃がすわけにはいかないが、情報を得るためには殺すわけにもいかない。

 睡眠系の魔法が使えれば手っ取り早いが、あいにく俺が使えるのは初級の属性魔法や身体強化といったものくらい。現状で役に立つものはないに等しい。


「投降……だと? は、そんなのするわけ……うぐぅ!?」


 一瞬自殺用の毒でも服用したのかと思ったが、胸元に輝く魔法陣を見て状況を理解する。

 メイドの胸元に浮かんでいるのは、爆裂系統の魔法陣。しかも時間経過で発動するタイプだ。かなり上位の魔法なだけに使える者は限られるが、今はそんなことはどうでもいい。

 最初からこいつは捨て駒。このまま発動させればこいつだけでなく、このへん一帯が吹き飛ぶ。逃げたりすれば背中から爆発を浴びるだけだ。

 魔法を発動させないためには殺すしか……待て、爆弾を仕掛けられていたのはこいつだけなのか。もしかしてあっちの暗殺者にも……


「うごおぉぉ……あああががががぁぁぁぁぁぁぁあぁッ!」

「ち……」


 今は目の前のことが先か。

 暴れまわるメイドに狙いを定め、刀を振り上げた――その瞬間。

 上空から一筋の閃光が疾り、的確にメイドの心臓を貫いた。

 メイドを貫いたのは、これといって飾り気のないロングソード。エストレアの騎士に供給されているシンプルなものだ。

 ただ……突如現れた人物が纏っている衣服は、ただの騎士のものではない。

 フード付きの漆黒のロングコートの胸元には、竜を穿つ剣の紋章。これは女王直轄の特務である証。

 その者は騎士でありながら騎士団に属さない。

 要人の暗殺や他国の諜報活動など大っぴらに出来ない任務を専門に行う騎士。

 その名を女王直轄特務騎士――通称《黒騎士》。


「油断大敵ですよルークさん……いえ、先輩」



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