第16話 「受け入れがたい現実」

 無事にユウへの土産は買えたものの帰ろうとすると双子に泊まっていけと泣きつかれてしまった。

 懐いてくれることは嬉しいことではあるのだが、こちらとしても明日の予定が……。そう抵抗してみたものの急ぎの仕事があるわけでもなく。

 また帰れなくなった場合を考えて夕方にシルフィが食事を作りに来てくれることになっていた。

 人間への警戒心の残っているユウとシルフィをふたりだけにするのは心配ではある。

 が、ユウも日に日に成長している。加えてシルフィは、持ち前の優しさと温かみのある笑顔で子供からは懐かれやすい。

 また荒事が発生したとしても巡回している騎士の数は増えているし、騎士団でもトップレベルのシルフィがユウの傍に居る。

 そう考えた結果、今日だけ泊まっていくことにした。

 泣きついてくる子供に勝てなかったんだけと言われたら否定はしない。だがこれだけは言わせてくれ。純粋無垢な子供に泣きつかれたら誰もが勝てるわけじゃない、と。


「すみませんルーク様、あの子達が我が侭を言って」

「まあ急ぎの仕事もありませんので……というか、本気でそう思ってます? あまりあの子らを止めようとしてなかった気がしたんですけど」

「あ、バレてました?」


 この人……本当イイ性格してるよな。


「でも申し訳ない気持ちはちゃんとありますよ。だからお詫びに精一杯腕によりをかけてご夕食を作りましたし」

「笑顔で言われると反省しているようには見えないんですが」

「見えないだけです。ちゃんと反省はしています。でも後悔はしてません」


 何でこんな人を傍で見ててあそこまで真っ直ぐに育つのだろう?

 ある意味反面教師になっているのだろうか。それとも俺が見ていないだけでこれまでに厳しく躾けていた可能性も……。

 いや、考えるのはやめておこう。

 ここにはここの方針がある。それに双子やここで育ったアシュリーを見る限り、悪ガキに育っているわけでもない。ならとやかく言うのは筋違いだ。


「それに……最近は何かと物騒な噂も耳にしますし、男性が居てくれた方が私も安心ですから」

「物騒な噂?」

「はい。あちこちで魔物の被害が増えていると聞きますし、この町でも時折子供が行方不明になったりしていますので……あ、すみません。誰か来たようです」


 ナタリアさんはお辞儀すると玄関の方へと向かう。

 それにしても子供が行方不明か……。

 町の様子を見る限り、大人達が張り付けている雰囲気はなかった。頻繁に起きているなら町中には緊張感が漂っているだろうし、子供に外を出歩かせるはずもない。

 子供が親とケンカをして家出したりすることもあるだけに、全てが全て悪いことばかりに直結しているわけではないのだろう。


「……ん?」


 何やら玄関先が騒がしい。感情的になっている女性の声が聞こえるが何かあったのだろうか?

