第2話 「子供の相手は大変?」

 なるほど、なるほど……シルフィがお見合いね。

 確かにそれならシルフィLOVEなこいつが泣きじゃくるのも無理はない。故にこう返事をすることにしよう。


「今すぐ帰れバカ女。シャツ代は次に顔を出した時にでも持って来い」

「なんでそうなるのはなじぎいてぐれるっていっだじゃん!?」


 話はちゃんと聞いたじゃないですか。シルフィがお見合いするんでしょ?

 ぶっちゃけそれで終わりじゃないですか。人の見合い話に他人が口出すすべきじゃありません。大体さ


「シルフィへの見合い話なんて今に始まったことじゃないだろ。告白も含めれば日常茶飯事だ」

「ルーク、ひとつ聞いておきたいんだが……シルフィに告白しているのは男か?」

「何故このタイミングで聞いてきたのかは分からないが男だな」

「く……あの真面目で堅物だったシルフィが男にモテるというのに、何故私はモテないんだ。胸の大きさだってそう変わらないはずなのに」


 そういうことを平然と男の前でも言っちゃうところだと思います。

 ……はいはい、スバルに構って悪かった。

 ちゃんとお前に意識向けるから服を引っ張るのやめて。それ以上に隙あらば人の服に涙やら鼻水をなすりつけないで。泣いてれば何でも許されると思うなよ。


「それで……何でお前はそんなにめそめそしているんだ? 今言ったばかりだがシルフィへの見合い話なんてこれまでもあっただろ」

「だって…………これまでは全部断ってたし」

「それは今回は受けたってことか?」


 渋々といった感じにアシュリーは首を縦に振る。

 シルフィが見合いを受けたか……そうなると多少対応も変わってくるな。

 これまでシルフィは、告白も見合いも頑なに断っていた。自分の幸せよりも騎士として人々を守ることが優先だと。

 なのに突然見合いを受けた。

 今は魔人や黒衣の男といった敵性組織の動きが活発になっている。それなのにあのシルフィが見合いに積極的になるだろうか……。


「アシュリー、その話は本当のことなんだろうな?」

「……多分」

「おい」

「だ、だって! ……本人に確認したわけじゃないし。でもここに来るまで色んな人が話してたから」


 火がないところに煙は立たない。故に嘘だと断定することも出来ないか。

 とはいえ、現状で俺が出来ることはほとんどない。出来ることがあるとすれば……


「事情は分かった」

「じゃあ」

「俺は食事をする。お前は帰れ」

「何でそうなるのかな!?」


 身体を揺すろうとしてくるアシュリーの腕を掴んで制止を掛ける。

 しかし、徐々に彼女の腕は俺の両肩へと近づいてくる。俺は鍛冶や鍛錬を行っているので、魔力で身体強化しなくても腕力は人並み以上にはある。

 にも関わらず、体格差をものともしないとは凄まじい怪力だ。スバルやエルザもそうだが、こいつも本当に女なのだろうか。


「何で抵抗するかな」

「お前に何かされる理由がないからだ」

「理由ならあるでしょ。あたしの力になってくれるって言ったくせに」

「都合良く記憶を改ざんするな」


 話は聞いてやると言ったが、お前の力になるとは言っていない。そもそも


「仮にシルフィの見合い話が本当だとして、お前は俺に何をしろって言うんだ?」

「そ、それは……スバルさんの時みたいにイチャコラしてその見合いを破談に持って行くとか」


 苦虫を嚙み潰したような顔で提案するな。

 お前、相手が俺だとしてもシルフィが自分以外の誰かとイチャコラするの嫌なんだろ。


「あのな、スバルの時とは訳が違う。そいつは職にも就かず世界を旅して回り、帰って来たと思ったら他人の家に転がり込んだろくでなしだ」

「おいルーク、否定できないところはあるがその説明はあんまりじゃないか? 私だってちゃんとユウと一緒に家事をしたり、近隣の手伝いをしているぞ」

「確かにスバルさんはシルフィ団長と違って下ネタばかりで羞恥心なくて、はたから見たらルーくんに養ってもらってる感じのろくでなしだけど」

「なるほど、なるほど……君達は寄ってたかって私をろくでなしにしたいんだな。それなら私だって考えがある。今に見ていろ、私が万年発情期のろくでなしでないことを証明してやる!」


 スバルは高らかに宣言すると、普段寝ている客間に駆けこみ、若干埃を被り気味だった愛剣を持って帰ってきた。

 本気でろくでなしでないと証明するつもりのようで、その勢いのまま外に出て行っていく。

 この国には騎士団が存在しているだけに腕っ節で金を稼ぐのは難しい気もする。まあガーディスやエルザという知り合いがいる以上、そのへんを頼ればどうにかなる気がしないでもないが……。


