第10話 「女の子の苦労?」

 イリチアナのせいでルーくんの家で寝泊まりするようになって早数日。

 食事に関しては毎日のようにお世話になっていたので好都合だけど、精神的には実に疲労した時間だった。

 だってイリチアナの相手してるの基本あたしなんだもん。

 いやね、分からなくもないよ。イリチアナって腹黒いというか何を考えて何を本気で言っているのか分からない子だし。物騒な発言も平気でするから面倒だし。

 でもさ……イリチアナってスバルさんの追っかけじゃん?

 ならあたしじゃなくて、スバルさんかスバルさんの恋人を演じてるルーくんが相手するべきだと思うんすよ。

 そりゃあルーくんには鍛冶職人としての仕事があるし、納期もあるだろうから無理をしろとは言えないよ。

 スバルさんもひとりじゃどうにもできないから今に至ってるのも分かるよ。

 だけどさ、やっぱりあたしに掛かる負担が大きいのはおかしいと思うわけです。


「――というわけで、イリチアナはさっさと自分の家に帰るべきだと思うんだ」

「いやいや、何も言葉にしていないのに突然何を言ってるんですか? 何かしら内心で語ってそうな感じではありましたけど。というか、アシュリーさんはわたしの味方じゃなかったんですか?」


 え、いつあたしがあんたの味方になったの?

 話し相手にはなってたけど、ふたりの関係をバラしてないわけだからむしろあなたの敵ですよ。

 口に出したら何を言われ……されるか分からないから言わないけど。


「いやさ……あたしも暇人じゃないから。今日も騎士として働いてきたわけで。それに毎日自分の家じゃない家に帰って、帰ったのと同時にその日にあった不平不満を饒舌に語られる生活じゃ疲れも取れないじゃん」

「え~でも楽しいじゃないですかー」


 楽しいのはそっちだけだよ!

 何であたしの気持ちを分かってくれないのかな。いや、分かってるのにあえてそういうこと言ってるよね。あんたはそういうやつだよね。

 だから友達出来ないんだぞ。というか、あざとく可愛い子ぶるな鬱陶しい!


「……楽しくないわけでもないけど、色々と問題もあるから。毎日ルーくんの家で寝泊まりしてから余計な誤解が生まれるでしょ。実際騎士の中には変な噂が流れ始めたりしてるし」

「噂? それってどんな噂ですか?」

「それは……あたしがルーくんのこと好きだとか。ルーくんを落とすために毎日足蹴もなく通ってるとか」

「なるほどなるほど。でも別に良くないですか?」

「良いわけあるか!」


 あのアシュリーがついに……、とかそういう目で見られてんだぞ。あまり話したこともない女騎士からどういう人なの? とか突然聞かれたりすんだぞ。何であんたのためにあたしが余計な苦労しなきゃならんのだ。

 何より……シルフィ団長の顔が見れねぇ。

 実際は実の上司だからちゃんと見てるけど、向けてくれる笑顔にどこか影があるように見えてならない。

 あたしの罪悪感や不安が生み出したものならいいけど、何かしら思われてるなら今後の生活に響きそうで恐怖だよ。恐怖しかないよ。シルフィ団長に嫌われたらあたし生きていけない。


「何でですか? だってアシュリーさんって恋人いないじゃないですか。これまでに交際されたことないじゃないですか」

「おい、何で疑問ではなく断定なのだ。お前があたしの何を知っている?」

「特に知りませんよ。でもわたし商人なので。話してたら何となく分かるというか、アシュリーさんって分かりやすいじゃないですか」


 うん、そうだね!

 素直だとか分かりやすいだとかよく言われるよ。総じてバカだって言われてるようなもんだけどな。てめぇもあたしのことバカにしてんだろ、やるならやってやんぞコラッ!


「それに~わたしとしてはアシュリーさんの幸せを応援してるんですよ。ほら、わたしって可愛いじゃないですか?」

「え、いや……まあそうだけど」

「そこで素直に答えてくれるアシュリーさん、わたし好きですよ」


 そうですかそうですか。

 でもあたしは、あなたのその実に計算し尽くされた無駄のない無駄に輝く笑顔が嫌いです。


「そんなお世辞はいいから……あたしの幸せを応援してるってどういう意味?」

「そのままの意味ですよ。アシュリーさんってなんだかんだルークさんに気があるじゃないですか」

「ねぇよ! あんなむっつり系無愛想男子とか眼中にねぇ!」

「またまたー」


 ご冗談を。

 みたいな反応してんじゃねぇよ。本人がないって言ってんだから信じろよ。何でこういうときだけ素直に受け取ってくれないんですかね。あたしは素直だったり分かりやすい人なんでしょ!


「いいですかアシュリーさん。好きの反対は嫌いじゃないんです。無関心なんです。嫌いというのは興味を持っているだけマシなんですよ。あっでも嫌いの反対は好きですよ」

「そういう説明はいいから。というか、よく分かんなくなっちゃうだけだから!」

「それです!」

「何が!?」

「恋というものはよく分からないものなんです! いや~アシュリーさんは実に確信を突きましたよ。これでひとつ大人になれましたね」


 そうかもしれないけど、何で常にあんたはあたしより上から物を言うのかな。

 確かあんたってあたしのひとつ下だとかここ数日のどっかで言ってたよね。年下が年上に大人がなれたとか言わないでくれないかな。確かにあんたの方が色々と経験はしてそうだけど。

 そっち方面の話は興味あるけど……詳しくは聞きたくない自分も居る。だって人のそういう話を聞くのって恥ずかしいじゃん。生々しいじゃん。でも将来のこと考えると聞いておきたいじゃん。あたしだって女の子だもの。


「話が逸れちゃいましたけど、まあ大丈夫ですよ。噂なんてどこまで行っても噂でしかないわけですし」

「説得力に欠けるけど……ありがと」

「いえいえ。アシュリーさんにはお世話になってますから。こう見えてもわたし感謝してるんですよ。なので特別に説得力のある情報を教えてあげます」

「情報?」

「はい。今流れてる噂ですけど……実はわたしがアシュリーさんとルークさんが引っ付いたらスバル様を奪えるかもって思って流したものです。だからそのうち消えると思います」

「そっか、じゃあ安心……」


 ……今こいつは何と言った?

 あたしの聞き間違いじゃなければ、噂を流したのはわたしでーすとか言わなかっただろうか。いや言った。間違いなく言った。故に安心……


「出来るか! というか、よく堂々と本人に向かって言えたよね? おい小娘、そこに直れ。ここ数日の恨みを全てお前にぶち込んでやる!」

「ぶち込む? アシュリーさんはいったいナニ・・をわたしにぶち込むんですか?」

「ナニ? ……――っ、そそそそそういう意味じゃないし!?」

「そういう意味ってどういう意味ですか~? わたし分からないので先輩教えてください。いったいナニをぶち込むんですか?」

「ナニナニうるさい! 分かってるくせに言うんじゃない。もう怒った、思いっきり1発ぶん殴る!」

「きゃあぁぁ怖~い。暴力反対です~」


 にこやかな顔で言ってんじゃねぇ、今のあたしは本気だかんな!

 騎士は常に騎士であれ、みたいなこと言われてるけど今は忘れる。家に帰ってんだから今はただの女になる。ただの女として、このあざとい女の敵を成敗する。


「アシュリーさんアシュリーさん、今のアシュリーさんの目ヤバいですよ。凄く血走ってますし。まるでわたしのことを犯そうとしている強姦みたいです」

「せめてそこは犯すじゃなくて襲うって言って! いや、どっちにしろ良くないけど。大体何であんたは少し声が弾んでんの? 少し嬉しそうな顔してんのかな!」

「いや~だってアシュリーさんがこんなに本気でわたしのこと求めてくれてるんですよ? 女としてはやっぱり本気で求められると嬉しいじゃないですか」


 確かにそうだけど、それは異性から求められた場合だよ!

 そもそもそういうのが似合うのは、小柄な後輩と長身でお姉さま感のある先輩みたいな組み合わせだけだから。

 あたしとあんたじゃ背丈はまあ問題ないとしても、雰囲気だとかその他諸々条件に噛み合ってないから。大体何であたしがあんたを求めないといけないの!