 そう思って玄関へ向かうと、アシュリーも気になったのか顔を出してきた。ナタリアさんと話しているのは30代くらいの女性のようだが……


「何かあったのかな?」

「何かあったからああなってるんだろ」

「そうだけどそういう返しがほしいわけじゃないから……ナタ姉、どうかしたの?」

「あぁアシュリー、それにルーク様も。実はリーシャという子がまだ家に帰ってないみたいなんです」


 その名前には聞き覚えがある。確か昼間に出会った子だ。


「え、まだ帰ってないんですか? おつかいしてたのって昼間ですよね?」

「アシュリー、あの子に会ったの? どこで会ったの!」

「ママさん、おおお落ち着いてください。こ、答えるので揺らさないで…………ふぅ、えっと会ったのは買い物してる時です」

「何か言ってなかった!」

「い、いえ、おつかいの途中だってことくらいしか」

「そう……あの子、いったいどこに行ったのかしら。ケンカした覚えもないし……」


 昼間会った時の様子を思い出しても親子の仲が悪いとは思えない。

 つい何かに惹かれて別のことに夢中になりそうな子にも見えなかったし、母親が悪い方向ばかりに考えるのも無理はないか。


「リーシャが行きそうな場所は探したんですか?」

「探したわ。あの子が行きそうなところは全部……でもどこにもいないのよ! あの人も帰って来ないし」

「あの人?」

「常識的に考えて旦那さんだろ」

「わ、分かってるし! 確かリーシャのパパさんって」

「自警団よ。でも今日は当直の日じゃないし……リーシャを探している時に血相を変えて走るあの人を見たって聞いたから泥棒でも追いかけてるのかもしれないわ」


 となると旦那さんが何か知っている可能性は低いし、家に奥さんがいないことで探し回っているかもしれない。今すぐ落ち合うのは難しいだろう。

 それにリーシャはこの町で育ってきたはず。なら迷子になる可能性は低い。となると……


「みんな、そこで何してるの?」

「何してるんですか?」

「イズナにナズナ。それがね……いたっ!?」


 何故アシュリーが急に悲鳴を上げたか。答えは単純にして明快。俺が叩いたからだ。

 ただ誤解がないように言っておくが、そこまで強くは叩いてないからな。


「何でいきなり叩いた……って近い近い近い!」

「アホ、何もしやしない。そもそも子供に友達が行方不明だなんて素直に言うやつがあるか」

「あ、それもそっか」


 それもそっか、じゃねぇよ。

 まあ今はおバカな騎士の相手をしている場合ではないので言わないでおくが。

 俺は片膝を着いて視線の高さを双子に合わせる。


「なあ、子供だけが行くような場所ってないか? 秘密の遊び場とか」

「子供だけが行く場所? う~ん……」

「そうですね……お姉ちゃんあそことか?」

「あそこ? あぁあそこか」

「何か心当たりがあるのか?」

「うん。えっとね、町の外れに古くなって使われなくなった風車があるの」

「その近くに細道があってですね、そこを進んでいくと空き地に出るんです。その傍には小さな洞窟があって少し前までよく子供達が遊んでました」

「あ~あそこか」


 お前も遊んでたのか……。

 まあ騎士になる前の話だろうし、子供達の姉貴分だったと考えればおかしくもない話だが。


「でも今は危ない話を聞くことも増えたので、そこで遊ぶ子はほとんどいないと思います」

「空き地に行く道も草がボウボウに伸びてるしね」


 つまり人気がほぼない場所ということか。

 真面目そうなあの子がひとりでそこに行くとは思えないが、もし第三者が関わっていた場合は話は別だ。

 子供くらいしか寄り付かない場所を選ぶということは突発的な誘拐とも考えにくい。だがあの子は身分が高い家の子でもないだろう。そんな子を計画的に誘拐するだろうか。

 ……考えていても始まらないか。


「俺がその場所を見てきます」

「じゃあイズナが案内する~!」

「わたしも案内します」

「ダメです。子供が出歩いていい時間じゃありません。アシュリー、あなたが案内して。あなたもその場所は分かるんでしょ?」

「うん」

「えぇ~、アシュリーだって子供じゃん!」

「そうですそうです。大人なのは身体だけだってナタリア姉も言ってたじゃないですか」

「え、ナタ姉そんなこと言ってたの!?」


 アシュリー、気持ちは分かるが今は落ち着け。そんなことをしている場合じゃないだろ。


「アシュリーは年齢的にはまだ子供ですが騎士です。遊びで行くんじゃないんですからあなた達は大人しくお留守番です。アシュリーにルーク様、ここはいいので行ってください」


