第4話 「あたしよりも」
クールビッチこと金髪吸血鬼は少女の姿に戻り、突如現れた褐色系美人はルーくんの隣に腰を下ろしている。
外で様子を見守っていたユウも今は店の中に入っており、クールビッチが出したミルクをちびちび飲んでいる。
さすがはルーくん家の居候。
誰よりも率先して動くべきルーくんのように我関せずと言いたげにミルクを飲むとは……まあユウの場合は可愛いからいいけど。
「……それでルーくん、この人達は誰? ルーくんの何?」
「お前こそ俺の何なんだ……簡潔に言えば、この店の店主と古い友人だ」
そういうことを聞きたいんじゃないんですけど。
ねぇ分かってやってる? いや分かってやってるよね? あたしのことバカにしてるよね絶対。
「そういえば自己紹介がまだだった。わたしはルナフィリアム・ドラングルス。アシュリー・フレイヤ、わたしのことは気軽にルナとでも呼ぶといい」
「何であたしの名前を……」
「わたしは魔竜戦役に参加していた。故にルークを始め、騎士団にも幾人か知り合いは居る。君のことは最近よく耳にしているよ……かなり立派な胸とお尻の騎士が居るとね」
「そっちかぁぁぁぁい!」
いったい誰だそんな話してるのは。最近だったら魔物とか魔人とか色々と他にもあるでしょ。
なのにどうして胸と尻なわけ?
そりゃあ人並み以上のものは持ってますけど。自分としてはもう少し小さくて小振りな方がって思うけど、世間一般的に良いものは持ってるよ。だけど自分のそんな話は聞きたくない!
「ねぇルナ、いやクールビッチ」
「何故言い直した? それにわたしはクールであってもビッチではない。わたしが発情するのはルークだけだ。言うならせめてルークビッチにしてくれ」
「黙れ変態。今はそんな話はどうでもいいの。あんたにあたしの話してるのはどこの誰?」
「主にガーディスとハクアとかいう小娘だ」
すんごい身内だったぁぁぁぁぁぁあッ!?
ハクアはともかくガーディス団長はダメでしょ。仮にも騎士をまとめる団長のひとりだよ。
そりゃあ会う度にまた胸が大きくなったかとか言ってくるけど。
でもせめてあたしの目の前だけで言って。あたしのいないところではやらないで。話の流れでは言えても、こういうときに殴り込むに行ったりできないから。駆け出し騎士が言える相手じゃないから!
「さて……次は私の番かな。私はスバル・アオイ。ルークとは子供の頃からの友人であり、悪友であり、そして戦友だ。私の友がいつもお世話になっている」
真っ直ぐこちらに差し出された手。友好の証として握手をしようということなのだろう。
何か裏があるのかも。
そう考えたくもあるが、彼女の表情を見る限り悪意があるようには思えない。なら素直に応じるべきだろう。ここで払い除けるのも人として良くないし。
「ど、どうも……第一騎士団のアシュリー・フレイヤです。よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくアシュリー」
いきなり名前なんだ。まあ同性だし、別に名前で呼ばれることに抵抗もないけど。
ただルーくんの知り合いにしてはずいぶん気さく。というか、普通に良い人っぽい。いやでもあのルーくんの知り合いだし……
そういえば……今この人、さらっとルーくんは自分のアピールしてなかった?
