第13話 「別れの日」
黒獣を討伐して10日ほど経過した。
背中の傷の具合も大分良くなり、2日前からは鍛冶作業も再開。ユウからは心配そうな顔をされたが、動けるのに動かないのも身体が鈍る。それほど長時間するつもりはないと言ったところ、無茶はするなという条件で許可が下りた。
なので今日も2時間ほど作業した後は、ロッキングチェアに座って読書していた。
まあ……居候に仕事をする許可をもらうってのも、考えてみればおかしな話ではあるが。
ただ今やユウは、家事の大半をこなすようになっている。それだけに頭が上がらない気持ちも芽生えてしまい、強く反論できない俺が居る。
それを考慮すると、異性だろうと毒を吐く俺でも結婚したなら尻に敷かれるタイプなのかもしれない。
「ルーク、飯出来たぞ~」
その声に誘われるように居間のテーブルに移動する。
厨房の方からユウがせっせと運んで並べられる料理は、まだまだ不格好なものもあるが美味そうな匂いを漂わせている。
ここに来てからの成長具合を考えると、あと1ヵ月もすれば十分な家庭料理を作れるようになるのではなかろうか。
そんなことを思っている間にユウは窓の方へ駆け寄り、外に向かって声を飛ばす。
「お~い、飯の時間だぞ~! さっさと食えよな!」
声を掛けている相手は、庭で鍛錬を行っていたオウカだ。
俺を始め先日の魔物討伐に参加していた者には、騎士団から報酬が出た。
それだけ聞けば、何故未だにオウカがこの家に居るのか疑問に思う者も居るだろう。簡潔に説明すれば、先日の一件で黒衣の男が姿を見せたことからだ。
あの男が属している組織は、魔人や魔物を作っている。それが完全に判明したことで、騎士団では捜査範囲の拡大や編成の組み直しなど行われた。
また魔物の討伐に黒衣の男の介入してきたことや持ち帰った情報を加味し、俺達への報酬の上乗せが検討されたらしい。
色々なことが重なった結果、支給までの手続きが遅れたというわけだ。
とはいえ、まとまった金が手に入ったオウカは故郷に戻るための旅支度をすることが出来た。準備が終わったのは昨日であり、今日昼食を食べたらここを出発することになっている。
突然訪ねてきてそのまま居候していたポンコツ侍が出ていくことを考えると……寂しいとかそういう気持ちはないな。普通に考えれば、何でこんなに滞在してたって話だし。
「いつもかたじけない。今日は軽めに……と思っていたのですが、剣を振り始めるとつい熱が入ってしまいまして」
と言っているが、それでも普段と比べたら剣を振っていた時間は短い。
ただ、まだ過ごしやすい気候ではあるが日に日に気温が高くなってきている。
なのでここ最近のオウカは愛用しているコートは身に付けず、どこか甚兵衛や浴衣を連想させる薄着で鍛錬を行っていた。
それでも額から汗が流れるあたり、一太刀一太刀を丁寧に振るっていた証拠だ。
人間や女性として見るとダメな部分もあるが、剣に関してはどこまでも生真面目で貪欲。魔物相手では刀が抜けないという楔がなくなった今、そのうち歴史に名を遺す達人になるやもしれない。
それと余談になるが、この国には日本のように明確な四季があるわけではない。だが月が替われば気温も変わる。
また昔から異世界の人間が召喚されてきたからなのか、この世界の時間などの区分はあちらのものと等しい。
1日は24時間であり、1時間は60分、1分は60秒だ。
とはいえ、多少の違いもありはする。
1年は12ヵ月だが、計算がしやすいのようか1ヵ月は30日に固定だ。
まあだからなんだという話だが。異世界から来る人間からすれば、感覚が狂いにくいだけにありがたい話でしかない。
「んなことは別にいいからこれで汗拭けよな」
ユウは用意していたタオルをオウカへ投げる。言動こそ悪いが実に気の利いた行動だ。
それだけに現状俺の身近に居る異性の中で、ユウは最も出来た人物なのかもしれない。シルフィに憧れているどこぞの騎士様には見習ってもらいたいものだ。
「それと、飯食べてからでいいから出発前に水浴びくらいしとけよ。お前も一応女だし」
「はい……あのユウ殿。念のために言っておきたいのですが、某は一応ではなくれっきとした女です」
「でもお前、刀振る以外に取り柄ねぇじゃん」
ただ事実を言っただけ。だがそれ故にユウの言葉はオウカの心を抉るように貫いた。
子供からダメ出しされる大人は何と哀れなことか……単純に尊敬される大人になってないだけだが。ユウが尊敬できる大人なんて身近だとシルフィくらいしかいないしな。