 声を荒げてはいないが有無を言わせない迫力がある。

 その瞬間、どうしてこの人が孤児院の主を出来ているのか。どうして子供達を真っ直ぐ育てられているのか分かった気がした。この人は怒らせると怖い人だ。


「ルーくん、さっさと行くよ!」

「そんなに引っ張るな。言われなくても行く」


 よほど怒ったナタリアさんは怖いのか、いつも以上に力強く引っ張るアシュリーに連れられ外に出る。

 そこからは場所を知るアシュリーを追いかける形で走って移動し、町の外れで近くで目印の風車を見つけた。この近くに細道があるらしいが……


「ル、ルーくん、あれ……!?」

「ああ……」


 目的の細道はすぐに見つかった。

 何故なら草木が茂っている中、一部だけ獣道が出来ている場所があったからだ。誰が通ったのかまでは分からないが何かが通ったのは間違いない。

 もしもこの奥にリーシャと犯人が居るとすれば……最悪待ち伏せもありえる。そうなれば斬り合いになってもおかしくない。


「アシュリー、ここからは俺ひとりでいい。お前は町の方を散策しに行ってくれ」

「は? 何でここまで来てそうなるの。町の方たって行きそうなところは全部探したって言ってたじゃない」

「突っかかるような言い方をするな。別に仲間外れだとかそういう意味で言ってるんじゃない」

「じゃあどういう意味?」

「下手したら剣を抜くことになるかもしれないってことだ」


 その意味合いを理解したのかアシュリーの顔に緊張が走り、少し顔色が青ざめる。

 そう……まだアシュリーは人を斬ったこともない。人を斬る覚悟も出来ていない。

 この間の傭兵程度ならアシュリーをかばいながら戦っても守りきる自信がある。だが敵の数が多かったり、強者を雇ったりしていれば話は変わる。アシュリーには自分で自分の身を守ってもらうしかない。


「で、でも……ルーくんだけを危ないところに行かせるのは。リーシャが捕まってるなら人手があった方がいいだろうし……」

「それは否定しない。だから付いて来るのなら覚悟はしておけ」


 斬る覚悟はしなくてもいい。だが自分の身を守るだけでも人を傷つけることはある。それだけは……、と言うことも出来た。

 だが現実なんて自分の思い通りになるとは限らない。戦場なら特にそうだ。

 それに……アシュリーにはアシュリーだけの覚悟が要る。もしもこのあと残酷な現実が待ち受けているのだとしたら、アシュリーにとって今後を決める場所になるだろう。

 少しの沈黙の後、アシュリーは真っ直ぐこちらを見つめて首を縦に振った。

 本当に覚悟が出来ているのか分からないが、今はそれを追求している時間もない。


「剣はいつでも抜けるようにしておけ」

「うん」

「行くぞ」


 腰にある刀に左手を添え、いつでも鯉口を外せる状態で先へと進む。

 獣道を走り抜けると視界が一気に開ける。だが同時に月が雲に隠れたため、どういう状態なのかは確認できない。

 不意に風が吹いた。

 それに乗って鼻孔に入ってきたのは鉄のような臭い。

 嫌な予感が脳裏を掠める中、視界を悪くしていた暗雲が月から離れた。徐々に月明かりが夜を照らす。


「…………!?」


 アシュリーの口から声にならない悲鳴が漏れた。

 空き地の中央に見えたもの。それは気絶しているのか力なく横たわっているひとりの少女と、全身から血を流している自警団の服を着た男。昼間に見かけた男だ。

 その男の隣には若い男が立っており、狂気を感じる笑みを浮かべて見下ろしている。


「な、何で……」


 アシュリーが数歩後退る。現実と受け入れられていないのか顔面は蒼白だ。

 俺達の先に立っている人物。それは昼間出会った自警団の若者……アシュリーの知り合いであるヨルクだ。

 ヨルクは全身に返り血を浴びているが、目を惹くのはそこではない。

 注目すべきは左腕。昼間は普通だったそれは、今はミミズのような目のない異形へと変貌している。

 その異形の口には鋭い牙が無数に生え、自警団と思われる男の腕が引っかかっている。

 ――次の瞬間。

 俺とアシュリーの耳には、骨を砕いて飲み込む音が聞こえた。



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