第7話 「過去からの遺恨」

 山頂の一角。

 そこは全体で見れば小規模だが地形が陥没していた。

 流星石が落ちると地形が変わることは多々あるが、ここまで大きいものは極めて珍しい。

 その中心地には闇色の魔石――流星石が鎮座しており、星空のような輝きを放っている。


「や……やべぇぇぇッ! やべぇ、やべぇよ魔剣鍛冶グラムスミス。見て見てあの流星石、でけぇよマジで超でけぇよ! 超絶にやべぇっすわ!」

「分かった、分かったから俺を叩くのはやめろ」


 語彙力が下がるほど興奮する大きさなのは俺も分かるが、力加減を考えずに叩かれると普通に痛い。俺はお前と違ってMじゃないからマジでやめて。


「近くで見るとほんとでけぇ! こんなもの見たらヴィルベルさん……濡れるッ!」


 どこが?

 とは絶対に聞かない。だって聞かなくても分かるから。想像ついちゃうから。

 今回の一件が終わったら最低でも1ヵ月は顔を見たくない。でもそういうときに限ってふらっと現れるんだよな。こいつって天才だけど天災の方が合っているのでは?


「しかし……本当に大きいですね」

「え……これで大きいんですか? これくらいならあたしひとりでも持てそうな」


 馬鹿なことを言うアシュリーさんである。

 確かに目の前にある流星石は直径1メートルもなく、魔石の中でも重量のある玄武石を鍛えた剣を振るアシュリーの腕力は規格外だ。しかし


「なら試しに持ってみろ」

「身の程を知れと言いたげで若干癪に障るけど……」


 俺としては、基本的に人の言葉を悲観的にしか取らないお前にムカつくよ。

 まあ蔑むような意味合いで言うことも多いがな。だってアシュリーさん、俺からすれば知識や経験が足りてないし。

 そんな中、アシュリーは腰を落として流星石を抱えるようにして握る。それから一度大きく呼吸して……


「せぇぇぇの!」


 思いっきり力んだ。

 だが流星石は動かない。1ミリも浮かび上がらない。


「ぬぅぅぅおぉぉぉ! こんのぉぉぉぉおぉ! ぐぬぬ……ふんぬらばあぁぁぁぁぁぁッ!」


 気合を発しながら懸命に持ち上げようとするが、流星石は全く動かない。

 むしろ茹ダコのように顔を真っ赤にしたアシュリーを嘲笑っているように思える。


「ハァハァハァ……無理。全然ビクともしない。というか、これ以上やったら腰が逝っちゃう」

「ボインちゃん……そんな息を切らせた色っぽい顔でイッちゃうとか。もう、少しは時間考えて~♡」

「そそそそそういう意味で言ってないから! 途中にあったものを色々と省かないでくれる。つうか時間やら考えて発言すべきはあんたの方だからね!」


 ごもっとも。

 でもお前も変態の素質がある気がするよ。

 だってヴィルベルの発言に一瞬のラグなく返事をしたわけだし。言われた瞬間に理解したってことだよね。皆さん、アシュリーさんはむっつりスケベのようです。


「ル、ルーくん勘違いしないでよね! 別にあたしはこのエルフみたいに変態じゃないんだから。ただそういうことにも興味がある年頃ってだけなんだからね!」

「はいはい」

「返事軽ッ!?」


 だってその変態より下なのは分かってるし、性欲なんて誰にだってある。三大欲求のひとつだし。

 俺だってまだ20代ですから人並みにあります。アシュリーには言動も相まってあまり興奮はしないけど、シルフィなんかが薄着しようものならドキドキしますとも。ヴィルベルは……まあ言わなくても分かるはず。


「おいおい魔剣鍛冶、そのヴィルベルさんには魅力がねぇと言いたげな目は何ぞ? こう見えてヴィルベルさん、オパーイの大きさこそボインちゃんには負けるが形や感度で負けてるつもりはねぇ!」

「いや聞いてもない。知りたくもない」

「もう少しはヴィルベルさんにも性的な目を向けろよぉぉ! そりゃあエルフの中でも変わってんなって自覚はあっけども、ヴィルベルさんかて他のエルフより性欲強いだけで女なんや。結婚して子供欲しいって思う日もあるんよ」


 一段と口調が安定していないが、本当にそう思っているのか?

 余談になるかもしれないが、エルフは人間と比べると不老長寿。魔法に優れる者が多く、また外敵の少ない場所で生活することも多い。そのため性欲が他種族より弱いと言われている。

 ちなみに性欲に関して最も強いとされているのは人間だ。

 種族別での人口を見ても圧倒的に人間が多い。また人間は他種族と交わることも出来る。

 強靭な肉体や特殊能力に欠けるが故、それを補うために繁殖能力が高いのだろう。そう言う学者も居るとかいないとか。


「というわけで、もっとヴィルベルさんを求めろ! 抱きたいと思え! でも優しくしてね……あ、話は変わるけど多分団長さんってかなり性欲強いよ。こういう真面目な性格ほどあっちの方も真面目……」


 鋭い風が吹いた。

 氷点下の笑みを浮かべたシルフィが愛剣を抜き、変態エルフの鼻先に突きつけたのである。


「それ以上言うつもりなら……その舌、三枚に斬り落としますよ?」

「マジで!? その魔剣グラムでヴィルベルさんを痛めつけ……♡」

「うん?」

「おっと、これは痛めつけるどころか殺されかねない覇気を感じる。魔剣に殺されるなら惜しくないと思うヴィルベルさんも居るが、この流れで死ぬのは少し嫌だ。なので……ごめんなさい、ふざけすぎました。すんませんしたッ!」


 何とも無駄に無駄のない土下座である。

 しかし、完全変態には負けていたシルフィが再び上回るとは。

 今のシルフィはまるで勇者……いや、見る者を凍らせるあの笑みは魔王か。ただ冗談でも今の状況で言葉にすると身の危険を感じる。なので心の内に秘めておこう。


「んなことよりこの石どうやって運ぶんだよ? 怪力女でもビクともしねぇとなるとオレら全員でも厳しい気がするぜ」

「それなら問題ない。こいつで小さく解体する」

「そ、その黒鉄色の刀身!? もしやそれは裂炎石で作ったナイフっすか。やべぇ、こいつは燃えてきたぁぁぁッ!」


 燃えるのはこのナイフだけでいい。せっかく鎮火した性癖の熱を再燃させるな。

 と言いたくもなるが、これ以上騒がしくなればシルフィがどうにかしてくれるだろう。今もニコリと笑ってはいるが監視しているようだし。

 忘れた人のために説明しておくと、このナイフの素材となっている裂炎石は魔力を流すことで発熱する。殺傷目的で作ったわけではないが、魔剣であることに変わりはない。


「ルーくん、そんな小さなナイフで解体できるの?」

「ああ。流星石はあらゆる鉱石の結晶体だけあって硬く重い。だが熱には弱い性質を持っている。そのため、地面に落ちるまでに生じる大気との摩擦で溶けて小さくなるんだ」

「なので基本的に発見されるものは、人の手の平と同じくらいが多いんです」

「なるほど。だからこれを見てシルフィ団長達は大きいって言ってたんですね……でも何かもったいないかも。せっかくこんな綺麗な模様があるのに解体しちゃうなんて」


 アシュリーの気持ちも分からなくもない。

 これほどの流星石には滅多にお目に掛かれない代物だ。美術品としても相当な値段が付くことだろう。

 とはいえ、今回の目的は魔剣のための採取だ。

 手伝ってもらう報酬として多少分けるのは構わないが、何本魔剣を打つことになるかも分からないだけに大本はもらう必要がある。ただその前に


「おいルーク」

「ああ、分かってる。おいヴィルベル、お前はこのナイフで流星石を小さく解体してろ」

「ほいさ! と言いたいのだが……そんなことしたらヴィルベルさん、興奮のあまり発狂しちゃうかもよ?」

「面倒事に首を突っ込むよりマシだろ?」


 後方から徐々に近づいてくる足音。まるでそれは地響きのようだ。最初の強襲のように隙を窺うつもりはないのだろう。

 現れたのは、先ほどまでの数倍に上る奴隷の集団。その数はざっと見ても50人ほど。

 その後ろには、きちんと武装している10人ほどの兵士。この手のことに絡んでいるあたり傭兵の類だろう。そして、その中心に居るのは……


「さすがにこの人数で堂々と現れちゃ気が付くか」


 巨漢というほど背は高くはないが、一目で筋肉隆々の肉体だと分かる隻腕の男。腕や顔には無数の傷跡。いくつもの戦場を乗り越えてきた証だ。

 背中には分厚い鉄板のような大剣。魔剣でなくとも重量はかなりのものだろう。あれを片腕で扱えるとなれば、筋力で競り合えるのはアシュリーくらい……彼女より上であると考えていた方が賢明か。


