第11話 「根っこは商人」

 えー皆さん、イリチアナが決着を付けると言ってから数日が経過しております。

 ルーくんには鍛冶職人としての仕事もあるからすぐに話し合いがされないのは仕方がない。

 そう思ったりもするけど……さすがに限界です。だってこの数日が凄く大変だったから!


『アシュリー、何か最近匂い変わったね。洗剤でも変えた?』


 から始まって、最近男の人と同棲してるんだっけと言われたり。

 違うよ。はたから見れば同棲に見えるかもしれないけど、あたしはある意味拉致されてるだけで。同棲してるのはスバルさんっていう痴女……変わった人なんだよ。勘違いしないで。

 でもこれだけじゃない。他にも……


『何かアシュリーずっと疲れた顔してるね。元気だけが取り柄みたいなものなのに。もしかして……毎日頑張っちゃってる感じ? 激しく求めてる的な?』


 うるせぇッ!

 そういうやってもおかしくないのは、あたしじゃなくてスバルさんだから。

 仮にあたしがそういうことやってるんなら疲れていても幸せ方な顔をしとるわい。好きな人と毎日そういうこと出来るのなら充実とした雰囲気を醸し出すに決まってんだろ。

 ……実際は経験がないから予想だけど。経験したら毎日は無理と思うかもしれないし。

 まあとにかくさ、ほんと色々と大変だったわけです。

 もしかしてあれってイリチアナな慰めで言っただけで本気じゃなかったのかな?

 なんて考えたりもしました。このままだとあたしの精神が先に参ってしまうと結論も出ました。

 故に今日から何を言われても帰ろう。

 そう決意して我が家化しているルーくんの家に帰ると、イリチアナとルーくん達が向かい合う形で腰を下ろしていた。


「あ、アシュリーさん遅いですよ。早く座ってください。これからこの戦いに終止符を打つので」


 あれは嘘じゃなかったんだ。今日で解放される。ひゃっほ~い♪

 そんな気分でイリチアナの隣に腰を下ろす。でもそれと同時に気が付いてしまった。

 何故あたしが帰ってくるまで待っていたのか。別にあたしは関係ないわけだし、3人で始めていれば良かったのでは? と。


「ねぇイリチアナ」

「何です?」

「正直さ……あたしが立ち会う必要なくない?」


 さっさと荷物をまとめて家に帰りたいんだけど。

 これだけ聞かれるとまるであたしがルーくんと結婚してて、だけど大ゲンカして実家に帰るみたい。

 実際そんな未来が来たなら……うん、ほぼ間違いなくあたしが大泣きしながら走り去るだけな気がする。

 口でも剣でも今のあたしじゃルーくんには勝てないしね……そんな未来は来るはずねぇけどな!


「いえいえ、必要ありますよ」

「その根拠は?」

「だってアシュリーさん騎士じゃないですか。わたしとしては話し合いで決着を付けたいですけど、場合によっては暴力沙汰に発展する可能性もありますし。でも騎士が居れば抑止力になると思うんです」


 まあ理には適ってる。

 けど、これだけは言わせてもらうね。

 ルーくんは敵だと認定すれば誰だろうと容赦なく斬る人なんですよ。名前は捨てちゃったけど魔竜戦役で活躍した英雄のひとりなんですよ。スバルさんも英雄なんですよ。

 そのふたりが本気で襲ってきたらあたしなんかで勝てるわけないじゃん。あたしが問題なく取り押さえられるのなんてそのへんの一般人くらいだかんな。あたしのことを過大評価するんじゃねぇ!


「あのねイリチアナ」

「というわけで……ルークさんにスバル様、始めましょうか」


 せめて最後まで言わせて。お願いだからあたしの話を聞いて。

 ぞんざいな扱いを受けるのは慣れてるけど、今は精神的に弱ってるからね。

 あんまりそういう態度取られるとさすがに耐えられないというか、下手したらあたし思いっきり泣いちゃうよ。

 まあでもルーくんは大人だし、暴力沙汰にはならないはず。そう信じよう。座って話を聞くだけにしよう。だって疲れたもん。


「先に言っておくがイリチアナ、君が何と言おうと私は君のものになるつもりはない。私の身も心もルークのものだ!」

「お前の意気込みは分かったから少し黙ってろ。お前が話してると話が進まん」

「ルーク、その言い方は少し冷たくないか? 私も当事者のひとりのはずなのだが。その言い方だと……なじぇふぉふぉをつにぇる? わふぁっただまりゅ、だまりゅからはなしてくりぇ」


