第1章-1話「星空と街の灯り」

 辺りを森林に囲まれ、身体のある世界と同じように静かな夜にコンビニ店員の姿で王冠を頭に乗せた店長と浅緋色と白の二色のセーラー服に本人と同じような出で立ちをしたミキは煌々と辺りを優しく照らす焚火を囲んでいた。


 最初に二人が降り立った地は一見果てしなく続く樹海のようであった。


 重要な最初のキャンプ地を決める拠点登録では、全プレイヤー共通の惑星内のうち非常に限定的な南北100mと東西150mのマップがランダムに次々と表示される中から選ぶのだが、

 互いにフレンドである店長はミキの拠点と同一の座標で登録をすることができた。

 友人の紹介がもたらすこのゲームのメリットなようだ。


「本当によかったなぁ、少なくとも一人は知人がいる環境に降りることができて」

「私も見つかるのが怖いからってこんなとこ選んじゃったの後悔してたんですけど、これなら安心です!」


 二人は互いに肩を並べて小さな切株と丁度あった木材に腰を下ろしている。


「田島さんが選んだこの場所なんだけど四方が木や植物に囲まれているのは多分好都合だよ。少しだけ辺りを探索した範囲ではキャンプ地の明かりがないから少なくとも脅威となる拠点はなさそうだし、こちらの位置だって木に囲まれててそう簡単にはばれないと思う。なによりもこの地形マッにはプ全面に木しかない。こんなところを好き好んで選ぶ野蛮なのはきっといないと思うんだ」


 店長の言葉にはそれなりに説得力があったと感じたのかミキは目を輝かせながら相槌を打っている。


「あ、でもあの、店長さん少しだけお願いなんですけど本名を使うのは避けてもらえませんか……?」


 店長が地図から彼女へ目を遣ると、戸惑いながら請うかわいらしい女子学生の姿を見て自分の浅慮を反省した。

 ここはゲームであり、その世界観を壊すような行いをしてしまったことに後から気づいた。

 そしてニックネームで呼び合う異性の友人などいなかった冴えないこれまでの人生を呪った。


「ごめんね! ここではミキだよね! 考えなしに本名で呼んじゃって……」

「良いんです、でもついでにお願いしちゃいます! これからはいつでもミキって呼んじゃってください!」


 店長は願ってもない申し出に即刻了承し


「そ、それじゃミキちゃん。とりあえず朝になったら活動を開始しようか!」


 慣れない空気に我慢できずに店長はそう切り出し、二人ははじまりの朝を待った。





 ??/?? ??:?? ミキキャンプ


 木漏れ日が降り注ぐ中二人は行動の朝を迎えた。


 湯気の立つミルクココアを幸せそうに飲みながらミキが口を開く。


「店長さん、そういえばここでの戦闘についてまだあまり知らないですよね? よかったら手合わせしてみませんか?」


 店長は予想外の問いに少しだけ戸惑ったが習うより慣れよはゲームのモットーであると了承し、コーヒーを簡易的なテーブルに置いて腰を上げた。


「せっかくの申し出だからお願いするよ。そういえばお互い装備がほぼ丸腰だよね?」

「あ、それなら」

 と近くにあったここ数日で彼女が備えたと思われる木材を持ち上げ

「これを一本クラフトで木の棍棒Cっていうのにできます。あといくつかの木材と鉄釘で木のシールドBですね。どうぞです」


 手際よく目の前で繰り広げられた瞬時の錬成にゲームの進化とミキへの尊敬を感じて男は少し感動しながら初めての装備を受け取った。

 そして持ち物から装備もしっかり行った。


「へーすごいね。ところで手合わせっていうのはどうやってやるのかな?」

「武器を峰打ちに持ち替えるとお互いのスタミナを削り合うセーフティな戦闘ができるんですよ。

この世界では人の命が重いので狩猟かこういう対人の鍛錬で経験値を稼ぐのがメインになるって書いてありました」

「ということはレベルアップもあるんだね」

「そうみたいです。ただD→C→B→A→S→SS→? っていう感じでレベルはそんなに段階がないみたいなんですよね。武器についてるCとかBっていうのもこのレベルみたいです」