そんなことを考えている間に若干涙目になっているオウカは腰を下ろし、ユウも普段座っている定位置のイスに飛び乗る。
全員で合掌し食前の挨拶。
毎日見ることが出来る光景ではあるが、俺達は生まれも育ちも違う。なのに同じ行動をしていると考えると、他者との交流には意味があるのだと改めて実感する気がした。
「ユウ殿、今日も美味しいです」
「わぅ、腕によりをかけて作ってるからな」
「まだ少し不格好だったりするがな」
「う、うるせぇ! そこは今後改善する予定なんだよ。つうか作ってもらったもん食ってんだから文句言うなよな!」
それはそうなのだが……。
冷静に考えてみると、素直に何でも言うようになったあたり、こいつもずいぶん人間に慣れてきたものだ。
最初は噛みついてくるほど警戒していたはずなのに。まあ言動は荒くても根は良い奴だからな。
それにこの世界の人口の大半は人間だ。今後ここを出て世界を旅するにしても、触れ合うことになる相手は人間が多くなる。人間に対して必要以上に警戒心を抱かなくなったのは良いことだ。
「オウカも生温かい目でこっち見るなよな!」
「いえ、そういうつもりでは」
「だったらにこやかな顔をオレに向けんな! ……ったく、せっかくあのバカが来なくなったってのに」
「ユウ殿、確かにアシュリー殿は抜けているところも見受けられます。が、あまり人をバカ呼ばわりするものではありません」
「いいんだよ!」
ユウは拗ねたように顔を背ける。
それを見たオウカは、助けを求めるような視線をこちらに向けてくる。
正直に言わせてもらえば、俺もあいつのことはバカだと思っている。それだけにユウの馬鹿発言に対してどうこう言う気持ちにはなれない。
しかし……何も言えないわけではない。
ユウは口ではアシュリーのことを馬鹿だと罵ったりするが、なんだかんだで身近な人間だとは思っているのだろう。
そうでなければ、昼食の量が俺達+1人分になるわけがない。
つまりユウは、基本的に昼食はアシュリーが食べに来ても問題ない量を作っている。しかも今日だけでなく毎日。それを考えると、こうして毒を吐くのは会いたい気持ちの裏返しなのではないかとも思えてくる。
「気にするな。あのバカがしばらく来てないから寂しがってるだけだ」
「なっ――だ、誰が寂しがってるって! ルーク、適当なこと言ってんじゃねぇぞ。オウカもニヤけんな!」
「某は笑うことさえ許されぬのですか!? それはあんまりです……しかし、アシュリー殿は何をされているのでしょう。騎士団の方々は慌ただしくしているようではありましたが」
アシュリーさんもその騎士団の一員なのですがね。今の言い方だと騎士団としてカウントされていないように思えるのは俺の気のせいでしょうか。面倒臭いので口には出しませんけども。
「魔物討伐の時に黒衣の男が現れたこともあって、捜査範囲の見直しやら見回りの強化とかでバタついてるみたいだからな。毎日のようにここに顔を出してたらその方がおかしい」
「それはそうですが……」
「オレは別に気にしねぇけど、またルークが何か言ったんじゃねぇの?」
アシュリーが来ない=俺が何か言った、という図式はやめてもらいたい。
確かにその可能性もありはするだろうが、魔物を討伐してからは顔を合わせていないし、討伐した日もこれといって言った覚えもない。俺は怪我の治療があったし、あちらも命を奪った罪悪感などで体調を崩していたのだから。
「俺としては言った覚えはないんだがな」
それでも何かあるとすれば……俺の過去に問題がある。
黒衣の男が俺のことを英雄と言った時、アシュリーはその言葉に反応していた。
アシュリーは魔竜戦役の孤児だ。そして俺は、その戦いを生き抜いた英雄のひとり。
当時の俺は毎日のように死体を見ていた。家族を失い孤児になった子供も何度も見た。だから俺には、当時アシュリーと思われる子供と接した記憶はない。だがアシュリーからすれば違うのかもしれない。
俺は必死に戦った。戦って戦って戦い抜いた。
だから助けられた命がある。しかし……その何倍も助けられなかった命がある。
もしもアシュリーが両親を失った時、俺がその場に居たのならば。もう少し早く駆けつけていれば、その命を救えたかもしれないのならば。幼き日のアシュリーが、俺に対して負の感情を抱いてもおかしくはない。