 ルーくんは一度思いっきりつねってやろうとでも考えたのか、少し間を置いてからスバルさんの頬から手を放した。

 大した力は込められてなかったように思えるが、解放されたスバルさんは自分の頬を軽く擦る。

 このふたりって……本当温度差のあるよね。

 まあこの独特の空気感というか、自然な距離感が周囲には親しく見えるのも確かだけど。


「話を進めてくれ」

「では気を取り直して……結論から言えば、今のわたしではルークさんからスバル様を奪うのは不可能だと判断しました」

「やったなルーク! これで気兼ねなく子作りに励めるな」

「うるさい黙ってろ」

「何故だ? というか、その対応はやはり少し冷たいぞ」

「お前に落ち着きがないからだ。大体今ので話が終わるならわざわざ席に着く必要もないだろ」


 うんうん。

 だってイリチアナって、こっちがひとつのことを話そうとしたらその2倍、3倍も言葉を投げつけてくる子だし。

 うるさいだの黙れだのよく言われる私が、何度も鬱陶しいとか面倒臭いって思ったくらいだからね。

 ずいぶん自虐的? 今日で解放されるならそれくらい何とも思わないよ。構ってちゃんなあたしでもひとりになりたい時もあるし。今すぐなりたいし!


「いやはや、やっぱりルークさんは話が早くて助かりますね。そうです、今ので終わるわけがありません。むしろ目の前でイチャつかれたのでそれも込みで罵倒したいくらいです」

「そういう前置きはいいから話を進めてくれ」

「ルークさん、せっかちな人はモテませんよ。女性は男性の3倍しゃべるって言いますし、男性はすぐ結論や結果を求めちゃいますが、女性は自分の話を聞いて欲しいだけだったりするんです。まあわたしは時と場合に寄るので両方ですが」


 よくもまあ現状には関係のない話をペラペラと。

 女のあたしでもあんたと話してたら結論や結果を求めたくなるよ。あんた正直凄く面倒臭いよ。いいからさっさと話を進めて。


「それはともかく話の続きですが……奪えないという結論には至りましたし、おふたりが仲良しなのは見ていて分かりました。ですが恋人らしいところを見た覚えがありません。まあわたしやアシュリーさんのいないところでズッコンバッコンしていたのかもしれませんけど」

「ねぇイリチアナ、そこであたしの名前を入れる必要あるかな? というか、そういうこと言うのやめよ」


 言うにしても言葉を選ぼう。

 本音なのかもしれないけど挑発しているようにも思えるから。騒がしい展開になるような言葉は慎もう。イリチアナも女の子だし、何よりあたしのためにさ。


「そういうことってズッコンバッコンのことですか? それくらい別にいいじゃないですか。ユウちゃんはこの場にいないですし、大体ズッコンバッコンって言葉くらいで恥ずかしがっていたら商人なんて出来ませんよ」

「確かにユウはいないし、色んなお客を相手にするだろうからそうかもしれないけど……あんたはむしろわざと恥ずかしい感じで対応しているするでしょ」

「それは時と場合によりますよ。まあでも総じて男の人ってそういう女のに弱いですよね……って、こういう話をしたいわけじゃないんです。アシュリーさん少し黙ってくれませんか」


 え……あたしが悪いの?

 話を逸らしたのってイリチアナ本人のはずだよね。なのに何であたしがスバルさんみたいな扱いを受けなくちゃいけないんだろう。

 もう嫌だ。

 こうなったらずっと黙ってやる。助けて欲しいって目で見ても助けてあげないんだから。


「続きですけど、ルークさんここで1発スバル様に熱いキスをしてもらえませんか?」

「……理由は?」

「恋を諦めるにはそれなりの理由が必要だと思うんです」

「それもそうだな。よし、ルークさっそくやろう!」


 スバルさんはルーくんが逃げないように彼の顔を両手でがっちり掴む。

 雰囲気的には、舌まで入れ込んで大人な愛し合い方をしかねない。本来恋人ではないはずなのに、この人には抵抗や罪悪感というものがないのだろうか。


「あ、スバル様からするんじゃなくルークさんからしてくださいね」

「え……どうしてだ? 別に私からでも構わないじゃないか」

「だってそういうことしてるとしたら絶対スバル様からじゃないですか~。普段やらなそうなルークさんがするから意味があるというか、スバル様って自分からするのはともかくされるのって多分苦手ですよね?」


 イリチアナがにこやかな顔を浮かべる一方、スバルさんの表情は徐々に強張って行く。どうやらイリチアナの予想は確信を得ているらしい。


「それに~もしも仮におふたりが恋人じゃなく恋人のフリをしているだけとしたら……この手が1番効果的かなって。そういうわけでルークさん、やれるものならやってみてください」


 やっぱり性格悪ッ!

