第14話 「いざ散策へ」

「……まあこんなもんか」


 手入れを終えた包丁を一通り手に取って状態を確かめる。

 孤児院にあった包丁は年季の入ったものばかりだが、まだ十分に使えるものばかりだ。

 俺は仕事では武器よりも日用で使う刃物を取り扱うことが多い。それだけに物の状態を見れば、それがどういう使われ方をしているか大体分かる。ここにある物は非常に丁寧な使われ方をしているようだ。

 シルフィには悪いものがあれば新しいものを作って欲しいと言われていたが、これならその必要はないだろう。

 まあ機会があれば新しいものを作って送ってもいいかもしれないが。俺がここにしてやれることなんてそれくらいだろうし。

 もう一度確認してから包丁を普段仕舞われている場所へ戻す。


「時間は……昼過ぎか」


 もう少し掛かるかと思っていたが、これなら夕方までには帰れそうだ。

 アシュリーはこの町の治安確認を頼まれていることもあり、今日はここに泊まって明日帰ると聞いている。

 それだけに俺が帰る際に明日迎えに来てと甘えてきそうだ。まあ歩ける距離なのだから騎士なら歩けと言うだろうが。

 すぐに帰ってもいいが……少し町でもぶらついてみるか。

 うちの居候は日に日に遠慮がなくなってきているというか、この前菓子を買って帰ったことで味を占めたように思える。何かしら買って帰らないと小言をこぼすかもしれない。


「……若干あいつに対して甘い気がするが」


 俺とユウの関係は主人と奴隷ではない。家主と居候だ。

 居候させる条件としてユウは掃除や洗濯を毎日してくれている。料理の方はまだ俺が行っているが、手伝いはしてくれているのでそのうちひとりでも作れるようになるかもしれない。

 居候なのだから別に給与的なものを与える必要もないといえばないが俺も大人。子供が頑張って入ればご褒美をあげたくもなる。

 ユウのおかげで鍛冶に割ける時間も増えた。

 それは必然的に収入も増えたようなもの。それに対する給料だと思えば菓子のひとつやふたつ安いものか。


「よし……」


 手早く片づけを済ませた俺は玄関へと向かう。外に近づくに連れて元気な声が耳に届いた。


「アシュリー、こっちこっち!」

「アシュ姉、こっちですよ!」

「はぁ……はぁ……絶対、捕まえてやるんだから」


 様子を見る限り追いかけっこでもしていたようだ。

 アシュリーが鬼としているのだろうが、すでにバテバテ。双子を捕まえられる気配は微塵もない。

 騎士として普段から訓練しているだけに一般人より体力はあるはずだが、これは夢中になると無尽蔵に動ける子供の体力を褒めるべきか。まあ鬼も精神は子供ではあるが。


「あ、ルゥくんだ! ルゥく~ん!」

「ルゥさ~ん!」


 双子はアシュリーに追われながらも俺に笑顔で手を振っている。

 俺は双子に軽く手を振り返したが、鬼役である騎士様の方が気になって仕方がない。何故なら……俺にはどこからどう見てもアシュリーが子供達からこけにされているようにしか見えないのだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……こ、子供って……何で疲れないの」

「アシュリーどうしたの?」

「どうしたんですか?」

「疲れちゃったの?」

「疲れたんですか?」

「あはは、アシュリーおばちゃんみたい」

「お姉ちゃん、確かにそうですけどそういうことは言ったらダメです」


 はたから見てる分には妹さんの方がひどいように思えるけどね。本人は失礼な姉を叱ってるだけのつもりなんだろうけど。いやはや言葉って難しい。


「だ……誰がおばちゃんだぁぁぁぁッ! あたしはまだそんな年じゃないし。今年で17歳になる青春真っただ中だし!」

「じゃあ彼氏さんは?」

「う……」

「アシュ姉の口からはルゥさんしか男の人の名前を聞いてないです」

「でもルゥくんはアシュリーの彼氏さんじゃないし~」

「うぐっ……」

「つまりアシュ姉は青春なんてしてないってことです」

「ぐはっ……!?」


 アシュリーは吐血するようなリアクションでその場に蹲る。

 芸人顔負けの反応はこの孤児院によって身に付けた一種の技術なのだろう。子供に言い負けるのもある意味では才能だ。

 騎士よりも双子と大道芸とかした方が稼げるのでは。

 そう考えてしまうくらいに見ている分には楽しい見世物だ。


「こ~ら、あんまりアシュリーをいじめないの。アシュリーがこれを機に帰って来なくなったらふたりも嫌でしょ」

「うん、嫌! アシュリーが一緒だと楽しいもん」

「だから帰って来なくなるのは嫌です」


 生きている限り我慢しなければならないことはある。

 それは基本的に大人になるにつれて増す。仕事に就き責任のある立場になれば仕方がないことかもしれない。だがそれによって体調を崩す者も存在する。

 それだけに……ここまで素直に胸の内を出せるというのは、大人になってしまった者からすると羨ましいことなのかもしれない。


「ところで……お前は何ニヤニヤしてるんだ。気持ち悪いぞ」

「べべ別にニヤニヤとかしてないから!? ただみんなと久しぶりに会えて嬉しいだけだし!」


 要約すると妹分である双子に言われたことが嬉しかったと。

 何だかアシュリーのツンデレ化は進んでいるような気がしないでもないが、まあ根が素直なだけに真のツンデレになることはあるまい。心がもう少し大人になれば違うかもしれんが。


