3章ー2部 見合いと裏と魔剣鍛冶
第1話 「一難去ってまた一難?」
スバルの追っかけ騒動が一段落してから1週間が経過しようとしている。
騒がしい系怪力騎士ことアシュリーが顔を見せなくなったこと以外は特に何も起こっておらず、平穏な暮らしを送れたと言っていい。
何故アシュリーが顔を見せていないのか。
それはおそらく彼女に懐いたフッテンビリアが理由だろう。
フッテンビリアは約束通り朝方に帰ったわけだが、その日のアシュリーの顔を見る限りあまり寝たようには見えなかった。
アシュリーは知ってのとおり構ってちゃんな一面があるが、人というものはひとりの時間も欲しいと思う生き物だ。ある意味自分以上の構ってちゃんにべったりされていたのだからしばらくひとりの時間が欲しいと思っても不思議ではない。
「……ところでスバル」
「うん?」
「とりあえずお前の持ち込んだ一件は解決したわけだが、お前はいつまでここに居るつもりだ?」
「なっ……」
スバルは突然そのようなことを言われるとは思っていなかったのか、驚きのあまり箸を落とす。
それに特に反応もせずに箸を拾うユウ。
出会った頃と違ってずいぶんと落ち着いたというか、スルースキルが上がったものだ。
家事の腕も上がったし、口は悪いながらも面倒見は悪くない。
俺の身近で最も成長し、かつ将来有望なのは彼女なのではなかろうか。どうかこれからも変人や変態、痴女などに左右されず真っ直ぐに育って欲しい。
「ル、ルーク……私はここに居てはいけないのか?」
「居てはいけないと言うつもりはないが居る理由もないだろ」
フッテンビリアはすでに帰っているし、今後は分からないが当分お前に手を出さないという約束も交わした。
それに少し前まで世界のあちこちを旅をしていたわけだし、いつまでもここに居る方が俺はおかしいと思うのだが。
「居る理由がない? 何を言っているんだ君は。居る理由ならある!」
「正直嫌な予感しかしないが……まあ言ってみろ」
「先日の一件で私の中で君の好感度がさらに上がった。故に友情の域は出ていないが、君の子供は産んでもいいと思っている」
やはり予感が当たった。
自信満々に語っているところ悪いが、お前のその価値観は間違っている。せめて友情の域を出てからそういうことは言ってくれ。
「それにユウはまだ子供。母親が必要なことだってあるはずだ。だから私は君と結婚してユウの母親になろうと考えている」
「おいスバル、お前のことだから冗談とかじゃなく真面目に考えてくれてんだろうけど……別にオレ、ルークのこと父親だとか思ってねぇかんな。それ以上にお前のこと母ちゃんとは思えねぇ。大体オレ大抵のことはひとりで出来るし」
少し申し訳なさそうな顔ではあるが、実にばっさりと切り捨てるユウ様である。
子は親の背中を見て育つ、なんて言うが……知人がこのやりとりを見たら俺に似てきたとでも思うのだろうか。
俺としては変人や変態と接していれば誰でも大なり小なりこうなると思うのだが、それは間違っているのだろうか。
「し、しかし、寂しいと思うことはあるだろう? お母さんの胸に甘えたいとは思ったりするだろう?」
「まあ昔のこと思い出すとそういうときがないわけじゃねぇけど……今はルークが傍に居てくれるし。それに……まあバカ女とかも居るしな。うっせぇけど」
悪態を吐いているがユウの言うバカ女がこの場に居たならデレデレになっていたことだろう。
具体的には……緩みきった笑顔でデュへへへと漏らしたり、ハイテンションで踊り始めた挙句ユウにお姉ちゃんと呼んでもええんやで、むしろ呼んでと迫ったり。
しばらく顔を見ていないのに脳内に気持ち悪いあいつの顔が簡単に出てくるあたり、俺も大分汚染されてしまっているようだ。それを洗い流すように味噌汁を飲んで気持ちを切り替える。
「そうか……で、でも私と別れるのは寂しいだろう?」
「それは……まあそんな気も」
「一緒にご飯だって作ったし、掃除だってしたし、近隣の農家の手伝いもした。何より裸を見せ合った仲だし、胸を揉み合ったからな」
「ルークの前で何言ってんだてめぇ! 今すぐ出てけ、てめぇがいないほうが絶対オレの精神的に良い。つうかオレはてめぇの胸なんか揉んでねぇ。揉んだのはてめぇだけだ!」
工房に籠っている時に騒がしいと感じることがあったが、そのようなことが行われていたとは。
しかし、普通は構図的に逆ではないのか?
