第5話 「いつもの流れ」

 目が覚めると、すぐそこに小麦色の大きな山がふたつ。そこに出来ている谷は実に深い。

 多少遠回りに言ったが……ぶっちゃけ俺の目の前にあるのはおっぱいだ。

 さらに説明するなら大きくて柔らかくも弾力も富んでいるように思える。

 だがこれだけは言わせてくれ。俺は見たくて見ているわけじゃない。すぐそこにあるから視界に入っているだけだ。

 健康的な巨乳の持ち主の名はスバル・アオイ。

 俺と同じ異世界から招かれ魔竜戦役を戦い抜いた英雄であり、平然と下ネタを放つ羞恥心皆無な友人である。

 何故羞恥心がないと言えるか。

 それは……現在彼女は、俺に自分の武器というか身体を見せつけるように前かがみでより谷間を強調しているからだ。しかもエプロン1枚で。


「む……起きてしまったのか」

「何でそこで残念そうな顔をする。というか……何でここに居る?」

「朝食の準備が出来たから呼びにきた」


 確かに部屋には食欲をそそる匂いが流れてきているし、この家に来てからスバルは家事全般を手伝っている。

 どこぞのポンコツの時と違ってユウは一度も怒っていない。むしろ一緒に近隣の農家の手伝いに行っている。ふたりの関係は良好だと言えるだろう。

 故に今言っていることは嘘ではないのだろう。しかし


「だったら部屋の前で呼べばいいと思うんだが?」

「何を言っているんだ。何度か呼んだのに返事がないから中に入ったんじゃないか」


 本当か?

 そう切り返したくもなるが、鍛冶作業に没頭して昨日は寝るのが遅くなった。今も若干眠い。それだけに俺が気づかなかっただけの可能性は十分にある。


「なるほど……ただ呼びに来たのなら何で俺が起きた時に残念そうな顔をした? 何で気配を消していた?」

「よし起こすか……おや、久しぶりに寝顔を見たがこれはなかなか。まあ少しくらいならいいか。……あ……起きてしまった。私の感情の経緯を説明するとこうなる」


 自信満々な顔をするな。それ以上に腕を組むな。腕の上に胸が乗っかるだろうが。


「ルーク、さっきから私の胸ばかり見ているが……私に発情でもしたのか?」

「お前の恰好が気になってるだけだ」

「恰好? ふ……残念だったな!」


 スバルは躊躇なく身体を反転させる。

 背中から腰に掛けては鍛え抜かれた無駄のないラインが健康美を放っており、その下には一切たるみのない張りのあるヒップが艶かしい輝きを放っていた。

 というわけではない。

 面積は少ないものの上にはタンクトップのようなインナーを着ているし、下もホットパンツを履いている。

 裸エプロンに見えるのは正面からだけだ。まあそれでも露出が多いのは間違いないのだが。


「このように服はちゃんと着ている。裸エプロンとでも思ったか? まあやっても良かったのだが、先ほどまでユウと一緒に料理していたのでな。だが君が望むなら今からでも脱ぐぞ」


 どうする? どうするんだ? 私はいつでも脱げるぞ!

 みたいな顔でチラチラとこっちを向くな。昔から下ネタに抵抗がなかったし、男と一緒に女性の身体の魅力について語るような奴だったけども。いつからお前はそこまで痴女になったんだ。


「それとも君は……全裸の方がお好みかな? そこまで行くと一線を越えてしまうというか、一線を越えないと気が済まなくなるが私は構わんぞ。偽りとはいえ、今は将来を約束し子供も作る予定の関係だからな」

「少しは構え。自分の身体を安売りするな。裸エプロンも含めてそういうのは将来の旦那に取っとけ」

「女がここまで言っているのに君と言う奴は。据え膳食わぬは男の恥だぞ。女なんて抱けるときに抱けばいいだろうに」


 女であるお前がそういうこと言うな。

 そういうことばかり言うからお前は男から女扱いされないんだぞ。それに実際に抱こうとすれば反撃に遭う可能性が高い。一撃必殺のカウンターがあるハニートラップなんて怖すぎるわ。


