第12話 「仲間と共に」

 オウカは切っ先を黒獣へ向けたまま、意識を黒衣の男へと向けている。そこに隙は一切ない。

 ポンコツなところが目立っていた彼女だが、殺すよりも魅せるために磨かれた部分の太刀筋をしていても剣の腕前はすでに一人前。自分の剣を完成させていた。

 問題だったのは、魔物に対峙した時のみ。

 俺に教えを乞うたのも自分とは違う太刀筋が見たかったのか、心の中にある不安を消す材料にしたかったからだろう。

 ただ昨日こそ身体が刀を抜くことを拒絶していたが、先ほどは迷うことなく抜刀した。

 俺と別れてから大して時間は経っていないが、いったいその間に何があったのだろうか。それとも……昨夜俺に胸の内に秘めていたことを吐き出してことで、吹っ切れるきっかけを掴んでいたのか。


「……助けられた身で言うのもなんだが、何で戻ってきた?」

「それは……やはり魔剣鍛冶グラムスミス殿が心配でしたし、まだ御恩も返せておりませぬ故。それに……いえ、やはり何でもありませぬ」


 それに……?

 言いたいことがあるならはっきり言え、と言いたくもなるが、状況的に無駄に話している時間はない。

 また結果的に窮地を救ってもらったのも確かだ。本人が言いたくないのなら聞くべきではないだろう。


「それよりもご無事ですか?」

「まあ……何とかな」


 背中にそれなりの傷を負ってしまってはいるが、幼い頃から剣を振ってきたオウカならば騒ぐこともないだろう。


「ところで……状況が状況だけに頼りにしたいんだが、ちゃんと刀は振れそうか?」

「無論。今の某はこれまでの某とは違いまする。どうか大船に乗ったつもりでお任せを」


 気合が空回りしているようにも見えない。

 それだけに素直に信じても良い気はする……のだが、共に過ごした時間があるせいか失敗しそうな光景が脳裏を過ぎりそうになる。

 だがここは信じるべきだろう。

 もしも助けに来たのがオウカではなく、バカ騒ぎが特技みたいなあの騎士様だったら別の結論を出すことになっただろうが……


「ルーくん、大丈夫!?」


 ……フラグか? フラグなのか?

 言霊なんて言葉があるが、内心で考えただけでも言葉は意味を持つものなのか。それとも単純に俺が考えた嫌な事態が偶然現実として起こっているだけ?

