第6話 「好みはそれぞれ」
あたしの名前はアシュリー・フレイヤ。
エストレア王国の第一騎士団に所属し、主に街の治安維持に務めている。
駆け出しだとか三流だとか言われるのは嫌だけど、実力を考えれば仕方がない。そこは甘んじて受け入れる。今後絶対に見返すつもりで努力する。
ただこれだけは言わせて欲しい。
あたしは断じて頻繁にルーくんの家を訪れ、タダ飯に預かっているだけの不真面目騎士ではない。日夜みんなのために働いている真面目な騎士だ。
「ルーくん、ユウ! 今日も来ちゃった。何か食べさせて~♡」
今言ってたことと違う?
いやだな~仕事はちゃんとしてますよ。お昼休憩に友人の家を訪れて一緒にご飯を食べようってだけ。タダ飯が目的じゃなく交流が目的ですよ。
「うん? 何だアシュリーじゃないか。今日も来たのか。いやはや、君はルーク達が好きなんだな」
「あ、スバルさんこんにちわ。別に好きだとかそういうんじゃないですよ。ただルーくん達があたしに会いたいだろうなって」
何でもかんでも真っ直ぐに撃ち出す人だからここ何日かは苦労したけど、大分慣れてきたわね。
いいぞあたし。この調子で技術を磨けば、慌てふためくこともなくなるはず。だけど……ひとつだけ凄く気になることがあるのよね。
目の前に居るスバルさん、エプロン以外何も身に付けてなくない?
男性の夢だとか新婚さんにあるって言われてる裸エプロンって状態では?
「ねぇスバルさん……」
「うん?」
「……何て格好してんですか! 別に家の中でどんな格好をしようと本人の勝手ではありますけど、ここ人ん家ですよ。ルーくんに恋人のフリを頼んだのは知ってますけど、ここにはユウっていう子供もいるんです。なのに平然とそんな恰好するとかあなたは痴女ですか、痴女ですよね!」
痴女はあの酒場の吸血鬼だけで十分です。
というか、何でそんな恰好してるんですか。まさかルーくんに恋人のフリをする条件として強要されたとか? それならあの男許すまじ。
ただ……どう見てもスバルさんが無理やり今の恰好をしているようには見えない。いつもどおり自然体だし、むしろ自分からやったようにしか見えない。
「べ、別にあなたがルーくんと……その……フリを通り越してそういう関係になっても別にいいですけど。その、子供に悪影響のあるような恰好をするのは」
「ふっ……」
「な……何がおかしいんですか?」
「残念だったなアシュリー!」
誇らしげに声を上げ、背中を向けるスバルさん。
突然のことに思わずスバルさんの裸体を想像して目を瞑った。ただ好奇心に負けて恐る恐る目を開けると……タンクトップとホットパンツが見えた。
「私は……裸ではない」
「キリッ! って感じの顔するのやめてもらっていいですか! どちらにせよ露出多いですから。年頃の女性がそういうのはどうかと思うんですけど!」
「年頃の女性だから男性に抱かれたいとか、オシャレな格好をしたいと思うんじゃないか」
そうだけど。そうかもしれないけど、あなたの場合はその方向性がずれてる気がします。少なくとも
「スバルさんの恰好はオシャレというよりラフなだけです」
「仕方ないだろう。私がワンピースなんて着ていたらルークから何を言われるか分からない。それ以上に私がそんな私に耐えられない!」
堂々と言うな!
近い内にルーくん使って付きまとってくる女を諦めさせるつもりなのにそんなんでどうするの。
ルーくんとデートとかするわけでしょ。そのときは女性らしい恰好するべきじゃないのかな。もしかして、あたしの考えがおかしいの……。
「……ところでスバルさん」
「何かな?」
「何でエプロンしてるのにここにいるんですか?」
もしかして失敗ばかりしてユウに追い出されたとか?
でもスバルさんは家事全般得意だと言っていた。ここで生活を始めてからもユウとの関係は良好に見える。
それだけに少しに気に入らない。
あたしの方が付き合いは長いはずなのにあたしにはいつもツンケンして。シルフィ団長に甘えるのは別に良いけど。
だってシルフィ団長は、包容力あるからあたしも甘えたくなるし。……あぁ~シルフィ団長、シルフィ団長の胸に顔を埋めてハフハフしたい♡ っと、いかんいかん。このままではよだれが……
「アシュリー、実に良い質問だ。故に簡潔に答えることにしよう」
「はぁ……それはどうもありがとうございます」
「うむ。では今の質問の答えだが……ユウにそろそろ君が来るだろうから料理の邪魔をしないように相手してくれ、と言われたからだ」
なるほどなるほど……あんのガキャぁぁぁぁぁぁぁッ!
