第3話 「深まる謎」
あの金髪幼女。奴はルーくんの隠し子なのか。
これはあたしだけでなく周囲の人間にも影響を与える非常に重要かつ今後に関わる事案だ。
ルーくんの年齢はシルフィ団長と同年代と考えると、大雑把に20代半ばくらいになろうとしている。故に子供が居ても別におかしくはない。
ただあの子くらいの年代の子供が居るとなると……そういう行為を行ったのは魔竜戦役の頃になる。
いや戦時だからそういうことがダメってわけじゃないけど。むしろ戦時だからこそ生きた証とかで本能的に作りたくなるものかもしれないけど。今はそういうことは置いておく。
「くそ……何の話してるか聞こえねぇ。もっと声を張りなさいよ。親子で秘密の会話ってわけ?」
「お前さ、自分が騎士だってこと忘れてね? 大体あの距離で会話してんのに声張る必要ねぇだろ」
正論なんか聞きたくない。
どうせ聞くなら距離を詰めることなく内容を聞ける方法を聞きたい。
「……ねぇユウ」
「わぅ?」
「あんたって獣人よね? 狼ならそれなりに耳も良いはずよね?」
「まあ人間よりはな」
「じゃあさ、あんたならあのふたりが何を話してるのか聞こえるんじゃない?」
「聞こえるっつうか聞こえてるけど」
……ほう。
「聞こえてるんならあたしに内容教えなさいよ!」
「はあっ!? 何でそんなことしないといけねぇんだよ!」
「気になるから! 凄く気になるから!」
「それだけかよ!」
「それだけで悪いか! というか、あんたは何でそう興味なさげな感じなのよ。もしかしたらあんたは普段会えないあの子の代わりとして扱われてるかもしれないのよ。なのに気にならないの? 気になるわよね! つうか気になれ!」
「分かっ……わわわ分かったからゆゆゆゆ揺さぶるのやめろ」
そう言われて続けるほど、あたしはルーくんと違って悪魔ではない。
故に「首がもげるかと思った」なんて言っているユウの言葉は心外である。ちゃんと手加減したし。思いっきりやったらもっと凄いし。
「ルーク、君が毎日来てくれてわたしは嬉しい」
「用があるから来てるだけだ。別にお前に会いに来てるわけじゃない」
「つれないな。わたしと君の仲じゃないか」
「そういう言葉を口にする奴に限って親しい関係じゃないんだが?」
ユウを経由して会話を聞くと冷静になった自分も居る。
それだけにあのふたりの会話が親子のものとは思えない。話してる感じも対等って感じだし。
それ以上に今ルーくんが言った『奴』の中にあたしが含まれている気がしてならない。それはあたしの気のせいだろうか。
個人的にあたしはそれなりにルーくんとは親しいと思うんだけど。思いたいんだけど。日頃の漫才みたいなやりとりも含めてそういう仲なんだと。
「わたしは親しい関係だろう。君とは魔竜戦役の頃からの付き合いであり、何より君はわたしの初めての相手だ」
ほうほう、初めての……はあぁ!?
初めての相手ってどゆこと。まさか……そういうことなわけ? え、じゃあルーくんはあんな子供とそういうことをしたの?
「ハハハ……よし、あいつ殺そう」
「待て待て待て! 騎士が簡単に剣に手を掛けるな。見た目は子供でも中身は大人かもしんねぇだろ!」
確かにそうだけど……さっきの美人あんたも見たでしょ?
その美人にそっくりの子供がいるのよ。なら見た目通り中身も子供だって判断するのが妥当じゃない。子供に不埒な真似をするなんてあたしは許さない。故に断罪する。
「誤解を招くような発言をするな」
「事実だろう。あのとき君は、嫌がるわたしに無理やり大きくて固いそれを押し込んできた」
嫌がるあの子に無理やり? 大きくて固い
それってつまり……アレをアレしてアレしたってことよね。無理やりってことは同意がなかったってわけだし。
よし、これはもう有罪。断罪案件だ。あの男を殺そう。あいつは女の敵だ。
「お前の言い回しが問題な……」
「ルゥゥゥゥゥゥゥゥクゥゥゥゥゥッ! そこに直れ、お前の罪をあたしが裁く。責任をもって斬り伏せる。つうか死ねこの変態、エッチ、ロリコン!」
面倒臭い。
そう言いたげな顔をルーク・シュナイダーはしているが気にしない。今回のことはいつものように無下に扱われていいものではないのだ。
このあたし、アシュリー・フレイヤがこの男を粛正する!
