第15話 「町の自警団」

 田舎だけあってのどかな雰囲気だが、町の中央部に進んでいくにつれて活気のある声が聞こえてくる。

 ただそれ以上に右手からはイズナが活発でハキハキした声で、左手からはナズナが落ち着きのある声であれは何のお店、あっちには〇〇があります、と次々と告げてくる。

 無下にするわけにもいかないため、多くの意識を双子に割いているだけに店主達の声は二の次状態だ。

 その一方、双子の姉貴分である騎士様はというと……


「おう、誰かと思ったらアシュリーじゃねぇか。あんまし変わってねぇな」

「ちょっとおじさん、もっとよく見てよね。これでも結構変わったんだから」

「あらアシュリーちゃんじゃない。こっちに戻って来てるの? それにしてもまた綺麗になったんじゃない。うちの息子の嫁に欲しいわ」

「おばさん、綺麗って言ってくれるのは嬉しいけど。まだあたし結婚とかするつもりないから。まだ仕事も一人前じゃないし」

「あ、アシュリーだ! お~いみんな、おっぱいお化けが帰って来たぞ~!」

「このチビガキ、誰がおっぱいお化けよ!」


 ……のように知人に絶え間なく話しかけられており、その対応だけで精一杯のようだ。こちらとしては近くで騒がれないだけありがたいことなのだが。

 イズナも騒がしいといえば騒がしいが、やっていることは元気な声で話しかけてくるくらいだ。手を繋いでいることもあってか、アシュリーのように過度な身振り手振りはない。

 俺の興味を惹く際に手を引いたりしてくるが、それは特に怒ることでもないだろう。


「ちょっルーくん、ルーくんってば! もう、置いてかないでよ!」

「置いて行っているつもりはない。一緒に動く理由もないしな」

「ひどッ!?」

「ひどくはないだろ。お前は町の人達と話すで忙しそうだし、俺は俺でやることがある。別行動した方が合理的だ」

「合理的だぁ~!」

「合理的です~!」


 普段のノリで双子は言ってるだけなんだろうが、笑顔で放たれるそれはアシュリーには鋭い追撃に等しい。

 それだけに若干涙目で「これがなければ……」と嘆き乾いた笑いを漏らしている。

 孤児院に着く前の緊張の中には、こういう扱いをされるのが嫌だという想いがあったのかもしれない。

 そう考えると、少しだけアシュリーが不憫に思えてくる。だからといって甘やかしたりしないが。剣の代金を分割後払いにしてやってるし。


「イズナちゃん、ナズナちゃん!」


 元気な声がしたかと思うと、双子達と同い年くらいの少女が現れる。長い金髪をおさげにした素朴な子だ。


「リーシャだ」

「リーシャちゃんです。どこかにお出かけですか?」

「うん。ママからおつかい頼まれたの。イズナちゃん達は?」

「ルゥくんとお出かけしてるの」

「この町を案内してるんです。ついでにアシュ姉もいます」


 悪気はない。悪気はないんだ。

 それはアシュリー、お前が1番分かってるだろ。だからついでって言葉が響いたのかもしれないが、そこまで辛そうな顔をするな。


「ルゥくんさん、はじめまして。リーシャです」

「あぁよろしく」

「はい、よろしくです。アシュリーお姉ちゃんもお久しぶりです」

「ぐす……うん、久しぶり」

「アシュリーお姉ちゃん、どうしたんですか? お腹でも痛いんですか?」

「ううん、痛くなんかないよ。ただリーシャの笑顔が心に染みてるだけ」


 アシュリーの発言にリーシャは小首を傾げる。

 まあここまでのアシュリーの扱いを知らないだけに無理もない。双子達も悪気がないだけに理解はしていないだろう。現状で彼女の気持ちが理解出来ているのは俺だけだ。

 だからといって優しい言葉なんて言わないがな。そんなことをしようものなら……


『え……ルーくんどうしたの? あたしに優しくするとか熱でもある? 何か気持ち悪いんだけど……』


 などと引いた目で言われるに決まってる。故に俺はスタンスを変えない。同情はしても優しい言葉なんて掛けない。


「ねぇねぇ、アシュリーお姉ちゃん」

「うん?」

「ルゥくんさんはアシュリーお姉ちゃんの彼氏さんなの? 恋人なの?」

「な、なななな何を言うとるのですか!? そ、そんなの」

「彼氏さんじゃないよ」

「恋人ではないです」

「そうだけど! せめて本人に言わせて。何かこうモヤモヤするから!」


 自分のことを棚に上げてよく言ったものだ。

 俺の記憶が間違いなければ、騎士様も似たようなことを多々やっているような気がするのだが。


「こっちからひとつ聞いていいか?」

「はい、いいですよ」

「ちょっルーくん……!?」

「さっきおつかいの途中だとか言ってなかったか?」

「あ、そうでした。すみませんがわたしはここで失礼します。イズナちゃん、ナズナちゃん、またね~」

「またね~」

「またで~す」


 リーシャは笑顔で手を振りながら去って行く。

 あまり話したわけではないが、礼儀正しい子だった。道を踏み外したり、どこぞの騎士様のように芸人にならないようにどうかそのまま育ってくれ。

 ところで……


「騎士様、さっきの反応は何だったんだ? まるで俺が変質者みたいな目をしていた気がするが」

「そ、それは……あははは」

「……まあいい。いいかふたり共、ああいう笑って誤魔化すような奴になっちゃダメだぞ」

「ごめん、あたしが悪かったからそういうのやめて! 普通に小言を言われるより心に来るものがあるから。ふたりもうんうんって何度も頷かないで!」


 身から出た錆だ。甘んじて受け入れろ。

 落ち込むアシュリーをよそに双子達は笑みを絶やさない。まだ色んな場所を案内したいのか、急かすように手を引く双子に連れられ町の散策は続く。

 その甲斐もありいくつかユウに買おうかと思うものが見つかった。

 ジャンルで言えば菓子や衣類だ。ユウは甘いものは好きなようだし、服はシルフィからもらったお下がりを使い回している。特に不満を言っているわけではないが、新しいものも欲しいだろう。これからどんどん暑くなるのだから。


「馬鹿野郎! 何で俺に一言言わなかった!」

「はあ……」

「はあ、じゃねぇ! お前がひとりで突っ走るからコソ泥に逃げられたんだぞ。近くに俺も居たんだ。協力してれば捕まえられたかもしれないものを」

「はあ……すいません」

「本当に反省しているのか! お前には自警団としての責任がないのか!」


 何やら男をふたりが争っている。

 ひとりは30代ほどに見えるしかめっ面。もうひとりはアシュリーと同年代ほどの若い男だ。服装やらを見る限りこの町の自警団だろう。状況としては、新人が先輩から説教されてるってところか。

 何故騎士団という組織があるにも関わらずそのような組織があるのか?