 何にせよ……最悪のタイミングでの登場だ。何故なら


「あたしも助けに来たよ……って、その背中の傷!? 大丈夫なの? 痛くない? 痛いよね? 死んだりしないよね!?」


 こうなりそうなのが目に見えていたからだ。

 アシュリーは騎士としての経験が浅いだけに傷や血に対する耐性が出来ていない。

 こればかりは自身や他人を介して経験するしかないことだが、戦闘行動が終わっていない状況で精神が乱れるのは危険だ。

 故に……この場に戻ってくるにしても、もう少し後にしてもらいたかった。

 とはいえ、現実は今目の前に広がっているもの。また敵からすでに認識されてしまった。

 正々堂々を心情にするような敵でもない。下手に逃げるように指示するのも狙い撃ちされそうなだけにかえって危険だ。

 ここは……こちらの方が覚悟を決めて対応するしかない。


「生きてるんだから痛いに決まってるだろ。あとお前としゃべってられる状況じゃないから黙っとけ」

「う……うん」


 一応納得はしたようだが、捨てられそうな子供みたいな目を向けてくるあたり安心はしていないのだろう。

 アシュリーには魔竜戦役で孤児になった過去がある。

 それだけに他人との繋がりが消えることに怯えるのは仕方のない話だ。

 だがこちらとしては、必要以上に気にされる方が気分が悪い。ここは大人として子供を安心させてやるべきか。


「はぁ……すぐに死んだりしないから安心しろ。それと俺を助けたいと思うなら、自分の身くらい守れるよう剣は抜いとけ」

「……うん!」


 アシュリーは腰にある剣を抜き放ち、俺の背後を守るようにして黒獣に向かって構える。

 立ち直したようにも見えるが、俺だけでなく誰かしらが傷を負えばまた取り乱す可能性はある。

 これまでの経験で多少は騎士として成長したのかもしれないが、まだ俺の中でアシュリーから駆け出しという印象を取るにはいかないようだ。


「ところでルーくん……あの黒衣の男って」

「これまでの一件の首謀者の一味だ」


 オウカはそれだけでは理解できないだろう。

 だが今はそれを問う状況ではないと感じてはいるようで口を挟もうとはしない。生真面目な部分が裏目に出なくて良かった。


「やれやれ……援軍のご到着とは。しかし……おふたりとも女性。まさに両手に華! 英雄色を好むと申しますが……うんうん、さすがは過去を捨てても元は英雄。言葉通りというわけですね」

「え……英雄?」

「おや、そちらの騎士様はご存知でない? まあまだお若いようですし、当時のことを考えれば知らないのも無理はないでしょう。そこの彼は……おおっと!」


 黒衣の男は身体を捻りながら大きく腰を逸らす。

 それとほぼ同時に、元々黒衣の男の上半身があった場所をふたつの剣閃が交差。黒衣の一部が宙に舞う。

 柔らかく着地した白髪の少女は、すぐさま黒衣の男の方へ両手に握った刀を構え直す。奇襲をかわされたことが不服なのか、少しばかり横顔が不機嫌に見えた。


「ハクア、お前も来たのか」

「うん? まあ先輩やお姉さんだけ助けに行ってひとりだけ山を下りるのもあれだしぃ。あとで死んだとか聞いたら目覚めも悪いからね。それに……まだお兄さんと幸せな家庭を築いてないしぃ」

「冗談はあとで聞いてやる。今は目の前のことに集中しろ」

「そこまで冗談でもないんだけどなぁ」


 いかにもからかって楽しんでますって笑みを浮かべて何を言う。

 仮に冗談でなかったにしてもだ。そんな顔で言われたところで信じる奴なんてほぼいないぞ。信じるとすれば、初心で女性慣れしてない奴くらいのもんだ。


「これまた増援ですか。しかもこれまた女性とは、いやはや羨ましい限りですね……おや、おやおや? よく見れば、先日我々に雇われた傭兵様ではありませんか。この短期間で騎士に鞍替えするとはどういう心境の変化でしょう」

「変化も何も傭兵はお金さえもらったら何でもするよぉ。騎士団に雇われたから騎士って肩書きになっただけ」

「なるほど、それはごもっとも。……しかし、これは困りましたね。あなたは先ほどの太刀筋からしてなかなかに腕が立つ。そちらの剣士様も先ほどの一撃を見る限りなかなかの御仁だ。そちらの騎士様も……一応数に入れまして」

「ちょっとあんた、一応って何よ一応って! そりゃあこの中じゃ1番弱いけど、普通に数くらいには入れなさいよね!」


 仲間外れにされたみたいで悲しいじゃん!

 そう訴えたいようにも思えるのは俺の中のアシュリー像に問題があるのだろうか。それとも血が足りなくなってきて頭がおかしくなってきてるのか。

 何にせよ……やっぱりこいつに戦いの場は向いていない。

 剣の腕前もだが何よりも精神的に。素直と言えば聞こえはいいが直情的過ぎる。


「これは失礼。では、ちゃんと数に入れましてそちらは4人。こちらは私と手負いの魔物のみ。数的かつ個々の戦闘力を加味してもこちらが不利。その個体の検証もそれなりに出来ましたし……私はここらで退散させていただきましょう!」