「その顔からして何か心当たりあるんじゃねぇの?」
「まあまあユウ殿、そのへんにしておきましょう。実際のところどうなのか某達には分かりませぬし。その……ここでこうしてユウ殿の手料理を食べるのも今日が最後ですから。最後くらい楽しく終わりたいのです。某にはもう家族も居りませぬ故……誰かと一緒に食事をするというのは、とても温かく感じるものですから」
オウカは生まれ育った村へ帰る。
それは父親の供養を行うため。母親はすでに亡くなっていたため、故郷に帰ってもオウカには家族がいない。
親しくしていた隣人は居るかもしれないが、それでも明確な繋がりのある者はいないのだ。
両親を亡くしているユウは、オウカの気持ちが分かるだけに何か声を掛けようとする素振りは見せる。
だが何を言っていいかまとまらないのか、口から言葉は出てこないようだ。
「……また来ればいい」
「え……」
「今使ってる刀もそのうち折れるだろうからな」
形あるものいつかは壊れる。
それは
神剣を超えることを目標にしている身としては未熟な限りだがそれが真実。
「魔物討伐の時に助けてもらったからその刀の代金はタダにしたが、次からは金を取る。だから……折れたりしなくても金さえ払うならまた打ってやるよ。だからやるべきこと、やりたいこと……それが終わったらまた来ればいい」
「
「まあユウの飯が食えるかは別だがな」
「それは余計です! 何故上げて落とすのですか。それさえなければ……」
不服そうな顔で何やらブツブツ言っているオウカだが、どこか嬉しそうにも見える。
ユウにもそう見えたのか表情が柔らかくなり、料理を口に運びながら無邪気そうに口を開く。
「ルークがそういう奴なのはお前も知ってんだろ? 素直に諦めろって」
「それは……そうかもしれませぬが」
「それにルークの言うことも事実だしな。当分はここに世話になるつもりでいるけど、ずっと居るかというとそれは分かんねぇし。仮に居たとしても近所の手伝いとかで居ねぇかもしんねぇからな」
「ユウ殿も余計ですッ!」
日に日にユウ殿は魔剣鍛冶殿に似てきているのではないですか!
オウカはそのように続けて言葉を投げつけるが、ユウは気にした様子もなく汁物をすすっている。
それを見ながら俺自身も汁物をすすっているあたり、俺とユウの行動ははたから見ると似ているのかもしれない。
その後も俺やユウの言動にオウカは一喜一憂しながら箸を進め、テーブルにある皿が全て空になったところで皆で食後の挨拶。俺とユウは食器の片づけに移り、オウカには汗を流しに行かせた。
片付けが終わり居間でゆっくりしていると、汗を流し終わったオウカが戻ってくる。
どこか名残惜しそうに室内を見渡しながらもコートを羽織り、旅支度を終えた彼女は立てかけていた愛刀を腰に差す。玄関の方へと歩き扉を開けると、背筋を正しながらこちらを振り返った。
「それでは……魔剣鍛冶殿にユウ殿、短い間ではありましたがお世話になりました」
「寄り道せずに真っ直ぐ帰れよ。お前、自分で思ってるよりも抜けてんだから」
「あはは……ご忠告痛み入ります。魔剣鍛冶殿、突然押しかけた挙句……色々と我が侭を聞いてくださってありがとうございました。この御恩は必ずお返しに上がります」
「ああ、期待はしないでおく」
オウカは生真面目な性格なだけに、下手にプレッシャーを掛けるとポンコツさを発揮し悪い方向に発展しかねない。
そう考えての発言だったが、こちらの真意は1ミリたりともオウカには伝わってないようだ。その証拠に彼女は唇を尖らせている。
だがそれも一瞬のことで、ふと視線を落としたかと思うと両手の指を絡めながらモジモジと身体を揺らし始めた。何やら言いたいことでもあるのだろうか……
「わぅ? 小便なら我慢せず行った方がいいぞ」
「っ――そそそういうことではありませぬ! その、あの……何と言いますか……魔剣鍛冶殿にお願いがありまして」
「俺に?」
新しい刀が欲しくなった時のことは先ほど言った気がするし、天候が悪くなったわけでもない。そのためもう1日泊めてくれということでもないだろう。いったい何を頼みたいのだろうか。
「何だ?」
「そのですね……あの……出来れば魔剣鍛冶殿のことを…………したいのですが」
「……はっきりしゃべれ」
「悪いのはこちらだと自覚しておりますが、もう少し優しい言葉でも良いのではありませぬか! こちらにも心の準備というものがあるのですよ。分かりました、言います。言えば良いのでしょう……その、魔剣鍛冶殿のことをルーク殿と呼ぶのをお許しいただきたいのです!」