「なるほど……結構マニュアルにない要素が多いんだね。ほとんどは自分の目で確かめるしかないか。じゃぁさっそく峰打ち……ってこれどっちが峰打ちなんだろうね……」

 と言いながら操作をすると訓練モードと表示され、向かい合うミキのスタミナもオレンジのバーで表示された。


「よろしくお願いします」

 と正面の武器を構えた可憐な少女は気づくと動きやすそうな学校の体操服に着替えていて赤い鉢巻きもしてさらに可憐さを増していた。


(あれ……ミキちゃんはもしかして……)

 ふと店長によぎった疑問で気を抜いているところに


「えい!」と両手で握った棍棒を店長に振り下ろしてきた。


 店長は反射的に左に持っていた盾で受け止め、次に右手の棍棒で横振りの反撃にでるがミキには完全によまれていて、左手でその横振りを押さえつけて股間にすかさず蹴りを入れてきた。

「痛ッ!?」

 ゲージが半分近く減り店長はその場に尻をついてしまう。

「ミキちゃん強くない!?」

「獣相手ですけど、結構練習しましたから!」

 とよくミキのステータスを見るとCランクと表示されており数値が明らかに自分のそれよりも高いのに今更ながら気付かされる。

 店長はやられっぱなしではいけないと瞬時に肉薄し、盾を持たない少女に渾身の力で縦振り強の棍棒攻撃を仕掛けた。

 そしてガツンッと鈍い音と衝撃を感じるが自分の手が肩より高い位置で静止しているのに違和感を感じ、

 見ると体操服の少女は大きな木の大きな盾を両手で頭上に掲げ店長の渾身の攻撃を受け止めていた。

 店長が動揺で硬直していると彼女は次の瞬間には木の細身な棍棒を両手で持ち、引いて、身体全体を使って店長の腹部に叩き込んだ。


 自分のスタミナが尽きているのと目の前の少女が喜んでいるのを確認し地面に仰向けになった男は勝負ありと推察して武器を置いた。


「やりましたー!」

 と自分がいくつか利を得ながら戦っていたことは気にも留めることなく、ただ勝利を喜ぶ少女の姿を見て一方的に負けて悔しい気持ちもなくはないが、男はなんだか嬉しいとおもった。

 それはゲームをただ純粋に楽しんでいるという少女の素直な気持ちが確認できた安堵にほかならなかった。


「ミキちゃんホントすごかったよ……」

 素直に店長は少女の手さばきに関心し賛辞を送った。

「色々説明してなくてごめんなさい。でもこれが手っ取り早いかなと思いまして」

 言われて店長は戦闘におけるいくつかのギミックを教えるためだったのかと納得し、いくつか気になることを思い返していた。

「店長さんはこの世界でお金がコストって呼ばれる理由知らないですよね?」

 その問いに頷きながらその意味を考え、少し答えがわかった気がした。


「さっき私が瞬時に武器を切り替えたみたいに自分が持っているコストの範囲で瞬間的に売買をすることができるんです。

 例えば私が最初に持っていた両手持ちの棍棒は売り値も買い値も同一で300シルバーです。

 そのあとに装備した大きな木の盾は450シルバーでテントに貯蔵していた分のコストが瞬間的に使用されていました。

 でも、今はどちらも売却したので全てコストに戻っています。これらの一連の動作をみんなスイッチチェンジって呼んでます」


 このゲームにおけるお金の重要性が想像以上のものであったことに男は驚いた。

「よくあるゲームの編成コストみたいな意味を兼ねていたわけか……」

 店長は意外と深いゲームシステムに感心してしまう。

「コストは他にも買えるものがたくさんあるんです。例えばコンビニで食事を買ったりとかも」

「この世界にはコンビニがあるのか? 意外だな……」


「最初はそう思いますよね。でも、そうじゃなくて店長さんが働くコンビニとかの方です」


 店長は途端に慌て何を説明されているのかがわからなくなるくらいに混乱した。

「ゲームのお金が現実で使えてしまうのか!? そんなのうちは困る!」

「ちゃんと支払われてはいますから、これを見てください」


 店長が手渡されたマニュアルの1ページに目を落とすとそこにはゴールドの変換と書かれていた章があった。

 そこには簡単な図が驚くべきこととともに書かれていた。


 1ゴールドはシルバー1000枚と変換することができること。

 また1ゴールドは1000円で購入でき、ゴールドからICカードにチャージを選ぶことでお使いのICカードに1000円分のチャージがされるということが書かれていた。


「そういうことか……」


 自分の常識を打ち破るゲームの貨幣に驚きを隠せなかったが、色々なことがこれで納得に至った。 

 このゲームでは相手を倒すことで装備をうばったりお金を手に入れられる、しかもそのお金は現実の貨幣ともはや相違ないものであること。


 これはゲームであってもその中の価値が現実ともはや融合していることが恐らく多くの人間の興味を惹いているのだろう……


(ここで名声を挙げることはこれまた現実への影響が少なからずあるのだろうか……)