「というか、ルーくんは仕事終わったの?」

「終わったから外に出てきたんだ」

「無駄な質問するな、みたいな目で見ないで欲しいんだけど」

「それに気づけるなら必要以上に構ってもらおうとするな」


 子供を相手するには疲れるんだから。

 さすがにそれを言ったら怒声が飛んできそうだったので溜め息だけこぼし、町の中心部に向かって歩き始める。


「ちょっルーくん、どこ行くの?」

「お前には関係ない」

「ルーク様、どちらかに行かれるのですか?」

「少し町をぶらつこうかと」

「ねぇ! この中で最もルーくんと付き合い長いのあたしだよね。それなのに何で1番扱いがぞんざいなのかな!」


 それは最も付き合いが長いからだろ。

 そもそも、シルフィからの依頼だとはいえナタリアさんは孤児院の主。間接的な雇い主みたいなものだ。イズナとナズナはその家族みたいなものだし、扱いに違いが出るのは当然だろう。


「イズナも一緒に行く~!」

「わたしも行きたいです」

「こら、ふたりとも。アシュリーに我が侭を言うのは良いですが、あまりルーク様に迷惑を掛けてはいけません」


 泣くなアシュリー。お前がぞんざいに扱われているのは見ていて分かったが、それもきっと彼女なりのスキンシップのはずだ。

 まあ……双子はともかくナタリアさんは時々わざと意地悪な発言をしているような気もするが。


「俺は別に構いませんよ。正直この町のどこに何があるかも分かりませんし」

「ルーク様がそう仰るのなら……ふたりとも、あまり我が侭なこと言ったらダメですよ」

「分かった! じゃあルゥくん、イズナが案内してあげる!」


 イズナは笑顔で近づいてくると俺の手を握ってきた。

 双子の年齢を見た目で判断すれば、あちらの世界で言えば小学校高学年ほどの年代だ。思春期を迎えていてもおかしくはない。

 だがイズナには異性に対する躊躇などはないように思える。元々の性格故なのか、年齢が離れているだけに意識されないだけか。

 それに加え、俺は外出時は刀を携帯するようにしている。

 この世界基準でも俺の背丈は平均よりは高い方に入る。長身の男が刀を持っているのに簡単に近づけてしまうのは安全面から考えると少し不安だ。

 ただここによく訪れているシルフィは、騎士なので基本的に帯剣している。

 故に抜いた状態でなければ、刀剣に恐怖を感じにくい説明は可能だ。俺に関して警戒心が薄いのもシルフィがアシュリーと知り合いだからと考えれば納得も行く。

 あれこれ考えたものの下手にギクシャクするよりは、距離感が近いとはいえグイグイ来てくれた方がマシである。


「お~ルゥくん手おっきい」

「まあ男だしな……ん?」


 常に姉を追うように行動していた印象の妹さんが少し頬を膨らませている。

 嫉妬めいた視線が俺ではなくイズナに向けられているということは……もしかしてイズナが羨ましいのか?

 この状況でイズナを羨ましいと思うのは、消去法で考えて俺と手を繋いでいることだろう。

 ナズナは、見た目は大人しそうだが話したりする分には割とハキハキしていた印象がある。故に姉がやったことは真似すると思っていたが。話す分には問題なくても触れるとなると違うのかもしれない。

 そういう意味で考えると姉であるイズナよりもナズナの方が精神は成熟しているのだろう。

 かといって、あんな顔のまま付いて来られても居心地が悪い。なので空いている方の手をナズナの方に差し出した。

 するとこちらの意図を理解したのか、ナズナは笑顔を浮かべて駆けてくる。


「本当です。ルゥさんの手は大きいです」

「……ロリコン」


 おいバカ騎士。人聞きの悪いことを言うな。

 そもそも……ロリだとか二次元めいた言葉を普及した奴はいったいどこのどいつなんだ。

 あちらの住人としては、異世界でも言葉を選ばずに話せるのは楽で助かりはする。だからといって、言葉が普及というか浸透すれば現状のような場面も増えるわけで。

 そういう意味では文句を言いたい。昔から異世界の人間は召喚されていただけにすでに故人の可能性が高いのだが。


「妹分が取られたからって嫉妬するなよ」

「べ、別に嫉妬とかしてないし。あたしとイズナ達は仲良しなんだから。ねぇ~」

「うん。でも今はルゥくんと仲良し」

「ルゥさんと仲良しです」

「がはっ……!?」


 素直に言っているだけなのにアシュリーの心を切り刻むあたり……一種の英才教育がされているとしか言えん。

 だからといってそれを施している孤児院の主を見るのは危険な気がするので、ここは気にせず歩き出すことにしよう。


「ではルーク様、ふたりのことお願いしますね」

「分かりました」

「行ってきま~す!」

「行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい。……アシュリー、行かないなら色々と手伝ってもらうけど?」

「行きます行きます! みんな、あたしも行くから待ってよ~!」



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