「なかなかの巨乳の持ち主だな。尻の方も大きくて実に安産型だ。ルーク、この娘は君の愛人か?」
「誰が愛人よ! というかあんたは少し黙ってなさい。あたしが用があるのはそこにいる幼女趣味の男だけなんだから!」
「ルークは幼女趣味だったのか。ふむ、それは知らなかった」
「俺からも頼むからお前は黙っててくれ。話が進まん」
逃げずに向き合うつもりみたいだけど、それで許されると思わないでよね。今回ばかりは正義はあたしにあるんだから。
「あとを付けてるのは気付いてたが……まさかここまでするとは。さすがは猪突猛進……まあいい、とりあえずまずその剣を納めろ」
「は? 何でこの状況でそんなことが言えるわけ。ルーくんはあたしの彼氏でもなんでもないんですけど。彼氏面するのやめてくれる?」
やった!
いつも彼女面すんなって言われてたけどやり返せた。くぅ~堪らん。
「お前どんどん面倒臭さに拍車が掛かってるな。つうか誰もお前の彼氏面なんてしてない。店で暴れられたら面倒だから言ってるだけだ。どんだけ自意識過剰なんだ。マジで面倒臭いなお前」
「面倒臭い面倒臭いって言うな! あたしはそんなに面倒臭い女じゃないし、自意識も高くない。普通の女の子だし!」
何より……お前みたいな奴は興味ないって目をやめろ!
あたしだって女の子だぞ。そんな目で見られたら何か悲しくなるだろ。個人的にはあれだけど、胸とかお尻は世間一般的に良いもの持ってんだぞ。形だって整ってんだかんな!
「はいはい、お前がいいならそれでいいよ」
「ぞんざいに扱うな。もっと真面目に向き合いなさいよ。あたしさっきの聞いてたんだから。ルーくんが昔その子に無理やりその……そういうことヤッたって!」
「何でそんなに恥ずかし……あぁそういうことか。まあお前も興味があってもおかしくない年代だもんな」
冷静に理解するな!
お前ももう少し恥ずかしがれよ。大人の余裕を見せるな。何かこっちだけ余計に恥ずかしくなるだろ。恥ずかしい妄想した自分をさらに責めたくなるだろ!
「ルーくんはいったいどういう神経してるわけ? 普通こういう時って多少なりとも慌てるものでしょ!」
「いや、俺からすれば慌てる理由がないんだが?」
「何でよ!」
「何でって……別にお前と付き合ってるわけでもなければ、お前が考えたようなことをこいつとした覚えはないからな」
いや確かに付き合ってないけど……。
でもそれなりというか、そこそこ……多少は親しくしてる異性でしょ。少しはこう……そういうことを考えてもいいと思うんだけど。別にルーくんと付き合いたいとか思ってないけどさ。
「あとお前がまた暴走する前にこれだけは言っておく。こいつ、人間じゃなくて吸血鬼だからな」
「ふん、どんな言い訳されてもすぐに納得すると思わないで……よね?」
今ルーくんは何と言った?
そこに居る金髪幼女は吸血鬼だとか何とか……となるとさっきの会話の内容が指し示すものは他にも候補が出てくるわけで。
「……吸血鬼ってマジっすか?」
「マジかマジじゃないか聞かれればマジだ。種族で言えば、わたしは鬼人。その中で吸血鬼やヴァンパイアと呼ばれる種で間違いない」
「となると……さっき話してた無理やりにどうのってのは」
「わたしが初めて血を飲んだ相手が彼ということだな」
ですよねー……いやいやいや、でもここですぐに認めるわけには!
