4章 天使と弟子と魔剣鍛冶(仮)

第1話 「黒騎士の来訪」

 アルフォードとの会議は、暗殺者による襲撃があったものの結果的に言えば死傷者はゼロに終わった。

 アルフォードは暗殺者を招き入れてしまったことを深く謝罪。ノーリアス側の準備や他国との共同関係も築けるよう尽力すると誓った。

 それから1週間。

 特にこれといって問題は起こらず平和な時が流れた。

 シルフィは、エルザやガーディスと共に反撃の準備と敵の阻害活動を進めていることだろう。だがアシュリーの機嫌が直っていたあたり、多忙な中でも時間を見つけて話をしたようだ。きっとお互いに平謝りしていたに違いない。

 俺はというと近隣から依頼をこなしたり、ヴィルベルやフッテンビリアへの魔剣グラム作り、自分用の魔剣の探求と鍛冶仕事に追われていた。まあいつもどおりと言えばいつもどおりなのだが。

 今は窓際に座りながら読書中。朝から鍛冶を行っていたので休憩と気分転換を行っている。ただ


「……ひとりだと静かだな」


 ユウやスバルは一緒に農家の手伝いに行っているらしく、未だに帰ってきていない。

 もうそろそろ太陽が真上に来る時間だが……まだ時間が掛かるようなら久しぶりに俺が食事の準備をするか。いつもユウに任せっきりだし、たまにはしないと腕も鈍るしな。

 読みかけのページに栞を挟み、厨房の方へと移動しようと立ち上がると玄関からノックする音が聞こえた。

 時間帯で考えると、あの手間の掛かる騎士がタダ飯をもらいに来たのだろう。

 しかし、アシュリーはノックなんてしない。基本的に無断で入ってくる。

 それを考慮するとハクアあたりでも来たのだろうか。アシュリーの影響でたまに飯を食べに来るようになったからな。差し入れを持ってくるあたりアシュリーより有能だが。


「こんにちわ先輩」


 現れたのは黒髪を短めに揃えているイケメン。

 名前はアスカ・デュアルイス。先輩呼びで気づくかもしれないが、先日俺の代わりに暗殺者を仕留めた黒ずくめである。

 今日は先日の黒ずくめとは打って変わり、真っ白のシャツにベージュのズボンと爽やかさ全開だ。

 ちなみにイケメンだと言ったが、実際は中性的な顔立ちをしている女である。

 比較的男装を好み、アルトボイスなので少年に度々間違われたりするそうだが、間違いなく女なのである。

 その証拠に昔は髪の毛とか伸ばしていたし、身長もアシュリーと大して変わらない。胸に関しては……アシュリーの大きさには、シルフィやスバルでも負けるのだから比べるだけ無駄だろう。


「何の用だ?」

「用がないと来ちゃいけないんですか?」

「用がないのに来るような奴でもないだろ」

「先輩、それは勘違いです。ボクとしては用がなくても遊びに行きたいんですから。でも他の騎士と違ってあまり休みはありませんし。なので結果的に用がある時に来ることが多くなっているだけです。まあ今日は久しぶりの休みですけど」