 いくつか考えてみて店長は先を急がねばならないと心中で自分に檄を入れた。


「よし、近くに町はあるかな? とりあえずはそこを目指して金策になるような情報を集めたい」

「それならですね」

 いつの間にかセーラー服に着替えていた少女はおもむろに方位磁針のようなものを取り出し、設定を変えると二人の正面から見て右手にあたる方にエメラルドの仄かな光が現れ明滅を繰り返しはじめた。


「向こうみたいですね」言うとミキは光のさす方を元気に指さし歩き始め、すぐ隣について店長も歩き出した。


「そういえば最初の職業間違えて自分の今のホントの職業選んじゃった?」


「はい……」

 と恥ずかしそう答えると少女が少し速足で歩いたからスカートがひらひらと揺れていた。




 ??/?? 16:30 ザッセンブルー宿場町


 二人は道すがら現れた獣から逃げまどいつつ光に導かれるまま近隣の町に到着した。


「すごい……」少女は目を輝かせながら小さく呟いた。


 レンガ造りの家々が立ち並び石畳の大通りとその上を闊歩する人々の往来に、炎のような優しい色で辺りを照らす街灯や活気ある酒場の喧騒。

 辺りに響き渡る民族的なBGMにそこに差し込む星の光が何とも言えず、二人ともこの第二の世界に恍惚として言葉を飲んで見入ってしまった。


 その場にいる全員がこの町の風景とも言える中で二人だけはこの世界観とは異なる格好をしていたこともあり、なんだか浮いた気分を味わいまずは衣服を整えることにした。


「ちなみになんですけど、スイッチチェンジはクラフトするかお店などでリストに追加しないと適用範囲外なので町についたら、まずはショッピングが基本ですね」


「それで俺のスイッチチェンジでは棍棒とさっきの盾と、今着てる服くらいしか出てこなかったのか」


 二人が衣類を並べている店に入るとふくよかなおばさんが「いらっしゃい」と出迎えた。

 店の中には紳士用のブラウスやチュニックと呼ばれる膝くらいまでの上着、女性用のものもワンピースのようなものからドレスのようなものまで気になるものの試着だけで一日を要しそうだ。


 店長は始めたてで自分の所持金がないのに気付いて、0シルバーで買えるご当地のノーマル衣服に決めて店主に気になっていたことを聞くために話しかけた。


「この辺はあまり争いはないのか?」

「あんまり町でおっぱじめるようなやつはいねえな」

「てっきりみんな野蛮な殺し合いばかりかと思ってたよ」

「お前さんこのゲーム始めたばかりか?」

 じろりと店主の大きな目が眼鏡の向こうから突き刺すよな視線を浴びせてくる。


「どうしてそう思う」


 貫禄のある店主に警戒して自身の身がこわばるのを感じた。


「ただここで殺し合ったって1文の得にもなんないってお前さん知らねぇみたいだからよ!」

 ハハハと高らかに店主は笑うと慌てたミキが口を挟む。


「店長さん、スイッチチェンジの応用で倒される前に身に着けているもの全部を売れお金は金庫に送られるのでばコストの奪取を阻止できるんです、たぶんそれのことだと思います」