「……話を戻すが、今回はスバルの時のようには出来ない」

「何で!」

「シルフィはラディウス家の現当主だ。もし家族が強引に見合い話を持ってきたとしても断れる立場にある。だから見合いを受けたとなれば、それはあいつ自身が了承したってことだろ?」

「そ……そんなの分からないじゃん。シルフィ団長って押しに弱いところあるし、もしかしたら断り切れなかっただけかも」


 それはない、とも言えない。

 昔の堅物で真面目だった頃ならば、必要性を感じなければ見合いなんて誰から持ち掛けられても即行で断っていただろう。

 ただ今のあいつは柔らかくなったというか、気負っていたものがなくなって本来の自分を表に出せている。

 故に周囲に振り回されたり、強引に話を進められると断り切れないケースは十分にありえる。だからアシュリーの言うような可能性は否定できない。ただ……


「だとしても俺達が割って入るようなことじゃない」

「だから何でそうなるの? シルフィ団長は嫌なのかもしれないんだよ。なら助けてあげるべきじゃないの? ルーくんはシルフィ団長のことなんてどうでもいいわけ!」

「そうは言ってない。あいつが本気で嫌だと思っているなら何とかしてやりたいとは思う」

「だったら……!」

「いいから最後まで聞け」


 感情的になりつつあるアシュリーの額を軽く突く。

 恨めしそうな視線を向けられるが、そういう視線を向けたいのはこちらだ。シャツを汚されただけでなく、泣き止んだと思えば怒鳴るように我が侭を聞かされているのだから。。


「俺には俺の、お前にはお前の付き合いがあるようにシルフィにもシルフィの……ラディウス家の当主としての付き合いがある」


 シルフィは誰にでも分け隔てなく接する。

 それだけに忘れがちになる者も多いかもしれないが、彼女はエストレアでも名の知れた貴族だ。

 エストレアは魔竜戦役で最も被害を受けた国であるため、復興の際は身分関係なく協力し合った。なので他国と比べると身分による差別や偏見は少ない。

 ただそれでも貴族には貴族としての特権がある。それを与えられているが故の義務もある。

 その義務を大雑把に言えば、国や民を守ること。

 だから今でも貴族の中には、他国やその名家と良好な関係が築けるのならば政略結婚を行う者も居る。

 まあ……ただ自分の私腹を肥やしたり、民を虐げるような振る舞いをする貴族が居たならばこの国の女王は容赦なく粛清するが。


「ラディウス家と古くから交流があったり、過去に世話になった人物からの見合いなら断るに断れないだろ」

「それは……そうかもしれないけど。でも仮にそのまま結婚したとして……シルフィ団長は幸せなの? 好きでもない相手と結婚して幸せになるの?」

「さあな」

「さあなって……」

「俺はあいつじゃない。あいつの気持ちが分かるのはあいつだけだ。大体……」


 人の気持ちなんて移り変わりやすい。

 ふとしたことがきっかけで好きだった相手を嫌いになるかもしれないし、逆に嫌いだった相手を好きになるかもしれない。

 見ず知らずの相手と結婚したとしても幸せになれないという道理はないんだ。シルフィだって年齢的に結婚していてもおかしくない。だから今回の見合いを前向きに考えているかもしれないだろ?

 ……なんて言おうものなら多分この娘は、盛大に泣きながら怒鳴り散らすだろう。そうなってはうるさくて仕方がないし、慰めるのも面倒だ。



 結婚は好きな人と、愛する人とするべき。



 そう素直に思っているアシュリーの考えは尊く、正しい。最大の理想と言っても間違いないだろう。

 だが経済的に、倫理的に問題がある場合だってある。

 愛さえあれば生きていける。

 それは最低限度の生活が送れているから言える言葉だ。

 その日に食べるものさえない状態の生活を……暗い未来しか見えない生活を幸せだとは言えない。

 そんな生活を送れば、人はほぼ確実に間違いを犯す。

 そうしなければ死ぬ。生きるために仕方ないんだ。そう自分に言い聞かせ、手を汚す者を魔竜戦役という地獄で数えきれないほど見てきた。

 もしもそのような状況下で自分の死を選べる者は、ある意味生物として破綻している。 

 まあでも、そんな話をこいつにしても無駄なのだろうが。

 アシュリーは論理的な思考で動いているわけではない。直感的に、自分の価値観に従って物事を判断している。

 つまるところ、俺がどうこう言っても納得はしないだろう。


「そんなに言うなら本人に直接確認してみればいいだろ?」

「それは……」

「俺には好き放題に言えるくせにシルフィとなるとそれか」

「だって! ……シルフィ団長は上司だし、恩人だし」

「お前の好きな人だもんな。お前の立場で考えれば、自分の知らない男と結婚して欲しくはないのは当然……まあ正直言ってることは、下の子が生まれたことで母親を取られたと思う子供とあまり変わらない気がするが」