 アシュリーなら若干イラついて返事をしそうなものだが、アスカは人懐っこい笑みを浮かべている。

 理不尽なことを言われても嫌な顔ひとつしなさそうなだけに人の懐に入るのが上手そうだ。まあ……職業柄身に付いてしまった技能なのかもしれないが。


「休みだろうと今の言い回し的に用はあるんだろ」

「それはまあ……2つほど」


 2つ……面倒事を持ってきていないといいんだが。


「まあ、とりあえず入れ」

「はい。お邪魔します」


 笑顔であとを付いてくるアスカだが、中に入ると物珍しそうに辺りを見渡す。

 人の興味を惹くようなものは工房にある魔剣と、エルザが無断で改築して出来たユウの部屋くらいのものだが……。

 よくよく思えば、アスカがここを訪れるのは数年ぶりか。前回の記憶と比較しようとするのはある意味仕方がないのかもしれない。


「……部屋がひとつ増えてるみたいですけど、ここはあんまり変わっていませんね。最近先輩の家には、多くの女性が出入りしているそうなので色々と期待してたんですけど」

「あいにくまともな女の知り合いがいないんでな」

「先輩、もしかしてそれボクも入ってます?」


 それはまともという解釈をどの程度で行うかによる。

 黒騎士が行う任務は、基本的に大っぴらに言えるものではない。汚れ仕事だってある。

 故に一般的な騎士を基準にするならば、まともではないとも言えるだろう。ただアスカの人間性で考えると……


「入ってる自覚があるのか?」

「うーん、そうですね……仮に入っていても他の方には負ける気がします。聞いている限りの話では、先輩の身近な女性は濃い人が多そうなので」

「それは否定しない……お茶で良いか?」

「はい、いただきます」


 笑顔で応じるアスカに適当に座っているように指示し、一度厨房へ行きお茶の準備をする。

 何か他に出せるものがないか探してみたが、パッと見た限りでは見当たらない。

 日頃よく来る面倒な連中はともかく、ちゃんとした客が来た時のために何かしら用意しておけねば。

 今回に限っては出さなくても文句は出ないだろうが……一応あとでユウに確認しておくか。ユウが別の場所に仕舞っているかもしれないし。


「ほら」

「ありがとうございます」

「それと言い忘れてたが俺のこと先輩って呼ぶのやめろ」


 俺が騎士であるならそれでも構わないが、実際は鍛冶屋。それにアスカはスバルとは違って、あちらの世界に居た頃から付き合いがあるわけではない。

 そのため事情を知らない人間からすれば、アスカが俺を先輩と呼ぶのは不思議に思うのは必然。もし誰かに……主にあのバカ騎士に見られたりすれば、非常に説明が面倒だ。


「え、ダメですか?」

「ダメだ」

「どうしても?」

「どうしても」

「……絶対に?」


 こういう時だけ女子みたいに上目遣いにするな。何かこっちが悪いことをしているようになるだろ。


「逆に聞くが、何でそこまでして先輩って呼びたいんだ? お前あの時、最初は俺のことさん付けで呼んでたよな?」

「それに関しては前はルークさんと呼んでいたので。でもやっぱり……黒騎士になったからには先輩って呼びたいじゃないですか。僕はルークさんに憧れて黒騎士を目指したわけですし」


 黒騎士なんて憧れるものではない。

 そう言いたくもなるが、アスカに関しては俺がきっかけを作ってしまった。

 それに黒騎士はなろうとしてなれるものでもない。単独での任務が多いだけに戦闘力だけでも高い水準が求められる。


「あのな……俺はあいにくお前と違って黒騎士と呼ばれたことはない」

「それはまだそういう呼び名が出来てなかっただけじゃないですか」

「だとしても……あの頃の話をされても嬉しくも何ともない」


 名も無き英雄のひとりだった俺が、何故あれほどまでに女王エルザと親しい関係にあるのか。

 それを疑問に思ったことがある人物に居ることだろう。

 その答えとしてはこうだ。

 俺がかつてエルザの指示に従い、要人の暗殺や非合法組織の壊滅といった汚れ仕事を行っていたから。

 魔物との戦いであるはずの魔竜戦役。そこで俺は、最も人の命を殺した一角だろう。時として……武装していない相手どころか幼い子供まで手に掛けていたのだから。

 せめてもの救いは、それらが非人道的な実験に手を貸していたり、実験の被害でまともな人間ではなくなっていたことか。


「確かにそうかもしれません。だけど……誰かがやらなかったら関係のない人の命が消えてたかもしれない。奪わないと守れないものはあるんです。普通の人はルークさんの過去を知れば蔑むかもしれない。でもボクは誇りに思います」

「そう思ってくれるのはありがたいが……お前を同じ道に引きずり込んだようなものだしな」

「それは違います!」


 気持ちが高ぶっているのか、アスカはテーブルを叩くようにして立ち上がる。


「ルークさん、ボクと初めて会った時のこと覚えてますか? ボクはあのとき両親を殺され、誘拐され、新薬や魔人としての実験台にされかけてました」

「何となくはな……ただ、悪いがお前ほど鮮明には覚えていない」

「それは別に構いません。ボクは今あの頃のルークさんと同じ道に居ます……いえ、同じじゃないですね。今よりもルークさんの頃の方が命を奪うことが多かった。だからボクの心は擦り減らず、今みたいに笑っていられるのかもしれません」


 確かにアスカが奪った命の数より俺があの頃に奪った命の方が多いだろう。

 だが……アスカが笑っていられるのは誘拐され死にかけた恐怖。両親を殺された痛みを知っているからではないだろうか。

 恐怖や痛みを知っているからこそ、任務の際は冷酷でも日常では優しくなれる。

 そうでないとすれば……あのとき、すでにアスカの心はどこかしら壊れてしまったのかもしれない。

 もしそうだとすれば、はたして壊してしまったのはアスカを誘拐し実験台にしようとした奴らか。はたまた、そいつらを顔色ひとつ変えることなく斬り殺した俺なのか。


「話を戻しますが、あのときルークさんがあのとき助けてくれなかったらボクはまともな死に方をしていなかったでしょう。あのときルークさんが助けてくれたからボクは今ここに居るんです」