「だけど、その……何で無理やりだとかそんな話に?」
「それはだな……君はわたし達がどのような種族か理解しているか?」
「えっと……数は少ないけど、そのぶん強靭な肉体と膨大な魔力を持ってて血を吸うみたいな?」
「概ねその解釈で問題ない。ただ血を吸う行為に関しては補足しておこう。我らは他者から血を吸うことで生気や魔力を奪うことが出来る」
つまり瀕死の状態からでも血を吸えば回復し、魔力を補給できる故に長時間の戦闘も可能。
吸血鬼は簡単に殺すことはできない。
そのように認識される所以はそこにあるのだろう。鬼人の中でも最も恐れられる種族。それが目の前の……
「とはいえ、普段から吸血衝動があるわけではない。我らが血を吸いたいと思うのは興奮状態にあるとき。戦闘時や性的興奮を覚えたときくらいだ。だからそう怯えた顔をしなくていい」
「べ、別に怯えてなんか……あれ? でもさっきの話だとあなたがルーくんの血を吸ったんじゃなくて、ルーくんからあなたに飲ませたって感じだったような」
「それはだな。わたしの一族は他種族と共存を考え、特定の相手以外の血を吸うことを禁じている」
「なるほど……」
確かに血を吸われるって思うと、話す前から怖がる人もいるだろうしね。
「でも特定の相手以外ってことは一部は認めてるんだ」
「全面的に禁止にすれば、それはもう吸血鬼とは言えない。それに吸血という行為、特定の箇所への吸血はわたし達にとっては愛情表現のひとつでもある。だから人生の伴侶には許可してある」
そっか。確かにその種族にしかない文化とか習慣はあるもんね。愛情表現ってことなら許可するのも……
「あれ……でもルーくんはあなたの」
「伴侶ではない」
「なのに血を吸っちゃったんだよね?」
「吸ったというよりは飲まされたが正しい。魔竜戦役の折、わたしの一族も戦いに参加していたのだが……ある時、欲望に溺れた同族の裏切りにあってな。生き残っていたわたしは、助けに来たルークに傷を作った指を半ば強引に口の中に突っ込まれたのだから」
一族の掟で伴侶でもない相手の血を飲むわけにはいかない。だけどルーくんは命を助けるために血を飲ませようとした。
強引にするのは良くないとは思うけど、命を考えると仕方がないとも言えるわけで。というか、事実が分かったらあたしが取った行動が凄く恥ずかしくなってきた。今すぐここから走り去りたい気分。
「しかし……わたしは人から強引に何かされるという経験がなかった。だからその……分かりやすく言えばドキドキした」
「……うん?」
「もっと言えば、この男の血をもっと吸いたいと性的興奮を覚えた」
「うん? うん?」
「というか、ぶっちゃけ濡れた。彼が欲しくなった。彼の子供が欲しくなった。故に彼には定期的に愛人でいいから君の女にしろと迫っている」
「なるほど、なるほど……何かもう色々と飛躍し過ぎぃぃぃぃぃぃッ!?」
というか、それだけ聞くとあんたある意味変態じゃん。あのエルフとは別の意味だけど同じ方向性の変態じゃん!
「何か頭がこんがらがってきた! てか、ここに来るまでにルーくんに抱きついてた美人は? あの人はあなたのお母さんとかじゃないの?」
「あぁ、それはわたしだ」
「え?」
「この姿の方が簡単に言えば燃費が良い。あちらだと……」
少女の身体が黒い光に包まれたかと思うと、次の瞬間には先ほど見た美人の姿がそこにはあった。
「身体も大きいからか色々とエネルギーを使ってしまう。それに……周囲の目を惹きつけやすくてな。私としてはルークだけ見てくれたら良いのだが……なあルーク、少しだけ私の部屋に行かないか? 何度も言っているが私は君が欲しいんだ。今日こそは私を抱いてくれ」
「大人になった途端に発情すんな! 今すぐ戻れ、即刻子供の姿に戻れ。というか、自分の身体を安売りすんな!」
「安売りなどしていない! 私が抱かれたいと思っているのは彼だけだ!」
「だとしても今はするときじゃない!」
何なのこのクールビューティー。
いやこいつにビューティーなんて要らない。相応しくない。どうせならクールビッチで十分よ。
「ルーくんも何か言って!」
「言ったところで聞くわけないだろ……知り合ってから何年になると思ってる?」
「えっと……何かごめん」
酒なんか飲むな。あたしの味方しろ。
そう言いたかったけど、こんなビッチの相手してたら酒も飲みたくなるよね。というか、何かルーくんの周りって変な人ばっかだよね。もう少し付き合う人は選んだ方が良いと思うよ。
「……あれ? じゃあ何でルーくんは嫌々相手しているようなこの店に来てるの? 多分ここ最近毎日ここに来てるよね?」
「質問が多い奴だな。まあ簡単に言えば、昔の知り合いが近い内にこの国に来る。それで待ち合わせしてる場所がここってだけだ。毎日通ってるのはそいつが訪れる日が分かってないか……」
不意にルーくんの視線があたしから店の入り口へと向く。
ユウが入って来たのかと思ったけど、そこに居たのは使い古されたマントを纏った謎の人物。
顔はフードを被っているせいでよく見えない。
ただそれでも、背中にある身の丈ほどの大剣は存在感を放っており、只者ではない雰囲気を発している。
「久しぶりだな……ずっと会いたかったぞ!」
謎の人物はタックルのようにルーくんに抱きつく。
その勢いでフードが外れ……凛々しい顔が露わになった。
日焼けしているのか肌は小麦色で、髪は短く青みがかった黒髪。
それだけ見ると男性のようにも思えるが、声は低くも確かに女性のもので。何より……再会の喜びに咲いた笑顔は間違いなく女性。
金髪吸血鬼の名前すら分かっていないのに謎が深まるばかりである。
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