 黒衣の男は、無数の火球をばら撒いて跳躍。

 ハクアは素早い動きで火球を避けながら黒衣の男に肉薄するが、黒衣の男は風系統の魔法を使用しているのか飛ぶように崖を上っていく。

 そのためハクアの剣は空を切ることとなった。昨日のダメージがなかったならば、もしかすると捉えていたかもしれない。


「……今度会ったら絶対斬る」

「凄く決意固めてるところ悪いけど、騎士なら斬るよりも捕らえるのが優先だからね!?」

「お前も律義にツッコむな。今は他に優先することがあるだろ」


 痛みに耐えるように低く唸りながら立ち上がる黒獣。その瞳には片足を奪われたことで生まれた明確な殺意と怒りが宿っている。

 前足のひとつがなくなったことで機動力こそ低下している。だが獣は手負いの状態が最も危険だ。おそらくここからは多少の傷など気にせずに襲い掛かってくるだろう。


「分かっているとは思うが気を抜くなよ。1発でもまともにもらえば死ぬ」

「防ぐのも危険だけどねぇ……先輩以外」

「いやいや、あたしだって普通に危ないんですけど!?」

「アシュリー殿、騒いでないで気を引き締めてくだされ」

「ごめんなさい! でもこれだけは言わせて。あたしが悪いのかな? あたしだけが悪いのかな!」


 答えを言えば、お前だけが悪いわけではない。が、いちいち反応するお前も悪い。

 緊張感の欠けているような気もするが、まあ緊張のし過ぎでガチガチになられるよりはマシか。バカ騒ぎしながらでも動ける方が生き残る確率は上がるのだから。


「グルルガアァァッ!」


 黒獣は前に踏み込みながら身体を捻り、剣尾で空間を薙ぎ払う。それに対して俺達は散開するように飛び退く。

 その後、俺は右側から回り込むように移動。オウカは少し遅れる形で刀を鞘に納めながら反対側から回り込む。ハクアは身軽さを活かして崖に向かって走り込む。陸地はこちらに任せて上空から攻めるつもりなのだろう。

 言う必要もないだろうが、アシュリーはどうしていいか分からずにあたふたしている。下手に動かれても危険なのでこの場は放置だ。決定的な隙が来たならば、そのとき指示を飛ばしてやればいい。


「グルル……!」


 視界に現れた俺に黒獣は角を掬うように振るって払い除けようとする。

 俺はそれを紙一重のタイミングでかわし、露わになった首元に一閃。体毛のせいで深くは入らなかったが、確かな傷を与えることは出来た。

 怒りで痛覚が麻痺していようとも首は多くの生き物にとって急所だ。そこに傷が出来れば、一瞬とはいえ怯むのは必然。

 そこに畳みかけるように崖から跳躍したハクアが、視線の上がっている黒獣の顔へ身体を駒のように回転させながら無数に斬撃を放つ。顔に刻まれた傷から血飛沫が舞ったのは言う間も出ない。

 もう片方の目を潰すことは出来なかったようだが、黒獣は顔にある自分の血を煩わしいと感じたのか数度大きく顔を振る。そこへオウカは勇猛果敢に飛び込み――


「一つ……二つ……三つ! 四つッ!」


 ――頭から尾の方へ抜けながら黒獣の足へ神速の抜刀。流れるように納刀し、再度抜刀して斬撃を叩き込む。

 瞬く間に繰り返された居合いによって黒獣はバランスを失い、自身の体重を支えられず地面に崩れる。


「アシュリー、今だ! 全力の一撃を叩き込め!」

「は、はい!?」


 アシュリーは突然の指示に驚いたような反応を示したものの、半ば反射的に走り込むと最上段に剣を振り上げる。先ほどは直情的と馬鹿にしたような言い方になってしまったが、時と場合によっては良い方向にも働くようだ。