子供の頃からの付き合いだとか、『私』の友だとか。何か凛々しいというか男前な感じもあるけど、ルーくんの知り合いには変人や変態が多い。気を許しちゃダメよアシュ……。
「……あの」
「うん?」
「あたし、何かしました? なかなかな力なんですけど?」
「いや何も……あぁすまない。どうにも私は人より力が強いらしくて。痛かったかな?」
「痛くはなかったですけど……あたしもそれなりに力あるんで」
その証拠に男性の騎士よりも力仕事させられてるから。
いや別にいいんだよ。あたしは女だけど騎士だし。それがみんなのためになってるなら力仕事なんていくらでもやりますよ。むしろそれ以外の仕事した方がヘマするし。
「そうか……君も苦労してきたんだな」
「え? いやまぁ……苦労がなかったとは言いませんけど」
「力が強いと大変だよな。壊すつもりがないのに物が壊れてしまったり、そのせいでゴリラだとか怪力女だとか言われたり。分かる、分かるぞ……私には君の苦労が分かる」
何か勝手に同情されてる。
確かに物を壊したり、悪口を言われたことがないかと言われたらあるけども。でもそれで苦労したかと言われると微妙というか。力加減が上手くできない年でもないし。
「多分君もルークから色々言われてきただろう」
「そう! そうなんですよ。あの無愛想でエッチでロリコンな男はすぐ冷たいこと言うし、無視するし、反応が適当になるし。人のパンツを見ても平然と注意してくるクソ野郎なんです!」
「そうかそうか。確かにルークは無愛想だ。それに人並みにエッチでもある。昔一緒にエロ本を見たりしたからな。しかし、私の記憶が正しければロリコンではなかったはずだが……」
どうなんだルーク、と言いたげにスバルさんはルーくんに視線を向ける。
ルーくんはその視線に心底げんなりした表情を浮かべ、酒を一度口にしてから返事をした。
「ロリコンじゃないから安心しろ。あと人の過去をべらべら話すな」
「別にいいじゃないか。彼女は君の友人なのだろう? なら話しても問題ないはずだ。何より下手に隠す方がかえって疑われる」
「友人だろうが家族だろうが秘密のひとつやふたつあるのが普通だ。大体お前も女なら少しは慎みを持て。堂々とエロ本だとか言うな」
「何を言う! 性欲は生物の三大欲求のひとつだぞ。君だって昔は私の身体を見て大きくしていたじゃないか!」
赤面することなく言い切ったスバルさんは実に男前だ。
だけど男前すぎて……聞いてるこっちが恥ずかしくなる。確かに性欲は誰にでもあるものだけど。ていうか大きくしていたとか言わないで! 想像しちゃうから。あたしだってそういうのに興味があるお年頃だから!
というか、スバルさんの身体を見てってどういうこと? 全裸? 全裸なの? そこかなり重要なんだけど。
「スバル・アオイ、その話を詳しく。ルークが君に欲情したのならわたしにも欲情してくれるはず。それと彼のモノはどれくらいの大きさなのだ?」
「それはだな……ルーク、そんなに頭を掴まれるとさすがの私も痛いのだが?」
「だったらその話題はそこまでだ。するにしても本人がいない場所でやれ」
「そう恥ずかしがることもないだろう。今はもっと成長していると思うが、あの頃でも君のはなかなかに立派だったのだから」
え、見たの? スバルさんはルーくんのを見ちゃったの!?
つまりふたりは今はともかく身体を重ねたことが……やべぇ、やべぇよ。こんなのシルフィ団長に知られたら多分泣いちゃう。その前にあたしの頭がパンクしそう。
「おい発情騎士、さっきからどこ見てる」
「べべべべべ別に発情とかしてないし! ルーくんの下半身とかちっとも見てないんだからね。どれくらい立派で大きいんだろうとか考えないんだから!」
「バカ女……お前、相当なムッツリだな」
「違うから。ムッツリとかじゃないから。ただの赤面症というか顔にすぐ出るだけで、エッチぃのが好きとかじゃないから。初体験もまだだし……って、何言わせんのよぉぉぉぉッ!」
「いいいいい今のののはじじじじ自爆だろ……つつつつううううかゆゆ揺らすな。首が……首が逝く」
そう簡単に逝くわけあるか!
まだ本気出してないし。本気出したらもっと揺さぶれるし。というか、こんなことしてる場合じゃない。どうにか流れを変えないと!