 負けを認めたような発言をしてたくせに最後まで足掻く気満々じゃん。

 その泥臭い根性は嫌いじゃないけど、そのにこやかな挑発は凄く腹が立つ。あたしだったら絶対イリチアナのペースに乗っちゃうね。

 まあそんなことよりルーくんはどうす……なななななななな何の抵抗もなくスバルさんの頬に右手を添えてるんですけどッ!?


「お……おいルーク」

「何だ?」

「いや、その……別に君からするのは構わないし、やぶさかではない。だが私も女だ。多少の気恥ずかしさというか心の準備があるわけで……!?」

「なら目でも瞑ってろ。すぐ終わる」


 え、あ、ちょっ……ルーくんってそんなだっけ?

 スバルさんのためにやっていることとはいえ、そう簡単に人にキスするような人じゃないよね。そんな軽い人じゃないよね。

 イリチアナの提案に対してその即決は潔いというか男らしいんだけど。何か男よりも漢って感じですけど……何か釈然としない!


「え、あの……」


 スバルさんも何かガチで照れちゃってるし。

 裸を見られてもいい。見られたら責任を取ってもらう。子供を作ろう……とか散々言ってたのに受け手に回るとこれとか。

 もしかしてあたしより撃たれ弱いんじゃないかな。

 まあスバルさんも女の子ってことか……なんて現実逃避している間にふたりの顔が急接近してる。次の瞬間には熱烈なものが見れちゃう距離になっちゃってる!?

 こ、このままじゃルーくんとスバルさんが……

 べべべべ別にルーくんが誰とキスしようとどうでもいいけど。

 め、目の前でズギューンとされても別にいいけどさ。

 ただそれだとシルフィ団長が後日スバルさんとあれでこれでそうなっちゃうかもしれないし。

 つまり何が言いたいのかというと……ダメェぇぇぇぇぇぇぇッ!


「あ、やっぱやめてもらっていいですか」

「えっ……!?」

「……アシュリーさん、急にどうしたんですか?」


 止めようとしたけど急に制止が入ったことに驚き、勢いの付いていた自分の身体を制止出来ず、テーブルに倒れ込むとあれなので床に倒れ込んだだけです。

 なんて言えない。

 イリチアナからどこか引いたような蔑んだ目を向けられているけど、ここは甘んじて受けよう。

 ただルーク、お前はダメだ。

 いや確かにそっちからすれば「急に何やってんだこいつ?」みたいな感じだとは思うけど。でもダメなものはダメ。

 理由は言わんでも分かるでしょ。

 分からんというなら考えろ。考えてダメなら感じろ、察しろ!


「……何でもないです。お騒がせしました。どうぞ話を続けてください」

「はあ……まあいいですけど。ルークさん、いつまでスバル様の頬に触れてるんですか。さっさとその手を放してください。噛みつきますよ」

「やれと言ったのはお前だろ」

「それはそうですが……見ていたら非常にムカムカしてきたので。それにスバル様の可愛いところも見れたのでそれで十分です」


 何て自分勝手な。

 いやまあ……あたしとしてはありがたい展開だけどね。

 その、やっぱり目の前でキスなんかされると嫉妬のあまり爆発しろって気分になるし。あたしにも恋人が居れば違うんだろうけど、今は恋人いないしね。そう今は。ここ大切なところだから。


「大体ルークさん、本気でスバル様にキスつもりなかったですよね?」

「え……おいルーク、どういうことだ? あれだけ私に期待させながらするつもりがなかったと言うのか。もしそうなら私の純情を返せ!」


 そうだそうだ、あたしの純情も返せ!


「顔真っ赤にしてビクビクしてた奴が何を言ってる。するつもりではいた……まあそっちの商人にはこっちの狙いはバレてたみたいだが」

「伊達にこの年で店を構えてませんから」


 え? え? どゆこと?


「アシュリーさん、意味が分からないって顔してますね。いいでしょう、解説してあげます」

「頼んでもないのに上からなのは気になるけど……お願いします」

「いいですか、わたしはルークさんからスバル様にキスするように言いました。ですが別に唇にしろとは言っていません。なのでルークさんはそれっぽい空気を出していましたが、あのまま続けていてもキスをしていたのはスバル様の頬や額だったことでしょう」


 なるほどなるほど……。

 まあそれならお母さんが子供にする感じだし。それなら納得……出来るわけないけどね!