「大体……こんな私に旦那が見つかると思っているのか?」


 若干遠い目で聞くな。

 そりゃあお前はそのへんの男よりも男前だし、腕も立つし、下ネタ大好きだし、ノリと勢いで行動しているようなところもあるけど。でも見た目は美人だし、身体つきも良いわけで。

 付き合いの長い俺でもスバルのこと女として見ているし、別に嫁にしても良いと思える。それだけに異性からもそこそこモテると思うのだが。


「まあ世界は広いし……意外と物好きは多いんだ。そのうち見つかるだろ」

「適当なことを言うな! 確かに世界は広い。私が良いと言ってくれる物好きも居る。だが……それはどうせこぞって女性だろ! 学生の頃から私に告白するのはいつも女性。こっちに来てからも告白してきたのは女性。いったい私の何がいけないって言うんだ!」


 そのへんの男より男前で、腕っぷしも強くて、ノリと勢いというか素直に思ったことを口にするところでは?

 どうせ昔みたいに旅に出た後も困っている人間を無償で助け、君は可愛いだの綺麗だの一般の男がなかなか言えないようなこと口にしてたんだろうし。もうさ

 

「そんなに悩むくらいなら……いっそのこと一度女性と付き合ってみればいいんじゃないか?」

「私は至ってノーマルだ! 別にそういう人達を否定するつもりはないが、私の恋愛対象は異性なんだ。男なんだ。そういうのに行くにしても普通の恋愛をしてからにしたい!」

「切実だな」

「切実でないなら君に偽りの恋人を演じろなんて言うものか」


 ごもっとも。

 ただそれも最初は結婚しようなんていう飛躍したものだったがな。嘘を正当化するために恋人を飛び越えて結婚なんて今考えても理解できないし。

 本当もう少し考えてから物を言えと理解するまで言いたい。似たところのあるどこぞの騎士も含めて。


「そもそも……君が私のことをもらってくれれば万事解決するんだが。どうだルーク、いっそのこと演技を通り越して本当に恋人にならないか? 私は毎日子作りに励んでも構わないぞ」

「だから構え。というか、それはもう恋人通り越して夫婦の域だ」

「私は君が好きだ。恋愛感情というよりは友情ではあるが、君になら抱かれても良いと思う。友情から始まる結婚生活があってもいいと思わないか?」


 いいとは思いますが、せめて友情を愛情に変化させてから結婚するべきです。

 それと簡単に抱かれても良いとは言うんじゃありません。そんなこと言っていると誰にでも股を開く女だって思われますよ。

 変態とか痴女とかは知り合いにいるけど、友人であるお前にそのレッテルは張られて欲しくない。すでにあいつらの領域に片足以上踏み込んでる気はしなくもないけど。


「それは小説のタイトルにでもしてくれ」

「結婚どころか彼氏いない歴=年齢の私がそんなタイトルの小説を書けるわけないだろう。ちなみに今ので分かっただろうが私はまだ処女だぞ」


 前者も後者もドヤ顔で言うことではない。


「何だその顔は……今なら私の初めてが手に入るんだぞ。私の初めての男になれるんだぞ。あれか、処女は痛がるから面倒臭いとか思っているのか。私は我慢強い、痛みにだって慣れている。だから大丈夫だ!」

「何も大丈夫じゃない。特にお前の精神が」

「ああ言えばこう言って……! そんなに私を抱きたくないのか。そんなに私には魅力がないのか……」


 別にそうは言っていない。

 ただノリと勢いで抱けと言われて、はいそうですかならば抱こうなんてまともな人間なら言えないだろう。

 大体お前は十分に魅力的だよ。

 昔ガーディスに強引に娼館に連れて行かれたことがあるが、そこに居た女性よりも抱くならスバルの方が良い。技術はともかく俺は精神的な安定がなければ正直気持ち良くないというか、行為にも集中できないし。