子供が大人の胸に興味を持って触るのは分かるが、大人が子供の胸を揉むというのはなかなかない気がする。
まあユウは年の割に育っているとは思うが……それでも揉みたいとは。子供はどこまで行こうと子供。色気がない内は興奮もしないし、何より子供相手に欲情していたら自分自身を斬り捨てたくなる。
「ル、ルークも変な想像すんなよな!」
「安心しろ。お前相手にそんなことするわけない。前にお前の裸は見たことあるが特に欲情しなかったしな」
「なら良いけど……って良くねぇ!? いつオレの裸を見やがった!」
「お前と出会った日に治療する際だが?」
「……じゃあ仕方ねぇ」
ここですんなり引き下がってくれるあたり物分かりの良い子である。
まあ今でこそシルフィのお下がりを着ているが、俺と出会う前はさらしにスカートだけみたいな薄着だっただろうしな。
出会った頃は奴隷商人から逃げ出す時に……、と考えたりもしたが、これまでの日々を振り返る限りユウは薄着を好む傾向にある。
その理由としては獣人は元々自然と共に暮らす種族が多く、個々の差はあれ獣化で身体が変化する。また髪の毛なども人間と比べると量が多い。そのへんが挙げられるだろう。
「おいルーク……君は私の裸を見ようとしないくせにユウの裸には興味を持つのか? やはり君はロリコンなのか?」
「何故そうなる? 治療するためだって言っただろ」
「そんなの詭弁だ! 本当はユウみたいなロリ巨乳がタイプなんだろ。昔から君は年下には優しかったからな。私のように大の男より腕力があって下ネタを平気で言うような女は胸が大きくても、くびれが綺麗でも、張りのある尻をしていても欲情しないんだろ! もし違うと言うのなら今すぐ私を押し倒して抱いてみろ!」
真昼間からこいつは何を言っているのだろう。せめてユウがいないところで言えと言いたい。
何より……ぶっちゃけた話、ただ言いたいだけなのではなかろうか。
どことなく嬉しそうな顔をしているし。俺にセクハラしたいだけなのでは? 大体――
「――ロリ巨乳が好きなのはお前だろ」
「何を根拠に」
「さっき自分でユウの胸を揉んだとか言ったと思うんだが?」
「……ルーク、君も将来有望な胸を見ると触ってみたくなるだろ? ユウの胸は実に良かった。今後に期待できる。一度君も触ってみるといい」
良い女の胸を触りたいと思うことはあれ、子供の胸を触りたいとは思いません。
そもそも男である俺がそんなことしたら犯罪です。知り合いの騎士に冷たい笑みを向けられてボコボコにされると思います。
それと……あまりユウの前で今みたいな変態発言はするな。
俺の見る限り、ユウはお前に結構懐いてるというかアシュリーと比べると素直に心を許してる。
なのに胸を揉まれるとか、変態染みた視線を向けられるって思うと怯えちゃうだろ。今も殴るに行くどころか引いた感じで俺の背中に隠れてるわけだし。
「ただ、ユウの胸を触るくらいなら私のを触れと言いたいがな。今は私の方が女として魅力的なはずだ」
「お前な……仮にも剣聖と謳われた英雄だろ。子供相手に張り合うな」
スバル・アオイが剣聖? 変態か痴人の間違いでは?