「あの! スバルさんはルーくんと昔から付き合いがあったってことは、もしかして魔竜戦役の英雄なんですか? スバルさんみたいな名前の剣聖が居たって聞いたことあるんですけど!」
「剣聖というのは言い過ぎだが……確かに私は魔竜戦役の折、英雄として召喚された者のひとりだ。……ルーク」
「ん?」
「君は先ほど自分の過去を話すなと言ったが、彼女は今の言い回しからして君が英雄だったと知っているんじゃないのか?」
「知ってはいるが英雄のひとりだったってことくらいだ。最近色々あってな。薄々気づかれていたから話した。それだけだ」
いやいやいや、他にも話してくれたじゃん。英雄だった頃の名前とか。
まあ……別にいいんだけど。スバルさんはルーくんの昔の名前は知ってるだろうし、ルーくんからは他言しないって条件で教えてもらったわけだから。言っとくけど別にふたりだけの秘密が欲しいってわけじゃないんだからね。
「というかスバル、さっさと本題に入れ。話があるって呼び出したのはお前だろ」
「おっと、そうだった。実はルーク、折り入って君に相談がある」
「相談?」
「そう、相談だ……その酒少しもらうぞ」
スバルさんはルーくんのグラスを手に取ると、残っていた分を一気に飲み干す。
「人のを飲むな。飲みたいならルナに頼め」
「別にいいじゃないか。それとも……私との間接キスが恥ずかしがったのか?」
「ニヤニヤするな男女」
「誰が男女だ! 私はどこからどう見ても女だろう。胸だって立派に育っているし、お尻だって垂れていない。確かに一般と比べると筋肉ばかりかもしれないが……」
「そんなことはどうでもいい。さっさと話を進めろ」
「ふざけるな! 君にとってはそんなことやどうでもいいことでも……私にとっては大切なことなんだ!」
まあ……気持ちは分かるけど。
あたしも似たようなやりとりしてたりするし、女なのに男だって言われるのは癪に障るから。
でもこれだけは言わせて。
イチャイチャしてないでさっさと話を進めなさいよ!
本人達は違うかもしれないけど、はたから見てたらイチャついてるようにしか見えないから。
あたしの場合もそうだぞ?
いやいや、あたしの場合は違うから。ルーくんから苛められてるだけだから。
「分かった分かった、お前は女だ。だから先に進んでくれ」
「うわぁ……相変わらず雑」
「分かればいい」
いいんだ……それでいいんだ。
何かあたしより素直というか、言っちゃなんだけどこの人ってバカな気がしてきた。
でもさすがにそれはないよね。
だってこの人はルーくんの知り合いだし。魔竜戦役を生き抜いた英雄のひとりなわけだし。
正直あんまり英雄の顔とか知らないけど。あたしを助けてくれた英雄くらいにしか興味ないけど……別にこれはルーくんに興味があるとかじゃないからね!
「ルークやルナ様は知っているだろうが」
「はい!」
「どうかしたかアシュリー? 話の途中なんだが」
「話を遮ってごめんなさい。でもこれだけは聞きたくて……何故にルナ様?」
見た目は超絶妬ましいほど優れてるけど吸血鬼じゃん。クールな顔して発情しまくるビッチじゃん。何でそんな奴が様呼ばわりされるわけ。気に入らねぇ……
「あぁそれは……ルナ様はルナ様の一族の長なんだ。それに魔竜戦役の頃には何度も助けられた」
「ほうほう……一族の長ね」
……え、長?
下っ端じゃなくてトップ?