「せぇぇぇのッ!」


 全力で振り下ろされた剣は、唸りを上げながら他よりも一際頑丈な毛で守られている背中に叩き込まれる。

 アシュリーのために作った魔剣グラムは、彼女の腕力に耐えられるように耐久力を重視している。

 そのため俺やオウカの使っている刀と比べると格段に重く、斬れ味も劣っている。故に黒獣を斬り捨てることは出来ない。

 しかし、剣というものは『斬り裂く』ための刀とは違って『叩き斬る』武器だ。刀身がボロボロになっても鈍器として使うことも出来る。

 通常よりも重量のある剣が、そこいらの剣では耐えられない馬鹿力で振るわれる。その結果は言うまでもない。

 魔剣の一撃は、黒獣の身体を背中側から叩き潰し地面を砕く。その余波で肉片は爆ぜるように飛び散り、噴き出した血は周囲を赤く染める。

 生命力の強い魔物ならば上半身と下半身が分かれても動けるが、黒獣にそれに当てはまらない。人工的に生み出した代償なのか、それとも殺傷力だけを求めた結果なのか。

 その判断をこの場で下すことは出来ないが、確実に言えることは黒獣は断末魔の悲鳴を上げながら絶命したということだけだ。


「……ぁ……あぁ……うッ!?」


 全身に返り血を浴びたアシュリーは、口元を押さえるとその場から少し離れ……盛大に胃の中のものをぶちまけた。

 魔物はアシュリーもこれまでに直接かどうかは分からないが、任務で何度か討伐しているはずだ。故にヨルクの時ほど罪悪感は生まれていないはず。

 だが、根本的に自分の手を汚したり血を浴びることに慣れていないのだろう。

 かつての自分もそうだっただけにどうこう言うつもりはない。こればかりは数をこなすことでしか対処の仕様がないのだ。


「ウチ……先輩のこと本気で怒らせないようにしよう。まだ死にたくないしぃ」


 アシュリーの馬鹿力を目の当たりしたハクアの独り言にとやかく言うつもりはない。あれが自分の身に迫ったとなれば、誰だって同じ気持ちを抱くだろう。

 ただもしも今のアシュリーを見て、汚いだの醜いだの言うものが居たなら俺はそいつを許さない。

 こいつは自分よりも他人のために動ける人間だ。剣を振るのだって誰かを守りたいからであって、命を奪いたいからではない。

 他人のために自分の身を汚し、命を奪ったことに罪を感じて嘔吐する。その姿は心配こそされても、決して非難されるものではないはずだ。


「どうやら終わったようですね」

「ああ」

「魔剣鍛冶殿、先ほどの男はどうしますか?」

「今から追っても無駄だろう。それに今回の目的は魔物の討伐だ。その目的は果たしたんだから今はそれで良しとしよう」


 刃に付いた血を払って鞘に納めると、同時に緊張も切れたのか一気に力が抜ける。

 激しく動き回ったせいか、想像以上に血を失っていたようだ。まだ意識は保っていられるが、早めに手当てしなければ少々不味いかもしれない。


「魔剣鍛冶殿ッ!?」

「……大丈夫だ」

「いやいや、そこまで大丈夫でもないでしょ。このままだとお兄さん絶対倒れるからねぇ。さっさと山を下りて手当てしないと」

「そうですね! ししししかしアシュリー殿が……!?」

「お姉さん、ちょっと狼狽えすぎぃ。さっきまでの凛々しさはどこ行ったのさ。はぁ~……今のお姉さんにお兄さん任せるのもあれだしぃ、お姉さんは先輩に付いてて。ウチはお兄さんと一緒に先に山を下りて手当てするから」


 ハクアの顔は呆れと面倒臭さが混じったような感じではあるが、その判断に関しては言うことはない。

 アシュリーもしばらくは動けないだろうし、俺も今の状態でひとりで山を下りれる気はしない。たとえ下りられたとしても背中の傷をひとりで手当てするのは厳しい。ここは大人しく従うべきだ。


「分かりました! アシュリー殿のことは某に任せてくだされ。無事に山から下ろしてみせまする!」

「その気合が空回りしないことを祈るよ。じゃあこっちは先に行くからぁ」


 ハクアは大小の刀をひとつの鞘に納めると、俺の腕を掴んで脇の下から顔を覗かせる。どうやら支えになってくれるようだ。


「しばらくは普通に歩けるんだが?」

「急に倒れられたら面倒だし、これ以上怪我でもされたらあとで先輩を慰めるのが凄まじく面倒臭そう。だからさっさと行くよぉ」

「……お前って割と面倒見良いよな」

「別にぃ。ただ今は傭兵じゃなく騎士だからね。それにまだ任務中だし、人のために働きますよ」


 いつもと変わらない口調ではあるが、少しばかり頬が赤くなっている。

 人から褒められることに慣れていないため、照れ隠しで言っているのか。そう思うと、この無気力な騎士にも多少可愛げを感じる。

 それに初めて会った時よりも人間らしくなった……気がしなくもない。

 あの騎士団長がこいつの将来を考えて騎士団に引き入れたのならば、それは悪くない判断だったと言える。

 まあ……単純に人手が足りないため、腕の立つ人材が欲しかったのも理由だろうが。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る