ここ最近のスバルしか知らない人間はそう考えるだろう。正直俺も今のこいつに剣聖なんて肩書きは似合わないと思う。
「というか……お前はちゃんと愛剣の手入れはしてるのか?」
スバルの持つ剣は、
今の俺では見当がつかないほど複数の魔石を用いて鍛え上げられており、太古から現代に至るまで折れることなく存在している。
デュランダルという名から想像が付くかもしれないが、常時発動型ではなく魔力消費型の魔剣であり、魔力を流し込むことで刀身から光を発する。
この光は消費した魔力に応じて密度を増し、万物を断つ刃へと変貌。魔力の打ち消しや魔法による障壁でもなければ、一瞬の抵抗を感じることなく敵を両断する能力を有している。
このためデュランダルは魔剣の中でも至高の一振りにも数えられ、《
ただ能力を発動する際に消費する魔力は膨大であり、能力を使わずともその巨大さに由来する重量により並みの人間では扱えない。
だがスバルはほとんどの魔法に適性がないものの豊富な魔力を持ち、アシュリー以上の怪力と優れた身体能力を持っている。故に魔竜戦役時代にデュランダルを授けられ、多大な戦果を挙げたというわけだ。これが剣聖と呼ばれる所以である。
「再会してからお前が触ってるところを見てないんだが」
「ああ、触ってないぞ」
「おい……」
「別にいいじゃないか。何かを斬ったわけでもないし、イリチアナのせいでそんな余裕はなかった。何より斬れなくなっても魔力を使って斬ればいい。魔力が尽きて斬れなくても鈍器としては使えるさ」
こいつはデュランダルが、エストレアの宝剣ということを忘れているのではなかろうか。
いや忘れているだろう。
覚えていても気にしてはいないはずだ。だってこいつ脳筋だもの。
今はまだいいが、年老いたり亡くなった場合はエストレアに返すことになるだろう。そのときに錆びつかせましたでは……考えるまでもない。
まあ……いつの時代に作られたかは分からないが、作られてから長い時間が経っているのは間違いない。
それでいて現状錆ひとつないのだから、そもそも錆びつくのか。
少なくとも七星魔剣に匹敵するレベルに到達しなければ、神剣を超える魔剣を打つなんて夢のまた夢だろう。
「時にルーク」
「今度は何だ?」
「私の気のせいでなければ……ここに何か近づいてきていないか?」
「スバル、気のせいじゃねぇよ。この声は間違いなく――」
突然、壊れるのではないかと心配になる勢いで玄関が開く。
それとほぼ同時に減速することなく入って来たひとつの影は、狙いを俺に定めて押し倒すように飛びついてきた。
反射的に叩き落そうかと思ったが、一瞬視界に入ったその人物の表情に戸惑いを覚え、近くに居たユウを避難させることを優先。俺は盛大に床に押し倒される。
「っ……」
「ルーくんルーくんルーくんルーくんルーくんルーくんルーくん!」
うるさい、黙れ、謝れ!
人を押し倒した挙句、全力全開で何度も名前を呼ぶな。鼓膜が破けるだろ。
「ねぇルーくんってば! 聞いて聞いてよ、ちゃんと返事してよ。今のあたしにはルーくんしかいないの。ルーくんしか頼れる人がいないんだよぉぉおぉッ! ねぇ、ねぇってば。おねがいだがらあだじのはなじをぎいてぇぇ……」
返事をしろと言うなら返事をする時間を寄こせ。一方的に捲くし立てておきながら人のせいにするな。
そう言いたくもなるが……今のアシュリーは涙どころか鼻水を流して顔がぐしゃぐしゃ。怒っていたかと思えば急に号泣し始めたのだ。かつてないほど情緒が不安定なのは間違いない。
「分かった、聞いてやるからまずは退け」
「ほんどぅ?」
「ああ」
「ぜっだい……ぐす……絶対だよ?」
面倒くせぇ……。
お前は何歳だ。幼児ならともかく、騎士として働いてる大人だろ。何度も同じことを聞くんじゃない。
……おい、退けと言ったのに座り込むな。あやして欲しそうに近づいてくるな。俺はお前の父親でもなければ兄貴でもないんだぞ。
突き放したらまた泣きそうだから言わないけども。本当お前は構ってちゃんで面倒臭いな。つうか……人の服で鼻水を拭くな。
「……ルーク、着替え持ってきてやろうか?」
「いやいい。着替えまで汚されたら最悪だ」
「汚してないもん……汚くないもん……ぐす……拭いてるだけだし」
俺は医者でもなければ善意の塊でもないんです。他人の鼻水をなすりつけられて良い気持ちはしません。
なんて考えている間に思いっきり鼻を噛まれた。アシュリーの鼻水で俺の服はベトベトである。
女性の体液に興奮する変態は居るかもしれないが、俺は断じてそのような性癖は持ち合わせていない。故に覚えるのは不快感のみだ。
何で俺がこんな目に遭わなければならないのだろう……
「……とりあえず何があったか話せ」
「うん……えっとね…………うぅ」
「泣きそうになるな。そこで泣かれたら話が進まん。泣くなら話し終わってから泣け」
急に冷たいね?
と言われてしまうかもしれないが、このように言わせてもらおう。
うるさい。こっちは押し倒された挙句、服を鼻水でベトベトにされたんだ。仕事でもないのに親切丁寧に対応する理由もないだろ。変わって欲しいなら今すぐ変わってやる。
「ぐすっ……その……さっき耳にしたことなんだけど。シ、シルフィ団長が……お見合いするって」
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