オウカが何を言ったのか理解するのに数秒を要した。
言われた瞬間に理解出来るだろと突っ込まれそうな気もするが、このタイミングで名前で呼んでいいかなんて聞かれるなんて普通思わないだろ。それなりに真面目というか真剣な顔をしていたし。
「……ダメでしょうか?」
「いや、別に構わないが」
「本当ですか!? でででではこれからはル、ルーク殿と呼ばせていただきます……えへ、えへへ」
凜とした顔で言い切ったのに徐々に顔がニヤけていく。
その顔はシルフィのことを考えている時のアシュリーよりマシではあるが、方向性が似ている気がするだけに少し気持ち悪い。
ただ別れのタイミングでそれを言うのも罪悪感がある。
なので口に出すのはやめておくことにした。どこぞの変態エルフのように定期的に顔を出すようになれば容赦はしなくなるだろうが。
「ルーク殿! 某、手短に父上の供養を終わらせて戻って参ります!」
「ゆっくりでいい。むしろゆっくりしてこい。というか、いい加減出発しろ」
「はい! 即行で戻ってきますので少々おまちを。本当にお世話になりました。ではまた!」
笑顔で言い切ったオウカは風のように去って行った。
どういうテンションで旅立とうがオウカの自由ではあるが……あの速さで走っていたら荷物が紛失しそうな気もする。金銭を落とそうものなら過酷な旅になるだけに……考えるのはやめよう。すでに行ってしまった以上、俺にはどうすることもできない。
「お~もう見えねぇ。ここに来た時も凄かったけど、帰る時の速さもやべぇな」
「そうだな……まあこれからしばらくは静かになるだろ」
「だといいけどな……なあルーク」
「ん?」
「今度オウカが来た時どうすんだ?」
「どうするって何がだ?」
「分かってるくせにとぼけんなよ。まあ別にオレはどうでもいいけど」
どうでもいいと言うならそのにやけ面はやめろ。
言われなくても分かってるさ。付き合った経験こそないが俺も大人だ。それに鈍いわけでもない。来た時と比べたら俺への態度が違っているのに気付いている。というか、さっきのやりとりで気づかない方が少ない。
とはいえ、現状では異性として見れていない。
故に今の関係のままでは発展することはないだろう。
しかし、未来というのは不確定なもの。どうなるかなんて誰にも分からない。今後の流れ次第ではそういう未来が訪れる可能性はある。
かといって気にし過ぎるのも精神的に良くはない。
神のみぞ知るようなことを考えるだけ無駄だ。今はただ俺に出来ることをやっていく。それが最善だろう。
「ただ誰にでも良い顔すんのはやめとけよ。そういうのはかえって傷つけるだろうからな」
「誰にでも良い顔してるように見えるか? 大体ガキがマセたこと言うな。そんなこと言う暇があるなら自分の色恋でも気にしとけ」
「誰がガキだ! ルークに心配されなくてもそのうちオレは良い男見つけるっての。少なくてもあのおっぱいしか取り柄のない騎士より家庭的だからな!」
「まあ……それはそうだな」
腰に手を当てて胸を張るユウの頭を軽く撫でてやると、気持ちよさそうに表情が緩む。
獣の血が流れているために撫でられるのを心地良いと思うのか、根っこの方ではまだ人に甘えたいと思っているのか。何にせよこういうところが俺から見ればまだまだ子供だ。
「えへへへ……って、子供扱いすんなよな!」
「悪かった。もうしない」
「べ、別に……もうするなとは言ってねぇだろ。時と場合によるんだよ。とにかく今のはダメだ。どう考えても子供扱いしてるからな」
「はいはい」
「本当に分かってんのかよ……おいルーク、聞いてんのか? おいルーク!」
不服そうな顔のユウが窓際に移る俺を追いかけてくる。
駄々をこねるようで騒がしくもあるが、のどかにも思えるのはユウが子供だからだろう。
こういう騒がしさなら悪くない。こういう時間なら続いてもいい。
だが……それはきっと今は叶わない願いだ。
黒衣の男達が居る限り、再びどこかで惨劇や争いの火種が起きる。あいつらをどうにかしなければ真に平和な時代は訪れない。
ただそれでも、今はこの時間を噛み締めよう。
安らぎがあるからこそ。平和と思える時間を知るからこそ。それを守りたいと思えるのだから。
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