「そういうこった。だから何の利にもならない殺し合いなんかする奴ぁいないのさ。

 むしろ返り討ちの方がよっぽど堪える。

 そして付け加えるならここはザッセンブルーの宿場町。

 つまりはザッセンブルーギルドの治める領土だ。

 騎士団長兼ギルドマスターのザッセンが騎士団使って警備は怠んないのさ。

 ラッキーだったな、ここは立ち入るのも出てくのも金巻き上げられない良心的な町だからなぁ!!」

 ガハハと主人はわざと大きな声で驚かすように笑う。


「わからない。なぜそのようにザッセンは何の利益も求めない」

「本人に聞いてみたらどうだ。面倒見のいい男だ。あいつは」

「ザッセンはどこに住んでいるんだ?」

「悪いが、そいつを俺らが教えることはできない。今のところはそれがギルドの唯一の決まりだからな」


 店長の心の中にはザッセンという男の名前が克明に刻まれた。

 この世界で出会う最初の統治者である男に話が聞けるのは幸運なことと気づいたこと、それに利益を求めない仕組みに何か裏があるのではないかという猜疑心。

 何よりもその領主に興味が沸いてしまったのだ。


「あの、店長さん、どうですか?似合いますか?」

 ふいに後ろからかけられた声に、忘れていた大事な仲間がいることを思い出す。

 そして、その身を包んでいるこの地の装束があまりにも似合っていて再び大切な仲間であるということを忘れさせられてしまう。


「持って帰りたい...」

「何言ってるんですか?!」

 自分に向けられた一言にミキは顔を紅潮させ、走り去ってしまう。


「おいおい、勘定忘れてっちまってるじゃねえか」

「……あ、俺が払いますんで」

 近くにあった3000シルバーとある紳士用の服を選び取って、一緒に会計を済ませた。

 人生最初の課金に店長はそう悪くもないものだなと思った。


「いやー、それにしてもミキちゃん似合っていたな……」

 店主と店長はガハハと二人一緒に笑って店を後にした。



 服屋の店主が言うには数日も滞在すれば見つけるのは難しくないと言うので二人はこの町で今夜は泊まることにした。


「あの、この服ディアンドルとか言うみたいです...」

 内心どうやらうれしかったのか着ている服の説明をしてくれたがまだ心なしか頬が赤らんでいるような気がした。


「さっきはごめんね。冗談だったんだ。ディアンドル似合ってかわいいよ」

 改まって言うとまた恥ずかしそうにするから店長はこれはこれで楽しいなと思った。


「そこのお二人さん朝まで泊まってきなよ!今なら安くするよ!」


 客引きに促されるまま旅の疲れを宿で癒すことにした。

 ゲームの中なのに同室に泊まるということに少しだけ変な感じがしたがそれはお互いの姿が本物さながらそっくりであるためなのだろうか。


 部屋の窓から見える風景はまるで絵のようで近くの建物の屋根は街灯や眠らぬ街の人々の営みの灯りで照らされており、遠くの山にはいくつか町灯りが灯っている。

 その上空には無数の星がこれまた明るく輝いているのだ。


 自分もこのような街をいつか作りたいものだなと、輝く星を数えながら眠りについた。



現実都市さいたま某温泉施設


「店長さん、外の空気吸いに行きませんか?」

 肩をポンポンと叩かれリアルな触覚で感じる久しぶりの感覚に我に返る。

「そうだね。あそこのテラスでいいかな?」

 言いながら時刻を確認すると3時半を過ぎていてゲームというのは熱中すると時間を忘れることを改めて感じた。


 ポットからコーヒーを注ぎながら美希は聞いた

「どうですか?楽しんでますか?」

「楽しくないわけがないよ。ミキちゃんと一緒にやるゲームだ」

 言ってから気付いた。こちらではミキちゃんではなく田島さんなのだった。

 それを田島美希は察してか

「いいですよ! ミキで。私たちはもうお仕事以前にここではフレンドです。それもゲームの、ならゲームが私たちのルールです。だからこっちでもミキです」

「……美希ちゃん今日はここに泊まろうか」

 本人に言うのは少しまだ気恥ずかしくって紛らわすように提案したが、ここは現実だ。

 配慮に欠けた発言をしてしまったと思ったが、美希は頷いた。


「明日お休みでよかったです」

 ニコッとほほ笑んだ彼女はゲームの中と同じくらいやはりかわいかった。

 なんだかおかしなことを自分で思っているような気がしたがそれもどうでもよくなって、

 そしてつい最近どこかでしたやりとりを思い出した。

 それをなぞるように夜が更けっていくのを感じる。

 呼び方が変わって二人の距離も少し変わった。

 これまでならあり得ないことがあっという間に現実にも起きた。


 ゲームというのは案外現実とそう変わらないなと窓の外の不規則に並ぶ星空を見ながら店長は思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る