「まあ長と言っても元だが」
「元だとしても何故に長だった人が……こんなボロい店で」
「ボロいとは少々失礼ではないか。せめて小さいとか質素と言ってくれ。理由は単純なことだ……伴侶以外の血は飲んではならない。治療のためとはいえ、わたしはそれを破った。掟を破った者が長を務めるわけにもいかないだろう……」
「それは……」
「何より……わたしは長などやりたくない! 見合いだの世継ぎだの何故いちいち周囲にあれこれ言われなければならんのだ。私生活にまで踏み込んでくるなクソったれ! わたしは自由に恋愛して、好きになった男の子供を産みたい。普通の女として生きたい。故に今の生活に満足している!」
言っていることに理解も出来るけど、見た目も相まってか我が侭を言っている子供にしか見えない。
それ以上にクールな顔で熱弁しないで。何か見てるだけで違和感があるから。その間もおかわりを頼んだユウのミルクを用意するあたり店主としては優秀だけど。
「というわけで……スバル・アオイ、君の話を進めると良い」
「そうさせてもらおう。先ほどの続きになるが、私は魔竜戦役が終戦してから世界各地を旅してきた。これはルーク達は知っているな? 旅してきた理由は、世界各地の伝承を調べたかったからだ」
「伝承……ですか?」
スバルさんは肯定するように首を縦に振る。
そして、クールビッチに水を頼んだ。先ほど酒を飲んだというのに……あまり酒が強くないのだろうか。今はどうでもいいことだけど。
「魔竜を始めとした魔物の王は、ある意味人知を超えた存在だ。それがこの世界には突然かつ何度も現れている。ならば過去を紐解くことで対抗策、または現れる周期や前触れが分かるのではないか。そう考え私は世界を巡ってきた。そして、つい先日……」
「何か分かったんですか!?」
「とある女性に告白された」
……はい?
「これまでにも同性から告白されることはあったんだが……今回の相手は筋金入りで。何度断っても、私の恋愛対象が男であることも伝えても諦めてくれなかった。だから……」
「だから?」
「私には、すでに将来を約束している男が居る。近々結婚して子供も作る予定だ! ……と、つい言ってしまった。そしたら今度会わせろという流れになってしまい、熱くなっていた私はそれを了承してしまったんだ」
…………うん、この人バカだ。多分あたしよりバカだ。というか脳筋だ。
「というわけで……ルーク、私と結婚してくれ!」
「断る」
「何故だ!? 私の見た目が気に入らないのか? 筋肉ばかりの女のはダメなのか? 私はこう見えても炊事・掃除・洗濯は得意な方だぞ。性的な経験はないが体力はあるし我慢強い。君がどんな要求をしてきても受け入れるつもりだ」
「いやいやいや、スバルさん落ち着こうよ! そういう問題じゃないから。色々と飛躍し過ぎだから。結婚の前にせめて恋人の期間を挟むべきだよ!」
「そんな時間があると思ってるのか!」
知らんがな!
「時間とかどうこう言う前に無理だから。ルーくんは今そこでミルク飲んでるユウと一緒に暮らしてるし」
「私も一緒に暮らせばいいだけではないのか?」
疑問を抱いていない顔で言わないでくれるかな。その言葉に少しは疑問を持ってくれないかな!
「ルーくん家にあなたの部屋はない! 狭いから無理!」
「バカ女、改築されたから部屋ならひとつ空いてっぞ」
「このバカ犬、何であんたは余計なことを言――」
「アシュリー」
「――何ですかスバルさん!」
今あたしはそこのバカ犬に用があるんです!
「私はルークと同じベッドで寝るから部屋は必要ない」
「堂々と訳の分からんことを言うなぁぁぁぁぁあッ! おいそこの無愛想、お前も何か言え。つうかお前の話だろ。お前が収拾付けろよ!」
「勝手に騒いだのはお前だろ……いいかスバル、俺はお前と結婚するつもりはない」
「な……君は……私を見捨てるのか?」
「見捨てるも何もお前の自業自得だろ。俺の人生を左右する内容を持ってくるな。大体何で俺なんだ? そのへんの男でも良いだろ」
「そのへんの男に結婚してくれなんて言えるわけないだろう!」
その常識があるならルーくんにもその常識で対応してあげてよ。ただでさえ知り合いが変人や変態ばかりなんだから。
「それにそのへんの男では遠慮や戸惑いがあってあの子を騙せない。気さくかつ何でも言い合えるのは君くらいのものだ。だから結婚してくれ!」
「何がだからだ。騙すつもりがあるのなら結婚じゃなくて恋人のフリをしてくれって頼むのが普通だろ」
「うん? ……それもそうだな。よし、ではしばらく私の恋人のフリをしてくれ」
脳筋だよ。この人はあたし以上の猪突猛進な脳筋さんだよ。
最初からそう言えばいいじゃん……色々と思うところはあるけど。正直もう疲れた。今日はもう休んでいいよね。
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