最近優しくしてりゃパッと出の女に尻尾振りやがって。そりゃああたしよりも姉貴分って感じの人だけど。
でもさ、尻尾振るならあたしに振りなさいよ。もっとあたしに可愛い姿を見せたり、甘えてきなさいよ。完結に言えば、モフモフでハフハフなウフウフ出来る時間をあたしに寄こせ!
「アシュリー、君は実に表情豊かだな。見ていて時折気持ち悪いと思うことさえあるよ」
「スバルさんは何も隠そうとしませんよね。気持ち悪いと思っても口に出さないのが優しさじゃないんですか」
「間違いを指摘するのも優しさだよ。それにスバルさんって優しいけど、ちょっと……なんて言われたくないじゃないか」
それは女性が男性に向かって言う言葉では?
そんな男性的思考だから好意を抱く相手が異性じゃなく同性なんじゃ。この手のタイプって自分を曲げなそうだから言ったところで無駄なんだろうけど。
「時にアシュリー」
「何ですか?」
「ユウの料理が出来るまでお互い暇だ。だからガールズトークをしないか?」
「ガールズトーク?」
「女子だけでしか話せないこともあるじゃないか。あんなことやこんなこと、そんなこととか」
何だろう……この人が言うと凄く卑猥な話に聞こえる。
そ、そういうことに興味がないと言えば嘘になるけど……あたしだっていつかは経験することになるわけだし。無知でいるより知っていた方が不安とかも少ないだろうから。
でもそれはルーくんの家で?
普通は女子の家でするものじゃないの。昼食があるからここから移動するわけにもいかないけど。
「具体的に何を話したいんですか?」
「そうだな……では手始めに。アシュリー、君はどういう男が好みなんだ?」
初っ端からド直球な話題で来たぁぁぁぁッ!?
いやまあ女の子同士ならそういう話もするけど。でもさ、昼食までの暇潰しで話すことなのかな。凄く時間が掛かりそうな話題な気がするんだけど。
「え、えっと……ルーくんに聞かれたくない話なんですけど」
「そのへんは大丈夫だ。ルークは今工房の方に籠っている。昼食もあとで食べると言っていた。故に話しても問題ない」
そこが問題なくても話すこと自体に抵抗があるんですが。
憧れの人とかなら話しやすいけど、ガチな恋愛トークは端的に言って恥ずかしい。スバルさんが堂々として何でも聞いてくれそうなだけに凄く恥ずかしい。
「まあ……心の準備が必要かもしれないし、話題を振ったのは私だ。ここから私から話すとしよう。私の好みは」
こっちが返事する前に話が進んでるよ。
これって気を遣ってくれたのかもしれないけど、スバルさんが話したいだけなのでは。まあ聞き手の方が楽だけど。話への反応も自分の番での対応もしやすくなるし。
「何かにひたむきに打ち込んでいる男だな……何だその顔は? 私はおかしなことを言ったか?」
「いえ、そんなわけでは……」
でもさ、あたしの気持ちも分かるでしょ。ここで至極真っ当な答えが来るなんて思わないじゃない。
この人のことだから……
男ならばまず腕っ節が強くなくてはな。筋肉もモリモリで腹筋もバッキバキ。そして、何より重要なのは性欲旺盛なことだ。やはり女を抱く心意気のない男は男とは言えない。
みたいなこと言いそうじゃん。これはあたしが悪いんじゃなくて、スバルさんの普段の言動が悪いと思う。
「でもそれって何でもいいんですか? 仕事以外にも趣味とかでも」
「別に構わないぞ。仕事だろうと趣味だろうと本気でやっている姿は総じてカッコいいものだ」
仕事はともかく趣味はそうかなぁ……。
武術とかの鍛錬が趣味っていうなら理解できなくもないけど、花の世話とかだとそれはカッコいいというより可愛い気がする。
というか、趣味まで許容範囲の人がこの世の中にどれほどいるだろう。女は現実的だって言われるし。多少なりとも稼ぎがないと趣味を認める人は少ないんじゃないかな。
「……アシュリーはカッコいいと思わないか? もしかして私が世間一般とずれているのか?」
「いえ、別にそんなことはないですよ!? 確かにカッコいいって思うことはあるでしょうし……でも、その、具体的な例を出してくれた方が共感もしやすいかなって」
「それもそうか……アシュリーが共感できそうな人物で言うならルークだな」
「は?」
ルークってこの家の主で鍛冶職人。いつも無愛想で口を開けばこっちの望まないような罵倒を繰り出してくる大人気ない大人の代表格みたいな男のことですか?