「何より……アシュリーさんみたいな人もわたし的にありかな~って思い始めてまして」

「なしだよ! というか思わないで。スバル様一筋で居て。つうか意外とあんた惚れっぽいというか浮気性だよね。恋に恋してる自分が1番好きだよね!」

「だって誰しも自分が1番可愛いと思うじゃないですか。自分本位で生きてるっていうか、アシュリーさんさえメロメロにしちゃったわたしって凄く可愛くないですか?」

「そうだね可愛いね! でもそれ以上に鬱陶しくて面倒臭いよ。あとあたしはあんたにメロメロなんじゃなくてカンカンなだけだから!」


 仮にあたしが男だったとしてもあんたみたいな女とは結ばれたくない。

 どうして世の中の男は、こういうあざといというかぶりっ子を好きになるのかな。

 媚びたり愛想を振りまいてくれるなら誰でもいいのか。

 人から好かれたいならまずは自分が人を好きになりなさいよ。興味持って1歩踏み出しなさいっての。


「それほどまでにわたしのことを考えてくれているなんて……でもごめんなさい。何度も言ってますけど、今はわたしスバル様一筋なので。アシュリーさんがもう少し身体を引き締めて凛とした感じになったら考え直してもいいですけど」

「何で振られた感じになってんの!? というか、これでも引き締まってるし。騎士としての訓練は毎日してるし」


 スバルさんが鍛え過ぎなだけであたしは普通だから。

 まあ……ちょっと最近食べ過ぎな気もするけど。でも食事くらいしか幸せな時間がないんだから仕方ないじゃん。そのぶん頑張って働くからいいじゃん。

 それでも胸やお尻は勝手に大きくなるんだよね。

 もういいよ。もう十分なくらい成長したよ。これ以上の成長は困るだけだよ。

 大きすぎて垂れたりするの嫌じゃん。それに下着とか買い換えるのもお金かかるしさ。大きくなればなるほど可愛いものなくなるんだから。

 いざ本番って時に下着が微妙過ぎて萎えられたら嫌だよ。女として負けたというか終わった気分になるし。だから勝負下着くらい持っておきたいじゃない。

 

「あと……別に考え直す必要ないから。この短時間であんたのこと嫌いになってきたし」

「そうですか。でもわたしとしては嫌いという発言よりも、一瞬の間に崖から身投げしたくらい気落ちしたアシュリーさんの心理を知りたいんですが」

「心理? ……あたしもイリチアナくらいの胸だったらなって思っただけだよ」

「なっ――!? それほど立派なものを持っておきながら……確かにわたしも人並みにはありますけど。ただアシュリーさんみたいな凶悪なものを持っている人から言われると皮肉にしか思えません」


 睨むなよ。

 睨みたいのはこっちの方だから。それくらいの大きさが1番良いじゃん。下着の種類とかもたくさんあるし、可愛いものからエッチなものまで選び放題だし。

 というか、あんたも人並みにあるんなら想像できるでしょ。

 大きくても足元見えないし、肩は凝るし、体勢崩しやすいし……良いことなんて人の目を惹くくらいなんだから。それも人によっては良いことにもならないし。

 こんなものを持ってても未だに彼氏とか出来たことないし。身近な距離に居るルーくんからは女としても見られてない気がする。パンツ見ても無反応だったし。そんなにあたしには魅力がないですかね……。


「ねぇイリチアナ……どうやったらモテるのかな」

「え……あーこれはなかなかにガチなやつだ。う~ん……そうですねぇ、まずはやっぱり自分の武器を知ることじゃないですか? それを知っているのと知らないのとでは差も出てくるでしょうし。アシュリーさんの場合は」

「おっぱいとかお尻だとか言うんでしょ? ハハハ……こんなのあってもモテない奴はモテないんだよ。でけぇ胸してんのに色気ねぇな、とか言われるだけで」


 色気って何?

 どうやったら身に付くものなの。おっぱいやお尻だけじゃダメなの。やっぱり男性経験とかが必要になるの。じゃあいつまで経っても無理じゃん。

 だってあたし現状だとモテないんだよ。

 モテないとそういうこと経験もできないんだよ。

 経験できないから色気が身に付かないまま。その悪循環な渦の中でずっとで過ごすことになるじゃん。


「えっと…………まあ元気出してくださいよ。世の中にはアシュリーさんみたいな人が良いっていう気まぐれというか物好きもいますから」

「励ましてくれてありがとう。でもさらりと入れた毒は要らない」

「そこはほら、あれですよ。気分というか事実というか……とにかく元気出してください。近い内にわたしもどうにかこうにか決着を付けて家に帰るんで。いつまでも店を空けるわけにもいかないですし」


 それは良い話だね。

 だけどさ……この流れで言われると、あたしが面倒臭くなったから帰るみたいじゃん。もう少し物事の順番ってものを考えようよ。

 少なくとも……あたしはあんたや酒場の吸血鬼ほど面倒臭くはないと思うんだ。スバルさんよりもマシな部分はあると思うんだ。誰もそんな言葉は言ってくれないけどね。ハハハ……



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