 行為に関することを除いてもスバルは羞恥心が全くと言っていいほどないが、気さくで話しやすい異性だ。学生時代から含めて彼女の言動に困惑することはあったが、総じて楽しい時間だったと言える。

 恋人や結婚相手は一緒に居て落ち着ける、または楽しいと思える相手が良い。それで考えれば、俺としてはスバルは十分に条件を満たしている。


「あのなスバル……」

「いや、そんなことはないはずだ。何故ならルークが寝ていた時、布団の一部が盛り上がっていた。起きてからも私の胸を見て更に大きくなっていた。ルークが起きなければ確認できたものを……くっ」

「何故そこで悔しそうな顔が出てくる? 何故そういうところが男を遠ざけていると分からない?」


 抱いて欲しいならもっと精神的な女性らしさを身に付けてから来い。

 今のお前じゃ裸で迫られても流されるに流されん。絶対途中で我に返る。きっとお前の言動に萎えて本番には移行しない。

 そんなことを考えていると、部屋の扉が何度か叩かれた。

 意識を向けてみると、そこには怒りを通り越して呆れたような顔をしたユウの姿が。

 子供用のエプロンをしているので、スバルが隣に居れば親子にも見えなくも……親子というよりは姉妹か。


「おふたりさん、仲が良いのは良いことだけどよ。飯食べてくんないと片付けできねぇんだけど」

「おっと、すまない。ついいつもの流れで」

「すまないって思うんならオレが呼びに来る前に席に着いて欲しいんだけど。まあ新婚並みのイチャつきだし、その調子なら近々来るっていう例の女は騙せるんじゃねぇの」

「だそうだルーク。やはり私達はこのまま結婚まで行くべきではないだろうか」

「冗談言ってないでお前は先に席に着け。俺は着替えるから」

「私が脱がせてやろうか?」


 そのにやけた面に1発ぶちこんでやろうか?

 そんな俺の気配にまた同じような展開が始まるとユウは思ったのか、部屋に入ってくるとスバルのエプロンの腰紐を掴む。


「ほらスバル、さっさと行くぞ。テーブルに料理並べんの手伝え」

「なあユウ、分かったからその手を放してくれないだろうか? 今の状態だとエプロンが食い込んで胸が強調されている。これは何というか、自分の身体ながらエロい。それに少々恥ずかしい」

「脱ぐだの言ってた奴が何言ってんだ。つうか恥ずかしいと思うならその羞恥心育てやがれ。今のお前、あの酒場の痴女とあんま変わんねぇぞ」


 スバルが本気で抵抗すればユウに力負けすることはない。

 だが子供相手には本気になれないのか、スバルは両手でエプロンが食い込んだ胸を押さえながら出て行った。

 全裸や裸エプロンが良くてあれはダメな理由。正直あいつの判断基準がよく分からん。


「……さっさと着替えるか」


 どれだけ考えても答えが出る気がしないし、ぐずぐずしてるとユウが怒りかねない。それだけは、たとえスバルが全裸で迫ってくるような展開になろうと阻止しなければ。

 友人……しかも異性の裸より居候の機嫌とは。

 それに関しては男して問題なのかもしれない。だが俺の周りは変人や変態で溢れている。故にまともな感性をしているユウは貴重な存在なのだ。

 だから理解して欲しい。

 俺だって人並みに性欲はあるし、機会があれば交際や結婚もするつもりだ。ただそれ以上に今欲しいのは平穏な時間。ユウが敵になるとその時間は確実に減る。

 何で俺の周りはあんなのばかりなんだろうな。もう少しまともな人間が居てもいいと思うんだが。

 まあそれはともかく、まずは飯にするとしよう。



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