「あのスバルさん……まったく共感できる気がしないんですけど」
「そうか? 一心不乱に剣を鍛える時の横顔……とか想像するだけでも十分カッコいいと思うのだが」
「いやまぁ……それは分からなくもないですけど。でもあのルーくんですよ?」
「そのルークだから良いんじゃないか。日頃悪く見える人間ほどそういうときは良く見えるものだ」
あれ? 何か思ってた返しと違う。
スバルさんってルーくんのこと恋愛という意味ではないけど好意的だと思ってたけど、もしかしてそこまで好意的じゃないのかな。それとも好意的だからこそ何でも言える的な……それだと何かちょっと羨ましい。
あたしだとクソみたいに言ったらボロクソに返されてダウンするし。くそぉ何であたしは対等ではないんだ。そこで対等ならばあたしにだって勝機があるのに。
「それに……ルークだって昔からああいう感じだったわけじゃないさ」
「え……それって」
「……いや、ああいう感じと言えばああいう感じだったか。まあいい」
良くない!
何でそこで終わらせちゃったかな。昔は違ったとか言われると今しか知らないあたしとしては非常に気になるんですけど。
「うん? その顔は……ルークの昔話を聞きたいのかな?」
「べ……別にそういうんじゃ」
「君が最近までのルークの話を聞かせてくれるなら話してもいいんだが」
え、そんなんでいいの?
あたしが話せることなんて最近のことだけなんだけど。しかも大体のことは騎士団に報告していることだし、それを除いて話せることなんてあのクソ変態エルフとか絡んだ話くらい……。
「スバルさんがどうしてもって言うなら……まあ良いですけど」
「うん、では契約成立だ。だがその話は後日するとして……」
「ちょちょちょちょ何でそうなるんですか!?」
いつやるか? 今でしょ!
ここまでの流れ的にやるなら絶対ここだよ。ここでやらないと旬を逃しちゃうよ。旬が過ぎたらダメなことってあるよね!
「それは……ここでしてルークに聞かれたら途中で止められる。それでは消化不良だ。それに後日シルフィを交えてやった方が面白いとは思わないか?」
「た、確かに」
シルフィ団長はあたしよりずっと前からルーくんと付き合いあるし。むしろスバルさんの知らない時期のルーくんを全部知っている気がする。
何より……シルフィ団長はルーくんに対しての態度が微妙だ。
真面目な人だから恋愛絡みの話になるとルーくんの話題でなくても恥ずかしがる。そこが可愛い。だけど気がない相手、しかも男の家に休みの日にご飯を作りに行ったりするだろうか。いやしない。
故にこれはシルフィ団長の本心を確かめるチャンス!
ルーくんだろうとあたしのシルフィ団長は渡さねぇ。欲しいならあたしを倒していくんだな……でも本気にはなって欲しくないなぁ。だって今のあたしじゃすぐにボコボコだから。
「そういうわけで……次はアシュリー、君の好みについて聞かせてもらおうか」
「そ……そうなっちゃいます?」
「私はちゃんと話したぞ」
それはそうですけど……そっちはむしろ聞いて欲しかった感があるじゃないですか。
別にあたしは聞いて欲しいとか思ってないし、日頃シルフィ団長ラブを謳っている身としては異性の好みを語るのは気恥ずかしいわけで……その顔は聞くまで折れないって顔ですね。分かりました、分かりましたよ……
「あたしは……その…………別に普段は素っ気なくてもいいです。ただ肝心な時は傍に居てくれるというか、あたしのこと守ってくれる人がいいなぁ……って」
「ほほ~」
やめて!
ずいぶんと気持ちの込められたセリフだが、それはいったい誰のことを言っているのかな?
なんて言いたげな顔でこっちを見ないで。別にルーくんのことじゃないから。あくまでの一般に属する範囲での好みだから。昔の経験からそういうのが良いって思っちゃうだけだから。ルーくんとか好みじゃないし。勘違いすんなよ!
「アシュリー……君の顔は時として言葉よりも雄弁だ。そうかそうか、君は」
「ちちちちちげぇし! べ、別にそんなんじゃないし。あたしはシルフィ団長一筋ですから。男の人とか何とも思ってませんから!」
「え……君はそっちだったのか」
「真に受けるのやめてもらっていいですか」
あたしだって女の子です。白馬の王子様に憧れた時期もありますよ。
シルフィ団長は憧れが天元突破してるからラブなだけで。別に結婚したいとか思ってません。恋人になってくんずほぐれつハァハァハァみたいなことまでは考えますけど。やっべ、考えたら興奮してきた……
「な、何をそんなに息を荒くしているんだ」
「あ、いやこれは」
「まさか……シルフィ一筋とか言いつつ私のことを狙っているのか? やめろ、確かに私は多くの同性から告白されてきた。だが何度も言っている通り恋愛対象は異性だ。初体験は男だと決めている」
「狙ってません! スバルさんはあたしの好みじゃないし」
「……それはそれで少し傷つくのだが」
何でや!
恋愛対象は異性なんでしょ。だったら同性から好みじゃないって言われたくらいで傷つかないで。正直に言って面倒臭いから。
というか……ユウ、早くご飯作り終えて。
ルーくんでもいいから仕事終えてこっちに来て。
この人とふたりっきりは疲れる。午後の仕事に響きそうなくらい精神的に疲れるよ。お願いだから誰か私を助けて……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます