第6話 「ヴィルベルさんに続け!」

 今、俺達は流星石を求めて山を登っている。

 山のふもとで襲撃してきた謎の集団。奴らは獣人の少女が現れてすぐ、彼女の指示に従って素早く退散した。無力化されていた男達に矢の雨を浴びせて……。


「あ~だるい。山を徒歩で登るとかだるすぎる。もう少し年長者を敬おうぜ!」

「うるさい! またいつ襲撃があるか分からないんだから大声出さないで。というか、あんたも十分若いでしょうが。年長者ぶるならそれ相応の態度を取って!」

「あの~ボインちゃんの方がうるさいんですが? でもでも~ヴィルベルさんを若いと言ってくれたので、ここはヴィルベルさんが折れます♪」


 ヴィルベルは無駄に輝きを振りまく笑顔を浮かべる。

 それにアシュリーが剛腕を唸らせようとするが、騒いではいけない自覚はあるのだろう。もう片方の手で唸りを上げたい腕を必死に止めている。

 まあそんなことより……

 俺に襲い掛かってきた獣人の少女。顔立ちからしてユウより少し上くらいだろう。

 いや、身体の成長なんて人による。幼い見た目の大人だって世の中にはたくさん居るはずだ。何よりあの獣人は集団を指揮していた。

 見た目で判断するのは悪手……だが。


「ルーク殿、どうかしましたか?」

「いや……ちょっとさっきの連中について考えててな」

「彼らがこの付近で目撃されていた謎の勢力の可能性は高いですが……ルーク殿はどう見ます? 私には彼らが……」


 賊や傭兵ではなく、奴隷にしか見えない。

 シルフィはそう言いたいのだろう。それは俺も同じだ。

 彼らの顔は必死だった。必死過ぎた。まるで俺達を殺さなければ自分達が殺されると言わんばかりに。


「その可能性はある。素人に毛が生えた程度の腕だったし、ここは普段人気がない。その手の商売をする連中にとっては都合の良い場所だろうからな。ただ……」

「あの獣人ですね。子供に見えますが……もしも獣人が協力しているとしたら」

「多分それはねぇよ」


 突然の否定に俺とシルフィの意識は下に向く。

 そこに居るのは灰色の髪を持つ獣人の少女――自然体で歩くユウだ。


「何でそう言い切れる?」

「それは……多分あいつ銀狼族だからな」

「銀狼族……ですか?」

「ああ、あいつの髪って銀色で耳や尻尾、毛並みの感じがオレに近かっただろ? 獣人全体のことはそんなに詳しくねぇけど、オレら灰狼族と銀狼族って先祖が同じらしくてさ。多少はどういう種族か知ってんだ」


 なるほど……。

 確かにあの獣人にはユウの耳や毛並みに似ているところがある。

 それに一口に獣人といっても身体に流れる血は千差万別。世代を重ねるごとに他種族の血も混じり、同じ獣の血を持つ種族でも枝分かれしていった可能性は十分にある。

 故にユウとあの獣人の先祖が同じ系譜であっても何ら不思議ではない。


「ただ……オレらと銀狼族の生き方は結構違う。オレらは世界各地を旅したりして自由気ままに生きることを好む。けど銀狼族は義のためっつうか、人のために生きることを好むんだ」

「ということは……」

「一族全体で協力してないと思うぜ。さっきみたいなことさせられてんなら汚れ仕事みたいなもんだし。そもそも、狼の血を引く獣人って獣人の中でも戦闘力が高いからか、あんまり数がいねぇしな。あの銀狼は個人的な恩でもあって手を貸してんじゃねぇの?」


 嘘や適当な知識で言っているようには見えない。

 ただ……個人的な恩で手を貸しているとも思えない。

 恩を返すためにやっているのならば、あんな感情が死んだ目はしていないはずだ。

 あんな目をするのは拷問にあった奴隷、または暗殺者として育てられた人物くらいだ。

 だが……暗殺者には思えない。

 背後を取り音なく近づく技術だけ見れば暗殺者だ。

 とはいえ、高い戦闘力を持つと言う銀狼族ならば本能的に出来ることなのかもしれない。


「それに……」


 あの太刀筋……一太刀しか受けていないが、粗削りなのは分かった。

 多少なりとも剣術を誰かに教わったのは間違いない。だが教えたのは暗殺者の類ではない。

 もし暗殺者の類に教わったのなら、その太刀筋はハクアに近くなるはずだ。ハクアの太刀筋は全て急所狙い、効率良く命を奪うことに特化しているのだから。

 それに本来人のために生きることを好む種族ならば、己の力を磨こうとするはず。

 太刀筋が粗削りのままということは……普段自由がないと考えるのが自然なのでは?


「ルーク、難しい顔してどうしたよ?」

「ん? あぁ……あの獣人も他の連中と同じ立場かもしれないって思ってな」

「他のと同じ? あいつら賊かなんかじゃねぇのか?」

「賊ならもう少しまともな動きをするはずだ。あの連中はおそらく奴隷だ。俺達を襲うように雇い主か商人に言われたんだろう」


 俺の言葉にユウの顔は険しくなる。

 それも仕方ない。ユウは一度奴隷にされかけたことがある。奴隷や奴隷を扱う存在に思うことがあるのは当然だ。

 ただ……


「お、おいルーク……な……何だよ? 急に人の頭撫でんなって。ガキ扱いしてんなら怒るぞ」

「安心しろ、そんなつもりでやってない」

「んじゃ何だよ?」

「色々考えても良いが自分勝手には行動するなってことだ」


 エストレア王国では奴隷を認めていないが、奴隷制度を認めている国もある。

 何故なら借金などを返せない場合、金を貸した側は返済のために働いてもらわないと困るからだ。

 奴隷制度。

 これだけ聞くと悪いものに思えるかもしれないが、奴隷として扱われるのは借金を返済するまでと決められている。

 また労働の賃金は借金の返済に充てられるために支払わなくて良いが、衣食住を保証する義務がある。

 正当な契約を結ばれ、不当な扱いを受けていないならば外野がとやかく言う問題ではないのだ。


「場合によっては他国との政治的な問題にもなるからな。とはいえ、何もしないままだとエルザから何をされるか分からん。だから問題が起きたときはどうにかするさ。シルフィを含めた上の人間がな」

「丸投げかよ……」

「あのな、俺は一介の鍛冶職人だぞ?」


 政治的な話になったら力になれるはずもない。

 7年前に名前を捨てなければ多少なりとも影響力はあったかもしれないが、今そんなことを言っても何かが変わるわけじゃない。


「まあ心配するな。あの傍若無人な女王のことだ。そうなった場合のことも想定した上で、今回の話をしたんだろうさ。あの女は人としては良くないが王として有能だしな」

「オレはあったことねぇからあれだけど……女王って偉いんだろ? なのにそんなボロクソ言っていいのかよ。シルフィとかだって居んのに」

「大丈夫ですよユウ殿。ルーク殿と現女王は交友関係にありますし……実際あの方は傍若無人ですから。顔を合わせる度に人のことをからかってきますし……ハハハ」


 何とも疲れた笑い声である。

 自然と視線はユウと重なり、これ以上この話題で話すのはやめようと決断した。上司に振り回される中間管理職みたいで見ていられない。


魔剣鍛冶グラムスミス~! ヴィルベルさん、歩くの疲れた。だから抱っこして。出来ればお姫様気分が味わえる感じ――ボベェ!? お……ぉ……まさかの鞘で反撃とは。結構イイところに……入っちゃったぞ……」


 いやだって……突然飛び掛かってきたら反射的にしたくなるじゃん。

 俺は好きでもない奴から抱きつかれて喜ぶ趣味はないし。お前も目的地まで抱っこしてやる義理も義務もないんだから。


「でも……あれは断魔鋼の刀…………つまり魔剣グラム。魔剣に痛めつけられたと思えば……グヘ……グヘヘヘ」


 何で頬を紅潮させて笑みをこぼす。

 確かにお前は変態だ。魔石や魔剣が大好きで、魔剣にいたぶられる自分を妄想して興奮する変態だよ。

 でも興奮するのは妄想の中だけにしとけ。

 現実でされると、恍惚とした緩み切った顔が素直に言って気持ち悪い。本当お前は残念美人の筆頭だよ。


「ずっと……我慢してたけど…………団長さんの腰にあるのも魔剣だよね? 風を巻き起こして切り刻んだりできるよね?」

「は、はい……」

「じゃあさ……ヴィルベルさんに向けて強烈な風を放ってください!」

「いいい嫌です!? な、何で私がそんなことをしないといけないのですか!」

「ヴィルベルさんが……そうされたいから♡」


 完全変態と化したヴィルベルを目の当たりにして、シルフィは俺の背中に隠れた。どうやら覚醒した変態には真面目な騎士団長も敵わないらしい。


「ボインちゃんのも~魔剣だよね~? いつもやってるみたいにさ、ヴィルベルさんをそれでぶっ飛ばしてくんない?」

「い、嫌よ! そそそそそんなことしたら殺しちゃうじゃん!?」

「魔剣にやられるなら本望! さぁ来いッ!」

「こいつマジで変態、変態過ぎるんですけどぉぉぉぉッ!?」


 猪突猛進のアシュリーも俺の背中に隠れる。

 隠れたくなる気持ちも分かるが……お前ら、騎士なら民間人を盾にするな。本人が望んでるんだからやってやれば良い。

 多分この変態のことだから直撃を受けても、多分おかわりが欲しくて立ち上がるだろうし。そう思うあたり……俺の脳ってこのクソエルフに侵されてんな。


「魔剣鍛冶もその刀貸してぇぇ。大丈夫……壊したいしないから。優しく丁寧に扱うから。ちょっとヴィルベルさんの股の間に入れて前後に動かすだけだから……ハァハァハァ」

「断る。人の刀を性欲処理の道具にしようとするな。大体ここで油を売って流星石を取られてみろ。お前に渡せるはずだった今よりもっと優れた魔剣が作れなくなるんだぞ。それでも良いのか?」

「良い! なんて言えるのだろうか? いや言えるはずもない!」


 チョロいな。

 なんて思う奴は間違いだぞ。コロッと変わったように見えるだろうが、その本質はより優れた魔剣でハァハァしたいってだけ。問題は解決したのではなく、先延ばしになっただけに過ぎない。


「何をしてる! 見ろ、あっちの方は地形が不自然に欠けたり壊れたりしている。きっと流星石が近くを通ったに違いない。流星石はあちらの方角にある。さあ皆、ヴィルベルさんに続けぇぇッ!」


 ヴィルベルは、こちらの返事も待たず意気揚々と山頂の方へ歩き始める。

 こういときの傍若無人さは、もしかするとあのエルザをも超えるかもしれない。


「ルーク殿……こういうことはあまり言いたくないのですが。私はあの方、少し苦手です」

「気にするな。あれを得意な奴は多分いない」

「ごめんルーくん……あんな変態と商売しているルーくんの気持ち分かってなかった。あたし、もっと大人になれるように頑張るね」


 しおらしい顔でらしくない発言をするアシュリーさんである。

 まあ……あのエルフを見ていたらああいう大人にはなりたくないと誰もが思うだろうが。反面教師という意味ではあの変態も役に立つのかもしれない。


「んなことよりさっさとあの変態追いかけようぜ。魔石に関してはあれでも専門家なんだろうし、何よりじっとしといたら余計に面倒なことになりそうだしよ」

「それはそうだけど……ユウ、何であんたはあれを見てもそんな平然としてられるわけ?」

「わぅ? そりゃあ何度か変態っぽいところは見てるし、何よりオレは魔剣持ってねぇかんな。お前らみたいに絡まれることねぇもん」


 ごもっとも。

 この短時間でユウが予想よりも早く大人になっていっている気がする。子供の成長は早いというが、世の中の親はこういう感情を抱いているのだろうか。

 いや……多分違うよな。

 抱くにしてもあんな変態と絡んで抱きたくはない。ユウが元々しっかりしているだけだ。

 そうだ、そうしておこう。

 まだまだ今日という日は長い。謎の集団と再び剣を交える可能性もあるのだ。気を引き締めて山頂の方へ向かうことにしよう。



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