「……何というか、感謝されてるのか慰められてるのか分からなくなるな。後者だとすれば年上として恥ずかしい限りだ」

「別に年下から慰められても良いじゃないですか。人は誰だって甘えたいときはありますよ。ボクもルークさんに甘えられるなら嬉しいですし。ルークさんになら胸だって貸せますよ!」


 堂々と言い切られてもこちらとしては困るんだが。

 はたから見ればアスカは男に見えるかもしれないが、実際は女なわけで。そもそも男が男に甘えているように見えるのも、誰かに見られると腐った思考をする奴が湧くリスクが。

 アスカの胸を借りてもメリットがほぼないように思える。見た感じあまり大きくなさそうだし。


「ルークさん、ボクが胸を見るように誘導してしまったかもしれませんが、あまりじっと見られるとさすがに恥ずかしいんですが。まあ女の子として見てくれている点は嬉しいんですけど……ちなみにボク、こう見えて意外とすごいんですよ?」


 急に何を仰っているのですか?

 あの時の子供が成長して年頃の女の子になったのは、助けた身としては喜ばしい限りですよ。でもね、年頃の女の子がそういうものは言うのはどうかと思います。

 というか、意外とすごいって何がすごいの?

 もしかしてさらしとか巻いてるだけで実際は凄く大きいとか?

 それとも着痩せして見えるだけでなかなかのものをお持ち的な?


「……そんなことよりお前の用って何だ?」

「む、もう少し興味持ってくれても良くないですか? まあボクはシルフィさんとかと比べると可愛くもないし、綺麗でもないですけど。でもボクだって女の子なんですよ」

「女の子だろうが何だろうがお前は用があってここに来たんだろ? だったらまず用件を話せ」


 その手の話を始めたら絶対に長くなる。

 ただの世間話でも長くなるに決まっている。だってアスカも女。女は男の3倍はしゃべると言うし、アスカは仕事柄普段はひとりで居ることが多い。おそらく一般よりも話すことに飢えている。

 何より……ユウやスバルが帰ってくるかもしれないし、金髪や白髪が来襲するかもしれない。そうなっては仕事の話を出来る空気は皆無になる。故に用件を先に聞いておかなければ。


「まったくルークさんは……まあそういうところも嫌いじゃないですけど」

「そこで文句じゃなく笑って受け入れるあたり、お前は将来男をダメにしそうだな」

「そうですか? まあでも好きな人には尽くしたくなりますね。悪いことしたらお仕置きするかもしれませんけど」


 さらりと爽やかな笑顔で言っているが、その笑顔が逆に怖い。

 こいつと結ばれる奴はかなりの確率で尻に敷かれるだろうな。まあしっかりしているし、その方が良い方向に向かうかもしれないが。


「……で、用件は?」

「ひとつは鍛冶の依頼です。片手剣を2本ほど」

「それは良いが……武器は騎士団に頼めば用意してくれるだろ?」

「それはそうなんですけど、次の任務はちょっと乱戦も予想されるので。念のために質の良いものを用意しておこうかと」

「なるほど、まあそういうことなら……ちなみに魔剣が良いのか?」


 もしそうなら少々忙しくなる。

 片手剣サイズのものは何本かあるが、あの商人達に渡す分を考えると現状ある本数は確保しておきたいわけで。アスカに2本渡すことになると、その分は補充しないといけない。


「そこはルークさんにお任せします。本音を言えば、魔剣の方がありがたいですけど。でも普通の剣でもルークさんのは騎士団のより格段に質が良いので」

「なら時間次第だな。期日はいつまでだ?」

「そうですね……次の任務は遠出しますし、情報収集もしないといけないので最低でも1週間はあるかと」

「分かった。魔剣という約束は出来ないが、最大限良いものを用意してやる。それでふたつめの用件は?」

「あぁそれはですね」

「おっ邪魔しま~すッ!」


 空気をぶち壊す盛大な明るい挨拶。

 現状において最も来てほしくない人物。アシュリー・フレイヤの来訪である。

 この間までは泣き虫アシュリーだったが、今はすっかり機嫌が直ってウザアシュリー。

 いや本当……何でこの子は、こう俺にとってタイミングが悪い時に現れるんだろうね。


「今日もお昼ご飯をもらいに来ました! 今日のご飯は何で……おぅ、これはやっちまったような予感」


 そう思うなら今すぐ帰れ。

 まあ言ったところで帰らないだろうけど。むしろ半ギレで絡んでくるだろうから余計に帰らないだろうし。

 あー……もう少し早くアスカに用件を話させるべきだった。



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