「久しぶりだな英雄様! いや、今は魔剣を打つ鍛冶職人様か」

「久しぶり? ……悪いがお前みたいな男に覚えはないな」

「つれないねぇ……まあ当時のオレは今ほどガタイは良くなかったし、あんたからすれば斬り殺すべき敵のひとりでしかなかったからな」


 俺を英雄と呼ぶことといい、今の発言といい……間違いなく魔竜戦役時代の関係者か。

 だが何の関係者なのかまでは分からない。

 魔竜戦役で主に殺していたのは魔物や魔人だが、ただの人間だって数えきれないほど手に掛けたのだから。


「しっかし……奴の情報でもしやと思っちゃいたが、本当にあんただったとはな」

「奴? それは黒衣の男のことか?」

「そいつは言えねぇ。こっちだって表で堂々やれるわけじゃねぇが客商売だ。奴隷を買うだけでなく、タダで情報もくれた大切なお客様を売るわけにはいかねぇな」


 その言い回しからして黒衣の男と会ったと言っているようなものだろうに。

 とはいえ、いちいち指摘してやる義理もない。むしろ黒衣の男が奴隷を買っていることが分かった。目的は魔人や魔物の研究なんだろうが……考えるだけで胸糞悪い話だ。


「そうか……まあこっちとしても手荒な真似はしたくない。出来れば俺達が流星石を回収し終わるまでじっとしていて欲しいんだが?」

「そいつも無理な相談だ。その石はオレ達が根城にしているこの山に落ちた。言うならオレ達のもんだ。それにうちは奴隷を集めるだけじゃなく、戦闘技術も教えたりするからな。そのために金は必要なんだよ……それに」

「それに?」

「英雄、てめぇには片腕を斬られた借りがあるからな。過去にてめぇらにやられたように今度はこっちがてめぇの仲間ごと皆殺しにしてやるよ! てめぇら、奴らを殺せ!」


 ボスの怒号にも似た指示に怯えるように奴隷達が、手にした武器を掲げて襲い掛かってくる。

 アシュリーやユウは乱戦に慣れてはいない。ヴィルベルは周りのことなんて気にせず、すでに自分だけの世界に入っている。

 ならこの場で迎え撃つよりも攻めた方が無難か。俺だけだと捌き切れるか分からないが、シルフィが居れば問題ない。


「アシュリー、それにユウ。お前達はヴィルベルを守れ。俺とシルフィでどうにかする。行くぞシルフィ」

「はい」

「待てよルーク、バカ女はともかくオレは戦えるぞ!」

「あんたね、さらっと人のことを……!」

「分かってる。だから俺達が捌けなかったのをどうにかしてくれって頼んでるんだ。頼まれてくれるよな?」

「……わぅ」

「アシュリー、お前も頼むぞ」

「え……あぁうん」


 何ともぎこちない返事である。

 不安になる返事だが……過去に因縁があるのは、あの男だけじゃないか。

 ヴィルベルのせいで毎日騒がしくゆっくりと話が出来なかったが、これが終わったら……少なくとも帰るまでにはきちんと話そう。

 名前は捨てても過去を捨てたわけじゃない。過去に生じた遺恨や罪からも目を背けたりせず背負って生きる。

 それが元英雄の……あの戦いを生き残った者としての責任だ。


「シルフィ、左は任せる」

「分かりました……ルーク殿」

「分かってる。奴隷達は出来るだけ殺さずに倒すさ」


 それを聞いたシルフィは感謝の笑みを浮かべ、次の瞬間には愛剣であるラファーガを引き抜いて地面を蹴った。

 こちらも一瞬遅れる形で地面を蹴り、刀を鞘から抜き放ち反転させる。

 峰打ちだろうと当たり所が悪ければ人を殺める。数十人規模の相手では万が一のことも起こるだろう。

 ただ……いまさら人を殺したからといって止まることはない。止まることは許されない。

 俺は元英雄。

 多くの命を助ける一方で、それより多くの命を殺してきた。

 でも……だからこそ、救える命は救いたい。偽善だろうとなんだろうと。

 それが英雄達の……共に戦い散って行った仲間達から引き継いだ想いなのだから。



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