 だって頬だろうと額だろうとキスはキスじゃん。

 彼氏いない歴=年齢の乙女の純情を舐めるなよ。どんなキスだろうと嫉妬に値するんじゃい。


「つまり私は……ルークに弄ばれたのか。これはもう責任を取ってもらうしかない」

「それくらいで責任を取らせようとするな。大体弄んだ張本人は俺じゃなくそいつだ」

「ルークさん、良い男というのは言い訳をしないものですよ♪」


 良い女というのはここでそんなあざとい笑顔はしないものですよ!


「まあそれは置いとくとして」

「切り替え早……イリチアナ、あんたって本当自分勝手だよね」

「人間というのは大なり小なり自分勝手なものです。それに……女の子って少し我が侭なくらいが可愛いじゃないですか~」


 可愛い我が侭っていうのはあると思うけど、あんたの我が侭は可愛くないと思う。

 全部計算的で打算的というか……あんたはもっと謙虚になった方がモテるんじゃないかな。


「……おっと、また脱線しちゃいましたね。ここからが本題なんですけど」

「え、今までの」

「あ、そういう反応されるとまた脱線するんで我慢してください」


 こいつ……帰る時に1発くらい殴っていいかな。


「それで本題ってのは?」

「ルークさんなら察しは付いてるんじゃないですか? まあ分からない人もいるでしょうから言っちゃいますけど」


 それってさ……あたしのことかな?

 もしそうならマジで殴るぞコラ。あたしにだって我慢の限界はあるんだからな。

 あっでも大丈夫、顔にはしないよ。ちゃんとボディにするから。可愛い顔が腫れてると目立つし、女の子の顔に傷が残ったら大変だしね。


「ずばり……スバル様から手を引く代わりにわたしに魔剣グラムを売って欲しいというか、定期的にわたしの店に卸して欲しいんです」

「え、魔剣? スバルさんの代わりに?」

「はい。実は新しい商品を仕入れるという名目でお店を休みにしてきたんです。なので何も得られずには帰れないみたいな? まあスバル様が手に入るならお店を秤にも掛けますけどね」


 愛が重い。

 まあ今言ってることが本心なのかは分からないけど。もしかしたらこれまでのこともこの条件を出すためだけにやってたかもしれないし。本当何を考えてるか分からない子……。


「……何本だ?」

「何本なら卸してもらえます? 一応お願いしているような身なので、そこはそちらの判断に任せますよ。すぐに作れるものでもないでしょうし」

「……魔剣は知り合いに頼まれでもしない限りは趣味で打ってるに等しい。ただ定期的に来る魔石専門の商売人との取引に使っている。そいつの機嫌を損ねると面倒だからな。卸せても数本だ」

「それで構いませんよ。わたしは武器専門ってわけでもないですけど、ルークさんの作るものの品質が良いのは分かりますから。じゃあ話もまとまりましたし、わたしは明日の朝一で帰りますね」


 商談がまとまったからなのか実に良い笑顔だ。あざとさのない笑顔をここに来て初めて見たかもしれない。

 イリチアナの言動には適当なところもあったりするけど、根っこは純粋に商人なのかも。

 まあでも……これであたしも解放される。家に帰れる。ひゃっほ~い!


「それじゃあアシュリーさん、今日は最後の夜なのでたっぷりお話ししましょうね」

「え……いや、今日はゆっくり寝た方がいいんじゃないかな? というか、あたしは今すぐにでも家に帰りたいんだけど」

「ダメに決まってるじゃないですか。ちゃんと最後までわたしの相手をしてください」


 ダメなのはあんたのその一方的に決めちゃうところだと思うんだけど!


「あ、ルークさん。後日になりますが契約書なら持ってまた来ますので、それまでにわたし用の魔剣を準備しておいてください」

「分かった」

「じゃあアシュリーさん、ご飯が出来るまでおしゃべりしましょ」

「いやいやいや、少しはあたしを休ませてよ。大体また来るならそのとき話せばいいじゃん!」

「そのときは仕事で来るのでそんな時間はありません。アシュリーさんといっぱい話せる時間は今日しか残されていないんです。今しかないんですよ!」


 そっちの都合ばっか押し付けないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!

 と、心の中で叫んでそうなあたしにイリチアナは気が付いてしそうだが……平然な顔で懐に入ってくる。故に結局押しに負けて今日も泊まることになるわけで。

 まあでも……今日で終わりだもんね。

 今日さえ乗り越えればいいんだもんね。

 うん、頑張ろう。輝かしい明日のために。明日になってもイリチアナが帰らなかったらそのときは……もう全力で逃げる。それだけ。



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