 そう思う者も居るかもしれない。理由は単純だ。先の大戦で人口が低下したことによって騎士団も万年人員不足の状態にある。故に全ての街や村に人員を割けないのだ。

 そのため、首都から離れた町や村では自警団のような組織が作られることが多いというわけだ。


「まったく、これだから最近の若い奴は……」

「……すぐ疲れる奴と一緒の方が逃げられる可能性高いだろ」

「何か言ったか?」

「いえ別に……」

「この……! もういい、あとは俺が見回るからお前は先に帰ってろ!」


 先輩らしき男は憤慨した様子で立ち去って行った。

 取り残された若い男は、言いたいことがあるのかぶつくさ呟いている。何を言っているのか聞き取ることはできないが、聞いて楽しいものとも思えない。

 ここはさっさと立ち去るべきだ……そう思ったのだが


「あれ……もしかしてアシュリー?」


 どうやらアシュリーと知り合いだったらしく、こちらに駆け寄ってきた。再会した嬉しさからか表情は明るくなっている。


「やっぱりアシュリーだ。久しぶりだね。元気にしてた?」

「うん、元気だよ。ヨルクも久しぶり」

「その格好……もしかして騎士になれたの? おめでとう! ずっとなりたいって言ってたもんね」

「そっちだって自警団に入ったみたいじゃん」

「一応ね。アシュリーみたいに凄くはないし、怒られてばかりだけど」

「あたしだってまだまだ駆け出しだし、よく注意とかされるよ。でも人を守るための仕事だし、お互い頑張ろう」


 年頃の男女が話していると甘酸っぱい光景に見えてしまうのは、俺が年を重ねたからだろうか。

 もしそうだとしても別にこのふたりを羨ましいとは思わない。アシュリーに対しては最低限の異性意識しかないのだから。

 何より……年上の俺よりも今話してる奴の方がアシュリーにはお似合いだって思うしな。俺と話すときみたいに憤慨する気配も見えないし。

 不意に右手が引っ張られる。

 視線を向けてみると、イズナが屈んで欲しいと言いたげに手招きしていた。片膝を着くと両手で声が漏れないようにしながら話しかけてくる。


「あのね……今アシュリーと話してるのヨルクって言うんだけど、昔からアシュリーのことが好きみたいなの」

「ほぅ……」


 あの身体だけ大人になった子供を好きな物好きがいるとは。

 もしかしてあいつは巨乳好きなのか。それとも安産型が好みなのか。他にも顔や声などもあるが……

 何にせよ俺とドンパチやることはないだろう。俺はアシュリーに対して恋愛感情は全くないのだから。


「でもアシュリーはそれに気づいてないみたい」

「まあ……そのへん鈍そうだしな」

「ですがルゥさん、これで分かったこともあるんじゃないですか。意外とアシュ姉は罪な女なんです」


 妹さんや、話に入ってくるのは良いとして……君はどこでそんな言葉を覚えているんだ。

 もしも教えている大人が居るのなら今後近づかないようにしなさい。根が素直なだけにポロっと言って人を傷つけかねないから。

 もしも保護者である彼女が教えているのなら……アシュリーとか親しい相手以外には言わないように。


「ちょっとそこ! コソコソと何を話してるの。どうせあたしの悪口でも言ってるんでしょ!」

「双子が自分の姉貴分は良い女だぞと言っていたのに……お前は失礼な奴だな」

「失礼だな!」

「失礼です!」


 そんなこと言っていないと口にするかとも思ったが、この双子は徹底的にアシュリーを追撃するように仕込まれているようだ。

 根っこでは本当に良い女と思っている可能性もあるので、悪いことと決めつけたアシュリーに怒っているだけもしれないが。