「うぐ……うぅぅ」


 図星だからって子供じみた威嚇をするな。

 根本的な話をするなら俺に助けを求めること自体が間違っている。

 俺はシルフィの恋人でもなければ婚約者でもない。ましてや交流の深い貴族でもないのない。かつての名前を捨て、鍛冶職人として生活する平民だ。貴族の結婚にとやかく言える権限はない。


「……はぁ。分かった、シルフィのところには一緒に行ってやる。お前が聞けないって言うなら代わりに聞いてやるから機嫌を直せ」

「本当ッ!?」

「ああ……ただ聞くだけだからな。仮に見合いの話が本当だとしても、あいつが納得した上でその話を受けていたのなら俺は何もしないぞ?」

「うん!」


 本当に分かっているのだろうか……。

 その笑顔を見ていると、あとで納得できないと駄々をこねそうにしか見えないのだが。


「ルーク、お前最近少しバカ女に甘くね?」


 言うな。それは俺も思っていた。

 特別厳しくするつもりもないが、甘くしてやる理由もない。むしろ普段の言動から考えれば甘くすべきではない。

 ただ今回は、スバルの一件で迷惑を掛けた詫びということにしておこう。あのあざとい商人に1番振り回されたのはこいつなのだから。

 そう区切りをつけ、今回は見逃してくれと言わんばかりにユウの頭を撫でる。少し不満そうな目を向けられたが、何も言わないあたりこちらの考えは伝わったのだろう。


「アシュリー、シルフィは今日非番か?」

「ううん、今日は朝から夕方まで。ちなみにあたしは明日まで暇です!」

「…………」

「その引いたような目は何なのかな! あたしが暇だとダメなわけ? これでも昨日からついさっきまで真面目に働いてたんだから。休んだっていいじゃん!」


 いや、別にお前の暇がどうのとか言ってないから。シフト組んでるのもお前じゃないだろうし。

 でも他人のシフトを一瞬も迷わずに答えたら色々と思ったりするじゃん。それが好きな相手だってなら尚更……

 こいつ、非番の日にシルフィのストーカーとかしてないよな。

 大体ここに顔を出してるから大丈夫とは思うが、はっきり言って不安だ。騎士が騎士のストーカーをして逮捕とか洒落にならん。


「そんなことより一度家に帰って寝るなり着替えたりしてこい。夕方にシルフィの家に行くぞ」

「え……今日行くの?」


 何で意外そうな顔をしているの?

 こっちも暇じゃないんだよ。面倒事はさっさと終わらせて、鍛冶に専念したいに決まってるじゃない。それとああだこうだ言われる前に言っておくけど


「今日行かないならシルフィのところにはお前ひとりで行け」

「はい、分かりました! 今日行きます、夕方までに覚悟を決めておきます。だから一緒にシルフィ団長の元へ行ってください。お願いしやす!」


 うるせぇ……泣いても泣いてなくても本当うるせぇ。

 意気込みは伝わってくるけど、もう少し人と話す距離感ってものを意識してくれないだろうか。そんなハキハキしないと聞こえないほど俺は聴力衰えてないから。


「分かった、分かったからとりあえず帰れ」

「はい! では夕方にお迎えに上がります。失礼します!」


 アシュリーは一礼すると、来た時と同様に風のように去って行く。

 そのうち我が家の扉はあいつに破壊されるかもしれん。まあ壊れた時は弁償してもらうだけだが。


「…………今日は一段とうるさかったな」

「ああ……本当にうるさくなるのは夕方の気がするが」

「お前も大変だよな……とりあえず着替え持ってきてやっからその服脱いどけよ」


 本当……どこぞの娘と違って気が利く少女だ。

 身近に変人や変態が多い俺からすると、ユウは精神的な癒しという意味で貴重な存在かもしれない。

 さすがに抱き締めてモフモフしたいとは思わないが。

 というか、そこまで行ったら多分精神を病んでる。

 ただ今後の展開次第ではそうなる可能性もあるだけに……一段と気を引き締めておかねば。

 やれやれ、何で俺がこんなに頭を悩ませないといけないんだか……。



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