「ぐぬぬ……人の妹分を懐柔するなんて卑怯な」

「待て待て、懐柔なんてしてないだろ。人聞きの悪いことを言うな」

「嘘だ! どうせお菓子でも買ってあげるとか言ってたらし込んだんでしょ。あたしの知るふたりはもっとあたしに……あたしに…………ごめんなさい、勢いで言い過ぎました」


 何か同情したくなるから頭は上げろ。あとこういうときの素直さは嫌いじゃないぞ。


「えっと……アシュリー、この人は?」

「あぁごめん。この人はルーくんって言って」

「誰がルーくんだ。こういうときは普通フルネームで紹介するものだろ。あと自己紹介くらい自分で出来る」

「なっ……何でそういう言い回しばかりするかな! こっちは善意でやってるのに。そっちの言うことは最もだけど最後のは余計!」


 愛称で紹介した非を認められるなら最初から普通に紹介すればいいだろうに。勢いというか感情の赴くままというか……端的に言ってバカな奴だ。それが良いところにもなったりはするが。


「ルーク・シュナイダーだ。別に覚えなくていい」

「何でわざわざ印象の悪い言い方するかな。それなら名前だけの方がマシ!」

「ははは……アシュリーとは仲良くされてるんですね。ルークさんも騎士団に所属されてるんですか?」

「いや」

「では……もしかして、その」

「それはない」


 力強く否定にヨルクは一息吐く。

 その様子にアシュリーは小首を傾げているが、双子達はヨルクに同情するような眼差しを向けている。

 これまでの反応からして恋愛に興味がないわけではないだろうが、今のやりとりが理解できないあたり子供だ。

 シルフィ一筋による弊害なのか。

 何はともあれ、これだけは言える。双子よりも部分で敵に子供であると。


「そうですか……じゃあいったい何を?」

「鍛冶屋だ」

「あぁなるほど。それなら騎士団の人と交流はありそうですね」


 交流があるのは騎士団の中でも極一部の奴だけだがな。

 そう返すかどうか迷った時、ヨルクが急に表情を歪ませ左腕を握り締めた。


「……どうかしたのか?」

「い、いや何でもないんです。さっき泥棒を追いかけた時にやっちゃってたみたいで」

「大丈夫? 何なら家まで送るけど」

「これくらい大丈夫だよ。自警団の先輩にも家に帰れって言われちゃったし……このへんで失礼させてもらうね」


 ヨルクはぎこちない笑顔で別れを告げると、そそくさと歩いて行く。

 まるで骨でも折ったのかと思うほど左腕を押さえているが……突然筋肉でも痙攣したのだろうか。

 だが俺の目には、一瞬ではあるがヨルクの左腕が不規則に流動したように見えた。まるで何かが身体の中を這いずり回っているかのように……


「……まさかな」


 可能性としてはゼロではないが、物腰を見ていた限り魔竜戦役時代に少年兵として働いていたようには見えなかった。

 なら俺の考え過ぎだろう。用心に越したことはないが考え過ぎもいけない。そう思い脳裏に過ぎった考えを頭の片隅へと追いやる。


「ルゥくん?」

「どうかしたんですか?」

「何だか深刻そうな顔してたけど……まさか!?」

「金銭的なものは落としてないからな」

「まだ何も言ってないんだけど!? というか、何で分かったの?」


 それはお前の思考が読みやすいから。


「イズナ、ナズナ。まだ何か見ておいた方がいいものってあるか?」

「あるッ」

「あります」

「じゃあ案内してくれ」

「え、あ、あのー……あたしへの答えがまだなんだけど! ねぇってば!」



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